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34 楽園
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日射しが気持ちいい。
目覚めは清々しく、頭の中がすっきりしていた。
「ミハイル様、お加減はいかがですか」
にこりと微笑むイサドラに、ミハイルは「あぁ、最高だよ」と応えた。
「今日はとても、気分がいいんだ」
「良かったですわ。昨日はあまりお加減がよろしくなかったので」
「ああ、そうだったな。心配をかけてすまなかった。今日はしっかり仕事をしなければ」
「お休みになられてもよろしいのですよ。無理をすればまた……」
立ち上がったミハイルは、イサドラの唇を奪う。
「ミハイル様ったら……」
イサドラが頬を赤らめ、恥じらう。
「やはり君は可愛い。初めて出会ったあの時とまったく変わらない。あの時のままの可憐さだ」
「ふふ、お世辞を言っても何もでませんわ」
「本当のことだから構わない」
にこりとミハイルは笑いかける。
そこに見馴れぬメイドがいた。
「君は?」
「は、初めまして……ほ、本日より、陛下の身の回りのお世話をすることになりました、ふぇ、フェネイと申します……」
「よろしくな、フェネイ。……では、いくか」
寝室のすぐ隣にある部屋へ足を運ぶ。
机には山積みの書類。
「たくさんあるな」
イサドラが眉を下げた。
「申し訳ありません。ミハイル様の代わりを精一杯務めたいと思っているのですが……あの……私の力不足でございます……」
「構わない。王は私だ。君に理解できないことが多いのはしょうがない。それでも、精一杯やろうとしてくれているだけで嬉しい」
椅子に腰かけ、書類にサインをしていく。
王の執務というのは地味だ。
歴史に残る事件などそうそう起こるはずもない。
だが、こうして幸せな世界の中で平穏無事に過ごし、そして愛する人との時間を共有できる君主というのもまた少ない。
イサドラを見ると、彼女が優しく笑いかけてくれる。
「私は幸せ者だ。君という光に巡り会えたのだから……」
「私もでございます。ミハイル様」
「フェネイ」
「あ、はいっ」
「この書類を関係部署へ届けてくれ」
「か、かしこまりました」
フェネイと、先輩メイドが書類を運んでいく。
「さあ、少し休憩をしよう。おいで、イサドラ」
ミハイルは、愛しい王妃を抱き寄せた。
※
フェネイは大量の紙を抱えながら、長い長い廊下を歩く。
ここへ来たのは一週間前。
基本的な礼儀や仕事内容を叩き込まれた。
ここは、王族というとても偉い人たちが使う別荘という名前のお屋敷らしい。
都から遠く離れた場所に建てられている。
フェネイが生まれ育った家が何百個も入りそうなくらい大きくて、広い。
世の中にこんなに大きな建物があることが、こうして働いている今も信じられなかった。
「あのぉ」
「どうかした?」
先輩メイドが振り返る。
「あの方は、どなたとお話をされていたのですか?」
フェネイの目には、あの男の人しか映っていなかった。
それでもその男の人は、とても幸せそうな表情で、楽しげに話していた。
「あなたね、ここでは何が起こっても疑問に思わないって約束したはずよ。忘れた?」
「すみません!」
「何があっても平然と、何事もなかったように日々の仕事を黙々とこなす。高い給金をもらい続けたかったら、肝に銘じなさい」
「は、はい」
フェネイは自分が抱える書類に目を落とす。
白紙に、ぐちゃぐちゃと何かが書き連ねられている。
(これ、何て書いてあるんだろう)
農民の娘であるフェネイは、文字の読み書きができないから、なんて書いてあるのかは分からなかった。
書類の束をかかえたフェネイたちは庭へ移動する。
そこでは焚き火をしている、先輩メイドの同僚がいた。
「これもお願い」
「うわ、また大量だわぁ。今日は外れの日ね」
「しょうがないでしょ。なんでか知らないけど、馬鹿みたいにやる気があるんだから。今日はそういう日なんじゃない?」
「はぁ~。昨日みたいに、一日中寝ててくれてたら楽だったのになぁ」
「文句を言わない。さっさと手を動かして」
「へいへーい」
書類の束を次々と焚き火へ投げ込んでいく。
「そう言えば。聞いた? いよいよ、都では即位式らしいわよ」
「すごいわよねえ! 男爵家のご出身の方が女王様になるだなんて!」
「違うわよ。それは仮の姿。謀反で殺された王家のご出身なのよ」
「女の人も王様になれるんですね! すごいですね!」
「はいはい。口を動かすのはいいから、さっさと済ませましょう。煙くてたまらないんだから……」
「はいっ」
フェネイはやる気を出して、紙をせっせと焚き火へくべる。
この仕事は破格だ。
これだけで街へ出稼ぎするよりもずっとたくさんのお給金がもらえるのだ。
故郷にいる弟たちのためにも頑張らないと。
焚き火から立ち上る煙が、晴れ渡った夏空に溶けていく。
目覚めは清々しく、頭の中がすっきりしていた。
「ミハイル様、お加減はいかがですか」
にこりと微笑むイサドラに、ミハイルは「あぁ、最高だよ」と応えた。
「今日はとても、気分がいいんだ」
「良かったですわ。昨日はあまりお加減がよろしくなかったので」
「ああ、そうだったな。心配をかけてすまなかった。今日はしっかり仕事をしなければ」
「お休みになられてもよろしいのですよ。無理をすればまた……」
立ち上がったミハイルは、イサドラの唇を奪う。
「ミハイル様ったら……」
イサドラが頬を赤らめ、恥じらう。
「やはり君は可愛い。初めて出会ったあの時とまったく変わらない。あの時のままの可憐さだ」
「ふふ、お世辞を言っても何もでませんわ」
「本当のことだから構わない」
にこりとミハイルは笑いかける。
そこに見馴れぬメイドがいた。
「君は?」
「は、初めまして……ほ、本日より、陛下の身の回りのお世話をすることになりました、ふぇ、フェネイと申します……」
「よろしくな、フェネイ。……では、いくか」
寝室のすぐ隣にある部屋へ足を運ぶ。
机には山積みの書類。
「たくさんあるな」
イサドラが眉を下げた。
「申し訳ありません。ミハイル様の代わりを精一杯務めたいと思っているのですが……あの……私の力不足でございます……」
「構わない。王は私だ。君に理解できないことが多いのはしょうがない。それでも、精一杯やろうとしてくれているだけで嬉しい」
椅子に腰かけ、書類にサインをしていく。
王の執務というのは地味だ。
歴史に残る事件などそうそう起こるはずもない。
だが、こうして幸せな世界の中で平穏無事に過ごし、そして愛する人との時間を共有できる君主というのもまた少ない。
イサドラを見ると、彼女が優しく笑いかけてくれる。
「私は幸せ者だ。君という光に巡り会えたのだから……」
「私もでございます。ミハイル様」
「フェネイ」
「あ、はいっ」
「この書類を関係部署へ届けてくれ」
「か、かしこまりました」
フェネイと、先輩メイドが書類を運んでいく。
「さあ、少し休憩をしよう。おいで、イサドラ」
ミハイルは、愛しい王妃を抱き寄せた。
※
フェネイは大量の紙を抱えながら、長い長い廊下を歩く。
ここへ来たのは一週間前。
基本的な礼儀や仕事内容を叩き込まれた。
ここは、王族というとても偉い人たちが使う別荘という名前のお屋敷らしい。
都から遠く離れた場所に建てられている。
フェネイが生まれ育った家が何百個も入りそうなくらい大きくて、広い。
世の中にこんなに大きな建物があることが、こうして働いている今も信じられなかった。
「あのぉ」
「どうかした?」
先輩メイドが振り返る。
「あの方は、どなたとお話をされていたのですか?」
フェネイの目には、あの男の人しか映っていなかった。
それでもその男の人は、とても幸せそうな表情で、楽しげに話していた。
「あなたね、ここでは何が起こっても疑問に思わないって約束したはずよ。忘れた?」
「すみません!」
「何があっても平然と、何事もなかったように日々の仕事を黙々とこなす。高い給金をもらい続けたかったら、肝に銘じなさい」
「は、はい」
フェネイは自分が抱える書類に目を落とす。
白紙に、ぐちゃぐちゃと何かが書き連ねられている。
(これ、何て書いてあるんだろう)
農民の娘であるフェネイは、文字の読み書きができないから、なんて書いてあるのかは分からなかった。
書類の束をかかえたフェネイたちは庭へ移動する。
そこでは焚き火をしている、先輩メイドの同僚がいた。
「これもお願い」
「うわ、また大量だわぁ。今日は外れの日ね」
「しょうがないでしょ。なんでか知らないけど、馬鹿みたいにやる気があるんだから。今日はそういう日なんじゃない?」
「はぁ~。昨日みたいに、一日中寝ててくれてたら楽だったのになぁ」
「文句を言わない。さっさと手を動かして」
「へいへーい」
書類の束を次々と焚き火へ投げ込んでいく。
「そう言えば。聞いた? いよいよ、都では即位式らしいわよ」
「すごいわよねえ! 男爵家のご出身の方が女王様になるだなんて!」
「違うわよ。それは仮の姿。謀反で殺された王家のご出身なのよ」
「女の人も王様になれるんですね! すごいですね!」
「はいはい。口を動かすのはいいから、さっさと済ませましょう。煙くてたまらないんだから……」
「はいっ」
フェネイはやる気を出して、紙をせっせと焚き火へくべる。
この仕事は破格だ。
これだけで街へ出稼ぎするよりもずっとたくさんのお給金がもらえるのだ。
故郷にいる弟たちのためにも頑張らないと。
焚き火から立ち上る煙が、晴れ渡った夏空に溶けていく。
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