ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

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第3章

琉斗の過去→真理奈との出会い

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***
 中学は男子校に進学して、サッカー部に所属した。高校も男子校希望だったが、スポーツ推薦枠で、サッカーで有名な学校が共学だった。
正直嫌だったが、我慢してその高校に入学し、サッカーに所属。
数ヶ月後、新人マネージャーとしては紹介されたのが、同じクラスの真理奈。
真理奈との交流が始まるのは、ここからだった。

 マネージャーは、2人いた。1人目が3年生。2人目が1年生の真理奈。
3年生は、選手権で引退。主に3年生が出るが、1・2年生も試合に出ることはできるので、試合に貢献したいと考えている。
俺は、監督に認められ、試合に出場することが決まった。
休憩してるときに、先に声をかけてきたのは、真理奈だ。
「はい」
目の前に差し出されたのは、スポーツドリンク。
「・・・どーも」
その様子を見ながら、真理奈は言った。
「今井君って女子とは基本的に喋らないし、喋っても必要最低限だね。目も合わせてくれないよね。今みたいに」
「・・・・・」
「ねえ、同じクラスだし、同じ部活で関わりもあるから、少しづつでいいから、仲良くなろうよ」
「俺は、女とは仲良くしない。そっちも、必要以上に関わってくるな」
「女だからって偏見じゃない!」
真理奈は、俺の言葉に苛ついたようだ。
「お前に、なにが分かる!」
俺は、真理奈に怒鳴ってしまった。
真理奈は驚いた顔をした後に、目を伏せた。
そう言って去って行った。その姿を見送った後、真理奈が持ってきてくれた、スポーツドリンクを見つめた。
なぜ、怒鳴ってしまったんだろうか。
先に向こうが、苛ついたからだろうか。
それでも、違う言い方ができたと考えてしまう。
俺は、考えていることを追い払うように、頭を振り、練習に戻った。

 選手権は、無事に全国大会に進んだ。俺は、試合に出ることができるはずだった。
しかし、決勝前の練習で、俺は足を怪我してしまった。本当は、ベンチに入れないが、監督から期待の新人ってことで、ベンチで見ることが許された。
試合を見ながら、時折、怪我したところを見ていた。
怪我したとき、医務室に運ばれたが、先生が不在。少ししてから、真理奈が入ってきた。真理奈も先生が不在のことに気づき、救急箱を手にして、近づいて来た。
真理奈とは、あのとき怒鳴ってしまってから、ほとんど口を聞いてない。
「・・・あの今井君・・手当てするよ」
「自分でするからいい。イッテ!」
彼女を遠ざけようとした。手当ては、自分でできるのに、足の痛みが酷くて、動くことができない。
「自分では無理そうだから、あたしが応急処置するよ。後で病院に行った方が、いいと思う」
真理奈は、俺と目を合わせず、足にしか視線がいかない。
彼女も、気まずいのかもしれない。
でも、マネージャーだから来たんだろう。
 彼女は、慣れた手つきで、テキパキと応急処置を進めていく。
その様子を見ながら、話しかけてしまった。
「慣れてるんだな」
拒絶でない言葉を話しかけられて、真理奈は、そのときに俺と目が合ったが、すぐに目を逸らす。
「前によくやってたから」
「前に?」
「うん。弟の」
「そっか。今は?」
前にとは、どう言う意味で言っている?
今は、サッカーしてないのか?
「今はしてない・・・弟は・・・亡くなったから」
真理奈は、薄ら涙目になっていた。
俺はその様子を見て、聞いてはいけないことを聞いてしまったと思い、後悔した。
「ごめん」
「・・・ううん。大丈夫。応急処置終わったから。今井君は、ここにいて。監督に伝えてくるから」
真理奈は、そのまま医務室を出て行った。
俺は、また彼女の背中を見送るだけだった。
なぜ、彼女との会話は、後悔ばかりなんだろう。
それに、自分から不必要なことを話しかけてしまった。
仲良くなる必要はないのに。
 しばらくすると、監督がやってきた。
「大丈夫か?」
心配そうに、怪我の調子を聞いてくる。
「痛いですけど、大丈夫です」
そう言って、足を動かそうと思ったが、痛みで顔が歪む。
「大丈夫ではないな。どっちにしろ、病院に連れて行こうと思ってた。ほら、肩に掴まれ」
「すみません」
俺は、監督の肩に掴まり、足を引きづるようにして、タクシーで、近くの病院まで向かう。
病院で診察を終え、試合までには、怪我が治らないと言われ、ショックだった。
せっかく、決勝までいったのに、試合に貢献できないなんて。
帰りのタクシーで、監督が言った。
「今井、今回のことは残念だが、これで終わりじゃない。試合に出れなくても、見るだけでも、勉強になる。まだチャンスはある」
監督の励ましの言葉に、少しだけ救われた気がした。
そして、監督は言葉を続けた。
   「そういえば、応急処置してくれたのは、栗原だったな」
彼女の名前を聞いて、思わずビクッと肩を揺らす。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
「そうか?本当は、応急処置に行かせようとしたのは、3年のマネージャーだったんだよ。でも、栗原が自分で行きますと言って、聞かなくてな。手当ては、慣れてるからと言って。言葉通りに慣れてるな。応急処置が早く済んだから、怪我が完治するまでの期間が、思ったより短かった。栗原に次会ったときは、お礼言えよ」
「・・・はい」
監督は、気づいてるんだな。俺が、お礼を言えてないことに。
確かに、彼女のおかげで、怪我の具合が思ってたより、軽く済んだ。
しかし、なぜ彼女は、自分の怪我の手当てをすることに、こだわったんだろう。
理由は、慣れてるだけではないと思う。
気まずい思いしてきたのに・・・。今回だって・・・。
彼女にお礼を言うとき、また気まずくなるのかもしれない。
不安な思いが、頭をよぎった。

 同じクラスだし、マネージャーでもあるから、謝るタイミングはいくらでもある。
なのに実行しようとすると、言葉が喉の辺りで突っかえてしまう。その繰り返し。早く言わないといけないのに。
言えない自分が情けなかった。いくら女嫌いでも、感謝の気持ちは、伝えないといけないのに・・・。
 そうしているうち、決勝戦になってしまった。休憩時間になり、マネージャーが、各選手にドリンクやタオルを渡している。
そして一段落した辺りで、彼女は、スコア表を見てた。各試合の記録や改善点などが、書き込まれている。
俺は、その様子を見つめていた。視線に気づいた彼女が、こちらを見たので、すぐに目を逸らす。
その後は、チラ見したら、声をかけられた。
「今井君、あたしに何か用?」
やっぱり気づかれていた。しかし、このタイミングしかない。俺は、深呼吸して返事をした。
「用って言うか、この間のお礼と・・・あと謝りたくて」
「この間?手当てのこと?」
「ああ。栗原のおかげで、怪我の完治する期間が、思ったより短くなったんだ。試合は出れなかったけど、次に頑張る。それと・・・・・辛い記憶を思い出させて、ごめん」
「・・・」
最初のときは、顔を見ることができた。しかし、謝るときは、目を逸らしてしまった。そのときの彼女が、どんな顔をしていたのか分からない。
なんて、返事がくるだろうか。この沈黙が、早く終われと願ったときだった。
   「初めて、名前呼んでくれたね」
「え?」
想定外の返事に、戸惑いを隠せない。反対に彼女は、少し微笑んでいた。
「今まで会話少ないし、用があっても、おいって言ってたでしょ。少し嬉しかったよ」
俺は、無意識に名前を呼んでいたのか・・・。
「それと、弟のことは、気にしなくていいよ。弟のことで、しんみりする気持ちは、やめようと思ってるの。弟は、スポーツクラブでサッカーやってて、怪我することもあった。手当てはするのは、あたしの役目だった。弟が亡くなった後も、好きだったサッカーのサポートをしたくて、マネージャーになったの。あ、ごめん!ベラベラ話してた!もう離れるね!」
すぐに、その場を立ち去ろうとした、彼女を引き止めた。
「どうして俺に、そこまで話してくれたんだ?」
「今井君なら、話してもいい気がしたから。あたしも、前に進まなきゃね」
「もう進んでる」
「え?」
俺の言ってることが、理解できないって言う表情だ。
俺も、つい自然と口から出てしまった。出てしまった以上引くことができず、言葉を続けた。
「サポートしたくて、マネージャーになったんだろ。もう、マネージャーの仕事してるし、誰かのサポートになってるんだよ。実際に、俺の手当てもしてくれたじゃないか」
俺の言葉を黙って聞いてた彼女は、ポロッと涙が出た。
俺は、そんな彼女に慌てる。
どうすればいい?母以外にこんなに喋ったのは、久しぶりだ。
なだめ方が分からず、オロオロしてしまう。そんなときに、彼女から話した。
「ありがとう」
「・・・」
「自分では、まだまだだと思ってるんだけど、誰かのサポートになってるって思われてるのが、嬉しくて泣いちゃった」
彼女は涙を拭き、笑顔を向ける。
俺は思わず、顔を背けた。
「もう行くね」
彼女は、俺が顔を背けてる間に去って行った。
 選手権の決勝は、惜しくも敗退した。3年生は引退し、2年生を先導に、次の大会は優勝を目指すため、練習に今まで以上に励んだ。
マネージャーも1人になり、今まで以上に大変になり、部員が帰った後も、1人で残り、仕事をすることが多くなっていた。
 俺は女嫌いなのに、彼女だけは、いつもなんとなく、気になってしまう。
この間の選手権の決勝戦みたいに、会話が増えたわけじゃない。お互い、必要な言葉を以外は話さない。それは、今までと同じはずなのに、なぜだ?
もし、必要なこと以外で、彼女から話しかけられても、今の俺から、嫌な気がしないと思う。

 ある日の、部活終了後のことだった。今まで通り練習終了後、部室の隣にある更衣室で、着替えを終えた後のことだった。
更衣室を開けると、隣の部室がまだ電気が点いている。誰かいることが分かり、部室を開ける。そこにはマネージャーがいて、彼女から挨拶をした。
「お疲れ様」
「お疲れ」
彼女は、何かを見ていた。後ろを通り過ぎるときに、ノートをチラッと覗き見する。
中身は、スコア表を見ていた。時計を見ると、もうすぐ21時だ。
「帰らないのか?」
「うん。もう少ししたら、帰るよ」
「そうか」
そう言って、部室を先に出た。
彼女はいつも、あの時間までいるのか?
そんな疑問が、浮かび上がってくる。
それに、なんだか胸騒ぎする。その胸騒ぎを無視することができず、元来た道を引き返した。
 俺は、無我夢中で走っている。そもそも、彼女の家なんて知らないし、引き返してることに意味があるか分からない。でも、体は勝手に動いてる。
俺は今、大通りを走ってる。そのとき、俺は足を止めた。この大通りに行くには、近道がある。しかし、その道は、夜になると人通りと街灯が少ない。
もしかして、その道を通っているのか?
そうではないことを願いながら、その道に向かった。その道に入って、しばらくのことだ。
「やめて!!!」
女の声が聞こえた。聞き間違いじゃない。この声は、彼女だ。
「嫌!!!」
また彼女の声が聞こえ、声のした方に方向転換し、走り出す。
すると、公園が見え、複数の男達が、何かを取り囲んでいた。
「助けて!!!」
間違いない。取り囲まれてるのは、彼女だ。
「そんなに嫌がるなよ。大人しくしていれば、優しくするから」
「もういっそ、声出せないようにしちゃえば」
「そうだな。誰か、口塞ぐ物持ってる奴いるか」
彼女は、男達に押し倒され、動けないようにされていた。
「おい」
俺は、男達に声をかけた。
「あ?ガキが何の用だ。とっとと家に帰りな」
「彼女を離せ」
「お前に関係な「離せって言ってるのが、分からないのかよ」
男の言葉を遮った。その声は、自分でも思ったより低い声で、威圧的な態度。
男達は、軽く悲鳴をあげて逃げて行った。
 彼女は上半身を起こし、呆然と俺を見ていた。
「大丈夫か?」
もしかして、俺のことを、怖いと思わせてしまっただろうか。
そんなことを考え、彼女の近くに行き、同じ目線になるように、腰を降ろす。
「そんなところに座ってたら・・・」
汚れると言おうとした。
その前に、彼女は、俺の言葉を遮り、抱きついた。
突然の行動に戸惑った。彼女を見ると、顔は見えないが、体が震え、啜り泣く声が聞こえた。
男達から、怖い思いしたばかりなので、無理もない。こう言うときは、どうすればいいのか分からないが、彼女が、落ち着くまで待った。時々ぎこちないが、頭をポンポンとした。最初は、彼女がビクッと震えたから、やめた方がいいかと思ったが、2回目は、反応を見せなかった。
「・・・ごめん、今井君」
彼女は、申し訳なさそうにしている。
「なんで謝る」
「だって、必要なこと以外で関わってしまったし、私の涙と鼻水で制服が・・・」
「そんなことは、気にしなくていい」
「でも・・・」
「俺は、栗原となら必要なこと以外でも、関わってもいい気がしている」
「え?・・・なんで?」 
「それは、まだ言えないが、言えるときがきたら話す」
理由はまだ言えないのに、彼女が今後、必要なこと以外で関わってくれるだろうか。
不安が頭をよぎったが、それは一瞬のこと。
彼女は、頷いてくれた。
「遅いし家まで送る。それと大通り出るために、この道通ったんだろうけど、もう通るな。あと、今後は部活終了後は早く帰れよ。時間がかかるようなら、俺も手伝うから」
彼女が、頷いたことを確認すると、俺は立ち上がり、手を差し出した。彼女は少しの間、俺の手を見つめ、手を取った。彼女も立ち上がり、一定のか距離を保ちつつ、彼女の家まで送った。

 部活終了後、ボールの片付けなど雑用をしてたマネージャーを見て、俺も手伝った。
「今井君、着替えなくていいの?」
彼女は驚いて、こちらに近づいて聞いてくる。
「栗原の仕事が終わったら、着替える」
「え、でも、それじゃあ今井君の帰り遅くなっちゃうし、これは、マネージャーの仕事だし悪いよ」
彼女の言ってる意味も分かる。でも、昨日みたいに、また彼女が、帰りが遅くなるのは、嫌だ。
「これくらいなら、大したことない。今までは、マネージャーが2人いたから、終わる時間も早かったけど、今は1人。マネージャーだからって、全部1人でやらなくてもいいんじゃないか?選手にだって手伝えることはある。マネージャーの仕事を全部奪うわけじゃない。裏方のサポートもあって、チームなんだ。だから、何が言いたいかって言うと・・・周りに少しは頼って良いと思う」
「ありがとう・・・今井君、優しいね」
微笑む彼女を見て、すぐに目を逸らした。
「別にそんなことない」
 周りの部員も、俺がマネージャーの仕事を手伝ってるのを見て、なぜ、手伝ってるのか質問された。
俺は、マネージャーが1人で、帰りも遅くまで残ってることを伝えると、チームワークが良いメンバー達は手伝ってくれ、彼女の負担も減っていった。

 月日は流れ、現在バレンタイン。
俺は、屋上にいて、下校している人達を眺めた。
今日は部活はない。俺は、部活がない日は放課後、屋上にいる。
ドアが開く音がして振り返ると、彼女がいた。
「あ・・・今井君・・・見つけた!」
彼女は、走って来たようで、肩で息をしながら近づいてきた。
「どうした?」
俺に急用でもあるのか?全く心当たりがない。
「渡したい物があって・・・」
「渡したい物?」
「う、うん!あのさ・・・朝見かけたんだけど、今井君の靴箱に・・色々入ってたね」
「あー今日は、バレンタインだからな。入ってたものは、友達にあげた」
「・・・あげたの?」
「ああ。別に必要がありないから」
女嫌いの俺だが、彼女を通じて、クラスの女子と挨拶や最低限の会話、愛想笑いができるようになった。
「ところで、渡したい物って?」
彼女に問いかけると、後ろに何かを隠した。
「あ、渡したい物ない。ごめん。なんでもないから気にしないで」
俯きながら言って、何かを隠す彼女に、苛ついた。
「息を切らせながら来たのに、何もないわけないだろ。さっき隠した物見せろ」
「・・・でも、あたしのも、誰かにあげるんでしょ」
「栗原のは、誰にもあげない。受け取る」
「え、なんで?」
彼女の顔をパッと上げ、驚いている。
「別に、理由はいいだろ」
「えー!気になる!」
「いいから、早く渡せよ!」
「分かったわよ!」
最後は、お互い強気だったが、悪くない。
彼女は、後ろに持ってた紙袋を渡した。
「ありがとう。見ていいか?」
彼女を頷いた。それを確認してから、紙袋の中の箱を開けると、トリュフチョコが入っている。
「おお!美味そう!いただきます」
俺は、1つ掴んで、口に入れる。入れた瞬間、甘い味が広まる。
その様子を、彼女は少し心配そうに見ていた。
「美味い」
「本当!?良かった!何度も作り直したかいがあった」
「何度も?他の人にも渡してたし、結構な量になるな」
俺は、顔では笑ってるが、心の中は、モヤモヤしている。
彼女は、他の男にもチョコあげてたし。女嫌いの俺より、ずっと絡みやすいだろうな。
「作り直したのは、今井君の分だけだよ。他の人のは、もっと簡単な物で、友チョコや義理チョコだから」
「・・・・・それって」
俺のは、本命チョコ。期待していいのか。頭が、すぐに回らない。
「・・・あの・・・・今井君のは、他の人と一緒にしたくなくて・・・今井君に対する気持ちを、どう言う言葉がいいか分からない・・じゃあ、私は帰るね!」
彼女は、そう言うと走って、屋上から出て行った。
彼女が出て行った後、貰ったチョコを見つめる。
彼女の言葉と、自分が彼女に対する気持ちと、ホワイトデーのお返しを何にするか考えた。

 お返しのホワイトデーの日は、あっという間に来てしまった。
事前に彼女には、放課後に屋上に来てほしいと伝えた。
放課後になり、彼女が来るのを待った。この1日ずっと緊張している。ドアが開き、彼女の姿を見て、緊張がより増した。
「・・・お待たせ・・ごめん・・・先生に捕まっちゃって・・遅くなった」
バレンタインのときと同じように、肩で息をしながら、近づいてくる。
「いや、大丈夫だ」
「それで、どうしたの?」
「これ、バレンタインのお返し」
彼女に、紙袋を渡した。
「ありがとう。開けていい?」
彼女の問いかけに、頷いた。
「チョコクッキーだ!美味しそう!」
そう言って、彼女は、クッキーを一齧りする。
「美味しい」
「良かった・・・あのさ」
お返しを喜んでもらえて、良かった。俺には、もう1つ彼女に用がある。

 なかなか、続きを話さない俺に、彼女は首を傾げる。俺は、深呼吸して言った。
「前に、栗原となら、必要なこと以外でも関わっていいって言った理由・・・今なら言える。重い話になってしまうが、聞いてくれるか?」
彼女は、食べかけのクッキーを箱に戻し、頷いた。
俺は、女嫌いの理由を話した。
「俺は、女嫌いになってしまったが、栗原に当たってしまったときや、会話が少ないし、上手くいかないときは、落ち込む。でも、部活を通じて、少しづつ関われるようになった。それで、気づいたら、気になる存在で、もっと知りたいと思ってる。だから・・・俺は、栗原の事が好きだ」
話終わるまで、彼女は、黙って聞いてくれた。
なんて返ってくるか気になる。心臓の音がうるさい。
でも、断られても、しかたない。過去は重い。他の男の方が良いかもしれない。そんなことを考えていた。
 しばらく沈黙した後、彼女が口を開いた。
「辛い過去を話してくれて、ありがとう。あたしには、想像できないほどの辛さだし、女嫌いになってしまう理由も、しかたないと思う。でも、そんな経験しても、今井君は、優しいよ。最初は、ぎこちなかったけど、あたしのことを心配してくれたり、優しくしてくれる。いつの間にか、あたしも、今井君のことが気になってて・・・好き。付き合いたい」
彼女の言葉を聞いて、胸を撫で下ろす。
同じ気持ち。恋愛なんてしないと思ってたが、気づいたら、好きな人ができている。
「もちろん、付き合おう」
彼女に向けて、笑顔と答えた。
 こうして、俺と真理奈は付き合い、たまには喧嘩もするが、幸せな日が多い。
進路も同じ大学を希望。お互い大学に合格すると、前から考えていた、同棲したい気持ちがある。
真理奈に、同棲と、いづれ結婚しようと伝えた。彼女も共感してくれたので、お互いの家に挨拶しに行った。
 俺の父は「琉斗が、幸せなら反対しない」
真理奈のご家族は、最初は反対されたが、諦めずに何度も訪問した。真理奈の母親に、最初は固まってしまったが、真理奈の母であるため、なんとか乗り越えることに必死だった。
同棲や結婚に対しては、最終的に賛成してくれたが、道のりは長く感じた。

   「俺は、真理奈のおかげで幸せな道に進めてる」
俺は、紅音に過去を打ち明けた。
紅音は、しばらく沈黙した後
「そっか」
と短い一言だけだった。でも、紅音は、干渉しないところがあるから、色々聞かれるより、良かったと思っている。

   「紅音は?彼氏とか好きな人とかいるのか?」
「いない」
「紹介しようか?彼女ほしいって言ってる人いるし」
「恋愛はいらない」
「そっか。紅音は、今幸せか?」
「さあ?」
紅音は、曖昧に答えた。相変わらず無表情だが、一瞬だけ、暗い闇に飲み込まれたように見えた。
紅音も何かを抱えてる。でも、それは、俺とは比べ物にならないような、もっと深い闇に思えた。
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