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③
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「雷人のやつ、早速欠席かよ」
周馬が眉根を寄せながら呟く。西日が窓から差し込んでいる雷人君の席を見ながら、ボソッと言った。
新学年が始まって二日目。
雷人君は午後の授業が始まっても現れず、結局帰りの時間になってしまった。
周馬は、まるで雷人君と友達みたいな感じで話しているけど、本人が目の前に現れたら態度を急変させるに違いない。
「あ、そうだ……」
僕は咄嗟に声を出した。周馬が「何だ?」と耳を傾けて聞いてくる。
「いや、昨日さ……ウチのマンションに雷人君が入っていったんだ」
「え、まじ? 航大と同じマンションに引っ越してきたってことか?」
「う、うーん……そういうことに、なるのかな?」
歯切れの悪い答え方になってしまったけど、間違いない。あれは確実に雷人君だった。
個人情報だからあんまりベラベラ話さない方がいいかもという良心が働いたけど、遅かった。
周馬はすでに、目をキラキラさせている。
「同じマンションにあんな不良がいるなんて、航大も大変だな」
「ま、まあ……ちょっと怖いけど、別に危害を加えてくるような人でもないみたいだし」
「だけどよ、見ただろ? あのミサンガ」
「ああ、ホーネッツだっけ?」
周馬は無言で首を縦に振る。『ホーネッツ』という単語を口にするのも恐ろしいみたいだ。
隣町の不良グループ『ホーネッツ』は、この地域までもその名が轟いている。
僕は噂程度でしか耳にしたことがないけど、この反応を見るに、周馬は色んな情報を知っているのだろう。
「雷人はそんな野蛮なやつには見えないけど、でも周りには喧嘩っ早いやつばかりだからな。十分に気をつけるんだぞ」
「お、おお……ありがとう」
気をつけろと言われても、何に気をつければいいのか。
僕なんかに絡んでくることなんてまあないと思うけど、とりあえず周馬の忠告は受けとくことにした。
***
夕星のやつ、今日は学校帰りに友達とサッカーをしてくると言ってたな。
今日使う分の食材はまだ冷蔵庫に入っているはず。何も買う必要はない。
今日はどこにも寄らずに、家に帰るとしよう。
いつもは足を止める商店街も、今回はスルーした。相変わらず閑散としている。
学ランの第一ボタンを外して首元を緩くしている僕は、解放感に包まれていた。
早く帰って、こないだ古本屋で買った好きな料理家のエッセイでも読もう。
「あ……」
マンションの下のミニ公園。いつもは夕星が一人で遊んでいるその小さな公園に、彼はいた。
ブランコに座りながら、右手におにぎり、左手にスマホを持っている。
雷人君……やっぱりこのマンションの住人なんだ。
思わず足を止めてしまうと、雷人君の鋭い目と目が合った。
「……お前、昨日の」
雷人君が小さい声で話しかけてきた。雷人君の声って、こんなにまろやかな感じなんだ。見た目とは裏腹で、意外だった。
学校を休んだはずなのに、学ランを着ている。
「あ、昨日は、弟のボールを取ってくれて、ありがとう」
「……別に」
よく話すタイプでは、ないよね。そこは見た目通りだ。
っていうか、昨日の僕のことを覚えてくれていたのか。
周馬から言われた、十分に気をつけるんだぞという言葉を、今は忘れることにした。
「実は、僕も同じ学校で、同じクラスなんだ。このマンションに引っ越してきたの?」
「……そうだけど」
会話が繋がらない。徐々に、話をするのがきつくなってきた。
この空気感に圧倒される。話しかけたことを後悔し始めた。
雷人君は食べかけのおにぎりを大きな口に入れて、豪快に咀嚼する。しばらく無言になった。
ゴクンと飲み込んでから少し間を置いて、雷人君は話の続きを始めた。
「弟、サッカーやってるのか?」
座りながら、ちょっとだけブランコを漕ぎ始めて雷人君が言う。
「い、いや、少年団には入っていないんだ。迷ってるみたいだけど……」
震えた声で返すと、雷人君が「ふーん」とだけ声に出した。
そのままの勢いでブランコから降りる。
「早いうちから、チームには入った方がいいぞ」
そう言い残して、雷人君はマンションの中に入っていく。
僕は何にも言葉を返せずに、しばらくその場に立ち尽くしていた。
雷人君……やっぱり優しい人なんだと思う。
その言葉で、僕は雷人君という男に興味を抱いてしまった。
周馬が眉根を寄せながら呟く。西日が窓から差し込んでいる雷人君の席を見ながら、ボソッと言った。
新学年が始まって二日目。
雷人君は午後の授業が始まっても現れず、結局帰りの時間になってしまった。
周馬は、まるで雷人君と友達みたいな感じで話しているけど、本人が目の前に現れたら態度を急変させるに違いない。
「あ、そうだ……」
僕は咄嗟に声を出した。周馬が「何だ?」と耳を傾けて聞いてくる。
「いや、昨日さ……ウチのマンションに雷人君が入っていったんだ」
「え、まじ? 航大と同じマンションに引っ越してきたってことか?」
「う、うーん……そういうことに、なるのかな?」
歯切れの悪い答え方になってしまったけど、間違いない。あれは確実に雷人君だった。
個人情報だからあんまりベラベラ話さない方がいいかもという良心が働いたけど、遅かった。
周馬はすでに、目をキラキラさせている。
「同じマンションにあんな不良がいるなんて、航大も大変だな」
「ま、まあ……ちょっと怖いけど、別に危害を加えてくるような人でもないみたいだし」
「だけどよ、見ただろ? あのミサンガ」
「ああ、ホーネッツだっけ?」
周馬は無言で首を縦に振る。『ホーネッツ』という単語を口にするのも恐ろしいみたいだ。
隣町の不良グループ『ホーネッツ』は、この地域までもその名が轟いている。
僕は噂程度でしか耳にしたことがないけど、この反応を見るに、周馬は色んな情報を知っているのだろう。
「雷人はそんな野蛮なやつには見えないけど、でも周りには喧嘩っ早いやつばかりだからな。十分に気をつけるんだぞ」
「お、おお……ありがとう」
気をつけろと言われても、何に気をつければいいのか。
僕なんかに絡んでくることなんてまあないと思うけど、とりあえず周馬の忠告は受けとくことにした。
***
夕星のやつ、今日は学校帰りに友達とサッカーをしてくると言ってたな。
今日使う分の食材はまだ冷蔵庫に入っているはず。何も買う必要はない。
今日はどこにも寄らずに、家に帰るとしよう。
いつもは足を止める商店街も、今回はスルーした。相変わらず閑散としている。
学ランの第一ボタンを外して首元を緩くしている僕は、解放感に包まれていた。
早く帰って、こないだ古本屋で買った好きな料理家のエッセイでも読もう。
「あ……」
マンションの下のミニ公園。いつもは夕星が一人で遊んでいるその小さな公園に、彼はいた。
ブランコに座りながら、右手におにぎり、左手にスマホを持っている。
雷人君……やっぱりこのマンションの住人なんだ。
思わず足を止めてしまうと、雷人君の鋭い目と目が合った。
「……お前、昨日の」
雷人君が小さい声で話しかけてきた。雷人君の声って、こんなにまろやかな感じなんだ。見た目とは裏腹で、意外だった。
学校を休んだはずなのに、学ランを着ている。
「あ、昨日は、弟のボールを取ってくれて、ありがとう」
「……別に」
よく話すタイプでは、ないよね。そこは見た目通りだ。
っていうか、昨日の僕のことを覚えてくれていたのか。
周馬から言われた、十分に気をつけるんだぞという言葉を、今は忘れることにした。
「実は、僕も同じ学校で、同じクラスなんだ。このマンションに引っ越してきたの?」
「……そうだけど」
会話が繋がらない。徐々に、話をするのがきつくなってきた。
この空気感に圧倒される。話しかけたことを後悔し始めた。
雷人君は食べかけのおにぎりを大きな口に入れて、豪快に咀嚼する。しばらく無言になった。
ゴクンと飲み込んでから少し間を置いて、雷人君は話の続きを始めた。
「弟、サッカーやってるのか?」
座りながら、ちょっとだけブランコを漕ぎ始めて雷人君が言う。
「い、いや、少年団には入っていないんだ。迷ってるみたいだけど……」
震えた声で返すと、雷人君が「ふーん」とだけ声に出した。
そのままの勢いでブランコから降りる。
「早いうちから、チームには入った方がいいぞ」
そう言い残して、雷人君はマンションの中に入っていく。
僕は何にも言葉を返せずに、しばらくその場に立ち尽くしていた。
雷人君……やっぱり優しい人なんだと思う。
その言葉で、僕は雷人君という男に興味を抱いてしまった。
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