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第9章
今後の道
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裁判の部屋から出ると、案内役として1人の女性が待機していて、彼女の後に付いていく。
私が、しばらく暮らす部屋は、モノトーンの部屋だ。組織にある自室と似てる。
「必要な物があれば、いつでも仰って下さい。まもなく医者が訪れるので、ベッドでお待ち下さい」
「私の所持品のスマホ、腕時計、ピアスを持ってきてほしい」
「かしこまりました」
私を案内した人は、そのままスタスタ歩き、どこかに行ってしまった。
間もなくして、医者が到着したときに、先程の女性もいて、頼んだ物をベッドのすぐに近くのテーブルに置いて去っていた。
その後、医者の診察が終わり、治療が始まる。
すぐに治る怪我ではないため、定期的に医者が通って治療する。そして、怪我の状態を見て、なぜすぐに治療しなかったのか、通常なら痕が残るが、残らないように治療すると言われた。
反論する余地もなかった。
そもそも次の日には、死ぬかもしれなかった。診察、ちゃんとした治療なんてなかった。
そう言うこともできたが、面倒なことになるのは嫌なので黙っていた。
本部で暮らすようになってからはowl・・・翼とテレビ電話をしている。時々、threadやsnakeもいる。
「彩葉、調子はどうだ?」
「大丈夫だよ。怪我も少しづつ治ってきているし、痕が残らないように治療してくれるから」
「その医者は女医か?」
「うん。そうだよ」
「そうか。それなら良かった」
女医と聞いて、ほっとした様子の翼。
「同じ性別なら安心しやすいよね。でも私は、痕が残らなくて腕があるから、状況次第では男性でも「嫌だ」
途中で遮られてしまった。しかも、怒ってる気がする。
「でも私も一応女性だし、痕が残るのはやっぱり嫌だ」
「そうならないように気をつけろ」
「あの状況でそんなことできるわけないでしょ」
wolfからの調教、監禁から解放するための行動、戦いで痕が残らないようになんて、不可能だ。
お互いの意見が平行線のとき、翼の後ろから別の人物が現れる。
「まあ、彩葉。翼の意見も理解してやれ。翼は、やっぱり好きな女の体を、自分以外の男に見せたくねえんだよ。そうだよな。翼!痛ッ」
翼から、何かされたみたいで、痛みで顔を歪めるthread。
「owlさんの意見も一理ありますが、彩葉さんの意見も理解できますよ。やっぱり女性は、痕が残るのは嫌がります」
考え込むsnakeを翼が睨みつけると、そのことに気づいたsnakeはどこか別のところを見た。
翼は咳払いをして、話を続ける。
「とにかく、女医で安心した。どうした?何赤くなっている」
「どうせ、翼の好きな女って言われて、照れてるだろ。お前は、言ってないみたいだが、この際、痛ッ」
「thread。あなたは、空気を読むことはできないんですか?たとえ、言ってなくても、この状況で言えないでしょう。馬鹿なんですか。まずは、僕達は画面外に移動しますよ」
snakeがthreadの頭を叩き、そのまま、threadと一緒にどこかに行ってしまった。
「彩葉の返事は電話じゃなくて、直接聞きたい。本部から帰って会ったときに、聞かせてくれ」
「う・・・うん」
翼の顔は優しくて、画面でしか会えないのが、もどかしかった。早く会いたい。
「翼達は、あの日からどうしてるの?これからは?」
会長は、ペナルティはないって言っていたが、本当だろうか。
「俺達は休暇中だ」
「休暇?」
「今組織に新しいボスはいないし、本部はバタバタしているから、俺以外の殺し屋も任務なし。threadは自主休暇。これからのことは、彩葉の決めた道を聞いてから、決めるよ。なるべく、傍にいれるように動く」
「無理しないでよ」
「それはこっちのセリフだ。今まで散々1人で無理しているだろ」
「ごめん」
「謝んな。じゃあ、今日はここで。また明日な」
「うん。また明日」
手を振れば、翼も手を振り返してくれた。そして、テレビ電話を切った。
明日も話せる。それだけで、ウキウキしている自分がいる。自然と頬が緩んでいた。
治療が終盤を迎える頃、部屋のドアがノックされた。返事をすると入ってきたのは、balanceだ。
裁判の日以降会っていないから驚いた。
「治療は、もうすぐ終わるようですね。調子はどうですか?」
無表情のまま近づき、ベッドの近くに置いてある椅子に座って問いかけられた。
「・・・」
「なにか?」
答えずに、balanceを凝視している私に、怪訝な顔が向けられる。
「いや、口調がコロコロ変わるなと思って。調子は、おかげさまで順調だ」
「ああ。そう言うことですか。あれは、あなたを見ていて、苛ついたからですよ」
凝視された理由に納得したようで、次は違う方向を見ながら伝えられる。
「なぜ苛つく?」
「あなたは、生きるのを諦めかけていたから。助けが、もうそこまで来てるのに。
あなたはwolfの戦いまでは必死だったのに。復讐を果たせば全て終わりなのか。残される人の気持ちは考えないのか。結果がほぼ決まっていることでも、僅かな可能性を信じて戦わないのか。抗おうとしないのかと思って。
それに、あなたが死ねばアイツが悲しむ」
「アイツとは誰だ?それに、助けが来てることを知っていたのに、幹部や会長に黙っていたのか。balanceは、どっち側の人間なんだ?」
「さあ?どっち側でしょうね。あの日、あなたを迎えに行く前に、セキュリティが全てダウンしてることに気づきました。警備室の連中が騒いでましたから。すぐに分かりましたよ。あなたを助けに来た人達の仕業だと。上に報告されたら、その人達が、あなたのところに来れなくなってしまう。だから、警備室の連中を気絶させました。あなたがいたあの部屋。あの部屋だけはセキュリティが別なので、建物内に入れても、鍵がなければ開かない。私は、あの部屋の外で待ってましたよ。そしたら必死な様子で、助けに来た彼らに会いました。私は、何も言わずに鍵を開けました」
balanceは私の目を見た。でも、そこに写っているのは、私だが違うものを見ているように見える。threadが時々見てくる目と同じだ。
「鍵を開けて、お前の処分は大丈夫なのか?」
「あなた、自分の命が危なかったのに、人の心配をするんですか。おかげで3日間の謹慎です」
「・・・そうか・・・ごめん・・・ありがとう」
「なぜ謝るのか理解不能です。お礼だけでいいです」
溜め息をつき、呆れ顔をされた。
「さっきも聞いたが、アイツとは誰だ?」
balanceは目を合わせず、しばらく黙っていた。言いにくい人なんだろうか。
「気になるが言いたくないなら、無理強いはしない」
balanceは、意を決したように、再び目を合わせた。
「あなたのお父さんです」
意外な人物に、言葉がすぐに出てこない。balanceも何も言わない。
「・・・・・お父さんとの関係は?」
やっと出た言葉だった。
「親友でした。私も以前は、殺し屋の現役だったんです。あなたのご両親が亡くなって、しばらくの間までは。現役のときスランプな時期があって、引退を考えていた時期がありました。そんなときに、あなたのお父さんに会ったんですよ」
***
このところ、ずっとスランプだ。組織から応援が来て、ターゲットを殺す。そんな日々で、同じ組織の人からも、ボスからも白い目で見られる。最近は、ボスから引退を勧められる事態。任務も言われず、やることがない。
今は夜の時間帯でウロウロ歩いていると、河原に辿り着き今後のことを考えていた。
自分は、もう潮時なのかと何度も思った。
「こんなところで、なにをしている?」
声の方を見れば、すぐ横に男が1人立っていた。
すぐ近くに人がいるなんて、気配を感じなかった。それほど俺は、落ちぶれていたのか・・・情けない・・・。
「仕事が上手くいかなくて、落ち込んでいるのか」
答えない俺を見て、言われた言葉。
なぜ分かる?雰囲気か?
「・・・・・お前、殺し屋だろ」
「なぜ、それを?!」
なぜ職業まで分かる?!もしかして、この男も同業者なのか?!
男は、俺の横に座った。
「昔の俺を見ているようだ。なんとなく、俺と同じ職業に思えたから」
「そうか」
「仕事辞めるのか?」
「お前には関係ないだろ」
初対面の奴に、今後のことを口出しされたくない。
そう思い相手を睨んだら、男はそれを見て逆に笑った。
「関係ないけど、とりあえず話し相手になってくれよ」
「他を当たれ」
「そう言わずに。どうせ暇だろ」
「・・・」
失礼な奴だ。確かに暇だ。嫌なら、自分が違う場所に行けばいい。でも、できなかった。俺には居場所がなくて、組織に戻っても、白い目を向けられ虚しくなる。
そういえば、もう何日も誰かと話すことがなかった。そんな自分に、いきなり現れた男。暇つぶしには、いいかもしれない。
男は自分の話を始めた。自分の話の後に、俺の話も聞いてくれた。言わないつもりだったが、気づけば話していた。誰かに聞いてもらうと、多少は心が軽くなった。男は、励ますこともせず、非難するわけでもなく、ただ聞いてくれた。
「そうか」
と短い一言。それだけなのに、それが良かった。
「じゃあな」
いきなり来た男は、去るときも突然だった。
「また会えるか?」
俺は、男を引きとめた。
「どうだろうな。任務があるし、お前も任務を受けたい欲出てきているだろ」
この男に出会うまでは潮時だから、殺し屋を辞めること考えていたのに。
いつの間にか、その考えはなくなってなっていた。逆にまだ踏ん張りたい。任務を1人で遂行し、スランプを脱出したい気持ちに変わっている。
この男は、なぜ話していないのに、俺の心を見透かすことができるのだろう。
「本当にお前は、不思議な存在だよ。じゃあ、気が向いたときでいい。気が向いたら、出会った場所。ここに来てほしい。
最後にこれだけは教えてくれ。お前の名前だ。俺はbalanceだ」
「俺はeagleだ。お前の名前はbalanceか。最近スランプで殺し屋のランキング落ちているな。でも、ここで終わらないだろう。這い上がってこい」
そしてeagleは去っていった。男の名前を聞いて驚いた。eagleは、殺し屋のランキングでNo.1だから。
eagleの背中を見ながら思った。
這い上がってみせるさ。いつかeagleのいるNo.1を俺が奪う。
これがeagleとの最初の出会いだった。
その日から俺は、ボスに頼み込んで、任務を受けたい気持ちを伝えた。スランプ続きの俺に、ボスはまた応援を送らないといけないなど言って、渋っていた。
しかし、応援は必要ない。1人で任務完了できると言った。最終的には、失敗したら引退すると断言すると、許可してくれた。
大きな賭けだが、次は1人で任務完了できる気がした。
案の定、俺は1人で任務完了した。ボスは始めのうちは、マグレだろと言っていた。しかし、1人で任務完了する数が増えてくると、信頼も徐々に回復し白い目を向けられることはなくなった。それは、ボス以外の組織の人も同じだ。任務が多くなり、ランキング戻って上がっていく。それができたのは、eagleを超えると言う目標があるから。彼のおかけで、また殺し屋としてやっていけてるのは明白だった。
任務に追われる日々だが、時間を見つけたらあの河原に出向いていた。しかし、あの日以降会えてない。eagleはNo.1だから、当然俺より忙しいし、しかたがない。
会えない日は肩を落としていた。この日も、しばらく待ったが来ない。
今日も会えないのか。そう思って帰ろとした。
「今日は会えたな」
最初に会ったときと同じように、気配を消して声が聞こえた。今回は後ろから。
俺は振り向き、彼の名前を叫んだ。
「eagle!!」
「声がデカい」
eagleは顔を顰めた。
「あ、すまない」
会えたのが嬉しくて、思わず声が大きくなってしまった。
「もしかして、今日以外で来てくれた日があったのか?」
「あったぞ。そんなに回数は多くないが、気が向いたときに。もしかしたら、時間帯がズレて、訪れた日が被ったこともあったかもしれないな」
eagleは、最初と同じように俺の横に座った。
「そうか。とにかく会えて良かった」
「そんなに会いたかったのか?」
eagleは、不思議そうに俺を見てくる。また見透かすかもしれないと思って、目を逸らした。
「話したいことがあるから」
「へえ」
eagleの顔は見なかったが、声色は興味つつな様子だ。
俺は、あの日からの出来事。目標はeagleを超えることを伝えた。
話を聞き終えたeagleは、笑いながら言った。
「それは抜かされないように、俺も頑張らないとな」
それから、お互いのことを話した。しばらくすると、その日の終わりの雰囲気が流れる。
また話したい。
また、偶然会える日を待たないといけないのか。
そもそも、来てくれるだろうか。
「なにしてる?早く出せ」
「え?なにを?」
「スマホに決まっているだろ。連絡先交換するんだよ。balanceと話していると面白い。お前だって、また話したいと思っているだろ。いつ会えるか分からないのに、毎回ここに来るのは、大変だからな」
eagleの手には、スマホが握られている。
やっぱり、俺が言わなくても分かっているんだな。
俺はフッと笑い、スマホを取り出し、連絡先を交換した。
「じゃあ、またな」
「ああ。またな」
eagleにとっては、何気ない一言だったんだろう。でも、俺にとっては、その言葉が嬉しかった。次がある。それを糧に頑張れるから。
俺達は、それぞれの場所に戻った。
*
「あなたのお父さんとの出会いは、そんな感じです。だんだん会う回数を重ね、良き相談相手でもあり、親友になりました。
あなたの実家にも、お邪魔したことがありますし、あなたを見たこともあります。あなたは、幼かったから覚えてないと思いますが。あのときの、あなたは無邪気な笑顔でしたね。あなたは、ご両親から愛情を受けて育っていました。アイツは、親バカでしたよ。あなたの成長記録を、写真で送ってきたりしてました。殺し屋の顔と全く正反対。これ、あなたに差し上げます」
balanceは、1枚の写真を渡してきた。
「・・・どうしてこれを?」
「親バカのアイツが、送ってきたんですよ」
balanceは、懐かしそうに話す。
写真は、私の7歳の誕生日パーティしているときのだ。私の両側に父と母。私も含めて、皆、笑っていて幸せな家庭の写真だ。
「これを、私にくれるのか?」
「あなた、家族の写真を1枚も持っていないでしょう。あの事件以来、写真も含めて、全てあの家に置いてきたと聞いています。それに私が持つより、あなたが持っている方がいい」
「・・・」
「あの事件が起きて、私も正気でいられなかった。私も犯人に復讐を考えていた。だから、できる限り情報を集めようとしたんですが、ボスにバレて止められた。そして、監視下に置くためか、殺し屋本部に引き抜かれ自由がなかった。本部に入って、数年後、あなたがここを訪れたとき驚いた。まるで、別人だったから。顔は両親の面影があっても、雰囲気は全く違う。噂で冷血と聞いていたがぴったりだった。あのときは、背筋が凍るほど。アイツが残していった大切な人は、ここまで変わってしまうのかと」
「・・・」
「あなたは、復讐のために殺し屋になったんですよね。資料は私も読みましたが、あなたの負った傷は、言葉では言い表せません。あなたは、冷血から変わった。感情を取り戻せているようですね。あなたの親友とowlの存在が大きかったんでしょう。threadもいると思いますが。owlは、あなたの恋人ですか?」
「・・・恋人と言うわけではない」
「でも好きなんでしょう。見れば分かりますよ」
balanceの言葉に顔が赤くなり、目線を下に落とす。
「その彼と、この間の連れは、今後どうするか聞いてますか?」
「私の今後を決めてから、自分達のを決めると言っていた」
「そうですか。あなたは、どうしたいんですか?」
「私は、復讐のために殺し屋になった。目標達成した後は、この世界で続けようと思えば、できるかもしれない。でも、何も目標がないまま、ただ仕事をするだけ。表の世界は、あまり知らないし、引退してやっていけるのか不安がある。だから、決めかねている」
balanceは、しばらく黙った後に言った。
「これは、あくまで個人的な意見です。決めるのは、あなた自身。仕事に目標があるのは良いことだと思いますが、目標がなくても仕事はできる。あなたほどのスキルがあれば、休んでた分はすぐに取り戻せるでしょう。でも、今のあなたは、優しいところが多く見受けられます。それはある意味命取りになる。今のあなたでは、この世界に向いていない。表の世界をほとんど知らなくても、仕事内容が違うだけで、なんとかなります。どちらの世界で生きるかは、あなたが決めて下さい。
ただ、これだけは忘れないで下さい。eagleは・・・あなたのお父さんは、諦めることを決してしなかった。あなたもアイツの娘です。だから、これからは、生死と関係ないことでも、諦めることをしないで下さい。諦めたら、後悔することがたくさんありますよ」
balanceと目を合わせると、私の肩にポンと手を置いた後、椅子から立ち上がり、部屋のドアに向かって歩いていく。部屋を出る前に立ち止まり、振り向いた。
「あ、もう1つ言い忘れてました。言葉にしないと、相手に伝わりませんよ」
「え?」
「なんのことかは、分かっているでしょう」
そう言って部屋から出ていった。私は、balanceの出ていったドアを見つめた後、視線を写真に移し、言われた様々な言葉を思い返した。
数日後に、部屋を訪れたのは会長だ。会長は、笑みを貼り付け近づいて、問いかけてきた。
「調子はどうだ?Bloody rose」
「おかけでさまで順調です」
「それは良かった。そろそろ、治療が終わる頃だろう」
会長は、椅子に座ると足を組む。
「今日の本題は、君の今後についてだ」
「はい」
「本部側の意見としては、君には、この世界に残ってほしい。この間の件については、同業者からは英雄と呼ばれている。君の今までの活躍を考えると、手放すのは惜しい。今の地位が不満なら、組織のボスに兼本部の幹部でもいい。なにしろ、1つ席が空いている。誰を置くか未だに議論が続く。Bloody roseが、その地位についても、不満は出ないだろう」
「・・・・・」
それは、今まで通り駒のように扱われる。私がwolfと同じ地位につくことが、どんな気持ちになるかは考えられていない。英雄と呼ばれようと、今までの功績が認められようと、私の気持ちは変わらない。
「会長。そのお話は、お断りさせていただきます」
すると、会長は眉間に皺を寄せた。
「なぜだ?ボスや幹部になれる人は、ほんの一握り。選ばれた者だけ。名誉なことだ。他の人なら、すぐに飛びつく話なのに。Bloody rose。自らその機会を手放すのか」
「はい。今の私にとっては、この世界にいる意味はありません。それに、この世界に居続けることは、自分を殺すことになります。私は、自由になりたいんです」
「・・・・・」
お互い目を逸らさない。会長が先に目を逸らし、溜め息をついた。
「思っていた通りだな」
「え?」
会長の意外な言葉に、首を傾げる。
「君は変わったから。この世界から引退を言われる気がしてた。変えたのは、owl、thread、真理奈、琉斗のおかけだろう」
「・・・」
「君は、balanceの言う通り、もう、こちらの世界には向いていないな。任務に私情を挟み、その後も切り替えが上手くできない奴は、この世界にはいらない。個人的には残念だ。でも、表の世界でも同じことは言える。こちらの世界では、より求められるだけだ。忘れるな」
「はい」
「・・・・・これからは、アイツらと」
会長は、何か言ったが聞き取れなかった。
「何か仰いましたか?」
「なんでもない」
何か言ったことは分かっているのに、教えてくれない。
あえて、追求しない方がいいだろう。
「会長、2つお願いをしてよろしいですか?」
「なんだ」
「1つ目は、私が証拠品として提出したdeadly poison・・・新堂透に向けられた父親からの手紙を処分して下さい。彼との約束なんです。2つ目は、私は、元の名前で生きたいです。両親が殺された後、wolfの提案で名前を変えました。でも今後は、その名前で生きる必要はありません。元の名前に戻してほしいです」
「分かった。そのように手配しよう。他に、何か言いたいことや頼み事は?」
私はしばらく考えた後、会長に伝えた。
受け入れられるかは分からないが、今回を通して思ったことを。
「今から言うことは、難しいことだと思います。この世界にも、正しいことが増えてほしいと思います。白を黒に変えず、拘束される人の弁解も耳に傾け、慎重に判断してほしいと願っています」
会長は、顎に手を添えて考えている。
この世界の訂正を求めているから、答えはすぐに出ないだろう・・・・・。
「・・・確かに難しいことだな・・・しかし、wolfの不正を見抜けなかった、私や幹部にも責任がある。きっと探せば、もっと出てくるだろう。この世界は黒だらけだ。探すのは骨が折れるが、君の行動がムダにならないようにする。それと裁判も見直そう」
意外にもすぐ受け入れたことに、目を見開いて驚いた。
「なんだ。私だって完全な非道ではない。今までのことで、信じられないだろうな」
少し不貞腐れてる。この人をあまり知らない。ただ・・・
「私は、あなたのことを、あまり知りません。ただ幹部よりは、マシな気がします」
「ほお」
「ただの勘です」
ただの勘を言っただけだが、会長は、機嫌が良くなっている。
そのときドアがノックされ、1人の人物がカートを押して入ってきた。入ってきたのは、balance。カートに乗っているのは、ワイン1本とワイングラス3つ。それを何も言わずに、グラスにワインを注がれ、会長の次に私の分も渡された。balanceは、自分の椅子も用意して近くに座った。
「もうすぐ君とお別れだからね。酒でも呑んで、語ろう。話はなんでもいい」
「なんでもと言われても・・・」
「会長は、呑む気満々なので止めるのは無理です」
結局、強制的に酒の席が設けられた。
話はなんでもいいと言いながら、私を変えた人達に会長とbalanceは興味があるようで、ほぼその話だった。
先にbalanceが、持ってきたお酒やグラスと一緒に部屋を出ていった。少しして、会長も出ていくためにドアまで歩いていく。ドアの手前で、会長が振り向いた。
「もうすぐ、この世界から君は出ていくから、餞別を用意しておこう。君達に、迷惑にならないように手配するから安心しなさい。言っとくが、君達に拒否権はない。私は、君に出会えて良かったよ・・・彩葉」
出ていく前に穏やかに笑っていた。最初に入ってきたときの、張り付けの笑顔とは全く異なっていた。そして、会長は出ていった。
さっき会長は【君達】と言った。私と誰のことを言っているのだろうか。疑問だったが、いずれ分かることなので、気にしないようにした。
本部から出ていく日、balanceが部屋まで迎えにきた。
「忘れものはありませんか?」
「ない」
「そうですか。あの3人は、別室にいるので、そこまで見送ります」
「balance、ありがとう。私は、何もお礼ができてないけど、何かできることがあれば言ってほしい」
「別に見返りなんて求めていません」
「そうだが・・・」
balanceと会うのは、おそらく、もうないだろう。
彼のためにできることはないかと、治療中に考えていたが、思いつかなかった。
「これは会長からの餞別です。それと、すぐに使う分も多少用意されてます」
渡されたのは【向井彩葉】と書かれた通帳、キャッシュカードと苗字の印鑑、アタッシュケースだ。通帳の中身を見ると、今まで稼いだ分のお金が、私の以前使っていた【広瀬紅音】の口座から振り込まれ、本部から多額のお金が入金されている。その金額に驚いた。働かなくても生活できるし、それでも余る金額だ。アタッシュケースの中には、100万入っている。
金銭感覚がズレている。それに餞別と言っても、本部からの入金は、あまりにも多すぎる。
「こんな大金受け取れない」
「拒否権はないと、会長が言っていたでしょう」
「・・・」
こんなに貰って、本当に大丈夫だろうか。
でも、会長が言ったことだから大丈夫だろう・・・。
「あなた達は、今後物入りだと思いますからね。そして、人数が増える可能性もあります。あなたの功績とお詫びの意味もあると思います。その金額は、妥当でしょう」
「・・・あなた達?・・・人数が増える?」
首を傾げて、balanceに問いかけると、呆れ顔される。
「あなたは、そっち方面に関しては鈍いですね。彼が不憫ですよ。彼は、あなたの鈍さを理解しているようですが、これからも頑張らないといけないですね。でも、彼なら大丈夫でしょう」
「じゃあ、この間、会長が言っていた君達と言うのは、彼のこと?」
「そうですよ。全くなぜ私が、説明しないといけないのか・・・」
balanceは、しばらくブツブツ文句を言っている。私は、黙って聞いてるだけだった。ある程度、文句を言い終わったと思われるbalanceが、咳払いして私と向き合った。
「最初は、あなたを親友だった娘と言う認識でした。今は、向井彩葉さん。1人の人間に対して言います。彩葉さん、もうこちらの世界には、戻ってこないで下さい。表の世界で、幸せになってほしい。そして、今まであなたに言った言葉を忘れないで」
何かお礼がしたいと思っているなら、それを実行してほしいと付け加えて。
私は頷いた。それを見たbalanceは、アタッシュケースと私の荷物を持って、歩き出した。私は、その後を付いていった。
3人が待つ部屋まで行き、ドアを開けた。すると、中で待っていた3人が立ち上がり、お互い駆け寄る。
「彩葉、もう大丈夫か?」
「うん。大丈夫。翼と翔こそ何もされてない?」
私が殺し屋を引退して、表の世界で生きていくことを、事前に伝えていた。そしたら、自分達も引退すると言って、次に電話したときには、表の世界の人になったと言われた。
ちなみに、翔と言うのは、threadのことだ。表向きは、長谷川翔と言う。
「これからは、彩葉も俺達と同じ世界だな」
翔が、私の頭に手を置いて撫でた。
私は、少し離れたところから見ている、snakeが視界に入った。snakeは、殺し屋の世界に残るようだ。
「snake、家族とは会えたの?」
「はい。妻の体調が戻って、娘も喜んでくれて。今は、家族と一緒に過ごせて幸せです」
snakeの、幸せそうな顔を見ると複雑だ。
「そう。それは良かった。今回のことはsnakeにもお世話になった。ありがとう」
「いえ、とんでもありません」
「こんなこと言うのは酷いけど、もう私の前には現れないでほしい」
「え?」
snakeは、表情が一変して戸惑っている。部屋の雰囲気も、暗くなったのが分かる。
「snakeは、自分の家族のために。最終的には、wolfに従ったんだよね。しかたないと思う。それでも、私の両親に直接伝えられなくても、何らかの方法で知らせてほしかった。両親が、自分達に危険が迫っていると、もっと前に分かっていれば・・・未来は、もう少しマシだったんじゃないか・・・。殺されたとしても、あんな酷い死に方しなかったんじゃないかと、何度も思ってしまう。snakeを見るたびに、しかたないと言い聞かせる自分と、お前を憎んでしまう自分で、ずっとグルグルしている。私が、殺し屋を続けたとしても、あの日牢屋で言った通り、お前を殺すことはできない。もし、私のことや両親のことを思うなら、もう現れないでほしい。助けてもらったのに・・・。こんな酷いことを言って、ごめんなさい」
私は、snakeに頭を下げて謝った。頭を上げると、snakeは俯いていた。他の人も、誰も喋らない。しばらく沈黙だったが、その沈黙を破ったのはbalanceだ。
「snake。歯を食いしばれ」
そう言うと、balanceがsnakeを殴った。殴られた衝撃で、尻もちをついた。立ち上がったsnakeに、もう1発殴る。その光景を私、翼、翔は目を見張った。
「勘違いしないで下さい。あなたのためだけではありません。俺のためでもあります。2発は私と彩葉さんの分ですよ。あなたは、優しいから殴ることもできないでしょう。あなたのお父さんは、私の親友だった。お母さんは、アイツが愛した人だ。アイツにとっては大切な人だ。私にだって、殴る権利あるでしょう。
snake、あなたは、彩葉さんの気持ちを聞いて、これからどうするつもりですか」
balanceは、snakeを殺気のこもった目で睨んでいる。
問いかけられた、snakeは立ち上がり、答えた。
「彩葉さんの言う通り、もう目の前に現れません。あのときも、今も、自分の都合しか考えていません。あのときのことは、諦めずに、何か他の方法を考えるべきだった。今も彩葉さんの心情を考えずに、テレビ電話やここに現れたりして浅はかですね。謝っても許されないです。彩葉さん、balance本当に申し訳ありません」
次は、snakeが頭を下げて謝った。そして部屋から出ていった。
snakeが、部屋を出たことを確認してから、balanceが私に声をかける。
「気にすることはありません。彼が、早く気づいて行動するべきだった話です」
「balance、本当に色々ありがとう。前から思ってたけど、balanceも優しいね」
「は?なに寝ぼけたこと言ってるんですか。ほら、そこの彼。翼さん。これは、彩葉さんの荷物とお金です。これからも、彩葉さんを支えて下さいね」
balanceは、翼に荷物を渡した。
「分かっています」
荷物を受け取りながら、balanceを睨んでいる。
「なんですか?嫉妬のつもりですか。言っときますが、疚しいことなんてありません。もう少し、器を大きくした方が良いと思いますよ。嫉妬ばかりして、さらに独占欲強かったら、嫌われますよ」
翼の睨みに、鼻で笑った。
「翔。あなたは、調子乗るところがあるので、気をつけなさい。裏の世界みたいに横柄な態度をとっていると、痛い目見ますよ」
「うるせえな!分かってる!」
反発すると、翔は、balanceに睨まれた。睨まれた翔は、小さな悲鳴をあげ、私の後ろに隠れる。
「おい」
動こうとしたら、肩に力が入れられる。
仮にも、私より年上なのに年下に隠れて、恥ずかしくないのか。
しかも、いい歳した大人の男が。
「さあ、あなた達。行きなさい。そして、もうここには来ないように」
最初は、部屋まで見送ると言っていたのに、結局出口まで来た。そして、追い出されるように本部を出た。
17年間の裏の世界。
殺し屋としての【Bloody rose】
そして、元の名前を隠して【広瀬紅音】
の表向きの名前も共に終わった。
外は、もう夕方だ。
「俺は、家に帰るから。後はお前らの好きにしろ」
翔は、手を振り自分の家に帰っていく。
「彩葉」
「ん?」
翼に名前を呼ばれ、視線を向ける。
「彩葉と一緒に行きたい場所がある」
「どこ?」
「言わない。とりあえず行こう」
翼は、私と手を繋ぎ歩き始める。
教えてくれないんだ。でも、翼となら、どこでもいいと思う。
行き着いた先は、ある丘の上だ。丘の上から街を見下ろすと、夜景が綺麗に見えた。
「綺麗」
「ここ、たまに来るんだ。落ちつくから。いつか、彩葉も連れて行きたいと思っていたんだよ」
翼の顔を見ると、穏やかな表情をしている。
「連れてきてくれて、ありがとう。私もここ好き」
「良かった」
しばらく夜景を眺めた後、ある建物が視界に入った。
「・・・協会」
「ああ。あの協会、俺がここに来たときは、いつも灯りが点いている」
「へえ」
翼は手を繋いだまま、協会に向かって歩き出す。
「え?翼。協会に行くの?」
「彩葉が行きたそうな顔をしているから」
「・・・」
私は、ずいぶん分かりやすくなったな。翼に気づかれないようにフッと笑った。
協会に着くと、灯りが点いている。翼が協会の扉を開けると、中には誰もいない。
そのまま翼は、協会の中に入ろうとする。
「こんな時間に勝手に入っていいの?」
「ダメだったら、言われたときに出ていけばいい」
少し戸惑いつつ、協会の中に足を踏み入れる。
ステンドグラスには、聖書物語が描かれている。
辺りを見回しながら、1番奥まで辿り着いた。
「彩葉」
「ん?」
真面目な顔で私を見つめる翼に、妙に鼓動が早くなる。
「俺は、彩葉が好きだ。それと、テレビ電話のときには言えなかったことがある。
彩葉は、復讐のために生きていたところがあった。それがなくなって、今の彩葉なら、生きるのがどうでもいいとならないと思う。ただ、その生きるに俺も入りたい。俺と一緒に生きてほしい。辛いときや悲しいときに、1人で抱え込ませないようにする。彩葉が穏やかに笑っていられるように、幸せと思ってもらえるようにする。
これが、俺の気持ち。次は、彩葉の気持ちを知りたい」
「・・・・・それは、恋愛経験が乏しい私でも合ってると思うけど、プロポーズだよね」
翼は頷いた。
「私は・・・翼の言う通り復讐のために生きていた。その後のことなんて、何も考えていなかった。どうでもよかった。翼のことはね、始めの頃は変な奴って思ってた。共同任務だけなのに、馴れ馴れしいと思ったこともあったな。でも、その馴れ馴れさのおかげで、ある意味新鮮で、無意識に興味が湧いたのかもしれない。だから、潜入捜査のとき、翼が死んでしまうのが嫌で必死だった。今思うと、あのときから翼を失いたくなかったんだと思う。避けられたら落ち込むし、翼の言動で左右される自分がいる。翼が、何度も私のことを好きを伝えてくれるたびに拒否した。仲間と言う枠に入れて、線引きをしていた。仲間と思うと違和感を感じて、恋愛対象として、好きと考えるとしっくりくる。大切な人だよ。傷つけるのが嫌だから、1人で抱え込んで、こんなことになっちゃった・・・。長々話してしまったけど、私は、もうこの気持ちには、嘘をつけない。私も翼が好きだよ。翼が遠くにいくのは嫌だ。傍にいてほしい。一緒に生きたい。それに、私の生きるに翼は入ってるよ」
人生初めての告白。恥ずかしくて顔が赤くなり、途中から、翼の目をまっすぐ見ることができずに、チラチラ見ながら話した。言い終わった後は俯いているが、翼から何も言われないので、不安になる。
両想いなのに、なんで何も言ってくれない?
言い方悪かったの?
不安な考えが頭をよぎっていると、横から大きな手がきて、私の顔を横から優しく挟むと、上を向かせられた。視界に入った翼は、幸せそうな顔をしている。
「やっと両想いになった」
「なんで、すぐに何も言ってくれなかったの?」
「それは嬉しくて・・・」
「え?最後聞こえなかった」
聞き返したら、翼の顔が近づいてきて、私の唇と翼の唇が重なる。何度かキスをした後の翼の顔は、先程と同じ幸せそうな顔をしている。たぶん、私も同じ表情だと思う。その後、お互いに抱きしめ合っていた。
私が、しばらく暮らす部屋は、モノトーンの部屋だ。組織にある自室と似てる。
「必要な物があれば、いつでも仰って下さい。まもなく医者が訪れるので、ベッドでお待ち下さい」
「私の所持品のスマホ、腕時計、ピアスを持ってきてほしい」
「かしこまりました」
私を案内した人は、そのままスタスタ歩き、どこかに行ってしまった。
間もなくして、医者が到着したときに、先程の女性もいて、頼んだ物をベッドのすぐに近くのテーブルに置いて去っていた。
その後、医者の診察が終わり、治療が始まる。
すぐに治る怪我ではないため、定期的に医者が通って治療する。そして、怪我の状態を見て、なぜすぐに治療しなかったのか、通常なら痕が残るが、残らないように治療すると言われた。
反論する余地もなかった。
そもそも次の日には、死ぬかもしれなかった。診察、ちゃんとした治療なんてなかった。
そう言うこともできたが、面倒なことになるのは嫌なので黙っていた。
本部で暮らすようになってからはowl・・・翼とテレビ電話をしている。時々、threadやsnakeもいる。
「彩葉、調子はどうだ?」
「大丈夫だよ。怪我も少しづつ治ってきているし、痕が残らないように治療してくれるから」
「その医者は女医か?」
「うん。そうだよ」
「そうか。それなら良かった」
女医と聞いて、ほっとした様子の翼。
「同じ性別なら安心しやすいよね。でも私は、痕が残らなくて腕があるから、状況次第では男性でも「嫌だ」
途中で遮られてしまった。しかも、怒ってる気がする。
「でも私も一応女性だし、痕が残るのはやっぱり嫌だ」
「そうならないように気をつけろ」
「あの状況でそんなことできるわけないでしょ」
wolfからの調教、監禁から解放するための行動、戦いで痕が残らないようになんて、不可能だ。
お互いの意見が平行線のとき、翼の後ろから別の人物が現れる。
「まあ、彩葉。翼の意見も理解してやれ。翼は、やっぱり好きな女の体を、自分以外の男に見せたくねえんだよ。そうだよな。翼!痛ッ」
翼から、何かされたみたいで、痛みで顔を歪めるthread。
「owlさんの意見も一理ありますが、彩葉さんの意見も理解できますよ。やっぱり女性は、痕が残るのは嫌がります」
考え込むsnakeを翼が睨みつけると、そのことに気づいたsnakeはどこか別のところを見た。
翼は咳払いをして、話を続ける。
「とにかく、女医で安心した。どうした?何赤くなっている」
「どうせ、翼の好きな女って言われて、照れてるだろ。お前は、言ってないみたいだが、この際、痛ッ」
「thread。あなたは、空気を読むことはできないんですか?たとえ、言ってなくても、この状況で言えないでしょう。馬鹿なんですか。まずは、僕達は画面外に移動しますよ」
snakeがthreadの頭を叩き、そのまま、threadと一緒にどこかに行ってしまった。
「彩葉の返事は電話じゃなくて、直接聞きたい。本部から帰って会ったときに、聞かせてくれ」
「う・・・うん」
翼の顔は優しくて、画面でしか会えないのが、もどかしかった。早く会いたい。
「翼達は、あの日からどうしてるの?これからは?」
会長は、ペナルティはないって言っていたが、本当だろうか。
「俺達は休暇中だ」
「休暇?」
「今組織に新しいボスはいないし、本部はバタバタしているから、俺以外の殺し屋も任務なし。threadは自主休暇。これからのことは、彩葉の決めた道を聞いてから、決めるよ。なるべく、傍にいれるように動く」
「無理しないでよ」
「それはこっちのセリフだ。今まで散々1人で無理しているだろ」
「ごめん」
「謝んな。じゃあ、今日はここで。また明日な」
「うん。また明日」
手を振れば、翼も手を振り返してくれた。そして、テレビ電話を切った。
明日も話せる。それだけで、ウキウキしている自分がいる。自然と頬が緩んでいた。
治療が終盤を迎える頃、部屋のドアがノックされた。返事をすると入ってきたのは、balanceだ。
裁判の日以降会っていないから驚いた。
「治療は、もうすぐ終わるようですね。調子はどうですか?」
無表情のまま近づき、ベッドの近くに置いてある椅子に座って問いかけられた。
「・・・」
「なにか?」
答えずに、balanceを凝視している私に、怪訝な顔が向けられる。
「いや、口調がコロコロ変わるなと思って。調子は、おかげさまで順調だ」
「ああ。そう言うことですか。あれは、あなたを見ていて、苛ついたからですよ」
凝視された理由に納得したようで、次は違う方向を見ながら伝えられる。
「なぜ苛つく?」
「あなたは、生きるのを諦めかけていたから。助けが、もうそこまで来てるのに。
あなたはwolfの戦いまでは必死だったのに。復讐を果たせば全て終わりなのか。残される人の気持ちは考えないのか。結果がほぼ決まっていることでも、僅かな可能性を信じて戦わないのか。抗おうとしないのかと思って。
それに、あなたが死ねばアイツが悲しむ」
「アイツとは誰だ?それに、助けが来てることを知っていたのに、幹部や会長に黙っていたのか。balanceは、どっち側の人間なんだ?」
「さあ?どっち側でしょうね。あの日、あなたを迎えに行く前に、セキュリティが全てダウンしてることに気づきました。警備室の連中が騒いでましたから。すぐに分かりましたよ。あなたを助けに来た人達の仕業だと。上に報告されたら、その人達が、あなたのところに来れなくなってしまう。だから、警備室の連中を気絶させました。あなたがいたあの部屋。あの部屋だけはセキュリティが別なので、建物内に入れても、鍵がなければ開かない。私は、あの部屋の外で待ってましたよ。そしたら必死な様子で、助けに来た彼らに会いました。私は、何も言わずに鍵を開けました」
balanceは私の目を見た。でも、そこに写っているのは、私だが違うものを見ているように見える。threadが時々見てくる目と同じだ。
「鍵を開けて、お前の処分は大丈夫なのか?」
「あなた、自分の命が危なかったのに、人の心配をするんですか。おかげで3日間の謹慎です」
「・・・そうか・・・ごめん・・・ありがとう」
「なぜ謝るのか理解不能です。お礼だけでいいです」
溜め息をつき、呆れ顔をされた。
「さっきも聞いたが、アイツとは誰だ?」
balanceは目を合わせず、しばらく黙っていた。言いにくい人なんだろうか。
「気になるが言いたくないなら、無理強いはしない」
balanceは、意を決したように、再び目を合わせた。
「あなたのお父さんです」
意外な人物に、言葉がすぐに出てこない。balanceも何も言わない。
「・・・・・お父さんとの関係は?」
やっと出た言葉だった。
「親友でした。私も以前は、殺し屋の現役だったんです。あなたのご両親が亡くなって、しばらくの間までは。現役のときスランプな時期があって、引退を考えていた時期がありました。そんなときに、あなたのお父さんに会ったんですよ」
***
このところ、ずっとスランプだ。組織から応援が来て、ターゲットを殺す。そんな日々で、同じ組織の人からも、ボスからも白い目で見られる。最近は、ボスから引退を勧められる事態。任務も言われず、やることがない。
今は夜の時間帯でウロウロ歩いていると、河原に辿り着き今後のことを考えていた。
自分は、もう潮時なのかと何度も思った。
「こんなところで、なにをしている?」
声の方を見れば、すぐ横に男が1人立っていた。
すぐ近くに人がいるなんて、気配を感じなかった。それほど俺は、落ちぶれていたのか・・・情けない・・・。
「仕事が上手くいかなくて、落ち込んでいるのか」
答えない俺を見て、言われた言葉。
なぜ分かる?雰囲気か?
「・・・・・お前、殺し屋だろ」
「なぜ、それを?!」
なぜ職業まで分かる?!もしかして、この男も同業者なのか?!
男は、俺の横に座った。
「昔の俺を見ているようだ。なんとなく、俺と同じ職業に思えたから」
「そうか」
「仕事辞めるのか?」
「お前には関係ないだろ」
初対面の奴に、今後のことを口出しされたくない。
そう思い相手を睨んだら、男はそれを見て逆に笑った。
「関係ないけど、とりあえず話し相手になってくれよ」
「他を当たれ」
「そう言わずに。どうせ暇だろ」
「・・・」
失礼な奴だ。確かに暇だ。嫌なら、自分が違う場所に行けばいい。でも、できなかった。俺には居場所がなくて、組織に戻っても、白い目を向けられ虚しくなる。
そういえば、もう何日も誰かと話すことがなかった。そんな自分に、いきなり現れた男。暇つぶしには、いいかもしれない。
男は自分の話を始めた。自分の話の後に、俺の話も聞いてくれた。言わないつもりだったが、気づけば話していた。誰かに聞いてもらうと、多少は心が軽くなった。男は、励ますこともせず、非難するわけでもなく、ただ聞いてくれた。
「そうか」
と短い一言。それだけなのに、それが良かった。
「じゃあな」
いきなり来た男は、去るときも突然だった。
「また会えるか?」
俺は、男を引きとめた。
「どうだろうな。任務があるし、お前も任務を受けたい欲出てきているだろ」
この男に出会うまでは潮時だから、殺し屋を辞めること考えていたのに。
いつの間にか、その考えはなくなってなっていた。逆にまだ踏ん張りたい。任務を1人で遂行し、スランプを脱出したい気持ちに変わっている。
この男は、なぜ話していないのに、俺の心を見透かすことができるのだろう。
「本当にお前は、不思議な存在だよ。じゃあ、気が向いたときでいい。気が向いたら、出会った場所。ここに来てほしい。
最後にこれだけは教えてくれ。お前の名前だ。俺はbalanceだ」
「俺はeagleだ。お前の名前はbalanceか。最近スランプで殺し屋のランキング落ちているな。でも、ここで終わらないだろう。這い上がってこい」
そしてeagleは去っていった。男の名前を聞いて驚いた。eagleは、殺し屋のランキングでNo.1だから。
eagleの背中を見ながら思った。
這い上がってみせるさ。いつかeagleのいるNo.1を俺が奪う。
これがeagleとの最初の出会いだった。
その日から俺は、ボスに頼み込んで、任務を受けたい気持ちを伝えた。スランプ続きの俺に、ボスはまた応援を送らないといけないなど言って、渋っていた。
しかし、応援は必要ない。1人で任務完了できると言った。最終的には、失敗したら引退すると断言すると、許可してくれた。
大きな賭けだが、次は1人で任務完了できる気がした。
案の定、俺は1人で任務完了した。ボスは始めのうちは、マグレだろと言っていた。しかし、1人で任務完了する数が増えてくると、信頼も徐々に回復し白い目を向けられることはなくなった。それは、ボス以外の組織の人も同じだ。任務が多くなり、ランキング戻って上がっていく。それができたのは、eagleを超えると言う目標があるから。彼のおかけで、また殺し屋としてやっていけてるのは明白だった。
任務に追われる日々だが、時間を見つけたらあの河原に出向いていた。しかし、あの日以降会えてない。eagleはNo.1だから、当然俺より忙しいし、しかたがない。
会えない日は肩を落としていた。この日も、しばらく待ったが来ない。
今日も会えないのか。そう思って帰ろとした。
「今日は会えたな」
最初に会ったときと同じように、気配を消して声が聞こえた。今回は後ろから。
俺は振り向き、彼の名前を叫んだ。
「eagle!!」
「声がデカい」
eagleは顔を顰めた。
「あ、すまない」
会えたのが嬉しくて、思わず声が大きくなってしまった。
「もしかして、今日以外で来てくれた日があったのか?」
「あったぞ。そんなに回数は多くないが、気が向いたときに。もしかしたら、時間帯がズレて、訪れた日が被ったこともあったかもしれないな」
eagleは、最初と同じように俺の横に座った。
「そうか。とにかく会えて良かった」
「そんなに会いたかったのか?」
eagleは、不思議そうに俺を見てくる。また見透かすかもしれないと思って、目を逸らした。
「話したいことがあるから」
「へえ」
eagleの顔は見なかったが、声色は興味つつな様子だ。
俺は、あの日からの出来事。目標はeagleを超えることを伝えた。
話を聞き終えたeagleは、笑いながら言った。
「それは抜かされないように、俺も頑張らないとな」
それから、お互いのことを話した。しばらくすると、その日の終わりの雰囲気が流れる。
また話したい。
また、偶然会える日を待たないといけないのか。
そもそも、来てくれるだろうか。
「なにしてる?早く出せ」
「え?なにを?」
「スマホに決まっているだろ。連絡先交換するんだよ。balanceと話していると面白い。お前だって、また話したいと思っているだろ。いつ会えるか分からないのに、毎回ここに来るのは、大変だからな」
eagleの手には、スマホが握られている。
やっぱり、俺が言わなくても分かっているんだな。
俺はフッと笑い、スマホを取り出し、連絡先を交換した。
「じゃあ、またな」
「ああ。またな」
eagleにとっては、何気ない一言だったんだろう。でも、俺にとっては、その言葉が嬉しかった。次がある。それを糧に頑張れるから。
俺達は、それぞれの場所に戻った。
*
「あなたのお父さんとの出会いは、そんな感じです。だんだん会う回数を重ね、良き相談相手でもあり、親友になりました。
あなたの実家にも、お邪魔したことがありますし、あなたを見たこともあります。あなたは、幼かったから覚えてないと思いますが。あのときの、あなたは無邪気な笑顔でしたね。あなたは、ご両親から愛情を受けて育っていました。アイツは、親バカでしたよ。あなたの成長記録を、写真で送ってきたりしてました。殺し屋の顔と全く正反対。これ、あなたに差し上げます」
balanceは、1枚の写真を渡してきた。
「・・・どうしてこれを?」
「親バカのアイツが、送ってきたんですよ」
balanceは、懐かしそうに話す。
写真は、私の7歳の誕生日パーティしているときのだ。私の両側に父と母。私も含めて、皆、笑っていて幸せな家庭の写真だ。
「これを、私にくれるのか?」
「あなた、家族の写真を1枚も持っていないでしょう。あの事件以来、写真も含めて、全てあの家に置いてきたと聞いています。それに私が持つより、あなたが持っている方がいい」
「・・・」
「あの事件が起きて、私も正気でいられなかった。私も犯人に復讐を考えていた。だから、できる限り情報を集めようとしたんですが、ボスにバレて止められた。そして、監視下に置くためか、殺し屋本部に引き抜かれ自由がなかった。本部に入って、数年後、あなたがここを訪れたとき驚いた。まるで、別人だったから。顔は両親の面影があっても、雰囲気は全く違う。噂で冷血と聞いていたがぴったりだった。あのときは、背筋が凍るほど。アイツが残していった大切な人は、ここまで変わってしまうのかと」
「・・・」
「あなたは、復讐のために殺し屋になったんですよね。資料は私も読みましたが、あなたの負った傷は、言葉では言い表せません。あなたは、冷血から変わった。感情を取り戻せているようですね。あなたの親友とowlの存在が大きかったんでしょう。threadもいると思いますが。owlは、あなたの恋人ですか?」
「・・・恋人と言うわけではない」
「でも好きなんでしょう。見れば分かりますよ」
balanceの言葉に顔が赤くなり、目線を下に落とす。
「その彼と、この間の連れは、今後どうするか聞いてますか?」
「私の今後を決めてから、自分達のを決めると言っていた」
「そうですか。あなたは、どうしたいんですか?」
「私は、復讐のために殺し屋になった。目標達成した後は、この世界で続けようと思えば、できるかもしれない。でも、何も目標がないまま、ただ仕事をするだけ。表の世界は、あまり知らないし、引退してやっていけるのか不安がある。だから、決めかねている」
balanceは、しばらく黙った後に言った。
「これは、あくまで個人的な意見です。決めるのは、あなた自身。仕事に目標があるのは良いことだと思いますが、目標がなくても仕事はできる。あなたほどのスキルがあれば、休んでた分はすぐに取り戻せるでしょう。でも、今のあなたは、優しいところが多く見受けられます。それはある意味命取りになる。今のあなたでは、この世界に向いていない。表の世界をほとんど知らなくても、仕事内容が違うだけで、なんとかなります。どちらの世界で生きるかは、あなたが決めて下さい。
ただ、これだけは忘れないで下さい。eagleは・・・あなたのお父さんは、諦めることを決してしなかった。あなたもアイツの娘です。だから、これからは、生死と関係ないことでも、諦めることをしないで下さい。諦めたら、後悔することがたくさんありますよ」
balanceと目を合わせると、私の肩にポンと手を置いた後、椅子から立ち上がり、部屋のドアに向かって歩いていく。部屋を出る前に立ち止まり、振り向いた。
「あ、もう1つ言い忘れてました。言葉にしないと、相手に伝わりませんよ」
「え?」
「なんのことかは、分かっているでしょう」
そう言って部屋から出ていった。私は、balanceの出ていったドアを見つめた後、視線を写真に移し、言われた様々な言葉を思い返した。
数日後に、部屋を訪れたのは会長だ。会長は、笑みを貼り付け近づいて、問いかけてきた。
「調子はどうだ?Bloody rose」
「おかけでさまで順調です」
「それは良かった。そろそろ、治療が終わる頃だろう」
会長は、椅子に座ると足を組む。
「今日の本題は、君の今後についてだ」
「はい」
「本部側の意見としては、君には、この世界に残ってほしい。この間の件については、同業者からは英雄と呼ばれている。君の今までの活躍を考えると、手放すのは惜しい。今の地位が不満なら、組織のボスに兼本部の幹部でもいい。なにしろ、1つ席が空いている。誰を置くか未だに議論が続く。Bloody roseが、その地位についても、不満は出ないだろう」
「・・・・・」
それは、今まで通り駒のように扱われる。私がwolfと同じ地位につくことが、どんな気持ちになるかは考えられていない。英雄と呼ばれようと、今までの功績が認められようと、私の気持ちは変わらない。
「会長。そのお話は、お断りさせていただきます」
すると、会長は眉間に皺を寄せた。
「なぜだ?ボスや幹部になれる人は、ほんの一握り。選ばれた者だけ。名誉なことだ。他の人なら、すぐに飛びつく話なのに。Bloody rose。自らその機会を手放すのか」
「はい。今の私にとっては、この世界にいる意味はありません。それに、この世界に居続けることは、自分を殺すことになります。私は、自由になりたいんです」
「・・・・・」
お互い目を逸らさない。会長が先に目を逸らし、溜め息をついた。
「思っていた通りだな」
「え?」
会長の意外な言葉に、首を傾げる。
「君は変わったから。この世界から引退を言われる気がしてた。変えたのは、owl、thread、真理奈、琉斗のおかけだろう」
「・・・」
「君は、balanceの言う通り、もう、こちらの世界には向いていないな。任務に私情を挟み、その後も切り替えが上手くできない奴は、この世界にはいらない。個人的には残念だ。でも、表の世界でも同じことは言える。こちらの世界では、より求められるだけだ。忘れるな」
「はい」
「・・・・・これからは、アイツらと」
会長は、何か言ったが聞き取れなかった。
「何か仰いましたか?」
「なんでもない」
何か言ったことは分かっているのに、教えてくれない。
あえて、追求しない方がいいだろう。
「会長、2つお願いをしてよろしいですか?」
「なんだ」
「1つ目は、私が証拠品として提出したdeadly poison・・・新堂透に向けられた父親からの手紙を処分して下さい。彼との約束なんです。2つ目は、私は、元の名前で生きたいです。両親が殺された後、wolfの提案で名前を変えました。でも今後は、その名前で生きる必要はありません。元の名前に戻してほしいです」
「分かった。そのように手配しよう。他に、何か言いたいことや頼み事は?」
私はしばらく考えた後、会長に伝えた。
受け入れられるかは分からないが、今回を通して思ったことを。
「今から言うことは、難しいことだと思います。この世界にも、正しいことが増えてほしいと思います。白を黒に変えず、拘束される人の弁解も耳に傾け、慎重に判断してほしいと願っています」
会長は、顎に手を添えて考えている。
この世界の訂正を求めているから、答えはすぐに出ないだろう・・・・・。
「・・・確かに難しいことだな・・・しかし、wolfの不正を見抜けなかった、私や幹部にも責任がある。きっと探せば、もっと出てくるだろう。この世界は黒だらけだ。探すのは骨が折れるが、君の行動がムダにならないようにする。それと裁判も見直そう」
意外にもすぐ受け入れたことに、目を見開いて驚いた。
「なんだ。私だって完全な非道ではない。今までのことで、信じられないだろうな」
少し不貞腐れてる。この人をあまり知らない。ただ・・・
「私は、あなたのことを、あまり知りません。ただ幹部よりは、マシな気がします」
「ほお」
「ただの勘です」
ただの勘を言っただけだが、会長は、機嫌が良くなっている。
そのときドアがノックされ、1人の人物がカートを押して入ってきた。入ってきたのは、balance。カートに乗っているのは、ワイン1本とワイングラス3つ。それを何も言わずに、グラスにワインを注がれ、会長の次に私の分も渡された。balanceは、自分の椅子も用意して近くに座った。
「もうすぐ君とお別れだからね。酒でも呑んで、語ろう。話はなんでもいい」
「なんでもと言われても・・・」
「会長は、呑む気満々なので止めるのは無理です」
結局、強制的に酒の席が設けられた。
話はなんでもいいと言いながら、私を変えた人達に会長とbalanceは興味があるようで、ほぼその話だった。
先にbalanceが、持ってきたお酒やグラスと一緒に部屋を出ていった。少しして、会長も出ていくためにドアまで歩いていく。ドアの手前で、会長が振り向いた。
「もうすぐ、この世界から君は出ていくから、餞別を用意しておこう。君達に、迷惑にならないように手配するから安心しなさい。言っとくが、君達に拒否権はない。私は、君に出会えて良かったよ・・・彩葉」
出ていく前に穏やかに笑っていた。最初に入ってきたときの、張り付けの笑顔とは全く異なっていた。そして、会長は出ていった。
さっき会長は【君達】と言った。私と誰のことを言っているのだろうか。疑問だったが、いずれ分かることなので、気にしないようにした。
本部から出ていく日、balanceが部屋まで迎えにきた。
「忘れものはありませんか?」
「ない」
「そうですか。あの3人は、別室にいるので、そこまで見送ります」
「balance、ありがとう。私は、何もお礼ができてないけど、何かできることがあれば言ってほしい」
「別に見返りなんて求めていません」
「そうだが・・・」
balanceと会うのは、おそらく、もうないだろう。
彼のためにできることはないかと、治療中に考えていたが、思いつかなかった。
「これは会長からの餞別です。それと、すぐに使う分も多少用意されてます」
渡されたのは【向井彩葉】と書かれた通帳、キャッシュカードと苗字の印鑑、アタッシュケースだ。通帳の中身を見ると、今まで稼いだ分のお金が、私の以前使っていた【広瀬紅音】の口座から振り込まれ、本部から多額のお金が入金されている。その金額に驚いた。働かなくても生活できるし、それでも余る金額だ。アタッシュケースの中には、100万入っている。
金銭感覚がズレている。それに餞別と言っても、本部からの入金は、あまりにも多すぎる。
「こんな大金受け取れない」
「拒否権はないと、会長が言っていたでしょう」
「・・・」
こんなに貰って、本当に大丈夫だろうか。
でも、会長が言ったことだから大丈夫だろう・・・。
「あなた達は、今後物入りだと思いますからね。そして、人数が増える可能性もあります。あなたの功績とお詫びの意味もあると思います。その金額は、妥当でしょう」
「・・・あなた達?・・・人数が増える?」
首を傾げて、balanceに問いかけると、呆れ顔される。
「あなたは、そっち方面に関しては鈍いですね。彼が不憫ですよ。彼は、あなたの鈍さを理解しているようですが、これからも頑張らないといけないですね。でも、彼なら大丈夫でしょう」
「じゃあ、この間、会長が言っていた君達と言うのは、彼のこと?」
「そうですよ。全くなぜ私が、説明しないといけないのか・・・」
balanceは、しばらくブツブツ文句を言っている。私は、黙って聞いてるだけだった。ある程度、文句を言い終わったと思われるbalanceが、咳払いして私と向き合った。
「最初は、あなたを親友だった娘と言う認識でした。今は、向井彩葉さん。1人の人間に対して言います。彩葉さん、もうこちらの世界には、戻ってこないで下さい。表の世界で、幸せになってほしい。そして、今まであなたに言った言葉を忘れないで」
何かお礼がしたいと思っているなら、それを実行してほしいと付け加えて。
私は頷いた。それを見たbalanceは、アタッシュケースと私の荷物を持って、歩き出した。私は、その後を付いていった。
3人が待つ部屋まで行き、ドアを開けた。すると、中で待っていた3人が立ち上がり、お互い駆け寄る。
「彩葉、もう大丈夫か?」
「うん。大丈夫。翼と翔こそ何もされてない?」
私が殺し屋を引退して、表の世界で生きていくことを、事前に伝えていた。そしたら、自分達も引退すると言って、次に電話したときには、表の世界の人になったと言われた。
ちなみに、翔と言うのは、threadのことだ。表向きは、長谷川翔と言う。
「これからは、彩葉も俺達と同じ世界だな」
翔が、私の頭に手を置いて撫でた。
私は、少し離れたところから見ている、snakeが視界に入った。snakeは、殺し屋の世界に残るようだ。
「snake、家族とは会えたの?」
「はい。妻の体調が戻って、娘も喜んでくれて。今は、家族と一緒に過ごせて幸せです」
snakeの、幸せそうな顔を見ると複雑だ。
「そう。それは良かった。今回のことはsnakeにもお世話になった。ありがとう」
「いえ、とんでもありません」
「こんなこと言うのは酷いけど、もう私の前には現れないでほしい」
「え?」
snakeは、表情が一変して戸惑っている。部屋の雰囲気も、暗くなったのが分かる。
「snakeは、自分の家族のために。最終的には、wolfに従ったんだよね。しかたないと思う。それでも、私の両親に直接伝えられなくても、何らかの方法で知らせてほしかった。両親が、自分達に危険が迫っていると、もっと前に分かっていれば・・・未来は、もう少しマシだったんじゃないか・・・。殺されたとしても、あんな酷い死に方しなかったんじゃないかと、何度も思ってしまう。snakeを見るたびに、しかたないと言い聞かせる自分と、お前を憎んでしまう自分で、ずっとグルグルしている。私が、殺し屋を続けたとしても、あの日牢屋で言った通り、お前を殺すことはできない。もし、私のことや両親のことを思うなら、もう現れないでほしい。助けてもらったのに・・・。こんな酷いことを言って、ごめんなさい」
私は、snakeに頭を下げて謝った。頭を上げると、snakeは俯いていた。他の人も、誰も喋らない。しばらく沈黙だったが、その沈黙を破ったのはbalanceだ。
「snake。歯を食いしばれ」
そう言うと、balanceがsnakeを殴った。殴られた衝撃で、尻もちをついた。立ち上がったsnakeに、もう1発殴る。その光景を私、翼、翔は目を見張った。
「勘違いしないで下さい。あなたのためだけではありません。俺のためでもあります。2発は私と彩葉さんの分ですよ。あなたは、優しいから殴ることもできないでしょう。あなたのお父さんは、私の親友だった。お母さんは、アイツが愛した人だ。アイツにとっては大切な人だ。私にだって、殴る権利あるでしょう。
snake、あなたは、彩葉さんの気持ちを聞いて、これからどうするつもりですか」
balanceは、snakeを殺気のこもった目で睨んでいる。
問いかけられた、snakeは立ち上がり、答えた。
「彩葉さんの言う通り、もう目の前に現れません。あのときも、今も、自分の都合しか考えていません。あのときのことは、諦めずに、何か他の方法を考えるべきだった。今も彩葉さんの心情を考えずに、テレビ電話やここに現れたりして浅はかですね。謝っても許されないです。彩葉さん、balance本当に申し訳ありません」
次は、snakeが頭を下げて謝った。そして部屋から出ていった。
snakeが、部屋を出たことを確認してから、balanceが私に声をかける。
「気にすることはありません。彼が、早く気づいて行動するべきだった話です」
「balance、本当に色々ありがとう。前から思ってたけど、balanceも優しいね」
「は?なに寝ぼけたこと言ってるんですか。ほら、そこの彼。翼さん。これは、彩葉さんの荷物とお金です。これからも、彩葉さんを支えて下さいね」
balanceは、翼に荷物を渡した。
「分かっています」
荷物を受け取りながら、balanceを睨んでいる。
「なんですか?嫉妬のつもりですか。言っときますが、疚しいことなんてありません。もう少し、器を大きくした方が良いと思いますよ。嫉妬ばかりして、さらに独占欲強かったら、嫌われますよ」
翼の睨みに、鼻で笑った。
「翔。あなたは、調子乗るところがあるので、気をつけなさい。裏の世界みたいに横柄な態度をとっていると、痛い目見ますよ」
「うるせえな!分かってる!」
反発すると、翔は、balanceに睨まれた。睨まれた翔は、小さな悲鳴をあげ、私の後ろに隠れる。
「おい」
動こうとしたら、肩に力が入れられる。
仮にも、私より年上なのに年下に隠れて、恥ずかしくないのか。
しかも、いい歳した大人の男が。
「さあ、あなた達。行きなさい。そして、もうここには来ないように」
最初は、部屋まで見送ると言っていたのに、結局出口まで来た。そして、追い出されるように本部を出た。
17年間の裏の世界。
殺し屋としての【Bloody rose】
そして、元の名前を隠して【広瀬紅音】
の表向きの名前も共に終わった。
外は、もう夕方だ。
「俺は、家に帰るから。後はお前らの好きにしろ」
翔は、手を振り自分の家に帰っていく。
「彩葉」
「ん?」
翼に名前を呼ばれ、視線を向ける。
「彩葉と一緒に行きたい場所がある」
「どこ?」
「言わない。とりあえず行こう」
翼は、私と手を繋ぎ歩き始める。
教えてくれないんだ。でも、翼となら、どこでもいいと思う。
行き着いた先は、ある丘の上だ。丘の上から街を見下ろすと、夜景が綺麗に見えた。
「綺麗」
「ここ、たまに来るんだ。落ちつくから。いつか、彩葉も連れて行きたいと思っていたんだよ」
翼の顔を見ると、穏やかな表情をしている。
「連れてきてくれて、ありがとう。私もここ好き」
「良かった」
しばらく夜景を眺めた後、ある建物が視界に入った。
「・・・協会」
「ああ。あの協会、俺がここに来たときは、いつも灯りが点いている」
「へえ」
翼は手を繋いだまま、協会に向かって歩き出す。
「え?翼。協会に行くの?」
「彩葉が行きたそうな顔をしているから」
「・・・」
私は、ずいぶん分かりやすくなったな。翼に気づかれないようにフッと笑った。
協会に着くと、灯りが点いている。翼が協会の扉を開けると、中には誰もいない。
そのまま翼は、協会の中に入ろうとする。
「こんな時間に勝手に入っていいの?」
「ダメだったら、言われたときに出ていけばいい」
少し戸惑いつつ、協会の中に足を踏み入れる。
ステンドグラスには、聖書物語が描かれている。
辺りを見回しながら、1番奥まで辿り着いた。
「彩葉」
「ん?」
真面目な顔で私を見つめる翼に、妙に鼓動が早くなる。
「俺は、彩葉が好きだ。それと、テレビ電話のときには言えなかったことがある。
彩葉は、復讐のために生きていたところがあった。それがなくなって、今の彩葉なら、生きるのがどうでもいいとならないと思う。ただ、その生きるに俺も入りたい。俺と一緒に生きてほしい。辛いときや悲しいときに、1人で抱え込ませないようにする。彩葉が穏やかに笑っていられるように、幸せと思ってもらえるようにする。
これが、俺の気持ち。次は、彩葉の気持ちを知りたい」
「・・・・・それは、恋愛経験が乏しい私でも合ってると思うけど、プロポーズだよね」
翼は頷いた。
「私は・・・翼の言う通り復讐のために生きていた。その後のことなんて、何も考えていなかった。どうでもよかった。翼のことはね、始めの頃は変な奴って思ってた。共同任務だけなのに、馴れ馴れしいと思ったこともあったな。でも、その馴れ馴れさのおかげで、ある意味新鮮で、無意識に興味が湧いたのかもしれない。だから、潜入捜査のとき、翼が死んでしまうのが嫌で必死だった。今思うと、あのときから翼を失いたくなかったんだと思う。避けられたら落ち込むし、翼の言動で左右される自分がいる。翼が、何度も私のことを好きを伝えてくれるたびに拒否した。仲間と言う枠に入れて、線引きをしていた。仲間と思うと違和感を感じて、恋愛対象として、好きと考えるとしっくりくる。大切な人だよ。傷つけるのが嫌だから、1人で抱え込んで、こんなことになっちゃった・・・。長々話してしまったけど、私は、もうこの気持ちには、嘘をつけない。私も翼が好きだよ。翼が遠くにいくのは嫌だ。傍にいてほしい。一緒に生きたい。それに、私の生きるに翼は入ってるよ」
人生初めての告白。恥ずかしくて顔が赤くなり、途中から、翼の目をまっすぐ見ることができずに、チラチラ見ながら話した。言い終わった後は俯いているが、翼から何も言われないので、不安になる。
両想いなのに、なんで何も言ってくれない?
言い方悪かったの?
不安な考えが頭をよぎっていると、横から大きな手がきて、私の顔を横から優しく挟むと、上を向かせられた。視界に入った翼は、幸せそうな顔をしている。
「やっと両想いになった」
「なんで、すぐに何も言ってくれなかったの?」
「それは嬉しくて・・・」
「え?最後聞こえなかった」
聞き返したら、翼の顔が近づいてきて、私の唇と翼の唇が重なる。何度かキスをした後の翼の顔は、先程と同じ幸せそうな顔をしている。たぶん、私も同じ表情だと思う。その後、お互いに抱きしめ合っていた。
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