ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

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第8章

裁判

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   「おい、なんで入れてくれねえんだよ!」
「アポがない人を、入れることはできない」
「緊急のことなんです!」
「僕からもお願い致します!wolfのことなんです!」
「その件なら、もうすぐ片付く。Bloody roseは、先程ここに監禁された。裁判は、明日の夜だ。No.1のBloody roseは、もう終わりだ。彼女の命日は、明日だな。
さあ、もう帰れ!次に来たら殺すぞ!」
警備員は、俺達を追い返した。
   「くそ、ここまで来ているのに、門前払いなんて!」
「彩葉は怪我をしているのに、早く助けないといけない!」
「おそらく、本部によって、応急処置はされています。裁判する前に、死んだら困るから。裁判と言っても名ばかりです。本部の会長を、納得させる証拠を見せないと、裁判の結果は、死刑になります。ここで裁判されて生きて出てきた人は、ほとんどいません。彩葉さんの場合は、大罪扱いにされますが、これだけの証拠があれば、死刑執行は免れます」
「けどよ!中に入れなければ、どうしようもできねえじゃねえか!中に入れたとしても、その会長に会えるか分からねえ!」
ここにいる3人は、彩葉を助けたい気持ちは同じなのに。現実は上手くいかない。
2人が、俺の言葉に返す言葉がなく黙っている。そんな2人に、そして不甲斐ない自分に、苛立つ。
彩葉の命日が明日だって?絶対に彩葉を、処刑させたりしない。
彼女と俺の復讐相手が、同じだったのは偶然だが、俺の家族の敵討ちしてくれた。
それに約束だってある。一緒に酒を呑む約束。約束があっても、なくても彼女を助ける。俺は、彩葉を助けるために考えを巡らせた。

 計画を立てるため、3人で俺の店に移動した。
仮に本部に入れても、すぐに捕まっては意味がない。
俺は、1つの考えを思いついた。
「おい、お前ら。俺は、今から殺し屋本部をハッキングする」
「ハッキング?」
owlは、訝しげな顔で見てくる。snakeは驚いている様子はなく、たぶん俺の言いたいことが分かったんだろう。元ボスの秘書だし、本部に1番出入りして詳しいからな。
「ああ。仮に入れたとしても、防犯システムが、稼働したら意味ねえだろ。ハッキングして、防犯システムをダウンさせ、時間を稼ぐ」
「そんなことできるのか」
「俺は、この世界では情報屋でNo.1だし、ハッキングの実力だってある。相手が本部だとセキュリティが厳しいが、なんとかやり遂げてみせるさ。本部の奴との実戦は、owlがやれ。実戦と言っても、殺したら問題になるから、相手が動けない程度にする。お前は、そっち方面は得意だろ」
「分かった」
「僕も実戦します。owlさんより劣るかもしれませんが、経験者として、多少は役に立つと思います。それと、処刑する部屋も分かるので、誘導します」
「snake。そう言うことも分かるのか?」
「秘書のときに、処刑に立ち会ったことがありますから」
snakeは苦笑いをしていた。
処刑の部屋まで分かるとは。目的の場所に、ムダなく行けるのは良いことだ。
 計画が決まり、早速それぞれ取りかかった。owlとsnakeは、武器を取りに一旦組織に戻った。俺は、本部にバレないようにハッキングする。
手の込んでるセキュリティだな。そりゃ当たり前か。簡単に通り抜けられたら、困るからな。だけど、俺を見くびってもらっては困るぜ。久しぶりに本気を出してやろうじゃないか。時間はかかったが、なんとかセキュリティを通過し、ハッキングに成功した。そして、本部に乗り込む時間に、防犯セキュリティがダウンする。警備室でスイッチを押しても、作動できないようにした。警報も鳴ることもない。本部の幹部の連中が知るのは、だいぶ後だ。処刑室に辿りつくまでの、時間稼ぎの準備は整った。
あとは、owlとsnakeに本部との実戦を任せる。snakeは、owlの前では言わなかったが、アイツも凄腕だ。秘書になり、その後、監禁され実戦からは遠ざかったとしても、きっと戦いが始まれば、実力を発揮するだろう。
俺は2人が戻ると、ハッキング成功とセキュリティダウンのことを話した。
計画を共有した俺達は、再度殺し屋本部に向かった。


 裁判の夜。呼びにきたのは、私を連れていった男。
「お前、1人か?」
「そうですよ」
「・・・そうか」
「どうかしました?」
「何人かで来るかと思った」
「あなたの様子を見て、俺だけでいいと判断したんです。では、時間なので行きますよ」
男は、相変わらず無表情で淡々と言い、手錠を私に付ける。
 男に付いていき、1つの部屋に到着した。中に入ると、まだ誰も来ていない。
ここが、私の死に場所か。
中央に横長のテーブルがあり、テーブルの後ろには複数の椅子。中央の椅子は、凝っているデザイン。あの椅子に、会長が座るのが分かった。その椅子に向かい合うように、1つの椅子がある。簡素な椅子だ。あれは罪人が座る椅子。
私はその椅子に座らされ、足をイスに固定された。チラッと男を見れば、眉間に皺を寄せていた。
なぜ、そんな顔をしているのだろうか。
   「もうすぐ、幹部と会長が来て、あなたの裁判を行います」
男は、立ち上がって伝えたときには、無表情に戻っている。
「裁判なんて名ばかりだな」
「・・・」
「そうだろう?ここで裁判を行われて、生きて出てきた人は、ほとんどいない。会長を、納得させられる物がなければ、死刑は決まっている。私は、ここの幹部を殺したから大罪だな」
「・・・あなたは、死んで後悔はありませんか」
「また後悔の話か。後悔は・・・ある」
「だったら抗えよ」
突然口調が変わったことに驚き、男を見ればさっきと同じように、眉間に皺を寄せている。
「あなたの言った通り、ここを生きて出てきた人は、ほとんどいない。でも、死んで後悔するなら抗え」
「抗えか・・・私はwolfを殺しても、正当な理由の証拠を持っている。でも、自分で持ち出せないから、ある人達に託して、ここに持ってくることになっている。まだ、その証拠が届いていない。門前払いされているのか・・・。届けるまでに苦労するだろうからな。可能性は低い。死刑が免れたら奇跡だな」
「可能性が低いから諦めるのか。奇跡はないと決めつけるのか?その証拠を託した人達を、最後まで信用しないのか」
「元々、可能性が低いことは、かけない方だからな。奇跡は、起きたことがないから期待はしていない。あの人達を信用はしているが、もう時間がない。諦め・・・そっち方面も考えた方が、気が楽になるだろう」
「あなたに関しては、その意見に賛同できない。さっきも言った通り、抗え。なるべく時間を稼げ。奇跡だって、殺し屋にも起きたっていいだろう。
いいか?今、俺が言ったことを忘れるな」
「・・・お前、名前は?」
「balance」
そのときドアが開き、幹部と会長が入ってきた。balanceは、入れ替わるように部屋から出ていった。

 裁判の時間になった。
「被告人、Bloody rose。お前は、殺し屋本部の幹部のwolfを殺害。内容に間違いはないか」
「はい」
幹部の1人が、罪状を読み上げ、私が肯定すると、騒めきが起こる。
「なんてことだ」
「wolfは、Bloody roseが、所属している組織のボスだ」
「恩を感じないのか」
「裏切り者」
その騒めきは、1人の男が、手を挙げたことにより静まった。会長だ。
「Bloody rose。何か弁解は?」
会長は、落ち着いた声で問いかける。
「私は今までのボス・・・wolfを、殺したことに後悔はありません。正当です」
「君だって馬鹿じゃない。今回のことが、どれだけ重いことか分かっているはずだ。それでも、正当と言いきれるのか」
「はい」
「なぜだ?」
「wolfは、私の両親や親友、threadの家族、他にも多くの人達を、自分の都合によって、殺害を企てました。殺しの依頼書には、虚偽の申告をしています。他にも、賄賂などもありました。私は、両親の復讐のために殺し屋になり、17年です。そして、両親を殺した実行犯や黒幕がボスだと分かりました。なので、復讐を果たすためwolfを殺しました。私情は、挟んでますが、白も黒に変わる世界を、一部に過ぎませんが、白に戻しただけです」
「なるほど。それが本当なら、正当な理由だろう。君は、復讐と他の人達の無念も晴らしたことになる。その人達からは、感謝されるだろう。
しかし、口では何とでも言えるものだ。Bloody roseも知っているだろう。この世界に限らないが、人は嘘をつく。先程、君が言ったことが嘘ではないと・・・正当な理由だと言える証拠はあるのか」
「はい」
「ならば、見せてみなさい。君が捕まったときに所持品は確認したが、君の言う証拠はなかった」
「私が、持っているわけではありません。ある人達に、その証拠を託したんです。彼らは、必ずその証拠を持ってきます。それを見れば、私が言っていたことが、嘘ではないと証明されます」
「それは、いつくる?」
「それは、分かりかねます。なにしろ、ここはセキュリティが厳重ですからね。昨日捕まって、翌日の夜に死刑では時間が短いです。私は無罪です。私の死刑を執行した後に、それが分かれば、あなた達のイメージが悪くなるのではありませんか?自分で言うのもなんですが、私は、殺し屋No.1です。つまり、それだけ価値があります。
すぐに死刑を執行せずに、猶予を下さい」
「確かに、そのことについては、Bloody roseの言っていることは合っている。君程の人材を失うのは惜しい」
「では「しかし君だけ特例で、猶予を与えるわけにはいかない。死刑は執行される。無罪で私達のイメージが悪くなっても構わない。誰も歯向かえない」
会長は不敵に笑っている。
この世界は、そう言う場所だ。
結局、白を黒に変える。一時的に変えたところで、結局黒に戻ってしまう。

   【抗え】【時間を稼げ】balanceの言葉が蘇る。
口元が緩み、軽く笑う。
「どうかしたのか?まさか、君が笑えるとはな」
いつも無表情だから、私が、表情を見せるのが珍しかったのだろう。
「やっぱり特例はありませんか。では、これだけは聞いてくれますか」
「なんだ?」
「お酒の相手をしてくれませんか?」
「酒?」
「私の死刑は決まっているのでしょう。私は、wolfからの調教や戦いで怪我だらけ。その後は、本部の命令で追われる身。そして最後は死ぬ。何も良いことがないんですよ。死ぬ前に、多少は良い気になって死にたいです。それくらいいいのでは?ないとは思いますが、毒なんて入れないで下さいね」
「最後くらいはいいか。おい、酒を用意しろ」
会長の言葉に、幹部が反応する。
「会長!そんなことをせずに、即刻死刑にするべきです!Bloody roseの言っていることは、全て嘘です。証拠だって、あるわけない!」
会長は、声の主を見た。それは目だけで、射抜けそうな目をしている。声の主は、顔を真っ青にして頭を下げ椅子に座った。
 少しすると、ワイングラスは2つ。ワインは1本。会長が、座る椅子も目の前に用意された。
私が手錠をしているため、会長の気遣いで、手錠を外してくれた。
「せっかくだから、私が君の分も注ぐ」
「ありがとうございます」
ワインの栓を抜き、グラスにワインが注がれる。
「では乾杯」
お互いワイングラスを持ち、カチンとグラスを鳴らす。
「さて、どんな話をしようか。君の武勇伝とか気になるな」
「武勇伝ですか。私は、ただ任務のために働いただけで、武勇伝と言うほどのものはありません。ただ、いくつかの印象的な任務はあります。その話はどうでしょう」
「ほう。それはそれで興味があるな。聞いてみたい」
「では早速・・・」
これで、どれくらい時間を稼げるだろうか。
owl、thread、snakeは、どうしているのだろうか。
このお酒を呑み終わるまでに来てくれないと、死刑になってしまう。
時間を稼げと言われたが、他に稼げる方法はなんだろうか。
ワイングラスを口に運ぼうとしたときに、大きな音がした。
全員が音のした方を見ると、そこには息を切らしたowl、thread、snakeがいた。

   「その裁判待った!ここにBloody roseの行いが、正当と言える証拠がここにある!」
owlが、証拠を持ち上げる。
「会長は、今Bloody roseの目の前にいる奴か?これを見ても死刑と言えるか。自分の目で確認しやがれ!」
「この証拠を見ても、Bloody roseさんが、嘘を言っているとは言わせませんよ」
threadは、この場にいる全員を威嚇し、snakeは、有無を言わせないような低い声だ。
 owlは、会長の前まで来ると資料を突き出した。そのときに私を一瞥して、すぐに会長に視線を戻す。
「会長、まずは、この資料に目を通して下さい。その後に、彼女の判決を下してください」
会長は、資料とowlを交互に見た。その後に、資料を受け取りowlに問いかける。
「・・・確か君はowlか。Bloody roseが、資料を託したのは君達か。threadとsnakeも一緒に。
それにしても、どうやって入ってきた。セキュリティは厳重なのに。特にこの部屋は、他のセキュリティと連携していないのに」
「それぞれが、役目を果たしただけです」
「そうか。アイツも協力したんだな」
会長は、セキュリティ突破について分かったようだ。
 その後は、、owlが渡した資料に目を通す。資料に全て目を通した会長は、しばらく黙っている。全員が誰も言葉を発さない。会長の判決を待っている。
「被告人。Bloody roseは無罪」
その言葉に胸を撫で下ろし、近くにいるowlに笑いかける。owlも笑い返してくれたと思ったら、さらに近づき腰を降ろし、抱きしめられた。
「良かった。助けに来るのが遅くなって、ごめん。よく今まで1人で絶えたな」
声が少し震えている。泣いているのか。
owlの言葉に、今まで耐えてきたことが込み上げて、私の目からも涙が零れた。そして、自由になっている両手をowlの背中に回した。
どれくらいの時間が経ったのか分からないが、ある人物の咳払いによってお互い離れた。
「感動の再会は喜ばしいが、イチャつく場所を考えてほしいものだな」
会長は呆れ顔で、私とowlに言う。
イチャついてたのか?そんなつもりは・・ない・・・と思うような・・・。
「申し訳ありません」
owlが真顔で誤っている。イチャついてるのを認めているみたいで、恥ずかしい。
「Bloody rose。どうかしたか。顔が赤い」
「どうもしてません」
からかうように笑う会長。threadはニヤついているし、snakeは微笑んでいるし、owlもこっちを見ているから、そっぽ向いた。

   「owl、thread、snake。お前達の侵入やハッキングは、本来はペナルティだが、今回は大目に見て処分はしない。ただ2度目はないと思え」
「「「はい」」」
裁判と同じ雰囲気になったが、ペナルティはないようで安心した。
「それとBloody roseは怪我をしているため、完治するまではこちらで預かる。その後については、私とBloody roseの話し合いで決める。無罪となったBloody roseに、変なことはしないし、傷つけないと約束しよう」
それを聞いたthreadが反応した。
「怪我の治療なら俺達でも、医者に見せることはできる!snakeが言うには大怪我だったようだし、長い間、ここに滞在させるのは不安なんだよ!俺達の見えないところで、何をされるかも分からないのに!」
「不安だろうが、先程も言った通り危害は加えない。そんなに心配なら、テレビ電話でもしたらどうだ。それなら様子が分かるだろう。それに、Bloody roseは、殺し屋として関わっているから、今後が決まるまでは、帰すわけにはいかない」
会長は、threadを睨みながら言った。threadは、真っ青にはならなかったが、一瞬ビクついていた。
「皆、大丈夫。今後のことを考えるいい機会になるから。それより、助けてくれて、ありがとう」
3人とも複雑そうな表情だが、受け入れてくれた。本部で、これ以上問題を起こしたら、マズいことが分かっているから。
3人は、balanceによって連れ出された。
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