ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

文字の大きさ
上 下
40 / 45
第7章

調教

しおりを挟む
 今、両手を、太い金具のようなもので拘束され、入口に対して背を向けている。拘束される前に上着を脱げと言われ、シャツ1枚の状態だ。
「本当は、こんなことしたくないよ。でも、君のためだ。悪く思わないでくれ」
ボスがそう言い終えると、何かが風を切る音が聞こえ、その後背中に激痛が走る。鞭打ちをされ、それが、何度も繰り返されていく。その痛みを歯を食いしばって、耐えている。
   「君は、なんのために、あの部屋に行ったんだい?」
ボスは、攻撃を止め、問いかけてきた。
「・・・あなたが、私の両親や親友を殺すように仕向けた。他にも大勢」
-----バシッ-----
「クッ」
また鞭打ちをされ、顔を歪めた。
「私の問いの答えになってないよ。まあいい。君は、最近様子がおかしいと思った。留守にすると嘘をつけば、隠し通路を見つけてしまうから驚いたよ。他にも何か見たかもしれないね。
でも、君は、今までいい働きをしてくれたから、チャンスをあげよう。君が、今まで見たり、聞いたことは他言無用。これからは、従順に私の利益になるなら、助けてあげよう」
「それを信じろと?秘密を知った奴を、あなたが、生かしておくとは考えられない」
「確かに君の考えも一理ある。君以外なら、こんな調教もせずに、即刻殺してるよ。だけど、さっきも言っただろう。手放すには惜しいと」
「断ったら?」
「そうだな。そのときには、owlの死体を君にプレゼントするよ。そうすれば、君は廃人。私の思うままだ」
「owlに手を出すのは、許さない!!!」
「それは、君次第だよ。Bloody rose。私は、一旦ここから出ていく。また来るから、そのときには、良い返事が聞けることを期待しているよ」
背を向けたままの会話。ボスの顔は見えないが、本気だ。
そして、遠ざかる足音。その後ドアが閉まり、施錠される音が聞こえた。
 早くここから抜け出さないといけない。私は、辺りを見回す。薄暗い牢屋だ。この建物にこんな場所があるなんて知らなかった。自分の牢屋の隅を見れば、白骨化した遺体が何人かいる。ボスが以前言っていた【手放した】人物か。私は、あの人達と同じになるわけにはいかない。
ボスは、復讐相手でもあり、彼が死ぬのを望む人もいる。私の頭の中には、関わってきた人達の顔が浮かぶ。翼、真理奈、琉斗、thread、deadly poison。この中に死んでしまった人もいる。
生きていても、死んでいても、私の、こんな無様な格好見せられないな。
もう一度辺りを見回す。すると、ランプが視界に入る。壁側から離れた場所に吊るされている。あのランプの油で、この拘束具を緩めることができれば。
拘束具のせいで、動ける距離が少ない。私は、壁際に走れるだけ動き、ランプを思いっきり蹴り上げ、自分の手が届くように空中を移動させた。ランプを掴むと、拘束具が吊るされているチェーンに思いっきり打ち付ける。ランプが割れ、中から油が漏れ、拘束具の上に垂れてくる。その滑りで、手首を片手づつ外し、拘束から解放された。ランプを割ったことにより、ガラスによる切り傷と油による火傷を手に負った。加えて、鞭打ちで背中も痛いが我慢して、牢屋の隅に脱ぎ捨てた上着を着て、牢屋から出た。

   「あの、もしかして、向井彩葉さんですか?」
突然、前の名前を呼ばれ、声のした方に視線を向ける。そこには、痩せ細った1人の男。よく見ると、見覚えのある顔だ。
「・・・直樹?それともsnakeと言うべきか?」
私が、牢屋に入ったとき、向かい側に誰かいるのは分かっていたが、直樹だったのか。
「どちらでもいいです。良かった。あの日から、どうしているか心配でしたが、生き延びているようですね。殺し屋として・・・」
複雑そうな顔をしている。この男は本音を言っているのか?
この男も、私の両親の殺害に関わっている。殺したい。
「傷は大丈夫ですか?」
「うるさい。偽善者」
私は、上着から銃を取り出し、snakeに向けた。
突然、向けたれた銃に驚いていたが、その後、納得したように自嘲している。
「偽善者。そうですね。僕は、ずるい人間です」
「お前、裏切っただろう。私の両親は、お前を信用していた。お父さんとは、幼なじみだったくせに!なぜ、助けてくれなかった!事前に知っていたくせに!あの日から、私の人生も変わった!!!」
今まで声を荒らげることは、ほとんどなかった。目の前にいるこの男は、他の実行犯とは違う。
両親を裏切った。殺しの情報を教えてくれれば、両親は、助かったかもしれない。
怒りをこの男にぶつけても、両親は戻ってこない。それでも止められなかった。
「・・・・・こんなこと言っても、あなたにとっては、言い訳にしか聞こえないでしょう。当時、僕はボスの秘書をしていました。様々な陰謀にも目を瞑ってきました。でも、あなたの両親殺害計画には、止めに入ったんです。考え直してほしいと、ボスに頼み込みました。それに、僕は、だいぶ前に、あなたのお父さんに頼まれていました。【あなたのご両親に何かあれば、彩葉さんを守ってほしい。助けてほしい】と。だから、あなたのご両親が、どうすれば、殺されないかと考えました。でも、ボスは僕の考えなんて、お見通しだった。そして、こう言ったんです。邪魔をするなら、僕の家族を人質にすると言い出して。やむなく、あなたの両親殺害にも、目を瞑りました。その後、僕は、あなたの両親殺害計画で、ボスに歯向かっているのと、秘書の立場で色々な情報を知っているとのことで監禁されています。結局、家族のその後は分からないまま17年が経ちました。僕を殺したいでしょう。どうぞ、当然の報いです」
私は、引き金に手をかけ、僅かに力を入れる。あと少し力を加えれば、殺せるのに!
それなのに、私の頭の中には、両親がこの男と親しく話してたときのこと、この男の娘の愛莉が、必死で父親を捜していたことが浮かぶ。
私は、歯ぎしりをして葛藤している。憎いのに・・・・・。
その様子を目の前の男は、不思議そうに見てくる。
私は、銃を下ろした。
「私は、お前のことが憎い。ボスと同じように殺したほど。それなのに殺せない!
私の両親が、お前と親しく話しているときのこと、お前の娘の愛莉が、必死で父親を捜していたことを思い出して、邪魔をする!」
その言葉を聞いて、snakeの目の色が変わる。
「愛莉が!愛莉に会ったんですね!元気にしていますが?!妻は?!」
「・・・愛莉は元気だが、妻は弱っているらしい。だから、愛莉は焦っている。お前を捜し出して、母親に会わせたいようだ。母親の容態が思わしくないようだから、必死なんだ。あのままだと、何をするか分からないから、深入りしないように言ってある。その後は、どうしているか知らない」
「そ、そうですか」
様子を聞いた後、何かを考えているようだ。その様子を見ながら思った。
私がこの男を殺したら、私の両親を殺した奴らと同じになるのか。元々、行方不明だし、この男が死んでも、あの家族が知るのかは分からない。何かで知っても、おそらくあの家族は、こっち側の人間には、ならないだろう。
でも、1つの家庭を壊すんだな。他の家庭は、たくさん壊してしてきたのに。
そして、最後に思い浮かぶのは両親の顔。

 この男に、まだ聞いていなかったことを思い出した。
「聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「愛莉が、家族写真を見せてきた。なぜ、自分の家族写真の裏面に、金庫の暗証番号を書いた?」
「なぜですか・・・。自分でも分かりません。もしかしたら、終わりにしたかったんだと思います。狂っているボスを、誰か止めてくれれば。あの番号を、誰かが意味に気づいてくれればと。あの写真なら、ボスにも、ボスの息のかかっている奴にも、バレないだろうと思って。賭けだったのかも・・・。それが、あなたとは。なんの因縁だろうか」
最後は、まるで独り言のように呟いていた。
私は、何も言えなかった。

   「あの、償いにならないと思いますが、手伝わせて下さい」
「は?」
「あなたは、今からボスを殺すのでしょう。ボスは、殺し屋本部の幹部です。じつは、本部の人間は、特殊な装置が体の中に埋め込められています」
「装置?」
「死んだときに、殺し屋本部にすぐに通達されるように、チップが埋め込められているんです。なので、あなたがボスを殺せば、幹部を殺した罪として、全国の殺し屋に追われます。あなたは、証拠を集めていると思います。それを本部には見せれば、ボスを殺しても正当化されます。しかし、その証拠を持って、追っ手から逃げ、本部に行くのは無理です。僕も微力ながら、手伝いをしたいです。他に信用できる人はいますか?できれば多い方がいいです」
「その話とお前を信じろと言うのか」
「嘘は言ってません」
snakeの目は本気だ。しばらくsnakeを見た後に、信用できるできる人としてowlとthreadの名前を出した。snakeはowlのことは分からないので、ネックレスを見せた。同じネックレスを付けている人だと。
そして、金庫に繋がる行き方と、暗証番号、他の証拠の場所も教えた。他の証拠は、真理奈と琉斗が同棲していた部屋に置いていた。2人が死んで、この場所は、もう監視下に入っていないだろうと判断したからだ。それに、2人の親も、あの一件以来訪れていない。
私は、snakeに牢屋の柵から離れるように伝えた。そして、銃弾で牢屋を壊した。
しおりを挟む

処理中です...