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 次の土曜日に、僕は母方のおばあちゃんの家に来た。
 おじいちゃんは僕が小さい頃に亡くなっているため、今はおばあちゃんが一人で暮らしている。
 電車で一本。三十分ちょっとで着く。
 気軽に行けるため、月に一回は顔を見せに行くようにしていた。

「おばあちゃん、来たよー」
「あら、航大。いらっしゃい」
「これ、近所のスーパーで安かったから買ってきた」

 差し入れとして、スーパーで安売りしていたサツマイモを買った。
 数本入れた買い物袋を受け取ると、幸せそうに歯を見せて喜んでくれる。

「たくさんありがとね。さあ、入って入って」

 駅から十分ほど歩いたところにある住宅地。
 地域の中でも利用者の少ない、ローカル駅までとはいかないけど、まあまあ小さな駅だ。
 駅前にはコンビニが一つある程度。
 ちょっと歩けばすぐ住宅街だ。

 僕が十歳の時にリフォームした二階建ての一軒家は、一人暮らしには持て余してしまうくらい広い。
 野菜作りを趣味としているおばあちゃんこだわりの庭。今どき珍しい縁側。
 リフォームをして新しくなっている部分と、昔の名残をそのままにしている部分が融合している、面白いお家だった。

「今日はおばあちゃんにお願いがあって来たんだ」
「ん、何だい?」
「美味しい豚汁の作り方、教えてもらいたくて」

 僕の願いを「任せな」の一言で引き受けてくれる。
 もう八十歳近くなるのに、まだまだ元気だった。
 もしお母さんが生きていたら、料理とかの全部を教えてくれたであろう。今はおばあちゃんが、僕の先生だった。

「そしたら、今日持ってきてくれたサツマイモを使おっか」

 隙間風が入り込んでくるキッチンで、おばあちゃんが手際よく料理を進める。
 僕の作る豚汁は、何かが足りない気がした。夕星は喜んでくれたけど、もっと美味しくできる。
 美味しい豚汁が作れれば、雷人君だって心を開いてくれるだろう。
 そう考えて、おばあちゃんに頼み込んだ。

「大根、ニンジン、ネギ、あとは豚肉ね。サツマイモは皮ごと調理した方が、煮崩れしなくなるわ」

 おばあちゃんは使う食材全てをひと口大に切っていった。
 手を止めることなく、鍋で豚肉を炒め、その後にネギ以外の野菜たちも炒めていく。ある程度火が通ったら水を加えて煮る。
 灰汁を取り除きながら、合わせ味噌を半分溶く。そのまま野菜たちが柔らかくなるまで煮ていった。
 僕はおばあちゃんの隣で、サポート的な動きをする。

「良い感じ。そしたら仕上げにネギを加えて、残りの合わせ味噌も溶いていく……あとちょっと煮たら完成ね!」

 なるほど……味噌を溶くのを二回に分けるんだ。そうすることで、汁自体に素材の旨味が浸透していくんだな。
 あとは合わせ味噌を使うところもポイントだろう。
 赤味噌と白味噌の合わせ味噌が、味のバランスが取れていいみたいだ。
 やっぱりおばあちゃんの料理は、勉強になるな……。

「ちょうど炊き込みご飯を作っていたところなの。一緒に食べて行きなさい」

 おばあちゃんは炊飯器の中で保温状態にされている炊き込みご飯を見せてきた。
 蓋を開けた瞬間に湯気が立って、鮮やかな茶色の五目ご飯が見える。
 ご飯茶碗に一杯分をよそい、豚汁は木目の美しい汁椀に具だくさんに掬ってくれた。
 小皿にたくわんを三枚のせて、これをセットで運んでくれる。

「たーんとお食べ!」
「ありがとう! いただきます!」

 炊き込みご飯の中に入っている鶏肉って、どうしてこんなに美味しいんだろう。豚汁の旨味も抜群に感じられる。
 ご飯をよく噛んで食べ、そして豚汁を胃に流し込む。豚汁の中の根菜の食感は、心を和ませてくれた。

「ありがとうおばあちゃん、勉強になったよ」

 お腹が空いていた僕は、ものの三分で全てを完食した。牛丼チェーン店でサラッと食べ終えた気分と一緒だ。
 でも、満足感と達成感がある。
 このレシピをそのままに作れば、誰しも美味しいと思えるような豚汁を作ることができるだろう。
 
 頭の中できちんとレシピを整理して、今度は一人で作ることを決める。
 おばあちゃんに「また来るね」と言い残して、早速家に帰ることにした。
 夕星にも、進化した豚汁を食べさせてあげたい。
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