晶蒼花伝~孤独の少女は皇帝との愛に溺れる

魚谷

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箏の秘密

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 翌日、石室に蔡両が現れる。

「蒼花様、箏をお持ちいたしました」

 数名の宦官たちが箏を運び込んでくる。

「ありがとう」

 蒼花は蔡両伝手に英麟へもし可能ならば箏をそばにおかせてほしい、そう頼んでいたのだった。

「蒼花様の箏、始めて聞かせて頂きましたが、非常に感動いたしました」
「お世辞でも嬉しいわ」
「い、いえ! 世辞だなんてそんなことは……っ!」

 慌てふためく蔡両の姿に吹き出してしまう。

「ふふ。……蔡両、私を襲った女性は?」
「桑延《そうえん》というもので後宮に使える女官でした。今は陛下の命で獄につないであります。蒼花様に一怨あり、と申すばかりで……」
「そう」

 しかし全く心当たりはなかった。第一、桑延の顔に覚えもない。
 それで一怨ありというのは一体……。

(逆恨み? それとも、皇太后様にお仕えしていた時に何か……)

 確かに、元奴隷出の農民の娘が一時とはいえ皇太后に気に入られたために、反感は買っていた。
 ただそのときも命を狙われるようなことはなかったのに。

「蔡両。あの子はせめて京師を追放するだけにとどめるよう、私が申し上げていたと、陛下に言上してください」
「な、何故ですか」

 頭に浮かぶのは、蒼花自身が英麟たちを襲いながらも一命を助けられたことだ。
 あの時も、蒼花が英麟に抱いたのは逆恨みに近かった。
 父が亡くなったのは過酷な環境で生きられたなかったせいで、父の死に母は打ちのめされて病んでしまった。
 なのに助けてくれたのだ。
 だからこそ、今の自分がいることを蒼花は忘れていない。

「……お願い」

 蒼花の言葉に何かを察したように蔡両はうなずいた。

「――それから」
「はい」

 部屋を出かけた蔡両が振り返る。

「陛下はあなたのことをお気に召されたようです。先程の治療の際、動きが良いと仰せでした」
「ほ、本当でございますかっ」

 蔡両は我慢しようとしても、どうしても笑み崩れるのを抑えられない様子で、部屋をいそいそと出て行った。
 扉が閉じられ、しんとした静寂とひんやりとした冷たさが室内に舞い戻ってくる。
 蒼花は箏をそっと弾く。
 澄んだ音が硬い石室に呑み込まれることもなく反響する。

(……やっぱり)

 聞き間違いではない。
 やっぱり音が少しおかしい。
 この箏《こと》で日々練習したからこそ蒼花には分かる。
 蒼花は箏をひっくり返し側面に指をはしらせれば、そこにはうっすらとつなぎ目がある。この箏はそもそも練習用として与えられたもので、並甲という表は一枚板であるものの裏板には複数の板を接ぐために、接合部分がくっきりと見える。

(やっぱり)

 接いでいる部分を指で触れながら、その接ぎ方が緩いことに気づく。
 皇太后はもっと上質な箏を与えようと仰せられたが、蒼花が固辞しつづけたのだ。
 自分のようなものにそんな高価なものなんて畏れ多い。
 ただ、この人生で始めて触れた箏さえあれば、それだけで……。
 蒼花は箏と一緒に持ってくるよう頼んだ道具のうち短刀を手にとり、継ぎ目に差し入れ、梃子の原理を使い、少しずつゆっくりと開いていく。

(一度、分解されている……)

 そうでなければ、こんなにもあっさりはがれるはずがない。
 英麟がそうするように命じたとも思えない。
 第一、そうであったらわざわざこの箏で他国からの使者の前で奏でることに許可がでるとも思えない。それに変化は本当に些細な程度で音の原因も接ぎ方が緩かったためだろう。

(よし……)

 手応えと共に、裏面が開く。中は空洞になっている。
 そしてそのなかには分厚い紙片が収められていた。
 かすかに香りがかおる――。

(これは……)

 今、京師の市勢で流行っているというものを、宮廷に出資する商人から手に入れ、皇太后へ渡したことがあった。
 しかし、そんなものはいらないし、第一、香りが若すぎる――そう言っていた。
 考えれば、あのお香を突き返された覚えはなかったっけ。
 ――お前の箏の音で、私の心を伝えてもらおうか
 いつか、告げられたことがよみがえる。

(これは、陛下に? それとも、わ、私に……? いえ、私になんて手紙を残されるはずはないわ……これはきっと陛下に宛てられた……)

 見てはいけない。
 いつ書かれたものかは分からない。
 でも、このなかには芳皇太后の思いがそのまま綴られているかもしれない。
 その人の心のうちを盗み見ていいはずがない。
 それを許されるのは、この手紙を宛てた人だけ。
 そう思っても、蒼花は震える手で折りたたまれた紙片を手放せないでいた。
 この紙に焚きしめられた香りが、蒼花の気持ちを強く揺さぶる。
 遠ざけられ、一目でも芳皇太后の顔を見たいと思い続けた日々の寂寥感が切ないほどに押し寄せてきた。
 まるで今は亡き、恩人の笑顔がそこにあるかのように、丁寧に折りたたまれた手紙をそっとひらいた――。
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