カーバンクル奮闘記~クラス丸ごと荒れ果てた異世界に召喚されました~

八百十三

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第1章 異世界

第8話 誰が味方で誰が敵か

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 夕食の後の訓辞が終わった後。
 俺はレオンの部屋で、机の上に広げられた名簿を見つめていた。
 ルーペルトの手で複写された名簿は、A3サイズくらいの紙に黒い文字で印刷されている。席次が上の者から順に並べられており、誰が立場が上で、誰が立場が下なのか、誰にどんな使い魔が仕えているのか、一目で分かる作りだ。
 ずらっと並ぶ名前を睨む俺の前で、レオンの指がまっすぐ、名簿の文字に触れた。

『いいかニラノ。まず先に言っておくが、俺自身、旅団内の全員について、誰がどんな立場を取っているか、すべて把握しているわけではない。
 精々、席次持ちの人間について『この人は穏健派らしい』『この人は強硬派らしい』という、噂で聞いた程度の情報だ』
『分かってる。旅団員全員の思想信条なんて、ルーペルトだって把握していないんだろ』

 名簿の左端、席次が書かれた箇所を指でなぞりながら話すレオンに、俺はこくりと頷いた。
 いくらなんでも、人間だけで八十人余りという巨大組織の「薄明の旅団」だ。その構成員の思想信条を全部つぶさに把握しているなんて芸当、よほどの噂好きじゃなきゃ出来やしない。
 名簿にずらりと並ぶ情報に視線を落としたままの俺に、レオンが頷きを返してくる。

『そうだ。ルーペルトがそういう、個人の内面に踏み込むことを嫌うせいもあるが……とにかく、誰が味方で誰が敵かというのは、俺達自身が自分で調べなきゃならない。
 さらに、味方側の人間がニラノの友人の人格を上書きしているかもしれないし、敵側の人間に仕える使い魔が助けられる可能性もある』

 レオンの発した思念に、俺は視線を落としたままで僅かに目を細めた。
 そう、その通りだ。主人がどういう信条を持っているかと、その主人の下に付いた使い魔がどういう扱いを受けているかは、全くの別問題だ。
 異世界に対しては穏健派でも、使い魔の扱いは苛烈かもしれない。人間の人格を尊重しないかもしれない。そして、逆もまた然りだ。

『ああ……それも、分かってる。どの団員が穏健派なのかと、その団員の使い魔の人格がどうなっているかは、別問題だものな』
『理解しているなら話が早い。それを踏まえた上で、出来ることなら味方側に付けたい人間が、二人いる』

 小さく顔を上げてレオンを見つめる俺、それに頷きを返して笑ったレオンの指が、名簿のある一点で止まる。
 名簿のかなり上の方、一桁台の席次を持つ名前のさらに上部。指で指し示すのは、「第二席」と「第四席」の文字だ。

『第二席、アンシェリーク・デ・ブラウネ。そして第四席、ラーシュ・シェル。
 この二人に関しては、積極的に働きかけをして、ニラノたちの世界への道が開かれた時に、ニラノたち元人間を一緒に帰し、自由の身にすることに協力させたい』

 はっきりと、フルネームで二人の名前を挙げたレオン。
 ラーシュは顔を見た記憶が無いが、アンシェリークは覚えている。昼食の時にルーペルトに肉を奪われていた、俺達より少し年上程度の少女だ。まさか、第二席にいるとは。
 少しの驚きを含みながら、俺は真っすぐにレオンへと視線を向ける。

『この段階で、その名前が挙がるということは、ちゃんとした理由があるんだよな?』
『そういうことだ。今から説明する』

 俺の言葉にこくりと頷いて、レオンは再び名簿に視線を落とした。
 名簿の上をぐるりと円を描くようになぞりながら、思念を飛ばしてくる。

『第二席のアンシェリークは旅団の広報担当だ。主席のディーデリック老と一緒に、旅団の顔を務めている。
 年若いながらいくつもの魔術を開発した天才少女として、その知名度と人気は旅団内でも群を抜く。当然、彼女を信奉する者も多い。
 今は立場を明らかにはしていないが、『アンシェリークが穏健派になるなら自分も』という動きが無席次の団員の中で起これば、ニラノの友人たちを助けられる確率は上がるだろう』

 説明を行うレオンの表情が、僅かに緩む。
 いわゆる、集団内のアイドルというやつだろう。レオンも彼女のことは、好ましく思っているに違いない。
 そういう存在が立場を明らかにするなら、それに付き従う人間がいて当然だ。味方に引き込みたいのも非常に分かる。
 俺が納得するとともに、レオンが指を僅かに下へと移動させる。そこに在るのは「第四席」の文字と、名前の横に手書きで書かれた丸の記号だ。

『そして、第四席のラーシュ。彼はこの旅団で、魔法の研究開発と、団員の健康管理を担っている。当然、クンラートが行使した大規模召喚魔法の解析も担当している。
 彼の助けを得られれば、それだけニラノたちの世界が見つけやすくなるだろう。その世界にいた者の話も聞きたがるだろうから、使い魔の人格を残している可能性も高い』

 次いで行われたレオンの説明に、再び俺は頷いた。
 俺達の地球への帰還にあたり、行使された召喚魔法の解析は急務だ。それを担当する人間とは、親しくしておいて損することは絶対にない。
 と、そこでレオンの指が、名前の横の丸印に移動した。見れば他にも、名前の横に丸が付けられている団員がいる。カスペルもそうだ。

『あと……ラーシュは、カスペル、カトー、クリステルと並んで、穏健派であることが確実視されている人間だ。使い魔を個人として大事にすることでも知られているし、席次会でも何度か強硬派に反発していたそうだから』

 そう話しながら、レオンの指が丸印のつけられた人間へと移動していく。カスペル、カトー、クリステル。他にも二人か三人、二桁の席次の人間で丸が付いている者はいるようだが、どうやらこの丸印が、穏健派であるという印らしい。

『夕食の時にも話に出ていたが、カトーとクリステルってのも、席次持ちなのか?』
『ああそうだ。第七席、カトー・デ・ヤーヘル。穏健派の筆頭は彼女だ。旅団で飼育している魔物や動物、それと畑の管理をしている。
 そして、第十二席、クリステル・ベックマン。デ・フェール王国の南部と、南に国境を接するフロートホフ公国の仕事を担当している』

 話によれば、カトーはレオンの上司にあたり、彼はカトーの下に付きながら旅団の飼育する魔物や作物の世話をしているとのこと。クリステルは国内と、デ・フェール王国に近い地域の仕事を担当するから、旅団内で話をする機会もあるそうだ。
 いずれにせよ、この二人が穏健派として旅団内で力を持っているのは確からしい。
 穏健派の人間について分かったところで、俺は話題を変えた。ディーデリックの名前の横にある、四角のマークを前脚で叩く。

『穏健派は、なんとなく分かった‥……じゃあ、逆はどうなんだ? 逆に、こいつには近づくな、みたいなのが既に分かってる奴って……』

 レオンの顔を見上げると、彼は僅かに、その目を細めた。うっすらと開かれた瞼の間から、茶色の瞳が覗く。
 そうしてから、彼はスッと指を動かした。指差したのは、「第五席」の欄。クンラート・ネイハウスの名前が線で消され、小さくボールドウィンの名前が但し書きされている。

『新たに第五席になったボールドウィン・ラスボーン、彼は無席次の頃から強硬派だった。過激派と言ってもいいな、特に異世界に侵攻し、食料を奪おうという考えが強かった。
 『二桁席次になったらアシェル帝国に攻め込み、根こそぎ食料を奪ってやる!』とか吹聴していたからな』
『そいつは……過激だな』

 小さく苦笑を零しつつ、レオンは話した。敵対関係にある国とはいえ、根こそぎ食料を奪うとは、穏やかではない。アシェルにも一般人は絶対にいるだろうに。
 そこから彼は指を下へと動かしていく。「第八席」と「第十席」の、四角のマークでそれぞれ指を止めながら口を開いた。

『あとは第八席のヨーラン・ミュルダールと、第十席、ドナ・オルコックが特に強硬派の中で力が強い。
 ヨーランはディーデリック老の側近だし、ドナはアーテジアン平地のどこにでも赴く、うちの旅団の有名人だ。接触しようにも出来ないと思うが、一応な』

 そう話しながら、レオンはどんどん指を下へと動かしていく。
 見ればドナから下は、四角マークがずらりと並んでいた。第十二席と第十四席は丸が付いているが、他は軒並み四角が並ぶ。
 そうして、空欄になっている第二十席のところまで指を引いて、レオンはその身を起こした。

『レオンの知る限り、強硬派と穏健派のパワーバランスは……』
『穏健派が幾らか劣勢……という感じだな、主席のディーデリック老が強硬派を主導しているから、どうしたってそちらの力が強くなる』

 そう話しながら、レオンは肩をすくめつつ口をへの字に曲げた。
 そりゃそうだ。旅団のトップがある方針でいるのなら、その旅団に属する人間がそちらに流れるのは仕方がない。
 そして、俺の視線は第二十席の更に下、席次欄が空白、つまり無席次の面々の名前へと向く。

『で、無席次が六十人くらいいて……そいつらにも、強硬派、穏健派、っているわけだよな』
『そうだな、無席次の者にはどちらとも立場を明確にしていない、中立の者もそこそこいるとは話に聞くが……無席次は大概上昇志向が強い。強硬派の力が強いことに変わりはないだろう』

 俺の言葉に返事を返しながら、腕組みしてレオンは頷いた。
 分の悪い賭けであることは、ある程度分かった。しかし味方がいないわけではないのが救いだ。
 味方を得た上で、魔物にされて人格が封印された、クラスメイトたちの封印を解く。
 これが、俺たちがやるべきことだ。

『そうだな……なんとか、味方を増やさないと』
『ああ、そうだ。とりあえず、もういい時間だ。続きは風呂に入りながら話そう』

 テーブルの上に腰を下ろす俺の身体を、レオンがひょいと抱き上げた。そのままテーブルに広げていた名簿をくるくると巻いていく。
 その言葉に、俺は目を見張った。風呂があるのか、この城には。
 オアシスの傍にあるとはいえ、水は貴重なはず。風呂なんて期待出来ないと思っていた俺だ。

『風呂があるのか?』
『広くて立派な風呂があるぞ、男女入れ替え制だから、俺達は夜にしか使えないけどね。毎日風呂に入れるだけの設備があるのなんて、デ・フェールでは王城の他には片手で数えるくらいしかないんだぞ』

 自慢気に言いながら、ベッド横のスツールから目地の粗い布と、替えの下着らしき布を取り出すレオンだ。
 聞けば、風呂を一般の家庭に設置していることはまず有り得ない話で、公共の浴場も施設主が懐を潤すために値段がそれなりに高いらしい。
 王城の他で、公衆浴場でない風呂場を有しているのは、国内でも規模の大きな旅団の城くらいだそうだ。

『へーっ、すごいな』
『だろ? これもディーデリック老が最新型の水生成器を開発したからなんだぞ。
 今までの水生成器はタンクの底面に魔法陣を描いて水を複製していたから魔力消費が激しかったが、最新型は魔法陣のサイズを小さくしたから格段に効率がいいんだ』
『あのジジイでも、世の中に役立つことをするんだな……そりゃそうか』

 悪辣で姑息な魔術師、と思っていたディーデリックにも、技師という意外な、人の役に立つ一面があったらしいことに驚く俺。
 そしてレオンに連れられていった先の大浴場がいわゆるミストサウナ形式で、湯船になみなみ湯が張られているのを期待していた俺ががっかりするのは、少し先のことだ。
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