10分で読める『不穏な空気』短編集

成木沢 遥

文字の大きさ
19 / 97
最高ノイズ

しおりを挟む
「愛子はどうなの? 何か私ばっかり話聞いてもらっちゃって」
「どうなのって?」
「恋よ! 私と出会ってからずっと、浮いた話なんて一度もないじゃない! 好きな人とかいないの?」

 愛子はマイクを通して「私は独身貴族でいたいの」とはっきり言った。
 茶目っ気たっぷりな表情と、若干ハウリングした声が私の笑いのツボに刺さる。

 思えば、彼を紹介してくれたのも愛子だった。
 私が路上で歌っていたところに、声をかけてくれた愛子。
 その時は「一目惚れしました」なんて冗談めかして言ってくれて、そのまま愛子は自分のレコード会社に直談判してくれた。
 結果はダメだったけど……あとから同い年って知って、それで糠喜びさせてしまった罪滅ぼしに彼を紹介してくれた。

 なんやかんや事が運んで、ついに結婚まで。
 でもここに来ての急ブレーキ。
 理由は私がプロポーズの言葉に納得できないからって、ただそれだけ。
 これって、私のわがままかも。
 彼を紹介してくれた愛子にも悪い。
 それに気づいて、居た堪れなくなった。

「愛子が彼を紹介してくれたのに、ごめんねこんな愚痴っちゃって。愛子からしたら、ただのノイズだよね」

 愛子は私の謝罪に首を振って応えてくれた。

「京香の愚痴を聞くのが私の役目だから。気にしないで何でも言ってよ」

 なんて良い人なのか、愛子。
 目鼻立ちがはっきりしていて顔も小さい美人さん。性格もサバサバしていてノリがいい。
 こんな女性を放っておくなんて、世の男性は何をしているんだと……心の中でそう訴える。

「それに、京香と話してると元気になれるんだよね。毎日頑張ろうって気になれるの」
「え、じゃあ今日の話も面白く聞けてる?」
「今回の話はさすがに重過ぎ。面白さよりも心配が勝っちゃうよ」
「だよねー。ごめんごめん」

 アラサーの大人とは思えないほど、無邪気に笑い合う私たち。
 心の中に立ち込めている靄が、一瞬消え去った気がした。
 気分を良くしたのか、愛子がテーブルの上に置いてあった大きなメニュー表を広げて、「お酒でも飲んじゃう?」と聞いてくる。

「明日仕事でしょ? 愛子は大丈夫なの?」
「だってまだお昼よ? 大丈夫大丈夫!」
「そう? じゃあ、私もいいけど」
「そうこなくっちゃ!」

 愛子は白の受話器に手を伸ばし、カシスオレンジとファジーネーブルを頼んでくれた。どさくさ紛れにフライドポテトも注文したらしい。

「京香歌ってよ。私が歌ってる最中に店員さん来たら恥ずかしいじゃん」
「愛子、昔からそういうの気にするよね」
「だって私、歌上手くないもん」
「謙遜しちゃって! レコード会社に勤めてる時点で上手いに決まってるよ」
「それは偏見よ! 歌が好きだから、っていう理由だけで入社した人もいるの。私のようにね」

 愛子の歌声はとても澄んでいて、決して下手ではないのに。私は愛子に言われるがまま、よく歌う懐メロを入れた。
 思い返すと、前々からカラオケに行く度に、マイクを握る割合は圧倒的に私の方が多かった。というより、愛子が私の歌を聴きたがってくれるから、次々とリクエストしてくれるのだ。

 歌い始めて三分くらいで、店員さんがドリンクとフライドポテトを持ってきてくれた。
 愛子の作戦は、見事に成功したことになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

三分で読める一話完結型ショートホラー小説

ROOM
ホラー
一話完結型のショートショートです。 短いけれど印象に残るそんな小説を目指します。 毎日投稿して行く予定です。楽しんでもらえると嬉しいです。

1分で読める怖い話短編集

しょくぱん
ホラー
一分で読める怖い話を定期的に投稿しています。 感想などをいただけると嬉しいです。 応援よろしくお願いします。

処理中です...