坂の上のサロン ～英国式リフレクソロジー～

第一話 臼井スミレの夏

②

「いらっしゃいませ。回数券をお持ちと聞きました。お名前を伺っても宜しいですか？」
　黒髪のサラサラヘアー。前髪はちょっとだけ目にかかっている。中肉中背だけど、細長い指からは男らしさを全く感じない。塩顔イケメンの今風な男の子が、この店の主らしい。胸には『元井賢明』と書かれた名札が付いている。
「私は臼井スミレと申します」
「やっぱり、臼井様の娘様でしたか。お顔が似ていましたので」
　ニコッと微笑みながら、軽く一礼される。まさか、母が本当にこのサロンに通っていたなんて。
「申し遅れました。このサロンの店長をしております、元井賢明です。気軽に元井と呼んでください」
「そんな、呼び捨てなんて出来ませんよ」
「そうですか？　お母様からは元井君と呼ばれていました。スミレ様も、お好きなように」
　話を聞いているだけで、母が元井さんを気に入っていたのが伝わる。この人、きっと私より年下だろう。今年で三十歳になった私よりも、四、五個は年下だと思われる。それなのに、私よりもずっと大人っぽく感じた。
「坂道だから、疲れたでしょう？　今日はゆっくり休んでいってください」
　元井さんはそう言って受付カウンターの中に入ると、引き出しの中からお店の説明が書かれたボードを持ってきくれた。説明は箇条書きで書かれている。内容はこうだ……。

一、 このお店は英国式のリフレクソロジーサロン。つまり足裏健康法のサロンです。
二、 リフレクソロジーとは、足裏にある反射区を刺激することによって、その反射区に対応した器官や臓器に働きをかけ、体の機能の改善を促すセラピーです。
三、 英国式のリフレクソロジーは指の腹を使った優しい刺激なため、痛気持ちいいくらいの力加減になります。指の関節や器具は使いません。

「スミレ様。このサロンは一時間コースのみしかございません。大丈夫でしょうか？」
「は、はい。こういうサロンに来たことは一度もないので、何もわからなくて」
「さようでございますか。一時間もあれば、たっぷりと寛げると思います。まずは中にご案内しますね。こちらへどうぞ」
　受付カウンターをさらに奥へ進むと、薄暗い空間になっていた。その空間にはリクライニングチェアが何台か設置されており、私が使うであろうチェアは受付の女性店員さんがセッティングしてくれていた。名前は相武さんと言ったはず。