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エピローグ
新たな一歩
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「お姉ちゃん、早く行こうよー!」
「ちょっと待って加奈子!」
ーー高校三年生の夏。あの不思議な出会いから、一年が経ったある日。
恵那は妹の加奈子と、商店街で買い物をしていた。
浮遊霊が行き着く不思議な山カフェでの四日間を、恵那は昨日のことのように思い出してしまう。
四日間、行方不明扱いになっていた恵那が帰宅した際、両親から一生分と言っていいほど叱られた。
親から泣きながら叱られた経験がなかったので、恵那はその時に、不覚にも生きた心地を実感してしまった。
ちゃんと恵那のことを、娘として見てくれているんだと感じた瞬間だったので、あの自殺スポットを目指して本当に良かったと、心の中で藤沢に感謝をした。
強く生きろよという藤沢の言葉を胸に、明日も生きようと思えている。
「お姉ちゃん、何見てるの? このカフェに入りたいの?」
「いや、これ気になってさ」
「えーと、アルバイト募集の張り紙か。お姉ちゃん、バイトなんてできるの?」
「まあね、ちょっと興味があって」
「そうなんだ。っていうか、もう行こうよ! 私お腹空いちゃった」
「はいはい。じゃあ帰ろっか」
恵那が足を止めた先にあったのは、商店街にある普通のカフェだった。そこの扉に貼ってあったアルバイト募集のチラシを、一応貰っておく。
加奈子はよっぽど空腹なのか、歩くスピードがいつもよりも早くなっていた。
空腹を紛らわすために、早歩きをしながらでも恵那に話をかけてくる。
「それにしても凄いよね、リュウ君プロサッカー選手になるんでしょ?」
「うん。プロのチームからいくつかオファーがあったんだって」
「さすがだなー、私も頑張らないと。お姉ちゃんも、今のうちにリュウ君掴んどいた方がいいんじゃない?」
「加奈子、茶化さないでよ」
「えへへ、ごめんごめん」
笑い飛ばしながら歩くその姿は、本当に恵那の妹なのかと疑ってしまうくらいに、純粋で豪快だった。
この一年間は、人生の中で唯一の順調な一年になっただろう。
毎日行くのが憂鬱だった学校も、登校することが怖くなくなったし、加奈子やリュウの部活動も、心の底から応援できた。
家族の中でも、居心地が悪いなんてこともなくなったし、あの山小屋からパワーを吸収できたと思えている。
恵那は、あの四日間から、確実に変われたのだった。
それはきっと、いや間違いなく、藤沢が恵那の背中を押してくれたからだろう……。
「お姉ちゃんは今年大学受験かぁ。大学に行ったらやってみたいことあるの?」
「え?」
「サークル活動とか、資格取ったりとか、色々できるじゃん!」
「そ、そうだね……」
これまでの恵那だったら、とにかく出不精で生きる欲がなかったために、こんな質問の答えなんて持ち合わせていなかっただろう。
挑戦すること、何かと向き合うこと、それらは恵那には不可能なことだった。
だけど、今は違う。
恵那には、いくつもの生きる希望が、これから先の未来に待っている。
歩くスピードを緩めて、ついには立ち止まった恵那に、加奈子が顔を近づけて聞く。
「お、どうしたの? お姉ちゃん、新しくやりたいことあるの?」
「……うん。私、カフェ店員になる」
さっき貰ってきたアルバイト募集のチラシを握りしめ、その手に力が入った。
どんなことでもいい。どんなことでもいいから、まずは一歩踏み出してみよう。
そうすれば、自分も知らなかった自分に出会えるから。
新たな希望を胸に、天国の藤沢に誓うように空を仰いで、恵那はニコッと笑った。
そしてまた、姉妹で仲良く早歩きになる。
家に帰ったら、ジャスミンのハーブティーを加奈子に入れてあげる約束をしているから……。
end.
「ちょっと待って加奈子!」
ーー高校三年生の夏。あの不思議な出会いから、一年が経ったある日。
恵那は妹の加奈子と、商店街で買い物をしていた。
浮遊霊が行き着く不思議な山カフェでの四日間を、恵那は昨日のことのように思い出してしまう。
四日間、行方不明扱いになっていた恵那が帰宅した際、両親から一生分と言っていいほど叱られた。
親から泣きながら叱られた経験がなかったので、恵那はその時に、不覚にも生きた心地を実感してしまった。
ちゃんと恵那のことを、娘として見てくれているんだと感じた瞬間だったので、あの自殺スポットを目指して本当に良かったと、心の中で藤沢に感謝をした。
強く生きろよという藤沢の言葉を胸に、明日も生きようと思えている。
「お姉ちゃん、何見てるの? このカフェに入りたいの?」
「いや、これ気になってさ」
「えーと、アルバイト募集の張り紙か。お姉ちゃん、バイトなんてできるの?」
「まあね、ちょっと興味があって」
「そうなんだ。っていうか、もう行こうよ! 私お腹空いちゃった」
「はいはい。じゃあ帰ろっか」
恵那が足を止めた先にあったのは、商店街にある普通のカフェだった。そこの扉に貼ってあったアルバイト募集のチラシを、一応貰っておく。
加奈子はよっぽど空腹なのか、歩くスピードがいつもよりも早くなっていた。
空腹を紛らわすために、早歩きをしながらでも恵那に話をかけてくる。
「それにしても凄いよね、リュウ君プロサッカー選手になるんでしょ?」
「うん。プロのチームからいくつかオファーがあったんだって」
「さすがだなー、私も頑張らないと。お姉ちゃんも、今のうちにリュウ君掴んどいた方がいいんじゃない?」
「加奈子、茶化さないでよ」
「えへへ、ごめんごめん」
笑い飛ばしながら歩くその姿は、本当に恵那の妹なのかと疑ってしまうくらいに、純粋で豪快だった。
この一年間は、人生の中で唯一の順調な一年になっただろう。
毎日行くのが憂鬱だった学校も、登校することが怖くなくなったし、加奈子やリュウの部活動も、心の底から応援できた。
家族の中でも、居心地が悪いなんてこともなくなったし、あの山小屋からパワーを吸収できたと思えている。
恵那は、あの四日間から、確実に変われたのだった。
それはきっと、いや間違いなく、藤沢が恵那の背中を押してくれたからだろう……。
「お姉ちゃんは今年大学受験かぁ。大学に行ったらやってみたいことあるの?」
「え?」
「サークル活動とか、資格取ったりとか、色々できるじゃん!」
「そ、そうだね……」
これまでの恵那だったら、とにかく出不精で生きる欲がなかったために、こんな質問の答えなんて持ち合わせていなかっただろう。
挑戦すること、何かと向き合うこと、それらは恵那には不可能なことだった。
だけど、今は違う。
恵那には、いくつもの生きる希望が、これから先の未来に待っている。
歩くスピードを緩めて、ついには立ち止まった恵那に、加奈子が顔を近づけて聞く。
「お、どうしたの? お姉ちゃん、新しくやりたいことあるの?」
「……うん。私、カフェ店員になる」
さっき貰ってきたアルバイト募集のチラシを握りしめ、その手に力が入った。
どんなことでもいい。どんなことでもいいから、まずは一歩踏み出してみよう。
そうすれば、自分も知らなかった自分に出会えるから。
新たな希望を胸に、天国の藤沢に誓うように空を仰いで、恵那はニコッと笑った。
そしてまた、姉妹で仲良く早歩きになる。
家に帰ったら、ジャスミンのハーブティーを加奈子に入れてあげる約束をしているから……。
end.
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