ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

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第8章

逃亡

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***
 組織内に警報が鳴り、スマホにメールが届く。差出人は殺し屋本部。内容は【Bloody roseを捕まえろ】
意味が分からなかった。紅音を、どうして捕まえないといけないのか。この警報も紅音が外に出れないようにするための対策か。上手く頭が回らないが、紅音が捕まると、殺し屋本部に引き渡され、良い待遇はされない。
紅音を見つけて、どこかに匿わないと。
今どこにいる?組織内を無我夢中で走ったが、見つからない。もうここを出ているのか?
走りながら考えていると、曲がり角で誰かにぶつかった。
ぶつかったのは、痩せ細った男。見たことがないし、何か資料を持っている。
 俺はすぐに警戒して、男に銃口を向けて、問いかける。
「誰だ?お前。見たことがない」
男は、銃を向けられても驚くことなく、俺のネックレスと顔を凝視した後に言った。
「僕は、逆巻直樹です。コードネームはsnakeです。あなたはowlさんですね」
「なぜ、俺を知っている」
「詳しいことは後です。お話はthreadのところで話します。あなたとthreadの力が必要なんです。あなた達2人は、信頼できると。彩葉さん、いやBloody roseさんが言っていました」
「Bloody roseが彩葉?」
紅音と言う名前ではないのか?
こちらの世界側と思われる人物は、切羽詰まっている様子だ。俺は、黙って後を付いていくことにした。
そのまま、threadのところに行くと思えば、真理奈と琉斗が住んでいた部屋に入っていく。
「おい、なぜ、ここに?」
俺の問いかけを無視して、snakeと言う男は、何かを探している。
「これだ」
探し物を見つけて、大事そうに抱えている。
「お待たせ致しました。今からthreadのことろに行きます」
振り向いて、話しかけたsnakeに問いかける。
「Bloody roseは、本当に、お前に頼み事をしたのか?俺にとっては、見ず知らずのお前を信じろと言うのか」
「詳細は先程言った通り、threadのところで話します。警報が鳴った後に、殺し屋本部から連絡がきたのではありませんか。内容は、Bloody roseを捕まえろと。それは、Bloody roseさんが、ボスを殺したからです」
俺は目を見開いた。
ボスをBloody roseが殺した?なぜ?
「戸惑っていると思いますが、時間がありません。早くthreadと協力して、僕達に、できることを成し遂げなければ、Bloody roseさんは殺されます」
Bloody roseが殺される。その言葉が反芻する。
「owlさん!」
snakeに現実に引き戻された。
「今は、お前を信用する。急いでthreadのところに行こう」
俺達は、threadのところまで全力疾走した。

 情報屋のthreadのところまで行き、ドアを急いで開け放つ。
誰かが訪ねたことに気づいたthreadが、カウンターから顔を覗かせる。
「owl。そんな急いで、どうした?それと後ろの奴は・・・snakeか?」
「はい。お久しぶりですね。thread」
「thread知り合いなのか?」
「おう。コイツは、お前のところのボスの秘書やっていた奴だ。いつの間にか見なくなったから、どうしたのかと思った」
threadは、痩せ細っているsnakeに驚きつつ、敵意は出さなかった。
threadは、分かりやすいから嫌いな奴だったら、こんな自然に話さないだろう。
俺はsnakeを見た。この男は、ボスの秘書だったのか。ボスが、身近に誰か置くのを見たことがない。1番近くてBloody roseだ。

   「それより、thread。あなたとowlさんと僕で、成し遂げなければならないことがあります」
「なんだ?」
「Bloody roseさんのためにするんです。今から話すことを聞いて下さい。僕に対して、怒りも覚えると思いますが、その仕打ちは、全てが終わってから受けます。とにかく、時間がありません。早くしないと、Bloody roseさんが最悪な状態を迎える」
「話を聞く」
「おう。アイツが死ぬなんて意味分からねえ。どういうことだ」
俺達が、話を聞く姿勢になったところで、snakeは、持ち込んだ資料と共に話を始めた。
 内容は、あまりにも衝撃だった。紅音の元の名前は、向井彩葉。名前が変わったきっかけは、17年前に両親が殺害され、その犯人から身を守るため。ただそれは建前で、ボスが、別組織から引き抜いた殺し屋を使って、彩葉の両親を殺害。賄賂の告発を本部にされそうになった理由で。そして、1人で孤独な少女を、上手くコントロールして、殺し屋として育て上げた。両親を殺した実行犯は、ボスによって、自殺に見えるように殺害。紅音が、真理奈と琉斗に出会い感情を取り戻し、ボスの望む姿から離れてしまったため、2人の殺害。状況次第で、俺も彼女の手によって殺され、大切な人達を失う。廃人になった彼女を、また駒として使おうとしていた。
threadの家族も他の奴らも、ボスの身勝手な理由や虚偽の申請で殺害。
 snakeは、彼女の両親から信頼され、父親とは幼なじみ。しかし、殺害計画を知りながら、止めることができずにいた。ボスは、また使えるかもしれないと思い、snakeを監禁していたようだ。
彼は、自分のことを裏切り者だと言った。彼女の両親に知らせていれば、未来は違ったかもしれないと。
 彼女は、感情を知って、辛いときもあるけど、いい思い出の方が多かったと言っていたようだ。
 俺を殺すとボスに言われたとき、彼女は必死で抵抗していたと。
 そして、彼女は黒幕がボスと知って、調教されるときに鞭打ちや、snakeを庇ったり、ボスとの戦いで大怪我を負っている。
ボスが死んだことは、本部に連携されるようになっている。彼女は、殺し屋組織から追われる身。本部に引き渡されれば、処刑されてしまう。その前に、彼女が見つけた証拠を持って、本部に提出しないといけない。それを、自らその役をやると、snakeが言い出して、信用できる人物として、俺とthreadが選ばれたと。
だから、彼女のために、成し遂げなければならないことが伝えられた。

   「なんだよ、それ」
「深入りするなって言ったのに。命までかけて。約束だってしたのに」
俺もthreadも話が衝撃的で、飲み込むまでに時間がかかった。
また彼女は、いつも1人で抱え込んでしまう。今回は、命懸け。死んだら、約束が守れないじゃないか。残された人のことを考えてほしい。この前も言ったのに。
きっと、threadも同じ気持ちだと感じとれた。
俺達の様子を見ていたsnakeは、静かに言った。
「きっと、彩葉さんはあなた達を、巻き込みたくなかったんですよ。すでに、大切な人達を失っているから尚更。だから、危険なことでも1人でボスを殺した。でも、それもボスを殺すまでの話。今は、助けを求めています。信用しているんですよ。
元々、今回の役を言い出したのは私ですが、信用できる人物で、あなた達の名前が出たと言ったでしょう。本当に頼ることができる人がいないなら、あなた達の名前は出ません。それに、俺達は彩葉さんに助けられたんですよ。今度は、僕達が助けるんです」
snakeの言葉にハッとさせられた。自分は、今まで彼女の何を見てきたんだろう。彼女の性格を考えれば、分かることなのに。心を多少は開けてくれていると分かっているのに。そんな彼女が、助けを求めているのに。俺も、まだまだだな。
「Bloody rose。いや、彩葉はそう言う奴だな。いつも危ないことは、巻き込ませようとしない。巻き込めば、自分を責める。そんな奴が初めて、助けを求めてきてるんだからな。乗らねえわけにはいかねえな」
threadの目には力が籠り、立ち上がった。
それに続くように、俺とsnakeも立ち上がり、3人でBloody rose・・・・・彩葉を、助ける為に殺し屋本部に向かった。


 警報が鳴り響き、監禁されていた牢屋がある建物から、外に出る。外に出れば、同じ組織内に所属する奴らが待ち受けていた。そして、私を見て動揺をしている。
お腹にナイフが刺さっているし、色々なところから血を流しているから、当然かもしれない。
「う、動かないで下さい」
「今、殺し屋本部からの命令で、あなたを捕まえろと指示がありました」
「これ以上は、傷つけたくないので、大人しく捕まって下さい」
相手は武器は構えているが、攻撃してこなさそうだ。しかし、大人しく捕まるわけにはいかない。まずは、この組織から脱出しないと。
私が1歩前に出ると、捕まえにきた奴らは、後退る。私は、そのまま走り出した。
武器は持ってても、攻撃してこないなんて意味がない。私を傷つけて、後から何かされるのが怖いのか。彼らの私を見る目は、いつも恐怖の色だ。
そのまま、彼らのところまで行くと、一人一人気絶させていく。
この血だらけの服では、外に出れないな。一旦自室に戻り、鍵をかけ、着替える。ナイフが邪魔だが、抜いたらさらに出血する。そして、私は追われてる身のため、治療を受ける時間がない。私は、大きめのダウンコートを羽織り、ファスナーを全て締めて、ある物を取り出し、部屋を出た。
 次は、この建物から出ないといけない。建物から出れば、さらに追っ手が増えるが、行きたい場所がある。
そのまま、警備室に行き、防犯カメラを壊して、出入口の施錠を解除した後、外に出た。出ていくまでに、行く手を阻む奴らは、たくさんいたし、中には攻撃してくる奴もいた。そんな奴らも気絶させた。

 目的地までは近くない。外に出た後、人気のない道を進んでいく。本当は、早く行きたいのに、先程まで走っていたのと、なるべく、人目に付きにくい道を選んでいるため、塀の上を飛んだりするので、体に負担がかかり、傷が疼く。そのたびに荒い息を吐き、壁にもたれる。しかし、長い間そうできない。また動き始めるが、だんだん一度に動ける時間が減っていく。すぐに痛みで、動きを止められる。幸いなことは、追っ手がいないこと。フラつく体をなんとか動かし、目的地まで向かった。
 やっとの思いで、目的地に着いたときには、夜になっている。そこは両親の墓地だ。
私は、両親の形見の腕時計とピアスを見せて、心の中で報告する。
『お父さん、お母さん。敵討ちしてきたよ。ほら、2人が結婚記念日に、お互いにプレゼントした大事な物を取り返した。私も、2人と同じ殺し屋の道に進んだの。wolfが黒幕と知らずに、17年間も経ってしまった。2人が本部に告発しようとした資料も見つけたんだけど、別の人達に託してある。他にも提出する資料はあるけど、間に合うかな・・・。
私は本部から追われている。wolfの戦いで怪我を負っていて、ここまでフラつきながら来た。力尽きて死ぬか、本部に捕まって処刑されるか。どっちが先だろうね。
資料託した人には、逃げろって言われたけど、もう限界。
資料が間に合わなければ、約束した人達がいるのに破ってしまう。生きろって約束ととお酒を一緒に呑む約束。それだけが心残りかな。
私ね、お父さんとお母さんが殺されて、復讐のために生きていたんだ。途中まで。でも、組織では恐れられる存在なのに、1人だけ怖がることをしない人がいるの。むしろ、会えば近づいてくるし。その人とは、おそろいのネックレス付けていて、私のこと好きなんだって。最初は拒否したけど、いつからだろ。仲間とは言えない。仲間じゃなくて、恋愛の意味で好きだと思う。あとね、もうこの世にはいないけど、親友が2人いたんだよ。表の世界の人達で、感情を取り戻すきっかけになったし、親友って意味も、他のことでも教わること多かったな。3人で過ごすことが多かったけど、途中からさっきの人も入れて、思い出ができて楽しかった。これからも、この関係が続けば良いなと思ってたんだ・・・。叶わない願いだけど、会いたいな。
一緒にお酒を呑むのは、threadだよ。お父さんとお母さんも知っている人?口は悪いけど、良い人だよね。
 そろそろ時間みたい。追っ手が周りを囲んでいる。死んだら、お父さんとお母さんに会えるかな。同じ殺し屋だけど、私の方が非道だから、違う場所になっちゃうのかな。お父さん、お母さん、ごめんなさい。
私の思う幸せの道に進みなさいって言われてたのに、叶えられなくて・・・。最後がこんな結果になってしまって』
私は、両親の形見をポケットにしまった。

「Bloody roseさんですね」
「ああ」
「大人しく捕まってくれますか?それとも組織内の人と同じように、気絶させて逃げますか?でも、逃げ切れる人数じゃないですよ」
声をかけた男を見上げると、銃口を私の頭に向けている。そして、無表情。
「逃げたりしない」
「抵抗しないんですか?」
「そんな気力はないし、これだけ囲まれてたら、難しいからな」
「なるほど」
そう言って、立ち上がったときに、フラついた。目の前の男が、支えようと腕を差し伸ばしたが、それを阻止した。
「・・・大丈夫」
「フラついているではありませんか。車を用意していますが、そこまで歩けますか?あなた、大怪我されているでしょう」
「怪我は負っているが、それくらいの距離なら歩ける」
そして車まで歩き、乗り込んだ。
   「これから、本部に向かいます」
私は、返事の代わりに頷いた。
「あなたは、そんな顔をするんですね」
銃を向けていた男は、首を傾げている。
「あなたを以前見たときは、無表情で、もっと近寄り難い雰囲気だったのに。今は、何かを後悔しているような顔をしている。あなたが、捕まったことに関係しているんですか?」
「・・・さあな」
男は、それ以上何も言わなかった。
そして、しばらくして本部に到着し、その後は本部の別の人に引き渡される。
 その後は、応急処置され、牢屋にぶち込まれた。
「裁判は明日の夜だ。それまで死ぬなよ。何か食べたいものは?希望があれば、用意をする」
「何もいらない」
私を、牢屋にぶち込んだ男は、その言葉を聞くと、鍵をかけて出ていった。
1人になると、ベッドに横になった。裁判のため呼びに来るまでの間、今までの出来事を思い出して過ごした。
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