拗れてく俺と拗れてるお前

暮雨

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拗れてく俺と拗れてるお前④

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 編集を終えて動画をアップロードし。洗濯の終わったベッドシーツを外から見えない低い位置に干し終えたところで。インターホンが鳴った。
 今日、荷物が届く予定はない。
 何らかの勧誘でなければ佐野だ。
 そう思った俺はインターホンを確認せずにドアを開けた。
 案の定、ドアの前に立っていたのはラフな格好をした佐野で。何が嬉しいのか満面の笑みで練習休みなんだ、と言いながら上がってくる。
 
「あれ、宇野。朝シャンしたの?」
 きっと石鹸の匂いがしたのだろう。そばを通るとき、佐野が問いかけてくる。
「ん、ちょっと汗かいたから」
 そう答えた矢先に携帯が鳴った。
 通知欄に表示されているのは永瀬だ。
「え、永瀬?」
 意外そうな声を上げる佐野の前で。俺は溜息をつきながら電話に出た。
 そういえば佐野には永瀬と同じ大学であることは伝えていなかった気がする。
 ふたりは気が合いそうなのに、馬が合わないらしく。一緒に話をしている姿をほとんど見たことがない。

『宇野ー! お前さぁ昨日俺が勧めた漫画、間違えて持って帰っただろー』
 開口一番の大声に俺は思わず電話を耳から離した。
「いや、まだ読んでないけど」
『あぁ、よかった! ならいいんだ! 盛大なネタバレが三巻にあるのにおまえ、ピンポイントで間違えて持って帰るんだからビビるわ。いまから一巻と二巻持って行ってやるよ』
「いや、別に今日じゃなくていいけど」
『あ。じゃあ明日にしちゃう? 前言ってた大学の近くの店、行きたいー』
「知らん。ひとりで行け」
『宇野クンがつめたーい……まぁお互い色々用意とかあるよな。また行っていい日、連絡して』
「あぁ、またな」

「宇野……永瀬といつの間にそんな仲良くなったの?」
 溜息交じりに電話を切ると何を聞いていたのか問いただしたくなるようなことを佐野が訊いてくる。
「いや、仲良くないよ……偶然昨日薬局で会っただけ。言い忘れてたかもだけど。永瀬と学部は違うけど同じ大学なんだ」
 そう答えるとなぜか佐野は難しい顔をして黙り込んでしまった。
 眉根にしわを寄せる佐野なんて珍しい。
 頭痛でもするのだろうか。それとも俺が思っているよりも佐野は永瀬のことが嫌いなのだろうか。
 誰にでも愛想の良い佐野が……それも誰にでもたいてい好かれている永瀬に対してこんな顔をすることは珍しいので気になった。
「永瀬のこと、苦手なのか?」
 この家に頻繁に来ると思ったからその反応なのかもしれない。
 もしもそれで佐野の安らぎが損なわれるのなら永瀬には悪いがどうにかしよう、と秘かに思っていると佐野が微苦笑を浮かべた。
「いい奴だとは思うんだよ……前から好きになる相手の好みが似るから……警戒しちゃうんだ」
 佐野から返ってきた言葉は予想外で。俺は思わず微苦笑を浮かべた。
「永瀬とはもう大学が違うんだから被らないって……にしても意外だな。お前彼女は切らさないけど、お前がめちゃくちゃ本気で恋とかしてるの、見たことないかも」
 俺がそういった途端。何故だか佐野は一瞬。何かを堪える眼をした。
 言いたいけれど言えない、というような。好奇と躊躇と苛立ちの、ないまぜになった色がその漆黒の眼に奔って。男らしい輪郭の唇がぐっと衝動で歪んだ。
 どうやら佐野が、俺には言えない悩みを抱えているのだと察した俺は。廊下に佇んだままの佐野の頭をわしわし撫でた。
「悪い。軽はずみなこと言った……そんなこと俺に言われたくないよな。でもまぁ、相談したいことあったら言って。お前、大抵のことはいろいろ自分でどうにかできるから、悩むことが少ない分、悩んだ時が大変そうだから」
 なんだかんだ言いつつ佐野は高校の時の一番の友人だったので大切なのだ。
 普段はああだが、ちゃんと永瀬のことも大切に思っている。
 それにしてもこの佐野の反応……本気で恋をしているということだろうか。
 いったい、なんでも叶えてきた佐野にこんな目をさせるのはどんな奴なのだろう。
 そう思いながら俺は佐野を部屋に案内し、不揃いなマグカップに紅茶を淹れた。
 別に労わる気持ちがあるわけではなくて、ただ単に今日用意していたのが紅茶であった、それだけだ。

「あ……宇野……」
 そうしていると部屋からこちらを棒立ちになって見つめていた佐野がようやく声を上げた。
 まだ佐野はあの色を、引きずっている。
 ああ。何か伝える気だな。
 そう思った俺は八割紅茶で満ちたマグカップを置いて。向き合った。
「オレ……実は……初めて男を好きになったんだ」
 躊躇って。躊躇って。意を決したようにこちらをじっと見つめてそう告げてきた佐野を。俺は見返した。
「そうなんだ。お前が初めて本気で惚れるくらいなんだから、めちゃくちゃいい奴なんだろうな」
 そう言いながら。俺は一抹の申し訳なさを抱く。
 自分が秘められた自分の性癖に気づいたように、佐野も自分の中の真なる感情に気づいたのが、あの高二の夏の出来事だったのかもしれないと思うと。いろいろと複雑だ。

「宇野はそういうの……いやじゃないの?」
「なにが?……あぁ、俺は偏見とか別にないかな。うちの両親があぁだろ。男の人でも女の人でもいいから一生添い遂げられる人を見つけなさいが口癖で。そのたびに乳繰り合ってんの」
 肩透かしを食らったような妙な表情のまま、恐る恐るといった様子で問いかけてきた佐野に俺は肩を竦めて答える。
 家を出てたった二週間で俺と姉の部屋以外の場所がすべて同棲したてのカップルみたいな内装になっていた衝撃を思い出して……今この場で出す内容ではないと思って喉奥に押し込めていると佐野がぷっと噴き出す音がした。
 けれど同時に佐野は目尻を拭って笑いながら、泣いていて。俺はどうすべきか迷ってから歩み寄って。頭半分でかい体格の佐野の頭を撫でてからぐっと抱き寄せて胸に抱え込んだ。
 かがんで、膝をついて、俺の胸に顔をうずめた佐野は。耳まで赤くなりながら……俺の意図を察したのかぎゅっと胸に顔を押し付けて、嗚咽で乱れる呼吸を零した。

「宇野に嫌われたら生きていけないと思ってさ」
 佐野は思いのほか早く泣き止んで。泣いた名残を目元に残したまま照れ笑いを浮かべて俺を見つめた。
 その顔はなんと表現したらいいのかわからないけれど、どこか緩んでいて。佐野がずっとその感情を隠していたことを知る。
「俺は佐野を嫌いになったりしない」
 俺は佐野のさらさらした頭をかいぐったまま微笑み。現にあの日以来も、少々気まずくはあったけれど嫌いにはならなかったものな、と考えた。
「う、宇野はさ……恋とか興味ないの? それこそ両親から男の人でも女の人でもいいからって言われてるなら」
 佐野は躊躇いながらそう問いかけてくる。
 佐野とこんな話をするのは初めてで。佐野は恥ずかしいのだろう。
 百戦錬磨のくせに耳まで赤くしたままだ。
 そんな顔をされたら恋愛初心者……どころか記憶の限り恋をしたことのない自分はどんな顔をしたらいいのかわからない。

「恋か……そういうの、意識してしないとできないもんなのかな。落ちるのが恋っていうもんだと思って。いつか自然と恋するだろうと思ってたけど……やっぱそれじゃ恋とかできないのか」
 いますぐ恋をしたいわけではないけれど。いつか、とは思っていたので。その言葉はふと唇から零れた。
「宇野……オレはさ……」
 言葉を選んでいるのだろう。
 また、佐野の眼にはあの、ないまぜになった色があって。その唇は今度は躊躇いによってぎこちなく震えている。
 また何か、自分は言ってはいけないことを言っただろうかと思ったけれど。佐野が傷ついている様子はなく。むしろ意を決したように立ち上がった。
 姿勢を正すと佐野はやっぱり男の俺から見てもいい男で。
 長い睫毛の奥の眼で、射抜かれたとき。
 俺はその眼に滴るような好意があるのを感じ取った。
 それはこれまで向けらえてきたものと似ているけれどほんの少し熱量が違って。
 思わず俺は佐野を見つめたまま、息をつめた。

「宇野、オレはお前が幸せになってくれたら嬉しいし、良い恋をしてほしいと思ってる……けど、同じくらい、いや……それ以上にオレ、お前のこと好きで……できたらお前がオレのこと好きになってくれて……オレが宇野のこと、幸せにしたいと思ってる」
 
すべてをかけるようなないまぜになった感情でその男らしく整った顔を彩った佐野の顔を。俺は生涯忘れることはないだろう。
人が誰かに告白するときの光景を思い浮かべるなら。俺は死ぬまできっと佐野の顔を思い出すに違いないと思った。
 思いもよらない言葉を言われた俺は何も言えなかった。
 ただ黙って唇を震わせる俺を。佐野は強い腕で抱きしめる。
 あの一件がきっかけだったのか、と訊けない雰囲気があって。何より雄弁に佐野の本気を突き付けられた俺は何を言ったらいいのかわからないまま、この時ばかりは気まずいのに許されている沈黙に甘えた。

「オレはいくらでも待つよ。もし、駄目でも……オレお前のこと恨んだりしない。こんなに好きだから好きじゃなくなるのは難しいだろうけど。お前が許してくれるなら親友で居たい」
 
 佐野の言葉に俺は『だからか』と思った。
 だから佐野は、ずっとその感情を隠していなくてはいけなかった。
 佐野はずっと感情を隠す辛さと、俺と友人で居られなくなるかもしれない辛さを秤にかけて、結果口を噤んできた。
 その均衡を崩したのは……ほかならぬ俺だ。
 
「うん……俺、お前に恋できるかはまだわかんねぇけど……待っててくれると嬉しい」
 
 そう言ったものの。佐野の好きな相手が自分であるということが、間違っていることに思えて仕方がない。
 だって佐野は知らないのだ。
 あの夏の夜の出来事がきっかけとはいえ、性行為を見られて興奮するという、自分の厄介な性癖に。
 そんな考えを押し隠しながら。俺はそっと佐野の逞しい体を抱き返した。
 触れていないけれど臍の下辺りで感じる、佐野の熱の感触からは目を逸らして。






「宇野──!」
「やかましい」
 翌日。永瀬と会うことになった俺は開口一番大声で叫んでがばりと両腕を広げてきた永瀬の頭を押さえて抱き着かれるのを阻止した。
「うぅー今日も宇野クンが冷たい……」
「お前は今日も暑苦しいな」
「それより昨日佐野から牽制されたんだけどお前、あいつとなんかあったの?」
 軽い口調で投げられる、けれど気遣うような眼差しを受けた俺は動じてはいけなかったのに一瞬、動きを止めてしまった。
「まぁ訊かないけどあんまり悩みすぎるなよー。困ったことがあったら、経験豊富なおにーさんがいろいろ教えてあげるからね」
 永瀬はそういって片目をつぶる。
 その仕草はやっぱりどうしよもなくやかましいが、永瀬には不思議と似合っている。
 永瀬は調子がいいし煩いが、聡く優しい。
 そういうギャップに女子は落ちるのだろうな、と思いながらじっと見つめていると『なんだよぉ』と永瀬は照れたように表情を崩す。

「恋ってどうやったらできるかなって思って」
 そんなこと永瀬に言ってどうするんだと思いながらも。思ったより俺は弱っていたらしい。ぽろりとそんな言葉を漏らしていた。
 てっきり切ない眼が返ってくると思いきや。なんと永瀬は腹を抱えて笑い出した。
「ナニソレ……ローションとコンドームだけ籠にぶち込む奴の台詞じゃねぇー!」
 ネットスラングでいうと草を生やす、というのだろうか。一音一音に笑いを載せながら永瀬がそんなことを言う。
 まったくもって、ごもっともな意見に。俺はやっぱり何も言えない。
 逆に言うと恋をしたことがなかったから。誰かに対してよく見せたいだとか思ったことがないから。そんな行動がとれたのだろうと今になって思う。
 とはいえひーひー言いながら体を折って笑っている永瀬を見ていると理不尽だが腹が立ってくる。

「笑ったりしてごめんって……まぁ恋ってのは明確にわかるもんじゃねぇよ。曖昧なもんだし、誰かに対して特別で、どうしても何かしてあげたいと思ったなら……それが愛だの恋だの呼ばれるもんじゃねぇの」
 目尻に浮かんだ涙を拭い、喉奥で吐息を噛んでから、永瀬がそんなことを言ってくる。
 永瀬らしからぬ言葉に俺は思わずじっと永瀬を見つめ。その視線を受けた永瀬は。日に焼けた顔を緩めて……ひどく穏やかに微笑んだ。
「うん……まぁ恋っていいもんだけどつらい時もあるもんよ。なにせどうしようもない感情って奴だから頭で考えててもどうしようもできないし……かくいう俺の恋って、たいてい実らないのよね」
 明朗なその表情に悲哀が過る。
 じっとこちらを見つめる永瀬の眼に既視感を感じたけれど。俺がそれを読み取る前に永瀬はぎゅっと俺を抱きしめた。
「宇野が自分の感情に向き合うのは賛成だなー……いい恋しろよ、宇野!」
 そんな言葉とともにとっとと離れた永瀬はどこか清々しい顔をしていて。いこーぜと笑って俺の手首を引いた。
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