坂の上のサロン ~英国式リフレクソロジー~

成木沢 遥

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第三話 遠山蘭子の冬

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 ここが彼の家だということを忘れて、ひたすらに読み進めた。ダイニングテーブルの椅子で、集中して読んでいた。
 彼は途中からウトウトして、そのまま私の集中力を途絶えさせないようにそっと寝室に行った。あまりに集中していたので、おやすみなさいの言葉を口にするのも忘れていた。
 この小説は、言うならば『温もり』だ。彼の性格の優しさが文章から伝わってくる。
 主人公が冷たい社会で生きていく葛藤と苦悩が上手く表現されている。彼が日頃会社の中で考えていることが何となくわかってくる。
 社会が嫌だけど、それでも生きていかなきゃいけない。神経がすり減っていくけど、主人公は憎しみを抱かずに受け入れて生きていく。
 涙は出ないが感動した。まるまる一冊を止めることなく読破したのは、学生の時以来だろう。
 カーテンの隙間から光が差し込んでくる。何だ、もう朝か。
 集中力を使い過ぎて頭がボーっとしてきている。何にも考えずに彼の寝室の扉を開けてしまった。全く無神経な行動だと後になって反省した。
「ん、んん……ああ、読み終えたの?」
 今日は土曜日で良かった。もしこの後出社だったら死んだような顔をして一日仕事していただろう。
「一気に読んじゃいました。何というか……グッときました」
「グッとか……それはポジティブに捉えていいのかな?」
「すいません。表現力が乏しくて。それはもう、面白かったです」
「それは良かったよ。何か、書いていて良かったな」
 寝室のカーテンは閉めていなかったみたいだ。陽の光がダイレクトに入り込んでいる。彼は眩しそうに朝日を手で隠しながら、嬉しそうに背伸びをした。
「あのさ……良かったら、これから読んでくれないかな?」
「え?」
「今まで自分一人で書いていたから、感想をくれる人がいなくて。本当、もし良かったら」
「もちろん! 読ませてください! 読みたいです!」
 それは、願ってもない頼み事だった。
 私は、この一晩で、彼の才能にほれてしまったのだ。
 彼は寝癖だらけの髪で、少年のような笑顔を見せてくれた。昨日と同じスーツ姿。着替えることもしないで私が読み終わるのを待っていた。
 一夜にして、言い表せないほどの充実感を得ることができた。
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