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5章 慣れ親しんだ味 ~家庭で食べるワカメと豆腐のみそ汁~

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「私は、斎藤カオルだった……」
「そう。それまで積み上げてきたものを失い、そんな中また大切な人ができた。浮き沈みの激しい人生の中で、ようやく明るくなってきたところで」
「ガンになったのね、私」

 話を聞いていて、アキも辛くなる。
 これからだという時に、ガンになってしまうなんて。倉持との人生は呆気なく終了したのだ。
 斎藤が指で涙を拭いながら、「私は一人じゃなかったのね」と言うと、ネトは辛辣そうに「ああ」と返した。

「その人、どんな人だったかしら? 楽しそうだった?」
「……孤独になって、辛そうだった」
「もしかして……」
「ああ、死を選んだよ。ここでみそ汁を飲んだ後、冥土に行ったさ」

 斎藤は頭を抱えて、また涙を流した。
 神様の涙は、一般人よりも重い気がする。
 倉持が光となって消えていった日のことを、アキは鮮明に思い出していた。堪らなくなって、アキが斎藤に声をかける。

「カオルさんは、神様の仕事を全うしただけです。自分を責める必要はないと思います」
「……でも、私のせいで彼は独りになって、私のせいで独り寂しく冥土に行かせてしまったなんて……最低よ、私は……」

 ネトは新しいおしぼりを斎藤に渡した。
 そして、重い声で言う。

「倉持さんは、斎藤さんがいない人生に未来はないと言って、旅立ったんだ」
「……そんなことを」
「悲しいだけじゃない。天国の斎藤さんに会いに行きたくて、死の道を選んだ」
「……うう」

 罪悪感に襲われ、自分の姿の不憫さにやるせなくなってくる斎藤。斎藤はまだ、倉持のことを思い出せていない。
 ただ、大切な人を孤独にさせてしまった自分に、腹が立っているのだった。

「ちょっとだけ、時間もらっていいか?」

 話をするのに専念していたネトの手が、急に忙しなくなる。斎藤が返事をする前に、先に行動し始めた。
 冷蔵庫を開けて食材を取り出し、素早く包丁で切っていく。
 ジャガイモとソーセージ、それにブロッコリーがまな板の上に置いてある。

「これって……」

 アキが思わず、ネトに聞く。
 それはアキも見たことがある、料理工程だった。
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