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それは、結婚して一周年の時に、夫が料理本を見ながら一生懸命に作ってくれたポテトサラダだった。
最近は作ってくれなかったけど、前は得意料理だからと言って定期的に作っていた。
久しぶりに見た男の料理に、思わず笑みがこぼれる。
夫が作るポテトサラダは、ジャガイモがゴロゴロと大きくて、豪快な一品になるのだ。
新婚時の記憶が、ふと蘇る。
家事は何もできないけど、男の料理くらいは作れる……そう言ってチャレンジしたのがポテトサラダだった。
味は濃かったし、見た目も荒かったけど……でも美味しかった。
意外と美味しいって、二人で笑い合ったっけ。
まだあの頃は、心から好きだって思えていた……。
今はどうだろうか。
私は夫を、心から好きだと言えるだろうか……。
夫は私を、心から好きだと言ってくれるだろうか……。
いいや、そんなのはきっと、当たり前のことなんだろう。
だって、もう二十年も夫婦をやっているんだ。
たくさんの感情を乗り越えて、それでも一緒にいるんだ。
好きという感情がないと、こんなには一緒にいられない。
……そして今日の食卓は、ハンバーグとステーキ。
ポテトサラダは洋食の付け合わせとしてピッタリ。
夫は冷蔵庫の中を見て、ポテトサラダを作ろうと思い立ったのかもしれない。
そんな夫が、可愛いと思えた。
私はニヤケた表情を堪えるようにして、ゆっくり自転車を漕ぎ始めた。
早く帰って、ステーキとハンバーグを焼いてあげないと。
夫もお腹が空いているだろう。
「あ……」
さっきも通ったアウトドアショップの前で、店員さんが店前の後片付けをしている。
外に出していたセール品が入ったワゴンをしまおうとしていた。
私は思わず自転車を止めて、店員さんに声をかけた。
「あ、あの! もう終わりですか?」
「あ、はい! 当店は八時閉店です」
外から見える店内の時計は、八時五分だった。
もう営業は終了しているらしい。
じゃあ帰ろうかとしたけど、ショーウインドウのマネキンが着ている、例のマウンテンパーカーが目に入った。
財布の中には五万円……私は店員さんに頭を下げた。
「すいません! あのマウンテンパーカー、売ってくれませんか!?」
「……え、も、もうレジ締めしちゃってて……」
「お願いします! 今日、結婚記念日なんです! いつも頑張ってもらっている夫に、プレゼントしたいんです!」
女子大学生のような二十代の店員さんが、困ったように目尻を垂らした。
無理も承知で、お願いする。
あまりにも可哀想に思えたのか、店員さんは「わかりました」と明るい声で答えてくれた。
「いいんですか!?」
「ええ。レジはまた締め直せばいいので。それより、旦那さんにプレゼントなんて素敵ですね」
店員さんは飾られていたマウンテンパーカーと同じものを、裏から持ってきてくれた。丁寧に包装してくれる。
私は「不器用な人なんですけど、まあ、そういうところが好きなのかな」と答えた。
「そういう夫婦、憧れます」
プレゼント用に包装されたマウンテンパーカーを受け取り、代わりにさっきの臨時収入である五万円を置いた。
閉店しているのにワガママ言って申し訳ない……そう言うと、店員さんは「それより、素敵な結婚記念日を」と言ってくれた。
プレゼントを自転車のカゴに入れて、思いっきりペダルを漕ぐ。
早く帰って、お肉を焼こう。
そしたら喜んでくれるかな。
初詣は家内安全を願ってくれるかな……。
まあ、どうでもいっか。
とっても、お腹が空いた。
〈完〉
最近は作ってくれなかったけど、前は得意料理だからと言って定期的に作っていた。
久しぶりに見た男の料理に、思わず笑みがこぼれる。
夫が作るポテトサラダは、ジャガイモがゴロゴロと大きくて、豪快な一品になるのだ。
新婚時の記憶が、ふと蘇る。
家事は何もできないけど、男の料理くらいは作れる……そう言ってチャレンジしたのがポテトサラダだった。
味は濃かったし、見た目も荒かったけど……でも美味しかった。
意外と美味しいって、二人で笑い合ったっけ。
まだあの頃は、心から好きだって思えていた……。
今はどうだろうか。
私は夫を、心から好きだと言えるだろうか……。
夫は私を、心から好きだと言ってくれるだろうか……。
いいや、そんなのはきっと、当たり前のことなんだろう。
だって、もう二十年も夫婦をやっているんだ。
たくさんの感情を乗り越えて、それでも一緒にいるんだ。
好きという感情がないと、こんなには一緒にいられない。
……そして今日の食卓は、ハンバーグとステーキ。
ポテトサラダは洋食の付け合わせとしてピッタリ。
夫は冷蔵庫の中を見て、ポテトサラダを作ろうと思い立ったのかもしれない。
そんな夫が、可愛いと思えた。
私はニヤケた表情を堪えるようにして、ゆっくり自転車を漕ぎ始めた。
早く帰って、ステーキとハンバーグを焼いてあげないと。
夫もお腹が空いているだろう。
「あ……」
さっきも通ったアウトドアショップの前で、店員さんが店前の後片付けをしている。
外に出していたセール品が入ったワゴンをしまおうとしていた。
私は思わず自転車を止めて、店員さんに声をかけた。
「あ、あの! もう終わりですか?」
「あ、はい! 当店は八時閉店です」
外から見える店内の時計は、八時五分だった。
もう営業は終了しているらしい。
じゃあ帰ろうかとしたけど、ショーウインドウのマネキンが着ている、例のマウンテンパーカーが目に入った。
財布の中には五万円……私は店員さんに頭を下げた。
「すいません! あのマウンテンパーカー、売ってくれませんか!?」
「……え、も、もうレジ締めしちゃってて……」
「お願いします! 今日、結婚記念日なんです! いつも頑張ってもらっている夫に、プレゼントしたいんです!」
女子大学生のような二十代の店員さんが、困ったように目尻を垂らした。
無理も承知で、お願いする。
あまりにも可哀想に思えたのか、店員さんは「わかりました」と明るい声で答えてくれた。
「いいんですか!?」
「ええ。レジはまた締め直せばいいので。それより、旦那さんにプレゼントなんて素敵ですね」
店員さんは飾られていたマウンテンパーカーと同じものを、裏から持ってきてくれた。丁寧に包装してくれる。
私は「不器用な人なんですけど、まあ、そういうところが好きなのかな」と答えた。
「そういう夫婦、憧れます」
プレゼント用に包装されたマウンテンパーカーを受け取り、代わりにさっきの臨時収入である五万円を置いた。
閉店しているのにワガママ言って申し訳ない……そう言うと、店員さんは「それより、素敵な結婚記念日を」と言ってくれた。
プレゼントを自転車のカゴに入れて、思いっきりペダルを漕ぐ。
早く帰って、お肉を焼こう。
そしたら喜んでくれるかな。
初詣は家内安全を願ってくれるかな……。
まあ、どうでもいっか。
とっても、お腹が空いた。
〈完〉
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