バーから始まる異世界転生~お貴族様だろうと大商人様だろうとアルハラはお断りです~

八百十三

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第4話 女中のお仕事

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 ベッキーさんがバックヤードに戻ってくるのと入れ替わりに、タニアさんがバックヤードを出ていく。多分これから、タニアさんによるオッサンの詰問が始まるんだろう。そうだと信じよう。
 ベッキーさんに付き添われて店内に戻ると、一人の毛耳族ファーイヤーズの女中が心配そうに私に話しかけてきた。名前はなんだったっけ。

「リーゼ、大丈夫?」

 その声色は心配そうだが、何となくそわそわしているようにも見える。彼女はきっと、店の裏にデズモンドのオッサンが連れて行かれたのを見ていたのだろう。気持ちは分かる。
 苦笑しながら、私は左右に首を振った。

「んー……大丈夫っちゃ大丈夫だけど、大っぴらに大丈夫とも言えないかな」
「え……?」

 その、お前は何を言っているんだと言われかねないほどのぼんやりした回答に、女中の少女が首を傾げる。彼女が何かを言うより先に、ベッキーさんがポンと私の方を叩いた。

「ジェシカ、リセさんは『目覚めた』ばっかりだから、大丈夫じゃないのはしょうがないわ」
「ベッキー、どういうこと?」

 彼女の言葉に、今度は私が首を傾げる番だ。今、確かに「リセさん」と呼ばれた。目の前のジェシカと呼ばれた少女は、私のことを「リーゼ」で認識しているだろうに。
 困惑するジェシカさんをよそに、ベッキーさんが私の手を握って歩き出す。

「仕事が終わったら女中長から話があるわ。さ、お仕事に戻りましょう。リセさん、私についてきてください」
「お願いね。ジェシカさん、またあとで」
「え、うん……」

 ベッキーさんに手を引かれ、そのまま歩き出しながら私は振り返る。小さくジェシカさんに手を振りながら声をかけると、ぽかんとしっぱなしの彼女はそのままそこに立ち尽くしていた。
 何と言うか、混乱させてしまったようで申し訳ない。私が「覚醒者」であることが、どこまで伝わっているかも分からないのに。

「いいの? 私の名前」
「リセさんはリセさんですし、今更リーゼって呼んでもしょうがないです。馴染みのお客さんは、リーゼって呼んでくるかもしれないですけれど」

 眉尻を下げながらベッキーさんに声をかける私だが、彼女の返答はつれないというか、ドライというか。確かに私はリセだし、リーゼではないけれど、それはそれでお客さんも困るのではないだろうか。どうなんだろう、社会通念的にその辺。
 ともあれ、私は「赤獅子亭」の店内を一望できる、カウンターの前までやって来た。何名かの男性客が、女中と食事をしながら和やかに会話をしている様子が見える。

「お仕事の説明をしますね。私達女中の仕事は、お店にやって来たお客さんの注文した料理、お酒を運ぶのと、お客さんの話し相手をすること。裏に入ってのお仕事・・・・・・・・・もありますけれど、とりあえず仕事に慣れるまで、リセさんはそっちのは無しですね」
「え、しばらくとは言え、いいの?」

 ベッキーさんからの説明に、思わず私は声を上げた。裏での仕事も立派にここでの仕事だろうし、私自身それを覚悟していたけれど、しばらくやらないでいいとは、何と言う温情措置。
 とはいえ、そこにもちゃんと理由があるようで、ベッキーさんがにっこりと笑う。

「はい。だって勝手が分からないまま男性と行為をしろっていうのも酷な話でしょう? それに、話は出来るけど行為は出来ない、っていう場合もありますから、仕組みはあるんです」

 曰く、妊娠だったり病気だったり、何らかの理由があってそういう行為が行えなくなった女中の雇用を守るため、男性の会話相手だけを務める女中がいるらしい。客側も理由がある女中に行為を強要したら店に立ち入れなくなるため、理解を示してくれるんだそうだ。
 ベッキーさんの説明はまだまだ続く。

「ちなみに、女中は基本的に席付せきつきです。一つのテーブル、もしくはカウンターの席を、一人の女中が担当する形になります。自分の担当する席はその日の間、ずっと一緒」

 そう話しつつ、彼女の手がカウンターに置かれた。カウンター席もテーブル席も基本的に二人掛けで、男女が一組で座ることを想定した造りになっている。
 私が説明を聞いている間も、テーブル席に座っていた女中が立ち上がって厨房にメモ書きらしき紙を届け、また厨房から女中を呼ぶ声が聞こえている。それに目を向けながら、ベッキーさんが笑う。

「で、お客さんが来たら注文を聞いて、厨房に届けて、出来上がった料理やお酒を運んで、お客さんと話します。お客さんがいない時は、自分の担当の席に座って飲み物飲んだり、ご飯を食べたりしていていいですよ」
「なるほどー……その食事の分の代金は?」

 随分な厚遇に感嘆の息を漏らしながら、私が首を傾げると。ベッキーさんが上に物を摘まみ上げるような仕草をして再び笑みを見せた。

「給料から月ごとに一定額、飲食費として引かれる仕組み。だから安心していいですよ……と言っても、お客さんが来た時に一緒に食事するのも仕事の内ですから、本当にお客さんが自分のところに来ないで、食いっぱぐれた時の救済措置みたいなものですけど」

 その説明に、ますます嘆息する私だ。一定額天引きで仕事時間中の飲食は保証される。なるほど、これはそういう行為が付帯しようと、女中の仕事が成り立つわけだ。
 勤務時間中の食事とお酒は男性客が奢ってくれるし、奢る客がいなくても店側が食わせてくれる。それでいて収入も得られる。結構待遇のいい仕事かもしれない。

「へー。自分の担当の席は、どこかで確認できるの?」

 そう問いかけながら私が店内をきょろきょろ見回す。仕組みを聞く限り、どこかで必ず自分の担当の席が確認できるはずだ。男性客も、自分の目当ての女中がどの席に座っているか、分からないと困るだろう。
 果たして、ベッキーさんの指がカウンターの内側、ちょうど中央の部分を指さす。

「お店の入り口のところと、カウンターの内側に看板がかかっていて、そこにそれぞれの席を担当する女中の名前が書いてあります。リセさんの担当は、今日はカウンターの3番ってわけです。明日や明後日には、また違う席の担当になります」
「あ、あれ? えーと……」

 指さす方向にかかっている大きな看板と、そこに書かれている文字を私はじっくりと見る。ひらがなを崩したような独特の字体だったが、幸い、その意味は問題なく理解できた。ちゃんと「リーゼ」と書かれた札が、「カウンター3番」の箇所にかかっているのも認識できている。

「……あ、普通に読める」
「そうですか? よかったです。『覚醒者』の中にはアマニ語が読めない人もいるから」

 私の隣で、ベッキーさんもホッとした表情を見せた。現地の言葉が読めないと、やり取りに大きく支障が出る。勉強するのも一日二日じゃなかなか行かないだろう。それにしても、アマニ語っていうのか、この国の言葉。

「働く時間とか、働く日とかは、どんな感じ?」
「時計の短い針が一周するくらいですね。陽が昇って12のところに行ったら仕事が始まって、陽が沈んで12のところに来たらおしまい。お店は水の日が定休日で、それ以外は人によってお休みの日が違う感じ、で、分かりますか?」
「えー、あー、な、なんとなく……ごめん、アーマンドの暦について、あとで詳しく教えて」

 次いで説明された勤務体系については、分かったような、分からないような。完全週休二日制であることは分かったけれど、この世界の一週間が何日あるのか、一ヶ月が何日あるのかも分からないから、何とも言えない。あとで教えてもらおう。
 と、その辺りの話に及んだところで、店の裏側に通じる扉がバタンと開いた。勢いよく開かれた扉の中から、派手な色の服を着たデブなオッサンが転がるようにして出てくる。デズモンドだ。

「くそっ……」
「あ、デズモンドさん」
「ん? オッサンなんかすごく機嫌悪そうだけど」

 その姿を見た私が、うっすらと眉をひそめた。元々結構醜悪だったデズモンドの顔が、苦虫を嚙み潰したように余計に醜くゆがんでいる。
 何事か、と思う間もなく、裏側に通じる扉の中からタニアさんが出てきた。こちらも眉間に深いしわを刻み、口に生え揃った鋭い牙を剥き出しにしながら叫ぶ。

「ほら、今日はとっとと帰りなさい! また顔を出してもいいけど、今度ヘタな真似したら、警察に突き出しますからね!」

 口調こそ丁寧だが、語調は殊更に強い。今度同じことをしたら容赦しないぞ、という意思がありありと見て取れる。
 すごい迫力だ。さすが毛耳族ファーイヤーズ
 しかしデズモンドも負けてはいない。口角泡を飛ばしながら、タニアさんへと食って掛かる。

「ふん、この程度のやり取りで手を出すような小娘など、こちらから願い下げだ! このデズモンド・サイクスをこうまで虚仮こけにしおってからに、タダで済むと思うなよ!」

 そんな捨て台詞を吐きながら、店の外に足を向けようとするデズモンド。彼をガン無視して、私は未だ険しい顔つきのタニアさんに声をかけた。

「タニアさん、あのオッサン、どうしたんです?」
「ん? ああリセ、いいわよ貴女は気にしないで」

 私を見るや、先程の柔和な表情に戻るタニアさん。コロッと変わった。素早い。
 と、私の姿を認めたか、デズモンドの目が私へと向いた。憎々し気にこちらを睨みつけ、立ち止まって指を突き付けてくる。

「ふん、覚醒者だかなんだか知らんが、この私に生意気を働きおって。もう二度と、サイクス商会私の店では物を買わせないからな!」

 その攻撃的な物言いに、私は自分の目を大きく見開いた。
 この高圧的で攻撃的なアルハラセクハラ親父、商人だったのか。それも口ぶりから察するに、そこそこ大きな店を持っているらしい。
 だが、そう言われても、逆に困る。オッサンの店がどこにあるのか、何を売っているのか、それすら知らないうちにそんなことを言われても、どう反応すればいいのだ。
 なので、至極当たり前のこと・・・・・・・に、私は言及していく。

「あ、なに、オッサン商人だったの? それなら外聞とか大事でしょ、あんな変態みたいなことやったら店の名前にきずがつくんじゃない?」

 こてんと首を傾げながら発した正論。それを聞いたデズモンドが、いよいよ潰れたカエルみたいな表情になった。
 と、同時に、タニアさんが、ベッキーさんが、もっと言えば店内の女中の全員が、笑いを堪え、あるいは堪えきれずに吹き出す音が聞こえる。

「ぶっ……」
「リ、リセ……!」
「こ、この小娘が……!!」

 この反応に、いよいよオッサンも我慢の限界に達したらしい。わなわなと震えながら、私の方に一歩足を踏み出した。ら。
 すぐそばのテーブル、5番テーブルに腰掛けていた男性客がすっと立ち上がった。そのままデズモンドの手首を強く握る。

「はい、そこまで。サイクス殿、今日はその辺にしておきなさい。みっともないですよ」
「う……!?」

 手首を握られたデズモンドが、自分を制止した男性客の顔を見てさっと血の気が引くのを、私は見た。
 浅黒い色の肌をした、壮年の男性だ。身なりは清潔で、非常に整っている。額やこめかみからは、光沢のある赤みがかった角が生えていた。
 当然、その人となりを私は知らない。だけど、相当良いご身分の人間だということは、デズモンドの反応で分かる。

「くっ……し、失礼する!!」

 沈黙が「赤獅子亭」を支配する中、男性客の手を強く振り払ったデズモンドが、逃げるように扉を押し開けて出ていく。
 突然の騒動の決着に、当事者である私自身も、どこから状況を整理すればいいのか分からず、ぽかんとする他なかった。
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