夫はマウンテンパーカーを欲しがる

成木沢 遥

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「当選金はこちらでお渡しできます。本当におめでとうございます」

 これは、間違いなく現実みたいだ。
 カルトンの上に、綺麗なピン札が五枚。
 間違いなく、五万円だった。

 まさか、こんなことある?
 自転車に乗りながら、スクラッチクジのあのイチゴ三つを思い浮かべていた。

 これ、夫に言うべきか。
 いや、私は今、夫のことが憎くて仕方ないんだから、話したくもない。
 自己中心的に生きてきた夫が悪いんだ。
 私は五万をどう使うか、それを妄想してみる。

「……でも、私って……何も欲しいものがない……」

 思えば、私に物欲はなかった。
 趣味も特になく、美味しいものを食べることと、料理くらいしか好きなことがない。
 夫は仕事のつながりでいろいろとお金を使っているみたいだけど、私はその話を聞いているだけで楽しかった。

 ……そうか。
 私は、いつの間にか夫のために生きていたみたいだ。
 夫も、私がいないと何もできないだろう。
 ご飯も炊いたことがないだろうし、洗濯機のボタンを押したことだってない。

 私は、それが心地良かったのかもしれない。
 夫は生活のために外で働いて、私は家を守る。
 昔ながらのその生活は……私が望んでいた。

 夫は、私の希望を、叶え続けてくれただけ。

 それなのに、結婚記念日を忘れただけなのに……へそを曲げて家を飛び出してしまった。
 夫はいつも私のために頑張ってくれているのに、冷たく当たってしまった。

 やっぱり、反省しないといけない……。
 当選金を受け取って、心が穏やかになった今、夫への接し方を変えようと思えた。

「でも、今更帰りづらいなぁ……」

 このまま自転車に乗って、どこに向かうか。
 五万円当てて、家に帰る? それはまあ、夫の反応が面白そうだけど、でも何か嫌だなぁ。
 私が悪いとはいえ、夫にも反省してほしい部分はある。
 恨んだり反省したり、右往左往するこの感情。

 するとその時、スマホが振動した。
 商店街の中をノロノロと進んでいた私は、道の端で自転車を止めて確認する。
 夫からのメールだった。

『本当にすまん。今日は結婚記念日だったな。俺は最低な夫だ』

 その文章と共に、透明なボウルの中で作られたポテトサラダの写真が送られてきた。

「……これ、あの人が唯一作れるやつ……」
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