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3章 人気の合わせ味噌 ~焼きネギと舞茸入り贅沢豚汁~

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 サリが事務的にそう告げた。アキはわかっていた。
 サリという優しい女神様が死を誘うということは、感情を捨てないといけないのだ。
 同情してしまうと、勤めを果たすことができなくなる。
 サリなりに、心を鬼にしているということが……雰囲気で伝わってきた。

「これを飲めばいいのね……」

 豚汁の味は、最後の晩餐に相応しいほど、美味しい。
 ゴクンと喉が鳴ると、ミサの体が光に包まれた。
 つま先から膝、胴体、そして首……みるみる消えていく。
 最後に顔が消えそうになる時、ミサは唇を噛んでいた。
 その悔しそうな顔が、消えた後もアキの脳裏に残る。

「ミサさん、本当に死にたかったのかな……」

 静寂の中に音をつけるように、アキが呟いた。
 死にたいという気持ちを持ったことがあるアキでさえも、実際に死ぬということに疑問はあるのだった。

「それがあの子の選んだ道。もう、元には戻れないの」
「この世の中って、死にたい人ばっかりですね」
「あなたもそうだったでしょ? でもこっちの道を選んだ。瀬戸際で思い留まる人だって、ちゃんといるのよ」
「ネトさんが迎えるお客さんが死を選ぶのはわかるけど、サリさんの時に死を選ぶ人がいるなんて……」

 死神ではなく、女神の時でも死を取ることがあるなんて。
 サリは食器を下げながら、複雑そうな顔をしている。

「私も一応、生きてほしいっていう気持ちの方が強いのよ。でもそれ以上に、死にたい願望が強い人が多い。あの子みたいにね」
「そんな……」
「甘さも辛さもあるのが人生……それを伝えたくて合わせ味噌にしたんだけど、不発だったか」

 複雑そうに歪めていた顔を、無理に崩す。明るく振る舞うようにしているサリも、間違いなくショックを受けているのだ。
 アキはボソッと「サリさん、人間だった時、絶対良い人だっただろうな」と呟く。

「ふふ、どうだったんだろうなぁ。あんまり興味ないかも」
「自分が人間だった時のこと、知りたくないんですか?」
「どうせ戻れないからな。まあ、今ちゃんと役目を果たすことができていれば、それでいいの」

 アキは内心で、そういうものなのかと飲み込んだ。
 この店に来て、すでに二人のお客さんが死を選んでいる。アキが生きる道を取ったのは、果たして正解なのか、それはわからないけど不安になる。

 何が正解で、何が不正解なのか。
 春風はその答えを知っているのだろうか……。
 そしていつまでここに居ようか……アキの中にある焦燥感が少しだけ顔を出してきた。
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