夫はマウンテンパーカーを欲しがる

成木沢 遥

文字の大きさ
1 / 7

しおりを挟む
「来年の初詣は、金運アップの神社に行こうか」

 普段土日休みの夫が、振替休日で珍しく平日の昼間に家にいた。
 だいぶ髪が薄くなっている夫が、ソファーに寝そべりながらボソッと言う。
 毎年初詣なんか行こうとしなかったのに、いきなりどうしたのか。

「何、そんなにお金が欲しいの?」

 冷ややかな声で、どういう意図でその提案をしてきたか聞いた。

「ああ、マウンテンパーカーが欲しいんだ」

 新婚の時に比べて広くなった額をポリポリ掻きながら、恥ずかしそうに答える。
 カジュアルなパーカーなんて着るような人じゃないのに、どうして急に言い出したのか。
 長いこと一緒に居るけど、パーカーが欲しいなんて一度も聞いたことがない。
 私たちも、もう五十歳だ。

 ――いや、そんなことどうでもいい。
 今は、ただただ、夫に腹が立っている。

「あなたって、そういうところがあるよね」

 そう言い残して、買い物に出かけようとした。

「何だよ、よくわからないな」

 夫は困ったように笑い、「あ、缶ビールよろしくね」と図々しく付け足した。
 私は「お金がないなら、せいぜい発泡酒ね」と、意地悪く言う。

 漂う険悪なムード。その空気を作ったのは私の方だ。
 必要以上に扉を強く開け、外に出た。
 スーパーまで自転車に乗りながら、夫ののほほんとしたお気楽な表情を思い出してまたムカついた。

 私がイライラしている理由……それは、今日が結婚二十周年記念の日だからだ。
  
 結婚二十周年のことを触れるより、唐突に初詣の話をしてきたことが許せなかった。
 しかもお金が欲しい理由が、好きなマウンテンパーカーを買いたいからって……無神経過ぎる。
 まずは「おはよう」の言葉と共に、「今日は結婚記念日だね」の一言くらいあったっていいだろう。

 考えてみれば、夫はいつも自分中心で考えている男だ。
 結婚してから特にそう思えるようになった。

 子供のこともそうだ。
 私の願望としては、子供が欲しかった。でも、夫は子供を望まず……結局私の意見は蔑ろにされ、子供は作らないという選択肢を取った。

 夫は、いつも自分のことばかりを考える。

「あの人と結婚したの、間違いだったのかな」

 ぶつくさと文句を口にしながら、自転車を漕いでいた。
 人通りの少ない商店街を、風を切るように進んでいく。
 使い古したママチャリは、ペダルを漕ぐ度に錆びついた音が響くような自転車だ。
 商店街を抜けた先に、大型スーパーがある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

処理中です...