奪われたものを返していただきます~悪女は華麗に復讐をなす

魚谷

文字の大きさ
13 / 35

13 第二王子の本性

しおりを挟む
 ミハイルはすっかりマヌエルへ警戒を抱くようになった。
 護衛隊長の地位こそそのままだが、ほとんど彼は形だけの存在になり下がった。
 ミハイルはどこへ行くにもスレイや、彼の部下を重用するようになっていた。
 そんな無鉄砲なミハイルを諫めようとするが、ミハイルがそれに耳を貸すことはなく、代わりにスレイをそばに置くようになった。

(いいわ。ミハイルは精神的に私やスレイに依存している。このままいけば……)

 ヘルミナは事務作業に必要な書類を資料庫で集めながら、物事が順調に進んでいる状況を振り返りながら微笑んだ。
 必要な書類を手に入れて戻る途中、「ヘルミナ嬢」と声をかけられて振り返る。

「これは第二王子殿下……」

 エドワードが爽やかな笑顔を浮かべる。

「エドワードでいいですよ。兄のことは名前で呼んでるじゃないですか。随分と重たそうですね。持ちますよ」
「エドワード様に持って頂くなんて畏れ多いので……」
「遠慮しないで下さい」

(笑顔にも圧っていうのはあるのかしら……)

 笑顔で迫られ、「それじゃあ」と言葉に甘えることにした。というか持たせない限り、ずっと圧をかけ続けられそうだったのだ。

(人と会わない内にさっさと戻って……)

 ヘルミナはそう思うのだが、エドワードはのんびりだ。

(さっさと来なさいよっ)

 のんびりとした彼に、素が出そうになってしまう。

「腕の怪我はいかがですか?」

 内心の苛立《いらだ》ちを押さえ、人畜無害な笑顔を向ける。

「お陰様で快方に向かっています」
「良かった。あのことは本当に、何と言い訳をしていいか」
「エドワード様が謝るようなことではありません」
「すっかり兄上はマヌエルを敬遠するようになってしまった。私たちにとってはかけがえのない存在なのに」
「確かに、そう聞いています」
「母上は嘆いておられました」
「……私もマヌエル殿は信頼に足る御方ですからとは話しているのですが」
「兄上は囚われているようだ」
「囚われて? 一体何に」

 不意にエドワードがずいっと一歩、踏み込んできたかと思えば、ヘルミナは壁際に追い詰められてしまう。
 それまでの爽やかな雰囲気が一変する。

「あなたに」
「囚われるなんて。私はミハイル様をできるかぎりのやり方で補佐しているだけに過ぎません。あれをしろこれをしろだなんて命じる立場にありませんし、そんなことをしたことも、しようと思ったこともありません」
「補佐……確かにそうですね。あなたは事務官としても非常に優秀だと、宮廷の者たちが噂しているようですね。でも、得意なのはそれだけなのでしょうか」

 エドワードの声が低くなる。

「エドワード様、何が言いたいのか分かりません……」

 その時、彼は抱えていた資料を不意に床へ落とす。

「何を……」

 書類を拾おうと屈《かが》もうとした刹那、壁に押しつけられた。

「っ!」

 服ごしに怪我をした部分を圧迫されれば、痛みのあまり顔をしかめてしまう。
 エドワードの目に剣呑《けんのん》な光が浮かぶ。

「エドワード様、手を離して下さい」
「……いい声だ。男どもの濁声とは全然違う」

 エドワードが耳元で囁くたび、生ぬるい吐息が耳たぶをかすめて気持ち悪い。

(何なの、いきなり)

「最初はセシル、次にマヌエル。空いた穴を埋めたのは、あなた。そして、あなたが説得したスレイという反逆者。兄上の周囲はいつの間にか、あなたの関係者だらけだ。まるで蛇が獲物を締め上げるように」
「馬鹿なことを仰らないでください。まるで私が意図したようではありませんか」
「私はそう考えている。兄上はすっかりあなたにぞっこんだ。あなたの言葉以外、まともに聞く耳を持たないくらいに。そうまでして王太子妃になりたいのですか? 虫も殺せぬ可憐な姿は周囲を欺《あざむ》く仮面なのですか?」
「仮面をかぶっているのは、あなたのほうでは? これが、本当のエドワード・デ・ルナ……だなんて。これを知ったら、大勢の令嬢たちが卒倒するでしょうね……ああっ」

 傷口を圧迫するエドワードの手に力がこもる。
 ますます痛みが強まり、冷や汗が噴き出す。
 エドワードは酷薄《こくはく》な笑みを浮かべた。
 清廉《せいれん》で実直。
 王家の面々の中で同じ血を分けているとは思えないほど公正な騎士団長にして第二王子、とつい数秒前までは思っていた。
 だが、この男にもしっかり、賤《いや》しい血が流れていたのだ。

「一体どんな手で、スレイ……あの危険な猛獣を手なずけた?」

 エドワードはくっく、と喉の奥から歪な笑みをこぼす。

「猛獣? 彼は王国に仕える忠実な……」
「嘘だ」

 さらに傷を圧迫される。

「色んな人間を見てきた。あの男の目を見れば一目瞭然だ。あいつは王家に忠誠など誓ってはいない。ただ爪や牙を隠し、従順を装っているだけ。そんな人間が男爵家のただの小娘の言葉に従う? そんなことはありえない」

 エドワードは愉快そうに笑い、舌なめずりをすると、耳元へ口を寄せる。

「なぁ。あんな出来の悪い男など捨てて、私につけ。私なら、喜んであなたを妃にしてやろう。あの男と一緒にいたところで、待っているのは破滅だぞ」
「お戯れはおやめください……」
「いつまで皮を被っている? 優れた交渉力と、どんな相手を前にしても怯まない度胸。イサドラ。あなたのこれまで知らなかった一面を見れば見るほど、あなたのことが欲しくてたまらなくなるっ」
「……王太子は、ミハイル様です」

 睨《にら》み付けると、エドワードは愉快でたまらないという、喉の奥からクツクツと笑いをこぼす。

「今は、だ。冷静に考えてみろ。あの気分屋で無能な男がこの国を率いる器だと、本気で思っている訳じゃないだろ。聡明なあなたには、あの男がメッキさえ剥がれたナマクラだと当に分かっているはず。それとも裏からこの国を牛耳るのか? やめておけ。あの男じゃ、私には勝てない。父上も母上も言葉にこそ出さないが、王太子のままでいさせるべきか悩んでいる」
「お断りですっ」

 顎《あご》を掴まれ、無理矢理上向かされる。

「なら、無理矢理にでも私のものに……」
「何をしている!」

 鋭い声がした瞬間、ヘルミナは突き飛ばされる。
 倒れそうになるヘルミナを、スレイがしっかり抱き留めた。

「きたか、番犬」
「貴様ッ!」

 スレイが腰の剣に手をかけた。

「ここで剣を抜くのか? 私に剣を向ければこれまでの従順な演技が無駄になるぞ。お前ら一族は女子ども問わず、皆殺しになるっ」
「く……っ」

 エドワードは、どんどん歪な笑みを大きくしていく。

「イサドラ、よく考えておけ。どちらにつくべきなのか」

 エドワードは背中を向けると、高笑いしながら悠然と立ち去った。

「ヘルミナ、平気かっ」
「来てくれてありがとう……」

 声が上擦り、小刻みに体が震える。
 スレイが優しく抱きしめてくれた。
 しばらくそうしていると、どうにか気持ちが落ち着いてきた。

「……もう、大丈夫」

 息を整え、スレイの手を借りて立ち上がった。

「あれがあの男の本性か」
「……そのようね。でも良かったわ。これで心おきなく復讐ができる。でもどうして来てくれたの?」
「お前が戻ってくるのが遅いと、ミハイルがイライラしはじめたから、俺が様子を見にきたんだ。このことを、ミハイルには?」
「言ったところでどうなるの? 証拠もないわ」
「だがミハイルは信じるだろう」
「そうね。信じた挙げ句、エドワードに斬りかかりかねないわ。そんなことになったら、王太子の地位を奪われかねない。冷静沈着なエドワードと感情的なミハイル。証拠がない状況で、周りがどちらの言い分を信じるのかは明らかだわ」
「これからは王宮内でもしっかり護衛をつけてくれ。また同じことが起こらないとも限らない」
「分かった」

 床に散らばった資料を拾い集めたスレイが「行こう」と告げる。
 ヘルミナは頷き、歩き出した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした

綴つづか
恋愛
何もかも病弱な妹に奪われる。両親の愛も、私がもらった宝物もーー婚約者ですらも。 伯爵家の嫡女であるルリアナは、婚約者の侯爵家次男ゼファーから婚約破棄を告げられる。病弱で天使のような妹のカリスタを抱き寄せながら、真実の愛を貫きたいというのだ。 ルリアナは、それを粛々と受け入れるほかなかった。 ゼファーとカリスタは、侯爵家より譲り受けた子爵領へと移り住み、幸せに暮らしていたらしいのだが。2年後、『病弱』な妹は、出産の際に命を落とす。 ……その訃報にルリアナはひっそりと笑みを溢した。 妹に奪われてきた姉が巻き込まれた企みのお話。 他サイトにも掲載しています。※ジャンルに悩んで恋愛にしていますが、主人公に恋愛要素はありません。

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

家族と婚約者の愛を諦めたらシルバームーンに幸せが届けられました

ミカン♬
恋愛
テイラー侯爵家には美しい2人の娘がいる。一人は癇癪持ちの姉レティーナ、もう一人は綿あめ頭の妹ミシュベル。レティーナが癇癪を起すのには理由があった。姉妹なのに母親は妹を溺愛し姉を憎んでいた。 婚約者の第二王子殿下ラミネルもレティーナよりも妹ミシュベルを可愛がってばかりだ。 性格が歪んでいくレティーナの元に手紙が届けられる。それは銀色に月が輝く祝祭日(シルバームーン)に神殿が配布している便せんに書かれたものだった。この日はもう会えない人に手紙を書いて、木をくり抜いた舟形に乗せて川に流せば月神様が手紙を届けてくれると言い伝えられている。 そんな手紙が自分に届くはずがない、これは母による嫌がらせだと思い悲しみを深めるレティーナ。 <傲慢な心、嫉妬心は捨てなさい。癇癪もいけません。貴方の味方はどこにもいない>   手紙に書かれた文章には傷ついたがレティーナはこの忠告を心に留めることにした。それによってレティーナの人生は変化していくのだった。 35話で完結です。サクサク進みます。宜しくお願い致します。 完結しました。読んで頂いて応援して下さった皆様本当に有難うございました。 なろう様にも投稿済みです。 2025/05/10  1話の内容で重複していた部分を訂正しました。誤字訂正時にミスしたようです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

私が偽聖女ですって? そもそも聖女なんて名乗ってないわよ!

Mag_Mel
恋愛
「聖女」として国を支えてきたミレイユは、突如現れた"真の聖女"にその座を奪われ、「偽聖女」として王子との婚約破棄を言い渡される。だが当の本人は――「やっとお役御免!」とばかりに、清々しい笑顔を浮かべていた。 なにせ彼女は、異世界からやってきた強大な魔力を持つ『魔女』にすぎないのだから。自ら聖女を名乗った覚えなど、一度たりともない。 そんな彼女に振り回されながらも、ひたむきに寄り添い続けた一人の少年。投獄されたミレイユと共に、ふたりが見届けた国の末路とは――? *小説家になろうにも投稿しています

処理中です...