ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

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第5章

大切なパーツの欠落

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 世間は新年を迎え、冬休みも終盤だ。
今は、ボスの部屋に新しい任務のためにいる。新しいターゲットの資料を落としそうになった。
私は今どんな顔だろうか。今までのターゲットを見るときみたいに、無表情だろうか。自信がない。
   「すまない。Bloody roseに、こんなことをさせようとして」
ボスは椅子に座り、頭を抱え込んでいて、表情が見えない。
「・・・・・もう1人は?」
「もう1人は、大丈夫だ。本当は、別の奴にした方がいいと私は言ったんだよ。だけど、殺し屋本部が近い人の方が怪しまれないと言って、君を指名した」
もう1人のことは、名前を言わなくても、この状況なら誰のことかは、私とボスには分かっている。ボスは顔を上げると、浮かない表情が見えた。
「とても、酷なことは分かっている。今から別の奴にと。もう一度、本部に伝えて「無理ですよ。そんなこと」
ボスの言葉を遮った。本部の言うことは、相当な理由がない限り、決定は覆せない。
正確に言えば、本部の会長の考えが変わる何かがないと。例え、幹部のボスでも無理だ。決定を覆すようなものは、何も持っていない。
「私が行った方がいいと思います。もう、あまり時間がないので、私は、これで失礼致します」
「Bloody rose。分かっているとは思うが、ターゲットを逃がしたら・・・」
「そんなことを、私がすると思いますか」
ボスを一瞥して部屋を出た。自分の部屋に戻ると、資料をグチャグチャにして、ゴミ箱に捨て、溜め息をついた。

 その夜、早速ターゲットの住まいに向かい、裏口から入り、部屋に忍び込む。全身真っ黒で、フードの大きなパーカーを着ている。そのフードを被り、顔を隠している。
ターゲットは、部屋で1人だ。もう1人は、実家に帰っている。リビングにいないことを確認し、寝室のドアを開ける。そして、ターゲットに近づき、寝ていることを確認すると、銃を取り出し、銃口を向けようとした。
「・・・ん」
とターゲットが声を出したと思ったら、目が開き、起きてしまった。
そして、自分の近くに、顔が見えない奴が銃を持っていることに、驚いている。
口を開けようとしたときに、手で塞ぎ、そのままベッドに押し倒し、銃口を頭に付ける。あとは、引き金を引けばいい。いつもは、一瞬で終わらした。だけど、今回は躊躇った。その隙に、押さえ付けられていた相手が、押し返し自由の身になった。
「誰だ!お前は!」
「・・・」
答えない私に殴りかかってくる。それを躱すだけで、攻撃をしない私に、怪訝な顔を向ける。
「おい。顔も名前も教えないし、なぜ、攻撃も躱すだけなんだ。お前、俺を殺しに来たんだろ。なんでだよ?!まさか、令和の切り裂きジャックと関係があるのか?」
私は、首を傾げた。令和の切り裂きジャックを殺したのは私。関係があるのか聞かれると、曖昧なところだ。
本当は、顔も見られず、喋らず、殺すつもりだったのにな。
運悪くターゲットが、目覚めてしまった。ターゲットからすれば、状況が分からないまま死ぬ。
でも、今回は顔も見せて、喋ってもいいだろう。最後に、恨み言を残して死ぬだろうな。
 私は、フードを取り、顔が露わになる。
「紅音?!なんで・・・」
まさか、親友に殺されるなんて夢にも思っていないだろう。目を見開き、驚きを隠せない様子だ。
「殺しのターゲットに選ばれたから」
「殺しのターゲット?」 
「いわゆる処刑リストのようなもの」
「なんで、そんなものに俺が?それに紅音が殺しに来るのも分からない。真理奈は?!真理奈も入っているのか?!」
自分のことより、婚約者・・・。もうすぐ花嫁になる人のことを心配しているんだな。琉斗らしい。
「真理奈は、リストには入っていない。琉斗が、なぜ、ターゲットに選ばれたのかは、分からない。決めるのは、別のところだ。私は、殺し屋だから任務のために、ここにいる」
「俺と真理奈が、殺されないように逃げられる可能性はないのか?」
僅かに希望の光が、目に宿っている。
親友なら、助けてくれるだろうと思って。
「あるなら殺しに来ない。ターゲットを逃がすなんて以ての外。あまり長くは話さない。言い残したいことがあるなら、考えていろ。ただ、これだけは言わせてほしい。私は、殺すために、琉斗や真理奈に近づいたわけじゃない。2人と過ごした時間は、楽しかったよ。でも・・・信じられないだろうね。私のことは、許さなくていい。憎めばいいよ」
「・・・」
琉斗は何も言わない。心の中では思っているはずだ。
『憎い。出会わなければよかった』
「さあ、そろそろ時間だ。最後に言い残すことは?」
「これは、俺の独り言だ。できる限りでいい。真理奈を守ってほしい」
「・・・」
私も何も答えなかった。
そして、銃口を琉斗の頭に向ける。
「ごめんね。さようなら」
そして、引き金を引こうとした。琉斗は決心したのか、目を閉じる。
「さようなら」
その言葉の後、銃弾が頭に当たり、その場に崩れた。私は、少しの間、琉斗の遺体を見つめ、その場を去った。
 その日の帰りは気が重かった。もう1人の親友の泣き叫ぶ顔が、目に浮かぶ。
なぜ、琉斗なのか。殺すとしても、結婚して新婚生活を満喫した後でも・・・いや、その場合だと、将来の話や当時付き合っていた思い出話などして、幸せな時間が増え余計に辛い。だったら、もっと前に・・・。 
様々な考えが頭に浮かぶ。考えたところで、どうにもならない。ターゲットに選ばれた時点で、彼の運命は、決まっていたのだから。
【任務に余計な感情を入れてはならない】
そうボスから、口を酸っぱくするほど言われたが、今は、感情のコントロールができない。
真理奈に自分の正体も、任務も打ち明けられない。
ただ、いづれ知った場合、真理奈が、どんな行動に出たとしても、私には止める権利はない。
真理奈が私を殺すと言うなら、その場所に現れる。
 でも、私も譲れないものがある。両親の敵討ちをして、形見を取り戻すまでは、死ぬことはできない。
なんて身勝手なんだろう。自分には、止める権利はないと思いながらも、目的を果たすまでは、死ねないと思ってしまう。
もし、仮に目的を果たしてたら?翼を残すことになるのか・・・。約束を破ることになるな。きっと、許してくれないし、悲しむだろうな・・・。
しかたない。どうにもならないこともある。
結局は自分が1番。自分の身勝手に自然と自嘲してしまう。
 あの2人、いや3人か。3人の顔を思い浮かべながら「ごめん」と小さな声で呟いた。誰もいない静寂のせいか、自分の声が大きく聞こえる。
今晩は、1番寒く感じる。この日は、1番寒い日ではない。自分は、寒がりではないし、風邪もひいてない。それなのに、寒さを感じる日。
帰り道、両親が殺されてから出なかった涙が、頬を伝って零れた。

 次の日、結婚式当日に、琉斗が現れないことを不審に思い、彼の父親が様子を見に行った。そのときに、彼の遺体を発見した。事件のことを真理奈とその家族は、結婚式の控え室で知ることになった。その場にいた私も事件の話を聞くことになり、昨晩のことを思い出す。
事件を知った真理奈は泣き叫び、その場に崩れる。
「嘘よ!嘘!笑えない冗談やめてよ!琉斗が殺されたなんて!誰の仕業なの?!」
真理奈は泣き叫びながら、繰り返した言葉。
真理奈の周りを、家族が取り囲むが、かける言葉が見つからない様子だ。
真理奈の名前を呼んだり、背中をさすったり、肩に手を置いたりしている。
この場にいる私以外が、状況を飲み込むことができない。
無理もない。結婚式前日に殺され、当日に伝えられるなんて、誰が予想できるだろうか。
人生で幸せな1日になる予定が、最悪な1日に変わってしまった。
 私は、その場にいたたまれなくなって、控え室を出ていこうとした。
そんなとき、真理奈が立ち上がって、私に抱きついた。真理奈は、私の胸の中で肩を震わせ泣いていた。
こんなときは、何か言葉かけるべきか・・・。真理奈の背中に腕を伸ばしていいのだろうか・・・。
私は、彼女の1番大切な人を奪った張本人。自分には、彼女のために何かする資格はない。
この場はどうすればいい。思考を巡らせるが、何も思いつかない。
周りに目を向けると、真理奈の家族がこちらを見ている。
何もしないのは、不自然に見えてしまうだろう。心の中では躊躇いながら、彼女の背中に腕を回し、彼女の言葉に「うん」と言ったり、時折黙ることしかできなかった。
そして、「ごめん」と心の中で呟いた。
この2日間は、私にとって忘れられない日になる。両親が惨殺された、あの日と同じように・・・。
 私が殺し屋でなければ良かった。裏の人間でなければ良かった。そうすれば、例え、琉斗が殺されたとしても、私は親友として、あなたを支えられるのに。
ねえ、真理奈、琉斗。私達、違う出会いをしたかったな。
私が、裏の人間としての運命を変えられないなら、親しくなりたくなかった。
でも、殺し屋として・・・裏の世界と無縁なら、あなた達の幸せな姿を見守りたかった。
真理奈や琉斗が、ターゲットにならないとは言い切れない。でも、ターゲットにならない未来に期待したかった。
 今、自分は、どんな顔をしているだろうか。いつものように、無表情なのか。後悔している顔だろうか。
そのとき、また一筋の涙が零れた。周りに悟られないように、顔を背ける。
私と真理奈と琉斗の3人の思い出。こんなときに思い出したくない。溢れそうな涙を堪えた。
「ごめんね」心の中で謝った。真理奈と琉斗への謝罪の言葉。

***
 結婚式の日から3ヶ月経った。あの日から住まいを実家に移した。琉斗が、突然誰かに殺された。犯人は未だに分からず、手がかりもないようだ。犯人が憎い。死んでほしい。心は、日に日に荒んでいく。
話を聞いてほしい。それは、両親ではない。あたしが、聞いてほしいと思っている相手は、紅音。紅音を最後に見たのは、結婚式の控え室。それっきり、彼女とは連絡が取れてない、会えていない。
どうして、急にいなくなったの?
あたしは、大事な人を2人も失ってしまった。
もう、彼女とは会えないの?
あたしから連絡しても、折り返しの電話も返信もない。もちろん彼女から、連絡がくることもない。
 あの日から、しばらくの間大学を休んでいた。その後大学に行っても、紅音の姿はないし、周りの同情の目に耐えられなくて、その日のうちに帰った。きっと、次の日も大学行っても、紅音はいないと考え、まだ休んでいる。
 食欲もなく、両親の食事に手をつけるのは、少なかった。両親の食事は、満足に食べれないけど、別の物で口にするものがある。週1~2くらいのペースでベランダに置かれている食べ物。ゼリーや果実、お菓子など簡単なものばかり。名のない差し入れ。最初は、警戒してたが、何度も続くので、思い切って食べてみた。
コンビニやスーパーで売っているものだし、特別美味しいわけではない。なのに、なぜか溢れ出る涙。頼れる誰かが、傍にいるわけじゃないのに。もしかして、誰かが遠くから見守っているのかな。
それなら、近くに来てほしい。
 ある日、朝起きたらメールが届いていた。あたしは、すぐにスマホを手に取る。紅音かと思って。しかし、その期待はすぐに裏切られる。知らないアドレス。迷惑メールかと思って、消そうとしたとき、手が止まる。メールの題名を見て。
【今井琉斗を殺した犯人を知ってる】
まだ、メールは見ていないが、心臓がバクバクする。
このメールを見れば、犯人が分かるの?
1度深呼吸してメールを開いた。そこには、添付ファイルのみ。恐る恐る開くと1枚の写真。
「なにこれ」 
その写真を見た瞬間、あまりの衝撃で目眩がした。


 あの日から、真理奈の前に姿を見てせていない。任務を行いながら、週1~2回差し入れをして、離れたビルから双眼鏡で様子を見ている。最初は、差し入れを口にしなかったが、何度目かで口にしてくれた。それからは、警戒しないようになり、必ず食べてくれる。泣きながら。食べてくれるのは嬉しいが、泣かれると心苦しい。親が作った栄養のある食事には、あまり手をつけないのに。名のない差し入れには、完食する。
複雑だ。
 彼女は、部屋に引きこもったまま。ろくに外出しない。いつもの元気な姿は、どこにもない。
そうなるようにしてしまったのは、私だ。
彼女は、何度も私と、連絡をとろうとする。とれないたびに、表情が暗くなっていく。
【これは、俺の独り言だ。できる限りでいい。真理奈を守ってほしい】
琉斗の独り言。違う。願いだ。彼は、私が殺し屋であること、自分が殺されることを知った。別れの前に言われた言葉は、私に重くのしかかる。彼が死んだ代償のように。
彼が、今の彼女を見たら、悲しむだろう。
彼女を守る方法は、他にもあるかもしれない。でも、今の自分には、他に何ができるのだろうか・・・。

今は彼女が、少しでも栄養のあるものを口にして、元気になってほしい。
そう願う。

 さらに、1ヶ月が経った。私は、今、廃工場にいる。奥は電気が点いている。明るい方に歩き中央まで来たが、誰もいない。呼び出した相手は、これから来る。
私は、この後どんなシナリオになるのか、考えていた。呼び出された理由は、分かっている。
 しばらくすると、暗い方から1人の足音が聞こえた。その足音は、私に近づいてくる。呼び出した相手だろう。そして、顔が露わになる。
「久しぶりね。紅音。会いたかったよ」
「・・・真理奈」
「・・・・・こんな形では、会いたくなかったのにな」
真理奈の顔は、暗い顔は変わらず、私を見つめている。
真理奈には、自分が殺し屋のことも、任務のために琉斗を殺したことも言えない。

 真理奈は、ポケットからスマホを取り出し、操作した後、私のスマホが鳴る。私は、スマホを取り出し、確認すると、転送メールだ。添付ファイルを開けると、1枚の写真。私が、琉斗の頭に銃口向けている写真。これを見れば、私が殺したと思うだろう。だけど、これは、あの日の写真ではない。私が着ていた服装が違う。これは合成だ。
   「何か言うことある?この写真を見ると、紅音が琉斗を殺したように見える。そうなの?」
「・・・そうだよ。私が殺した」
殺したことだけ認めて、合成のことは言わなかった。意味がないからだ。
それにしても、誰があんな写真を。あの日、カメラなんてなかったのに。
「どうしてなの!?」
真理奈の怒号が、静かな廃工場内で木霊する。
「私は、他人の幸せを壊すのが好き」
「は?」
「人の幸せを見ると反吐が出る。お互い浮かれて馬鹿みたい。結婚することにまでなって。だから、本当の幸せを手にする前に殺したの。真理奈は実家にいて、琉斗は1人だったでしょ。女の私でも、銃があれば殺せる。親友に殺されるなんて、思いもしなかったでしょうね」
「そんな理由で!自分が何をしたのか分かっているの!?紅音にだって、お互い好意を持っている翼がいるじゃない!自分が幸せなときでも、他人の幸せを壊すの?!」
「そうよ。自分が幸せでも壊す。だって、今までもそうだったから。それを、抑えるのは難しい。でも、感謝してほしいな。もう真理奈に用はないから。次の恋人ができて、その人と結婚することになっても、手は出さないから。1度幸せを壊せた人は、用済み」
「感謝?!そんなことすると思っているの!?それに、この写真を、警察に持っていけば、紅音を捕まえられる!」
「そうだね。でも、真理奈の目的は、私が、警察に捕まることではないでしょ」
「・・・」
「合っているはずだよ」
「合っている。流石ね。紅音、どこか他の人と違う気がしていた。こんなに悪い人とは思わなかった」
そして、真理奈は、ポケットからナイフを取り出した。
   「あたしはね、琉斗を殺した犯人が憎いし、死んでほしいと思っている。この写真を見たときは、本当に驚いたの。殺したのが、紅音だと思いたくなかった。親友と思っていたから。何かの間違いだって。だから、話を聞くまで半信半疑だった。実際に話を聞けば、あたしの中で生まれていた憎しみ心は、大きくなった。だから、紅音、死んで」
予想通り、殺しにくる。憎悪に満ちた目で。
そのまま、彼女は、一直線に私に向かって走ってくる。私は、それを黙って見ている。
「・・・ッ」
鈍い痛みを感じ、刺されたお腹から、ボタボタと血が落ちる。
彼女は、私から少し離れると、私のお腹と自分の手元を交互に見て、ナイフを落とし、動揺している。
「ど・・・どう・・・して」
「・・・どうして?・・・それは・・こっち・・・が聞きたい」
「どうして、避けないの?」
「・・・理由なんて・・・なんでも・・いい」
理由か。殺されるつもりはないが、痛みくらいは、味わった方がいいだろう。これくらいで、2人の痛みや苦しみが、なくなるわけではない。贖罪にもならない。ただの自己満だ。
「と、とにかく救急車呼ばないと」
スマホを取り出し、救急車を呼ぼうとする手を掴んだ。
「いらない。私を・・・殺しに・・きたんでしょ」
「そ、そうだけど、実際に刺して血を流しながら、紅音が苦しむ姿を見て、これ以上は何もできない。あたしと、琉斗と、紅音。3人で過ごした時間が、嘘ではないような気がして・・・だから殺せない」
真理奈の目は、少しだけ光が戻ってる。
素直な子だから、自分がしたことに耐えられないのか。
「ごめんね。死ぬのは、紅音じゃないよ」
「は?」
真理奈は、私の手を振り払い、ナイフを持って、距離をとる。
「ねえ、ベランダに差し入れしてたの紅音でしょ」
「なに言って「なんか、そんな気がしてたの。あのタイミングで差し入れなんて。あたしの、今の状況を知っている人じゃないかって」
「・・・」
「ごめんね。痛い思いをさせて。やっぱり、紅音を殺すのは無理。自分でしたことは、自分でケリをつけるよ」
「真理奈、やめて!!!」
真理奈は、そのまま私を刺したナイフで、自分の胸を一突きした。
一瞬頭が真っ白になった。そして、そのままその場に崩れ落ちる真理奈が視界に写る。
私は、すぐに真理奈の元に駆け寄った。刺されたところが痛むが、どうでもよかった。
   「真理奈!!!・・・しっかりして!」
真理奈を軽く抱き起こして、自分の腕の中に入れる。すると、真理奈は薄ら目を開けた。そして、私の腕を掴んだ。
「・・・やっぱり・・こっちが・・・ほん・・・とうの・・あかね」
「真理奈・・・もう喋っちゃダメ!」
「さっきのは・・ぜんぶ・・うそ・・。あかねは・・・ひどい・・ひと・・・じゃない。りゅうとが・・いれば・・こうはならなかった・・・のに・・。いっしゅん・・でも・・しんじた・・あたしは・・・ばかね」
「・・・・・」
「けっこん・・しきのひ・・・あかね・・ないた・・・。あたしと・・・りゅうとの・・・ために・・ないて・・くれたと・・おもって・・・いる」
「・・・・・」
「あかね・・・。あたしと・・りゅうとの・・ぶんまで・・・・・いきて」
真理奈は、掴んでいた腕を離し、力尽きてしまった。
「真理奈?真理奈!しっかりして!目を開けてよ!!!」
体を揺さぶっても、目が開かない。死んでいると分かっているのに。無意味なことなのに、そうしてしまった。
「・・・真理奈。こんなことさせて・・辛い思いをさせて・・・・・ごめん」
「琉斗。あんなことしたうえに、真理奈を守れなかった・・・・・ごめん」
真理奈の、冷たくなっていく遺体を見ながら、頭では、琉斗の遺体を思い出し、泣いた。泣いたって2人は戻ってこない。分かってるのに。今すぐ泣き止んで、この場を、立ち去らないといけないのに。私は、しばらく動くことができずにいた。
 泣き止んだ後、ボスに電話をして、後処理と真理奈の自殺を伝えて、遺体を置く場所を指定する。自分の怪我の話を、最後に伝えた。怒られたが、すぐに手配してくれた。2台の車が到着して、1台には真理奈を乗せると、別の場所に向かっていく。真理奈は、廃工場のように、暗くて汚い場所は似合わない。ディモルフォセカが咲いている場所に、遺体を置くように頼んだ。
私は、そのまま組織に戻り、治療が終わった後、任務を一定期間休むように言われた。ボスなりの気遣いなのだろう。
 大事な人が2人も亡くした私の心は、大きな穴が空いて虚無感が支配した。

 私は、1ヶ月ぶりに外に出た。その間、翼やボスが、部屋を訪ねてたが入れなかった。
 今の私の髪色は、真理奈や琉斗が褒めてくれた色ではない。地毛の金髪に戻っている。
髪色は気に入ってたが、今は見るだけで、そのときの会話が思い出して辛い。
 私は、ある物を持ち出した。それは、写真立て。正直2人が死んでから、この写真立てをどうしようか迷った。2人の結婚祝いに買ったが、結婚式はなくなった。
真理奈が生きていて、元気になったら渡すことも考えていたのに。
捨てることも、売ることもできずに、買ったままの状態で保管をしていた。
 今日は、これを届けるために出かけている。途中の花屋で花束を2つ買い、2人のお墓に向かう。結婚はできなかったが、2人のお墓は、隣り合う状態で建てられている。
私は、2人のお墓に花束を置く。そして、持ってきた写真立てのラッピングを外し、箱から出した後に、真理奈のお墓に置いた。
メッセージを添えて【真理奈&琉斗】
しばらく、2人のお墓を眺めていた。こう言うときは、なんて話かけるのだろうか。近況報告できるような楽しい話もないし、2人には謝罪の言葉しか思いつかない。
 しばらくすると、2人分の足音が聞こえる。その場から離れようと思いながら、足音が聞こえる方に視線を向ける。その人物を見た瞬間、立ち上がり、その場から逃げたい衝動に駆られる。
まさか、お墓参りの日が被ってしまうとは。
   「あなた、紅音さんよね」
「はい」
声をかけてきたのは、真理奈の母親だ。その場には、もう1人いる。琉斗の父親だ。
「お会いするのは、結婚式以来ですね」
「はい」
2人から話しかけられて、目を逸らしたくなる。
2人は、花束と写真立てに気づいた。
「これは紅音さんが?」
「はい。本当は、結婚祝い品で用意してたんですが・・・あんなことになってしまって・・・。この品物をどうするか迷いましたが、2人のために買ったので、届けようと思って来ました」
「・・・そう。ありがとう」
「君は・・・優しいね」
真理奈の母親は涙を流し、琉斗の父親は涙目だ。
その姿を見て、私は、お礼を言われる筋合いはないし、優しくないと思っている。
写真立ては、真理奈の母親が持ち帰ることになった。
   「では、私はこれで」
2人に頭を下げ、その場を立ち去ろうとした。
「待って。あなたに、渡したい物があるの」
「僕は、見せたい物がある」
「それは、なんでしょうか?」
「ここで見せるのは、ちょっと。場所を変えましょう」
真理奈の母親によって、近くのカフェで話すことになり、3人で場所を移動した。
3人とも飲み物を注文し、全員分の飲み物が届く。その間、誰も話さなかった。
「真理奈がね、よく、あなたの話をしていたのよ」
「うちの琉斗も、時々話てた。真理奈さん以外で、女嫌いのアイツが話すのは、珍しかった」
「・・・・・」
「ねえ、大学とかで3人で過ごしてたときは、どんな感じなの?」
琉斗の父親も口には出さないが、気になっているようだ。
「最初に話かけてくれたのは、真理奈さんです。琉斗さんは、真理奈さんの隣にいました。真理奈さんが、私のことを気にかけてくれて、3人で過ごすことになりました。琉斗さんとは、最初は私が女なので、印象は、あまりよくなかったです。ただ、真理奈さんが、怪我しそうなときに助けたので、いくらか印象が良くなり、話すようになりました。私は、人付き合いが苦手で、感情がよく分からないことがあったんですが、2人が教えてくれました。友達から親友にまでなれて、本当に嬉しくて・・・。いつまでも、3人で一緒にいたかったです。いつも、あの2人は優しかった」
私は、膝の上で拳を握りしめた。
「そうか」
「あの2人らしいわね」
あの2人は、私じゃなくても、似たような人がいたら、同じように接するだろうと思った。
   「あの、渡したい物や見せたい物と言うのは?」
「そうだったわね。これ、真理奈の部屋で見つけたの。あなた宛ての手紙。渡したかったけど、あなたが、大学を辞めているって聞いて、困ってたの。だから、偶然会えたら、渡そうと思って、いつも持っていたのよ。安心して。中身は見てないから」
「僕からは、琉斗の日記だ。勝手ながら、少しだけ中身を見てしまった。この辺りから、君のことが書いてあるよ」
手紙と日記が、目の前に出された。読みたい気持ちと、読みたくない気持ちが半々だ。
しかし、目の前にあの2人の親がいるのに、読まなかったら不自然に思われるかもしれない。
私は、まず日記から読み始めた。
最初は、女である私を、快く思っていないことから始まっている。しばらくは、そんな内容だ。それから、人のために体を張る。我慢強く、自分のことは後回し。不器用だけど優しい人。これからも、真理奈と一緒に見守っている。いつか、紅音のことを理解して、守ってくれる人が現れることを願う。
そう書いてあった。ページを捲るたびに、手が震えそうになる。それを悟られないように、次は真理奈の手紙を手に取る。封筒には、私の名前が書いてある。そのまま中身を見る。
『 この手紙を紅音が見るとき、あたしはどう言う状態かな?
分からない。ただ、紅音にまず言うことは、自分を責めないでね。琉斗も言っていたけど、体を張って、自分のことは後回しにするタイプだから心配だな。
もし、あたしが馬鹿な行動していたら、ごめんね。
あたしは、紅音と出会って、後悔はしていないよ。
紅音も何か事情があるよね。薄々感じてたんだ。でも、無理に聞きたくないから何も聞かなかった。もし、聞いたとしても、紅音は本当のことを答えてくれるかな?嘘つくときあるでしょ。知っているよ。きっと、何かわけがあると思って黙っていた。嘘ついていたとしても、あたしは、紅音のことが大好きだよ。それは、嘘ついていない、紅音と多く過ごしているから。どんな紅音でも、思い出は消えないし、変わらないでしょ。
時々、紅音が儚く見える。もしかしたら、この先辛いこともあると思う。でも、時間はかかるかもしれないけど、乗り越えてほしい。
紅音。何があっても生きてね。幸せになってね。
親友の真理奈より』
 日記や手紙を見た後、しばらく何も言えなかった。喉が詰まったような感じになり、何を言えばいいか分からない。
琉斗は私が任務で殺し、真理奈は自殺だが、私が殺したようなものなのに。手紙の内容から、真理奈は、まるであの廃工場にに来たとき、今後どうなるのか分かっているかのようだった。
【死】を覚悟してきたのか。なぜ、見抜けなかった。いつもは、分かりやすいのに。肝心なときに分からないなんて。
   「紅音さん?」
琉斗の父親に名前を呼ばれ、ハッとして顔を上げる。目の前にいる2人は、日記や手紙を読み終えた後、しばらく反応しない私を、心配してくれているみたいだ。
「あ、すみません。3人の思い出に浸ってしまいました」
私は、また嘘をつく。
「僕達考えていたんだけど、紅音さんに会えたら、手紙と日記を渡そうと思っている」
「え?日記まで?先程は、見せたい物があると仰っていました」
「確かに。正直悩んだよ。見せるだけにするか、渡すか。でも、紅音さんの読んでいるときの姿を見て、渡すことにした。きっと、大切にしてくれるだろう?」
「はい」
「そう言うと思ったよ」
「真理奈と琉斗君は、素敵な人に出会えていたのね」
「・・・私も、真理奈さんと琉斗さんに出会えて嬉しかったです・・・。すみません。私、この後予定があるので、ここで失礼致します。これ、お代です」
「引き止めて、ごめんなさいね」
「ここは、僕達が払うからいいよ」
「そう言うわけにはいきません。それでは」
私は、2人から渡された日記と手紙を持って、その後は組織に戻った。

   「なにしているの?」
「人の気配がしないから、ここで待っていたら、会えると思って、ここにいる」
部屋の前には翼が立っていて、私に気づくと視線をこちらに向ける。
「何か用があるの?」
「用がないと来ちゃいけないのか」
「・・・用がないなら、来ないでほしい」
「・・・なぜ?」
「私は、両親以外に真理奈と琉斗を失った。もう、大事な人を失いたくない。だから、関わるなら用があるときだけ。必要最低限にしてほしい」
翼は眉間に皺を寄せて、しばらく考え込んでいた。そして、私の方に歩いていく。そのまま、通り過ぎると思った。すると、私の手を掴んで部屋に入れられ、そのまま椅子に座らされる。翼の行動に呆然とした。翼は、いつもは向かい側の席に座るのに、今回は隣にいる。間隔を空けようとしたら、引き止められ、肩を翼の方に引き寄せられる。
   「琉斗と真理奈のことは、聞いた」
「・・・」
「紅音は悪くない」
「違う。私が悪い。琉斗と真理奈が死んだのは、私のせい」
「そうやって、全部自分のせいにするのか。あの2人が、そう望んでいると思うか」
「・・・」
「俺が見た感じだと、もし、あの2人が勘違いをしても、最終的には、紅音を恨んだりしないと思う」
「なんで、そう言えるの?」
「あの2人は、紅音に何かあると、薄々感じている様子があった。でも、聞かなかっただろ?それに、上辺だけの関係ではなかった。最悪な結果に終わっても、恨まずに、紅音の今後を心配していると思う」
「そんな調子のいいこと・・・「それは?」
翼は私の言葉を遮り、私が、握りしめている物を指差す。琉斗の日記と真理奈の手紙だと教えると、見せてほしいと言われたので、渡した。読み終えると、私に返された。
「ほら、言った通りだろう。これを見ているはずなのに、あの2人の気持ちを否定するのか」
「・・・私は、ただ・・・自分が許せないだけだよ」
「あの2人は、こんな紅音は望んでいない。あの2つの出来事は、しかたなかったんだ。いつまでも、止まっていられない。紅音も、あの2人のことを、本当に思っているなら前を向け」
「・・・・・分かった」
確かに、いつまでも落ち込んでいられない。頭では分かっていても、気持ちが追いつかない。
すると、急に翼が自分の方に、さらに私を引き寄せた。
今、目の前にあるのは、翼の胸。驚いていると頭上から声が聞こえる。
「前を向く前に、思いっきり泣いとけ。紅音のことだから、1人でも、あまり泣かずに自分を責め続けていたんだろ。今回のことがなくても、吐き出せる場所がないなら、俺がなる。だから、今は泣けるときに泣くのがいい」
「でも、弱音を吐いたり、泣いたら弱くなる」
「弱くない。その後をどうするかが、重要なんだ。だから、無理するな」
「・・・・・ッ」
今まで、無意識で泣いたことはあったけど、いつも、すぐに泣き止んでいた。
弱くなりたくなかったから。
でも、受け止めてくれる場所がある。きっと、私が泣いても、翼は見限ったりしない。
翼の胸は、暖かく安心できる。私は、翼の背中に腕を回し、泣いた。
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