坂の上のサロン ~英国式リフレクソロジー~

成木沢 遥

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第三話 遠山蘭子の冬

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「遠山様、これまでの人生、決して無駄ではなかったと思います。一人の人間を信じて、そして支えてあげたじゃないですか。仮に成功したのが、その北浦ミノルさんだけだったとしても、遠山様が尽くしてきたという事実は変わりません」
 私が彼に使った時間は、決して無駄ではなかった。元井さんが確かにそう言った。
 この歳になって一人にされた、私のことを励ますのはだいぶ大変なことだと思う。誰がどう見ても、私には同情を向けるだろうから。
 元井さんもそれと同じように、ただの同情を抱いてくれただけだと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。
 心から寄り添ってくれているように感じる。
「遠山様は、例の『残寒の叫び』をお読みになりましたか?」
「え? ああ、彼の作品は、もう何年もちゃんと読んでいませんね」
「そうですか。では、あの作品がどんな内容かも、わからないということですね?」
「まったく読んでいないので、わかりません」
 元井さんは、やっぱりそうだったかと言いたげな表情をしている。
 その反応は、どういった意味なのか。元井さんは、彼の作品を読んだことがあるのか。元井さんがどうしてそれを聞いてきたのかが気になったけど、すぐに説明してくれる。
「あの『残寒の叫び』は、北浦さんの心情そのものが描かれていると思います」
「彼の心情が? 詳しく教えていただけますか?」
 元井さんは、作品を読んでいる。最初に彼の名前を出した時、元井さんはそこまで知っているような素振りを見せなかった。でも、実際は彼の作品の読者だったのだ。
 読者だったと明かさなかったのは、きっと私の話を聞いてから色々答えようとしたから。
 それは今になってわかる。
「きっと、北浦さんも遠山様と別れたことを、後悔しているのではないでしょうか。あの作品は、作品名の通り、心の残寒をテーマにしているのです」
「心の……残寒?」
「はい。遠山様と別れて残った冷たさは……叫びたくなるほど厳しく鈍い痛みだったと思います。今も尚、北浦さんは感じているかもしれません」
 そんなの嘘だ。あっちが私のことを捨てたのに、どうして彼が後悔しているのか。後悔しているのは私なはずで、彼はこれからの自由な人生に希望を持っているはずなのに。
「元井さんの予想は、外れていると思います。たまたまそういう主人公を書いただけでしょう」
「あの小説の主人公は、小説家を志している中年ニート。すなわち、北浦さん本人をモチーフにしています」
「え、そうだったのですか」
「はい。しかも、長年付き添ってくれた彼女がいるという設定です。売れるのをきっかけに彼女と別れることになって、その決断に後悔して酒浸りになってしまうという話です」
「確かに、私たちの関係と似ていますね」
「そうですよね。失ってから気づく存在……でも、もう元に戻れない。その葛藤がリアルに描かれていたのです。今日、遠山様からお話を聞いて、そういうことだったのかと納得がいきました」
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