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⑨
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「ただいまー」
まだ昼を過ぎたくらい。今日はここ最近で一番暑い日らしい。
アスファルトの道を日の光がカンカンに照らしている。背中にじんわりと汗を纏ったままの帰宅だった。
リビングでエアコンの風に当たりながら涼んでいた夕星が「おかえり兄ちゃん」と笑顔で返してくれた。
「兄ちゃん、おばあちゃん元気だったー?」
「ああ、元気だったよ。それより、今日友達と遊ぶ約束してたんじゃなかったのか?」
「公園に行ったんだけど、全然来なくってさ。約束の時間過ぎても来なかったから、帰ってきちゃった」
「そうだったのか……約束忘れられたんだな」
夕星はちっとも悲しそうな顔をしていなかった。
大好きなサッカーをする予定だったはずなのに、ケロッとしている。それどころか嬉しそうだ。
何かあったのか……。
「夕星、じゃあ今日はすぐ帰ってきたのか?」
テレビを見ながら話していた夕星だったけど、僕の質問を聞くとリモコンの電源ボタンを押した。
静かになった空間に、夕星の弾むような声が響き出す。
「それがね! ミニ公園でボールを蹴ってたら、ツンツン頭のお兄ちゃんが練習に付き合ってくれたんだ!」
「……え?」
ツンツン頭のお兄ちゃんって……。
まさか……そんなわけ、ないよな?
どんな人か聞こうとしたけど、先に夕星が説明してくれた。
「あの、前にボールを取ってくれた大きい人だよ! お兄ちゃんと同い年なんだって!」
「あ、ああ……」
「すっごいサッカー上手でね。蹴り方とか、リフティングのコツとか、色々教えてもらっちゃった!」
やっぱり雷人君だった。
雷人君、夕星にサッカーを教えてくれたのか……。
たまたま外に出たら夕星がボールを蹴っていて、成り行きで教えてくれたんだろうな。今度ありがとうって言わないと。
「でも、あのお兄ちゃん、大丈夫かな?」
「え? 大丈夫かなって……何かあったのか?」
「……うん。何か怖そうな金髪のお兄ちゃんたちがやってきて、連れられてどっかに行っちゃったんだ。復讐だとか何とか言ってたけど……」
復讐……? なんて物騒な言葉なんだ。
雷人君の不良仲間……おそらくホーネッツの仲間が、復讐と言って迎えに来た。
多分これから、喧嘩に行くってことだろう。
やっぱり、雷人君は不良仲間に巻き込まれている。復讐なんかするような人間じゃないって、僕にはわかる。
「お兄ちゃん……ツンツン頭のお兄ちゃん、見た目は怖いけどすごい優しかったよ。復讐に行っちゃうなんて、嫌だ」
「……うん。お兄ちゃんも、そう思う」
「今度会ったら、僕言うよ。喧嘩は止めてって」
夕星……なんて強い子なんだ。僕も同じ気持ちだよ……。
雷人君は、真っ当に生きてほしい。喧嘩の世界から、離れてほしい。
夕星にそれを言わせるなんて、僕は兄として失格だ。
「いいや。実はあのツンツン頭の子、お兄ちゃんと同じクラスなんだ。だから、お兄ちゃんが話す。喧嘩はやめてってさ」
「お兄ちゃん、言えるの?」
「……当ったり前だろ? お兄ちゃんに任せなさい」
約束することを心に誓う。夕星は僕の言葉に、安堵の表情を見せた。
お母さんが生きていた時、僕はよく二つのことを言われていた。
一つ目は、自分に正直に生きなさいということ。
そして二つ目は、夕星に誇れるお兄ちゃんになりなさいということ。
お母さんが生きていたら、今の僕を見て、どう思うだろう。
芯が強いお母さんならきっと「友達なら、声をかけてあげなさい」って言うだろうな。
そうだ、僕はお母さんのように、強い人間になりたいんだ。
瞳の奥に鬱屈した感情を飼っている雷人君を、僕が救ってあげないと。
不良集団から、彼を救うんだ。
だって雷人君に、悪さは似合わないから。
余計なお世話だって言われたとしても、僕は雷人君に喧嘩なんてやめなよって、はっきりと言うことにした。
まだ昼を過ぎたくらい。今日はここ最近で一番暑い日らしい。
アスファルトの道を日の光がカンカンに照らしている。背中にじんわりと汗を纏ったままの帰宅だった。
リビングでエアコンの風に当たりながら涼んでいた夕星が「おかえり兄ちゃん」と笑顔で返してくれた。
「兄ちゃん、おばあちゃん元気だったー?」
「ああ、元気だったよ。それより、今日友達と遊ぶ約束してたんじゃなかったのか?」
「公園に行ったんだけど、全然来なくってさ。約束の時間過ぎても来なかったから、帰ってきちゃった」
「そうだったのか……約束忘れられたんだな」
夕星はちっとも悲しそうな顔をしていなかった。
大好きなサッカーをする予定だったはずなのに、ケロッとしている。それどころか嬉しそうだ。
何かあったのか……。
「夕星、じゃあ今日はすぐ帰ってきたのか?」
テレビを見ながら話していた夕星だったけど、僕の質問を聞くとリモコンの電源ボタンを押した。
静かになった空間に、夕星の弾むような声が響き出す。
「それがね! ミニ公園でボールを蹴ってたら、ツンツン頭のお兄ちゃんが練習に付き合ってくれたんだ!」
「……え?」
ツンツン頭のお兄ちゃんって……。
まさか……そんなわけ、ないよな?
どんな人か聞こうとしたけど、先に夕星が説明してくれた。
「あの、前にボールを取ってくれた大きい人だよ! お兄ちゃんと同い年なんだって!」
「あ、ああ……」
「すっごいサッカー上手でね。蹴り方とか、リフティングのコツとか、色々教えてもらっちゃった!」
やっぱり雷人君だった。
雷人君、夕星にサッカーを教えてくれたのか……。
たまたま外に出たら夕星がボールを蹴っていて、成り行きで教えてくれたんだろうな。今度ありがとうって言わないと。
「でも、あのお兄ちゃん、大丈夫かな?」
「え? 大丈夫かなって……何かあったのか?」
「……うん。何か怖そうな金髪のお兄ちゃんたちがやってきて、連れられてどっかに行っちゃったんだ。復讐だとか何とか言ってたけど……」
復讐……? なんて物騒な言葉なんだ。
雷人君の不良仲間……おそらくホーネッツの仲間が、復讐と言って迎えに来た。
多分これから、喧嘩に行くってことだろう。
やっぱり、雷人君は不良仲間に巻き込まれている。復讐なんかするような人間じゃないって、僕にはわかる。
「お兄ちゃん……ツンツン頭のお兄ちゃん、見た目は怖いけどすごい優しかったよ。復讐に行っちゃうなんて、嫌だ」
「……うん。お兄ちゃんも、そう思う」
「今度会ったら、僕言うよ。喧嘩は止めてって」
夕星……なんて強い子なんだ。僕も同じ気持ちだよ……。
雷人君は、真っ当に生きてほしい。喧嘩の世界から、離れてほしい。
夕星にそれを言わせるなんて、僕は兄として失格だ。
「いいや。実はあのツンツン頭の子、お兄ちゃんと同じクラスなんだ。だから、お兄ちゃんが話す。喧嘩はやめてってさ」
「お兄ちゃん、言えるの?」
「……当ったり前だろ? お兄ちゃんに任せなさい」
約束することを心に誓う。夕星は僕の言葉に、安堵の表情を見せた。
お母さんが生きていた時、僕はよく二つのことを言われていた。
一つ目は、自分に正直に生きなさいということ。
そして二つ目は、夕星に誇れるお兄ちゃんになりなさいということ。
お母さんが生きていたら、今の僕を見て、どう思うだろう。
芯が強いお母さんならきっと「友達なら、声をかけてあげなさい」って言うだろうな。
そうだ、僕はお母さんのように、強い人間になりたいんだ。
瞳の奥に鬱屈した感情を飼っている雷人君を、僕が救ってあげないと。
不良集団から、彼を救うんだ。
だって雷人君に、悪さは似合わないから。
余計なお世話だって言われたとしても、僕は雷人君に喧嘩なんてやめなよって、はっきりと言うことにした。
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