3 / 38
第0章 召喚
第0話・3 主人
しおりを挟む
「ン……」
俺達、陽明館中学校三年C組の全員が異世界ヴァグヤバンダに召喚され、魔物に変えられてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
意識を取り戻した俺がうっすらと目を開けると、そこは召喚された際にいた巨大な部屋ではない、小ぢんまりとした、誰かの居住スペースのようだった。
覚醒すると同時に、俺が今置かれている状況も頭に入ってくる。蔓を編んだような籠の中で、柔らかい布を下に敷いて眠っていたらしい。
視界の下の方に小さく湿った鼻先が見えるということは、魔物か動物であることに変わりはないのだろう。少し落胆する。起き上がろうとした俺が足元に目をやると、そこにあるのは随分小さな手で、指も小さく短い。まるで子犬か子猫の手のようだ。
だが、程なくしてそれ以上の衝撃が俺を襲うことになる。
「ク、キュ……」
ここは、と言おうとして俺の口から飛び出したのは、か弱く高い、小動物の鳴き声だ。
まさか、喋れないのか。
驚愕とショックで停止していると、視界の左側、テーブルがある方で人が動く気配を感じた。
「ああ、起きたか、よかった……どうだ、調子の方は。どこも悪くないか?」
椅子から立ち上がって、俺のいる籠の方に近づいてきたのは、短い茶髪に翡翠色の目をした、一人の人間の青年だった。
その顔立ちと目の色には覚えがある。あの時、俺を組み敷いて押さえつけていた、兵士の青年だ。
ここは、あの兵士の自室なのだろうか。いや、それよりもまず、この身体だ。調子がいいも悪いもあったものじゃない。
喋れないこと、伝わらないことはもうしょうがないにしても、とにかく話す。伝えようと声を出す。
「キュァ、キュキュウ……ク、クキュ?(どこも悪くないか、と言われても……なんだ、この身体は?)」
「やはり、喋れはしないか……翻訳魔法がかかっているのは魔石の側だからな、仕方がないか」
必死に喋ろうとして、しかし犬のような猫のような鳴き声しか出せない俺に、兵士の彼は哀しそうな表情をした。
その表情のままで俺にそっと顔を近づけて、俺の額に指を当てる。硬い何かに爪が当たるカチリ、という音がした。
「説明をする前に、一つ確認しよう。君の名前は、ニラノ・タイセイ……それで間違いはないな? その通りなら、右手を上げてくれ」
彼の言葉に、俺はすぐさま右手を持ち上げた。手足が短いせいであまり上がらなかったが、それでも彼には伝わったらしい。指を戻して表情を少しだけ明るくして、こくりと頷いた。
籠から俺の身体を抱き上げ、青年はベッドに移動する。その途中で鏡に彼と、彼の腕に抱かれる俺の姿が映った。
橙色の毛並みをした、まさしく小動物だ。顔に比して大きな耳と、額に埋め込まれた山吹色の石、長くふさふさとした尻尾が目を引く。地球の動物に例えるなら、フェネックが近いだろうか。
ベッドに腰かけながら、青年は俺へと笑いかけてくる。
「よし、定着は問題なし、と。俺は『薄明の旅団』無席次、レオン・トラース。よろしくな」
「キュゥッ、キュ……キュキュ、キュアウ(ああ、よろしく……それで、いい加減説明してくれ)」
小さく返事をして、俺は青年――レオンへと視線を向けた。眉間にうっすら皺を寄せた俺の表情に、レオンもいい加減説明をしないとまずいと思ったらしい。
だが、その前に。こちらも眉間にうっすら皺を寄せたレオンが、俺の前で首を傾げた。
「うーん、やはり会話が成立しないのは不便だな、ちょっと待ってくれ……」
そう言うと彼は目を閉じて、再び俺の額に指を押し当てた。
額に埋まった硬い何かと、その奥の頭蓋骨に、ぐっと圧迫感を感じる。その次の瞬間、レオンが小さく呟いた。
『キヤンナ! 伝えよ!』
短く発せられた詠唱文句。俺の脳内に何か、パッと光が差し込んだような感覚を感じる。
あの時に受けたような不快な感じは一切ない。むしろ心地よさを感じるくらいだ。
程なくして俺の額から指を放したレオンが目を見開くと、微笑みを浮かべて俺を見た。
「よし……これでいい。ニラノ、俺の名前を呟くなり頭の中で思うなりしてから、頭の中で俺に話したいことを思ってくれ」
「キュウ……キュキュ?(レオン。……これでどうだ?)」
「うん、大丈夫だ。通じているよ」
思わず鳴き声として口に出してしまったが、問題なく伝わったらしい。こくりと頷くレオンだ。
会話が成立した。召喚された当初も普通に会話が出来て驚いたが、思考するだけでコミュニケーションが取れるとは、魔法ってやっぱりすごい。
今度はちゃんと口に出さずに、頭の中で言葉を思考する。
『今のも、もしかして魔法か?』
「そう、念話魔法だ。君と俺との間でチャネルを繋ぎ、君の思考が俺に伝わるようにしたんだ。逆に俺の方からも君に思考で伝えることもできる。内緒話はこれでやろう。
チャネルを繋ぎたい時は今みたいに俺の名前を呟いて、チャネルを閉じたい時は『閉じる』と思えばいい。
翻訳魔法をかけられれば一番いいんだが、魔物には使えないんだ……手間をかけさせて申し訳ない」
『なるほど……すごいな』
レオンの説明を受けて、思わず感心する俺だ。
そこから、一度チャネルを閉じたり、もう一度繋ぎ直したりして使い方を確認した後、俺は改めてレオンへと問いを投げた。
『レオン、それで、俺は一体どうなったんだ? この身体はどうなっているんだ?』
「そうか、そうだな。まずそこと、ニラノたちの置かれた状況から説明しよう」
状況整理は重要だ。今がどうなっているのか、確認しないことには動きようがない。
そのことをレオンも理解していたようで、一つ一つ、順を追って俺へと説明を始めた。
「まず、君達四十人と一人は、俺達『薄明の旅団』によって異世界から偶発的に召喚され、事態隠匿の為に魔物化、我々の使い魔になった。本来ならばそれで何事もなく事が終息するはずだったのだが、何故かニラノには封印魔法、忘却魔法、そのいずれも効かなかった。
だから最後の手段として『薄明の旅団』主席、ディーデリック・ファン・エンゲルの手によって肉体喪失魔法を使用され魔石化、旅団で飼育されていた一体のシトリンカーバンクルの肉体に埋め込まれることになった……これが一連の顛末だ」
『肉体喪失……魔石化……そんなことが』
一連の話を聞いて、改めて俺は絶句した。
クラスメイトの皆と根木先生が魔物に変えられたところまでは、俺がこの目で直接目にしていた。
俺に封印魔法がかけられ、忘却魔法もかけられ、しかし俺には両方とも何故か効かなかったことも、俺自身がこの身で体験している。二度と体験したくないが。
レオン曰く、ディーデリックは仮面を付けた段階で人格の上書きをしようとしていたらしいが、それも俺には効かなかったらしい。
その果てに、俺は変化させられた肉体も失い、魔石として封じられ、こうして別の魔物に取りつけられたということか。
あまりにもぶっ飛んだ展開に目を見開く俺の前で、レオンが苦悶の表情を浮かべて俯いていた。
「これは本当に最後の手段だ。事が明るみに出れば人間召喚の罪と同じくらいの罪を背負うことになる。
だからディーデリック老は君を、何の力も持たない弱い魔物に封じさせ、抵抗できないようにしたんだ。いざとなれば、すぐに始末できるようにと……魔石を砕けば、その時点で封じられた魂が解き放たれるからね」
『あのジジイ……そんな悪辣なことを』
彼の言葉に、俺は奥歯をぐっと噛み締めた。
魔石を砕けば解き放たれた魂がどこか予期しないところに飛んでいく。人間に入れば人間召喚も肉体喪失魔法の使用も明るみにされてしまう。強大な魔物に入ればその力で蹂躙されてしまうかもしれない。
だからディーデリックは弱い魔物に――このシトリンカーバンクルに――俺の魂を封じた魔石を埋め込むように指示したのだ。そうすれば気軽に始末できるし、ベラベラと喋られることもないからだ。
何とも保身的で、悪辣なやり口である。レオンも苦しげな表情をそのままに、こくりと頷いた。
「そう、悪辣だ。自分の保身のために、君達四十人と一人の異世界人を犠牲にして、無為に消費しようとしている……俺も、出来ることなら君達を助けたい。
本当なら、任された君の魔石をもっと強大な魔物に定着させて反逆できれば手っ取り早かったんだが……」
『いやいいよ、だってそんなことをしたら、レオンだって命が危ないんだろ』
苦々しく話すレオン。俺はそんな彼を慰めるように言葉をかけた。
レオン自身も、苦渋の選択だったのだろう。魔石を預かった身、本当ならそこで魔石を砕くことも、もっと強い魔物に収めることも出来たはずなのだ。しかしそうしたら十中八九、レオン自身の身が危うくなる。俺以外のクラスメイトや根木先生も助けられないかもしれない。
俺の言葉に、ようやく表情が緩んだレオンが、俺の頭を優しく撫でた。
「ありがとう……そういうことだ。だから、しばらくはその小さな身体で我慢してくれ。
君の力が高まれば、魔物として今より高い位階に到達し、喋ったり、手足をうまく使ったりできるようになる。魔法も使えるようになるだろう」
レオン曰く、この世界の魔物は成長することによってその力を増し、新たな姿を得たり新たな能力を得たりすることが出来るそうだ。俺も今はこの小さくか弱いカーバンクルだが、成長すれば強力な魔法を扱えるようになったり、人間のような姿を取ったりすることが出来るようになるそうだ。
一つの希望が見えたところで、レオンは俺の頭から手を放しつつ真剣な表情を作った。
「さて、次だ。ニラノの同郷の異世界人たちは、この『薄明の旅団』構成員の使い魔として、一人につき一体が付き従っている。まずはその彼らの所在を明らかにして、誰が助けられるのか、を明確にしないといけない」
『だが、あの時……水永君がされたみたいに、人格を上書きされていたら、もう助けられないんだよな?』
レオンの言葉に俺がゆっくりと問いかけると、彼はしっかと頷いた。
人格が上書きされ、心も体も完全な魔物になった水永君は、もう助からないだろう。俺もそれは覚悟している。
だが、他の生徒たちは、根木先生は、もしかしたら記憶が封印されているだけかもしれない。
「そうだ。人格が上書きされ、完全に魔物の魂に塗りつぶされていたら、よしんば助けられたとしても人間の魂は取り戻せない。ただの魔物が解き放たれるだけだ。
だから使い魔のうち、誰が記憶を封印されただけに留まっていて、その使い魔が誰の元に付いているかを調査しないと、何も始まらないんだ」
『そうか……分かった』
レオンは言った。記憶が封印された使い魔が、何かのきっかけで封印される前の記憶を取り戻すことや、変身させられる前の人間の人格を取り戻すことは、無いことではないと。
そもそも人間を召喚して魔物に変えて使い魔にする、という事例がどこまで多くあるのかは分からないが、魔物化刑という刑罰がある以上、人間が魔物に変えられることは多くあるのだと、レオンは言う。
その元人間だった魔物が、人間だった頃のことを思い出す事例が実際にあるなら、望みはあるはずだ。もし魔物から人間に戻ることが出来なかったとしても、人間らしい姿に変身する魔法なんかを身に付けることが出来れば、あるいは。
と、そこで、レオンが視線を逸らしつつ、恥ずかしそうにしながら声をかけてきた。
「ところで、今更な質問なんだが……その、ニラノのことは、どう呼べばいい? 異世界人の名前には疎くて……ニラノとタイセイと、どちらが名前なのか……」
『ニラノでいいよ……そっちは名字で、タイセイが名前だけど、ニラノの方が呼ばれ慣れているし』
そうして、俺は右手をレオンの方に向けて伸ばした。
数瞬目を見開いたレオンだったが、すぐに何をしたいかを察したらしい。俺の右手に、そっと自分の手のひらを合わせる。
伝わってくる体温が、心地いい。
肉体を奪われ、小動物のような姿にされながらも、俺は絶対に皆を助けて地球に帰るのだと、決意を固めるのだった。
俺達、陽明館中学校三年C組の全員が異世界ヴァグヤバンダに召喚され、魔物に変えられてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
意識を取り戻した俺がうっすらと目を開けると、そこは召喚された際にいた巨大な部屋ではない、小ぢんまりとした、誰かの居住スペースのようだった。
覚醒すると同時に、俺が今置かれている状況も頭に入ってくる。蔓を編んだような籠の中で、柔らかい布を下に敷いて眠っていたらしい。
視界の下の方に小さく湿った鼻先が見えるということは、魔物か動物であることに変わりはないのだろう。少し落胆する。起き上がろうとした俺が足元に目をやると、そこにあるのは随分小さな手で、指も小さく短い。まるで子犬か子猫の手のようだ。
だが、程なくしてそれ以上の衝撃が俺を襲うことになる。
「ク、キュ……」
ここは、と言おうとして俺の口から飛び出したのは、か弱く高い、小動物の鳴き声だ。
まさか、喋れないのか。
驚愕とショックで停止していると、視界の左側、テーブルがある方で人が動く気配を感じた。
「ああ、起きたか、よかった……どうだ、調子の方は。どこも悪くないか?」
椅子から立ち上がって、俺のいる籠の方に近づいてきたのは、短い茶髪に翡翠色の目をした、一人の人間の青年だった。
その顔立ちと目の色には覚えがある。あの時、俺を組み敷いて押さえつけていた、兵士の青年だ。
ここは、あの兵士の自室なのだろうか。いや、それよりもまず、この身体だ。調子がいいも悪いもあったものじゃない。
喋れないこと、伝わらないことはもうしょうがないにしても、とにかく話す。伝えようと声を出す。
「キュァ、キュキュウ……ク、クキュ?(どこも悪くないか、と言われても……なんだ、この身体は?)」
「やはり、喋れはしないか……翻訳魔法がかかっているのは魔石の側だからな、仕方がないか」
必死に喋ろうとして、しかし犬のような猫のような鳴き声しか出せない俺に、兵士の彼は哀しそうな表情をした。
その表情のままで俺にそっと顔を近づけて、俺の額に指を当てる。硬い何かに爪が当たるカチリ、という音がした。
「説明をする前に、一つ確認しよう。君の名前は、ニラノ・タイセイ……それで間違いはないな? その通りなら、右手を上げてくれ」
彼の言葉に、俺はすぐさま右手を持ち上げた。手足が短いせいであまり上がらなかったが、それでも彼には伝わったらしい。指を戻して表情を少しだけ明るくして、こくりと頷いた。
籠から俺の身体を抱き上げ、青年はベッドに移動する。その途中で鏡に彼と、彼の腕に抱かれる俺の姿が映った。
橙色の毛並みをした、まさしく小動物だ。顔に比して大きな耳と、額に埋め込まれた山吹色の石、長くふさふさとした尻尾が目を引く。地球の動物に例えるなら、フェネックが近いだろうか。
ベッドに腰かけながら、青年は俺へと笑いかけてくる。
「よし、定着は問題なし、と。俺は『薄明の旅団』無席次、レオン・トラース。よろしくな」
「キュゥッ、キュ……キュキュ、キュアウ(ああ、よろしく……それで、いい加減説明してくれ)」
小さく返事をして、俺は青年――レオンへと視線を向けた。眉間にうっすら皺を寄せた俺の表情に、レオンもいい加減説明をしないとまずいと思ったらしい。
だが、その前に。こちらも眉間にうっすら皺を寄せたレオンが、俺の前で首を傾げた。
「うーん、やはり会話が成立しないのは不便だな、ちょっと待ってくれ……」
そう言うと彼は目を閉じて、再び俺の額に指を押し当てた。
額に埋まった硬い何かと、その奥の頭蓋骨に、ぐっと圧迫感を感じる。その次の瞬間、レオンが小さく呟いた。
『キヤンナ! 伝えよ!』
短く発せられた詠唱文句。俺の脳内に何か、パッと光が差し込んだような感覚を感じる。
あの時に受けたような不快な感じは一切ない。むしろ心地よさを感じるくらいだ。
程なくして俺の額から指を放したレオンが目を見開くと、微笑みを浮かべて俺を見た。
「よし……これでいい。ニラノ、俺の名前を呟くなり頭の中で思うなりしてから、頭の中で俺に話したいことを思ってくれ」
「キュウ……キュキュ?(レオン。……これでどうだ?)」
「うん、大丈夫だ。通じているよ」
思わず鳴き声として口に出してしまったが、問題なく伝わったらしい。こくりと頷くレオンだ。
会話が成立した。召喚された当初も普通に会話が出来て驚いたが、思考するだけでコミュニケーションが取れるとは、魔法ってやっぱりすごい。
今度はちゃんと口に出さずに、頭の中で言葉を思考する。
『今のも、もしかして魔法か?』
「そう、念話魔法だ。君と俺との間でチャネルを繋ぎ、君の思考が俺に伝わるようにしたんだ。逆に俺の方からも君に思考で伝えることもできる。内緒話はこれでやろう。
チャネルを繋ぎたい時は今みたいに俺の名前を呟いて、チャネルを閉じたい時は『閉じる』と思えばいい。
翻訳魔法をかけられれば一番いいんだが、魔物には使えないんだ……手間をかけさせて申し訳ない」
『なるほど……すごいな』
レオンの説明を受けて、思わず感心する俺だ。
そこから、一度チャネルを閉じたり、もう一度繋ぎ直したりして使い方を確認した後、俺は改めてレオンへと問いを投げた。
『レオン、それで、俺は一体どうなったんだ? この身体はどうなっているんだ?』
「そうか、そうだな。まずそこと、ニラノたちの置かれた状況から説明しよう」
状況整理は重要だ。今がどうなっているのか、確認しないことには動きようがない。
そのことをレオンも理解していたようで、一つ一つ、順を追って俺へと説明を始めた。
「まず、君達四十人と一人は、俺達『薄明の旅団』によって異世界から偶発的に召喚され、事態隠匿の為に魔物化、我々の使い魔になった。本来ならばそれで何事もなく事が終息するはずだったのだが、何故かニラノには封印魔法、忘却魔法、そのいずれも効かなかった。
だから最後の手段として『薄明の旅団』主席、ディーデリック・ファン・エンゲルの手によって肉体喪失魔法を使用され魔石化、旅団で飼育されていた一体のシトリンカーバンクルの肉体に埋め込まれることになった……これが一連の顛末だ」
『肉体喪失……魔石化……そんなことが』
一連の話を聞いて、改めて俺は絶句した。
クラスメイトの皆と根木先生が魔物に変えられたところまでは、俺がこの目で直接目にしていた。
俺に封印魔法がかけられ、忘却魔法もかけられ、しかし俺には両方とも何故か効かなかったことも、俺自身がこの身で体験している。二度と体験したくないが。
レオン曰く、ディーデリックは仮面を付けた段階で人格の上書きをしようとしていたらしいが、それも俺には効かなかったらしい。
その果てに、俺は変化させられた肉体も失い、魔石として封じられ、こうして別の魔物に取りつけられたということか。
あまりにもぶっ飛んだ展開に目を見開く俺の前で、レオンが苦悶の表情を浮かべて俯いていた。
「これは本当に最後の手段だ。事が明るみに出れば人間召喚の罪と同じくらいの罪を背負うことになる。
だからディーデリック老は君を、何の力も持たない弱い魔物に封じさせ、抵抗できないようにしたんだ。いざとなれば、すぐに始末できるようにと……魔石を砕けば、その時点で封じられた魂が解き放たれるからね」
『あのジジイ……そんな悪辣なことを』
彼の言葉に、俺は奥歯をぐっと噛み締めた。
魔石を砕けば解き放たれた魂がどこか予期しないところに飛んでいく。人間に入れば人間召喚も肉体喪失魔法の使用も明るみにされてしまう。強大な魔物に入ればその力で蹂躙されてしまうかもしれない。
だからディーデリックは弱い魔物に――このシトリンカーバンクルに――俺の魂を封じた魔石を埋め込むように指示したのだ。そうすれば気軽に始末できるし、ベラベラと喋られることもないからだ。
何とも保身的で、悪辣なやり口である。レオンも苦しげな表情をそのままに、こくりと頷いた。
「そう、悪辣だ。自分の保身のために、君達四十人と一人の異世界人を犠牲にして、無為に消費しようとしている……俺も、出来ることなら君達を助けたい。
本当なら、任された君の魔石をもっと強大な魔物に定着させて反逆できれば手っ取り早かったんだが……」
『いやいいよ、だってそんなことをしたら、レオンだって命が危ないんだろ』
苦々しく話すレオン。俺はそんな彼を慰めるように言葉をかけた。
レオン自身も、苦渋の選択だったのだろう。魔石を預かった身、本当ならそこで魔石を砕くことも、もっと強い魔物に収めることも出来たはずなのだ。しかしそうしたら十中八九、レオン自身の身が危うくなる。俺以外のクラスメイトや根木先生も助けられないかもしれない。
俺の言葉に、ようやく表情が緩んだレオンが、俺の頭を優しく撫でた。
「ありがとう……そういうことだ。だから、しばらくはその小さな身体で我慢してくれ。
君の力が高まれば、魔物として今より高い位階に到達し、喋ったり、手足をうまく使ったりできるようになる。魔法も使えるようになるだろう」
レオン曰く、この世界の魔物は成長することによってその力を増し、新たな姿を得たり新たな能力を得たりすることが出来るそうだ。俺も今はこの小さくか弱いカーバンクルだが、成長すれば強力な魔法を扱えるようになったり、人間のような姿を取ったりすることが出来るようになるそうだ。
一つの希望が見えたところで、レオンは俺の頭から手を放しつつ真剣な表情を作った。
「さて、次だ。ニラノの同郷の異世界人たちは、この『薄明の旅団』構成員の使い魔として、一人につき一体が付き従っている。まずはその彼らの所在を明らかにして、誰が助けられるのか、を明確にしないといけない」
『だが、あの時……水永君がされたみたいに、人格を上書きされていたら、もう助けられないんだよな?』
レオンの言葉に俺がゆっくりと問いかけると、彼はしっかと頷いた。
人格が上書きされ、心も体も完全な魔物になった水永君は、もう助からないだろう。俺もそれは覚悟している。
だが、他の生徒たちは、根木先生は、もしかしたら記憶が封印されているだけかもしれない。
「そうだ。人格が上書きされ、完全に魔物の魂に塗りつぶされていたら、よしんば助けられたとしても人間の魂は取り戻せない。ただの魔物が解き放たれるだけだ。
だから使い魔のうち、誰が記憶を封印されただけに留まっていて、その使い魔が誰の元に付いているかを調査しないと、何も始まらないんだ」
『そうか……分かった』
レオンは言った。記憶が封印された使い魔が、何かのきっかけで封印される前の記憶を取り戻すことや、変身させられる前の人間の人格を取り戻すことは、無いことではないと。
そもそも人間を召喚して魔物に変えて使い魔にする、という事例がどこまで多くあるのかは分からないが、魔物化刑という刑罰がある以上、人間が魔物に変えられることは多くあるのだと、レオンは言う。
その元人間だった魔物が、人間だった頃のことを思い出す事例が実際にあるなら、望みはあるはずだ。もし魔物から人間に戻ることが出来なかったとしても、人間らしい姿に変身する魔法なんかを身に付けることが出来れば、あるいは。
と、そこで、レオンが視線を逸らしつつ、恥ずかしそうにしながら声をかけてきた。
「ところで、今更な質問なんだが……その、ニラノのことは、どう呼べばいい? 異世界人の名前には疎くて……ニラノとタイセイと、どちらが名前なのか……」
『ニラノでいいよ……そっちは名字で、タイセイが名前だけど、ニラノの方が呼ばれ慣れているし』
そうして、俺は右手をレオンの方に向けて伸ばした。
数瞬目を見開いたレオンだったが、すぐに何をしたいかを察したらしい。俺の右手に、そっと自分の手のひらを合わせる。
伝わってくる体温が、心地いい。
肉体を奪われ、小動物のような姿にされながらも、俺は絶対に皆を助けて地球に帰るのだと、決意を固めるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜
タナん
ファンタジー
オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。
その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。
モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。
温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。
それでも戦わなければならない。
それがこの世界における男だからだ。
湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。
そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。
挿絵:夢路ぽに様
https://www.pixiv.net/users/14840570
※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる