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ロミオの純情
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「コウ、一体どうした?!」
制服を泥まみれにした、青ざめた顔のコウが、寮の自分の部屋のドアの入り口の所に立つと、ルームメイトの美濃佑司はギョッとした声をあげて、身長185cmの巨体を揺らした。
「ころんだ……」
「転んだってお前…… とにかく、それをそこで脱げ」
佑司はそう言うと、慌ててバスルームに駆け込んで、タオルを二、三枚掴むと、急いでコウの所に戻る。
コウは部屋の入り口で汚れた制服を脱いで、トランクス一枚になると、佑司からタオルを受け取り、ゴシゴシと汚れた手足を拭く。
「とにかく、シャワー浴びろ」
佑司に言われてコウは頷くと、バスルームへと向かった。
シャワーのノズルを持って、ザーッと熱い湯を肌に当てると、改めて胸に悔しさが込み上げてくる。
「…うっく…ひっく……」
再び嗚咽を漏らし、熱い涙が頬を伝う。
やっと、憧れの鷹司と思いが通じ合ったと思ったのに、こんな風に自分の想いを地面に叩きつけられて、踏みにじられるなんて……
確かに鷹司の家のリンベルと、うちの家のミューズは同業という事で反目しあっている。
けれど、俺はリンベルのレシピを盗んでなんかいない。
でも、鷹司は俺の事を疑いの目で見て、弁明する余地すら与えてくれなかった。
その事が悔しくて悔しくて堪らなかった。
「ちきしょうッ……」
コウはバスルームの壁をドンと叩く。
尊敬していた鷹司に、" 盗みをするような人間 " だと思われた事に、コウは激しく傷ついていた。
シャワーからあがると、佑司の姿は無かった。髪の毛をタオルでゴシゴシと乾かしながら、ベッドに腰掛けて、ふと、さっき服を脱いだ場所を見れば、自分の汚れた制服は佑司の手によって、何処かへと綺麗に片付けられていた。
やがて、ドアがガチャンと開いて、佑司が部屋に戻ってくる。
「お前の制服はクリーニングに出しておいたから」
「すまない……」
コウが謝ると、
「ほら、飲め。お前コレ好きだろう」
目の前にミルクティーの温かい缶ドリンクが差し出される。
「サンキュ」
そう言って、コウは受け取る。
佑司は熊みたいにデカい図体なのに、細かく良く気が利く奴だな……
コウはそう思いながら、プシュと缶のプルタブを押し込んで開けて、中のまろやかな液体を冷えた胃の中に流し込む。
優しい甘さが、傷ついた心に、じんわりと染みた。
「何かあったのか?」
コウのベッドの向かいの、自分のベッドに腰掛けた佑司が問いかける。
「別に……」
頭を振って返事をしたコウに、佑司はそれ以上は尋ねたりしなかった。
コウの濡れた肌を見つめながら、
(俺だったら、お前を泣かせたりしない)
喉まで出かけた言葉を、佑司はグッと飲み込む。
ルームメイトとの良好な関係を打ち壊す勇気は、佑司にはまだ無かった。
一方の鷹司もまた、一人苦悩していた。
苛立った気持ちのまま、部活を終えて、部屋に戻ると、シャワーも浴びずに、ベッドにゴロンと横になる。
「くそっ!」
鷹司は、コウを投げ飛ばした自分の両手をじっと、見つめる。
物心ついた時から、自分のこの手は、正義の為に使うと、そう信念のように思ってきた。
今日だって、不埒な盗人を投げ飛ばして、自分は正しい事をした筈なのに、この胸のザワつきは一体何なんだろうか。
ふと、コウの凛とした立ち姿が脳裏に浮かぶ。
迷いや疚しい気持ちの無い、真っ直ぐな姿。
もしかしたら、自分は大きな間違いを犯したのではないだろうか……
鷹司の胸に、急に大きな不安が、真っ黒で巨大な雷雲のように、一面に広がる。
「コウ……」
コウを投げ飛ばしたあの時、コウは、何かを言いかけていた。 なぜあの時、コウの言葉に冷静に耳を傾けなかったのか……
後悔が、噴き出す泉のように、次から次へと湧いてくる。
結局、鷹司はその日も一晩中眠れなかった。
「コウはまた無断休みですか」
合気道部の副部長の三田が、着替えをする道場隣接のロッカールームで学ランを脱ぎながら、半分呆れたような声を出す。
「あいつの事は放っておけ」
鷹司のそっけない返答に、三田はため息をつく。
「このままじゃ、ほかの部員にも示しがつきませんよ」
「分かってる。何とかする」
鷹司はそう頷いたものの、一体何をどうすれば良いのか、鷹司自身、全く分からなかった。
コウと話がしたい。
それは鷹司が今一番願っていた事だったが、会って一体、何を話せば良いのだろうか……
コウへの疑惑はグレーのままで、それを拭い去る事の出来る根拠はどこにも無い。
それでも、コウが部活に来れば、何らかの話が出来るだろうと、成り行きに任せてみたものの、肝心の本人が一向に姿を現さないのだ。
コウのいない練習場の空気は、まるで光り輝く花を失ったかのように、生気が無く、冷ややかで、暗く沈んでいた。
部員たちも、口には出さなくても、何かただならぬ事が鷹司とコウの間にあったのだろうと、薄々と感づき始めていた。
「部長、一度コウと話を……」
三田がそう言いかけたその時、
「失礼します!」
と一年生の部員がロッカールームに入ってきた。
「ん?どうした」
鷹司がそちらを向くと、
「あの、これコウから預かりました」
そう言って、鷹司の顔色を伺いながら、おずおず……といった風に、一枚の紙を差し出す。
受け取った紙を見て、鷹司はショックを受ける。
そこには、
『退部届 白鳥航』
とあった。
(あいつ……!)
コウの退部届を見た、三田も驚く。
「本人はどうしたんですか?」
三田の問いに
「コウはもう、道場には来ないそうです」
と、申し訳なさそうにして、頭を下げる。
もう、コウと話す機会すら無いのか……
苛立った鷹司は、コウの退部届をグシャリと握り潰して、制服のズボンのポケットに無造作に突っ込む。
「そ、それじゃあ、僕はこれで失礼しますっ」
機嫌の悪くなった鷹司の表情に少し怯えた後輩は、逃げるようにしてロッカールームを出て行った。
制服を泥まみれにした、青ざめた顔のコウが、寮の自分の部屋のドアの入り口の所に立つと、ルームメイトの美濃佑司はギョッとした声をあげて、身長185cmの巨体を揺らした。
「ころんだ……」
「転んだってお前…… とにかく、それをそこで脱げ」
佑司はそう言うと、慌ててバスルームに駆け込んで、タオルを二、三枚掴むと、急いでコウの所に戻る。
コウは部屋の入り口で汚れた制服を脱いで、トランクス一枚になると、佑司からタオルを受け取り、ゴシゴシと汚れた手足を拭く。
「とにかく、シャワー浴びろ」
佑司に言われてコウは頷くと、バスルームへと向かった。
シャワーのノズルを持って、ザーッと熱い湯を肌に当てると、改めて胸に悔しさが込み上げてくる。
「…うっく…ひっく……」
再び嗚咽を漏らし、熱い涙が頬を伝う。
やっと、憧れの鷹司と思いが通じ合ったと思ったのに、こんな風に自分の想いを地面に叩きつけられて、踏みにじられるなんて……
確かに鷹司の家のリンベルと、うちの家のミューズは同業という事で反目しあっている。
けれど、俺はリンベルのレシピを盗んでなんかいない。
でも、鷹司は俺の事を疑いの目で見て、弁明する余地すら与えてくれなかった。
その事が悔しくて悔しくて堪らなかった。
「ちきしょうッ……」
コウはバスルームの壁をドンと叩く。
尊敬していた鷹司に、" 盗みをするような人間 " だと思われた事に、コウは激しく傷ついていた。
シャワーからあがると、佑司の姿は無かった。髪の毛をタオルでゴシゴシと乾かしながら、ベッドに腰掛けて、ふと、さっき服を脱いだ場所を見れば、自分の汚れた制服は佑司の手によって、何処かへと綺麗に片付けられていた。
やがて、ドアがガチャンと開いて、佑司が部屋に戻ってくる。
「お前の制服はクリーニングに出しておいたから」
「すまない……」
コウが謝ると、
「ほら、飲め。お前コレ好きだろう」
目の前にミルクティーの温かい缶ドリンクが差し出される。
「サンキュ」
そう言って、コウは受け取る。
佑司は熊みたいにデカい図体なのに、細かく良く気が利く奴だな……
コウはそう思いながら、プシュと缶のプルタブを押し込んで開けて、中のまろやかな液体を冷えた胃の中に流し込む。
優しい甘さが、傷ついた心に、じんわりと染みた。
「何かあったのか?」
コウのベッドの向かいの、自分のベッドに腰掛けた佑司が問いかける。
「別に……」
頭を振って返事をしたコウに、佑司はそれ以上は尋ねたりしなかった。
コウの濡れた肌を見つめながら、
(俺だったら、お前を泣かせたりしない)
喉まで出かけた言葉を、佑司はグッと飲み込む。
ルームメイトとの良好な関係を打ち壊す勇気は、佑司にはまだ無かった。
一方の鷹司もまた、一人苦悩していた。
苛立った気持ちのまま、部活を終えて、部屋に戻ると、シャワーも浴びずに、ベッドにゴロンと横になる。
「くそっ!」
鷹司は、コウを投げ飛ばした自分の両手をじっと、見つめる。
物心ついた時から、自分のこの手は、正義の為に使うと、そう信念のように思ってきた。
今日だって、不埒な盗人を投げ飛ばして、自分は正しい事をした筈なのに、この胸のザワつきは一体何なんだろうか。
ふと、コウの凛とした立ち姿が脳裏に浮かぶ。
迷いや疚しい気持ちの無い、真っ直ぐな姿。
もしかしたら、自分は大きな間違いを犯したのではないだろうか……
鷹司の胸に、急に大きな不安が、真っ黒で巨大な雷雲のように、一面に広がる。
「コウ……」
コウを投げ飛ばしたあの時、コウは、何かを言いかけていた。 なぜあの時、コウの言葉に冷静に耳を傾けなかったのか……
後悔が、噴き出す泉のように、次から次へと湧いてくる。
結局、鷹司はその日も一晩中眠れなかった。
「コウはまた無断休みですか」
合気道部の副部長の三田が、着替えをする道場隣接のロッカールームで学ランを脱ぎながら、半分呆れたような声を出す。
「あいつの事は放っておけ」
鷹司のそっけない返答に、三田はため息をつく。
「このままじゃ、ほかの部員にも示しがつきませんよ」
「分かってる。何とかする」
鷹司はそう頷いたものの、一体何をどうすれば良いのか、鷹司自身、全く分からなかった。
コウと話がしたい。
それは鷹司が今一番願っていた事だったが、会って一体、何を話せば良いのだろうか……
コウへの疑惑はグレーのままで、それを拭い去る事の出来る根拠はどこにも無い。
それでも、コウが部活に来れば、何らかの話が出来るだろうと、成り行きに任せてみたものの、肝心の本人が一向に姿を現さないのだ。
コウのいない練習場の空気は、まるで光り輝く花を失ったかのように、生気が無く、冷ややかで、暗く沈んでいた。
部員たちも、口には出さなくても、何かただならぬ事が鷹司とコウの間にあったのだろうと、薄々と感づき始めていた。
「部長、一度コウと話を……」
三田がそう言いかけたその時、
「失礼します!」
と一年生の部員がロッカールームに入ってきた。
「ん?どうした」
鷹司がそちらを向くと、
「あの、これコウから預かりました」
そう言って、鷹司の顔色を伺いながら、おずおず……といった風に、一枚の紙を差し出す。
受け取った紙を見て、鷹司はショックを受ける。
そこには、
『退部届 白鳥航』
とあった。
(あいつ……!)
コウの退部届を見た、三田も驚く。
「本人はどうしたんですか?」
三田の問いに
「コウはもう、道場には来ないそうです」
と、申し訳なさそうにして、頭を下げる。
もう、コウと話す機会すら無いのか……
苛立った鷹司は、コウの退部届をグシャリと握り潰して、制服のズボンのポケットに無造作に突っ込む。
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