バーから始まる異世界転生~お貴族様だろうと大商人様だろうとアルハラはお断りです~

八百十三

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第8話 ベンフィールド伯爵の悪癖

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 その週の金の日、朝の11時五分前。
 いつものジャンパースカート姿ではなく、少しシルエットの細いドレスに身を包んだ私は、「赤獅子亭」の前に佇んでいた。
 勿論、パーシヴァルさんと合流して酒席に向かうためだ。さすがに酒場で仕事をする時の服装で、お貴族様の酒会に行くわけにはいかない。タニアさんに聞いたら、同伴の時用に持ってるドレスがあると教えてくれたのだ。
 落ち着けない私がきょろきょろと辺りを見回していると、町の中心街の方から一台の幌馬車ほろばしゃがやってくる。それは店の前に止まると、幌の内側からパーシヴァルさんが顔を覗かせた。

「こんにちは、リセ。待たせてしまったかな」
「いいえ、大丈夫です。これから向かいますか?」

 幌を上げながら笑うパーシヴァルさんに声をかけながら、私は一歩前に進み出る。
 彼は小さく頷くと、私の座る場所を空けつつ手を差し出してきた。

「ああ、行こう。さあ馬車に乗って」

 手袋のされたその手を取って、馬車のステップを踏む。硬いスプリングがぎしりとなって、私の体重を支えた。座面には柔らかいクッションが置かれている。お尻が痛くならないように配慮されているのは流石だ。
 御者の人が馬に指示を出して、馬車が走り出す。幌を下ろしながら一息つくパーシヴァルさんに、私はそっと問いかけた。

「今回の酒席を催すっていう、ベンフィールド伯爵って、どんな人なんですか?」

 私の言葉に、パーシヴァルさんが微笑みながらこちらを見つめてくる。
 彼曰く、フルネームはメレディス・ベンフィールド。ベンフィールド伯爵家の当主であり、種族は熊の毛耳族ファーイヤーズ。王都クリフトンを中心にした領内の、財政管理を任されているらしい。
 市内の酒場や食料品店にも顔が利き、彼との酒席の場は重要な政治の場なのだそうだ。

「酒好きで明るく朗らかな、毛耳族ファーイヤーズらしい男だ。大人数で酒席を共にすることを好む、賑やかな男だと言えるね。人当たりもいい……ただ」
「ただ?」

 話しながら、パーシヴァルさんの表情が僅かに曇る。同時に言葉を切った彼に、首を傾げつつ問いかけると。小さく頭を振りながら、彼は言った。

「酒を飲み進めると、所作が乱暴になるのが玉にきず、かな」

 その、迂遠うえんな発言に、目を細める私だ。
 所作が乱暴になる、そういう言い方をすれば丁寧なようにも思うが、要するに酒が入ったら容易に手が出る乱暴者、ということだ。

「パーシヴァル様」
「なんだい」

 なので私は問いかけた。この場は馬車の中、御者の人は前にいるけれど、その人もコンラッド家の人間だろう。躊躇する理由はない。
 返事を返してくる彼に、ずばりと切り込んだ。

「それ、遠回しな表現だったりしません?」

 私の言葉に、彼が目を小さく見開く。その目が再び細められると、パーシヴァルさんの首が小さく傾いた。

「さすが、鋭いね、リセ」
「やっぱり……」

 その返答に、肩を落とす私。予想通りすぎて脱力すらする。
 地球にだって結構いたものだ。酒が入ったら怒りの沸点が下がって、すぐに手が出てくるような人間は。私もそういう奴にぶん殴られて異世界転生したんだし。
 そういう人間は、カッとならなければ楽しい人だし、場を盛り上げることが多いから飲み会では喜ばれる。とはいえ、周囲の人間が「いつプツンと行くか」と怯えつつ飲むことになるのも事実だ。
 まぁ、そのメレディスさんがどんなタイプの酒飲みか、にもよるけれど。これで気軽にセクハラもかましてくるような酒飲みだったら救えない。

「どうして分かったんだい、ベンフィールド伯が酒乱しゅらんだと」

 呆れる私に、不思議そうにパーシヴァルさんが問いかけてきた。
 彼の顔を見上げるようにしながら、私は目を細めつつ答える。なるべく、笑顔に見せるように心がけることも忘れない。

「パーシヴァル様はお優しい方ですから。他人の大きな欠点を悪しざまに言うほど、容赦のない方ではありません」
「やれやれ、まだ二週間弱だというのに、私は随分君に見られていたものだ」

 私の言葉に、彼は苦笑を浮かべながら肩を竦めた。
 話している間にも、視界の横では景色がどんどん変わっていく。私はこの二週間ほどの間、三番街通りと二番街の市場くらいにしか行ったことが無かったから、もうこの辺りは王都のどの辺りなのかも分からない。
 幌馬車の背もたれに寄り掛かりながら、パーシヴァルさんが深くため息をついた。

「まぁ、ね。酒に酔うと、彼はよく手が出てくる。叩く、張る、蹴る……殴るまでは、私も見たことが無いけれど」
「あー……そういうタイプですか」

 彼の力ない言葉に、私も一緒になって背もたれに身体を預けながら応えた。
 なるほど、結構悪質な奴だ。殴るまでしていなくても、蹴ったり叩いたりしている時点でよろしくない。人間に対してそうしているならもっとよろしくない。
 これは一筋縄での攻略ではいかないかもしれないなぁ、なんて思っていると、私の肩に手を置きながら、パーシヴァルさんが笑った。

「ああ、私も極力、君に被害が及ばないようにするけれど。もし君がその現場を目にしたら、思いっきりやっつけてくれて構わない」

 その言葉に、思わず私はパーシヴァルさんの顔を見つめた。肩に置かれた手を払うことも忘れて、驚きを露わにして口を開く。

「いいんですか?」

 そう、普通ならあり得ないことなのだ、客であり一般人の私が、パーティーのホストである貴族をやっつけるなどと。本当だったらやっつけた途端に、パーシヴァルさんによってつまみ出されてもおかしくないだろうに、彼はそれを許容するどころか、認めている。
 見開いた私の目をその青く澄んだ瞳で見つめ返しながら、パーシヴァルさんは小さく笑った。

「いいんだ。この世界は存外、君のように物怖じせずに進言できる人間を、求めていたのかもしれないから」
「……?」

 その、含みのある言い方にますます私が目を見開く中。
 静かに馬を操っていた御者の人が、ベンフィールド伯爵邸への到着を告げてきた。



 幌馬車を降りると、大きな屋敷の玄関で豪華な服を身に付けたが、私たち二人を出迎えた。
 そう、熊である。後ろ足で立ち上がった熊である。つまりは彼が、この酒席の主催者、メレディスさんだ。

「ようこそ、パーシヴァル!」
「久しぶりだね、メレディス」

 年の頃は四十後半と言うあたりだろう、バリトンボイスを響かせながら彼はパーシヴァルさんの肩を抱く。パーシヴァルさんの方も近くに寄られて、それを拒絶する素振りはなさそうだ。
 別に、仲が悪いとかそういうわけではないのだろう。にこやかに笑いながら、とても親し気に話しかけている。

「久しぶりだとも、こいつめ。私からの誘いを何度も断りやがって」
「はは、すまない。どうしても都合が合わなくてね」

 メレディスさんがパーシヴァルさんの肩を抱いたまま、頬を小突く。
 随分と人懐っこいというか、おおらかというか。なかなかに人との距離が近い人物のようだ。そういうところも、財政管理には都合がいいのだろう。
 パーシヴァルさんが彼の腕を外しながら、私へと手を差しだしてくる。

「メレディス、こちらが私の、今日の同伴者。覚醒者のリセ嬢だ」
「初めまして、メレディス様」

 紹介された私は、ゆるやかにメレディスさんへと頭を下げる。と、私に向かって大きく頷いた彼が、興味深そうに笑った。

「ほーう……? その顔には見覚えがあるぞ、三番街通りの『赤獅子亭』で働く女中だな」
「はい、仰る通りです」

 彼の言葉に、私は素直に頷いた。別にここで否定する理由はない。彼もきっと、私が『覚醒』する前に赤獅子亭に来ていたのだろう。
 するとメレディスさんの手が、私の肩をぽんと叩いた。そのまま振り返って屋敷の扉を開ける。
 少しよろける私をパーシヴァルさんが支える中、彼は私達を屋敷の中に招き入れながら笑った。

「そいつはいい、後でしゃくでもしてもらおうかな。はっはっは」

 そう言いつつ、私達二人を中へと招くメレディスさん。促されるままに屋敷の中に立ち入ると、彼はそのまま扉を閉めた。まだまだ来客はあり、出迎えの必要があるのだろう。
 扉の中に控えていたベンフィールド家のメイドさんにパーティー会場へと案内されながら、パーシヴァルさんが小さく息を吐いた。

「あいつ……まったく」

 そのため息は、明らかに呆れを含んだそれだ。私を小突いたこともそうだろうが、あのセクハラとも取られかねない発言。友人としても、悩ましいのだろう。
 彼の後ろをついて歩きながら、私はパーシヴァルさんに問いかける。

「パーシヴァル様、メレディス様のあれは、性質の悪い冗談・・・・・・・だ、と捉えてよろしいのですよね?」
「勿論だとも。彼も本気で、客に酌をさせようなどと思ってはいないさ……いや、そうだと思うけれど、うん」

 答えながらも、しどろもどろになるパーシヴァルさん。きっと頭の中で、随分悩んでいるに違いない。
 そうだろう、ああいう振舞いを客に対してする人間だ。貴族としての驕りも多分に含んでいるだろうが、褒められたものであるはずがない。
 パーティー会場である広間に通されて、メイドさんを見送ったパーシヴァルさんが、私にそっと耳打ちする。

「リセ」
「はい」

 私も声を潜めながら、彼の言葉に応えた。それを確認して、パーシヴァルさんが真剣な面持ちになる。

「そうならないことを願っているが、馬車の中で話したことに付け加える。あいつなり他の招待客なりが君に酌を強要した・・・・・・場合でも、やっつけて構わない」

 その表情を見るに、彼は本気のようだ。本気で、私に「何かあったら手を出していい」と言っている。
 有り難い話だ。私も変に気を使わなくて済む。

「承りました」

 静かに返事をして、私は口元にはっきりと笑みを浮かべた。
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