バーから始まる異世界転生~お貴族様だろうと大商人様だろうとアルハラはお断りです~

八百十三

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第20話 運命の査察

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 翌日、「赤獅子亭」の中は言いしれぬ緊張感に包まれていた。
 いよいよ外務庁の人々が査察のために店を訪れる。聞けば、総勢18人。店のテーブルを全て使う勢いでやってくるのだそうだ。
 タニアさんも今日はカウンターの中から出て、緊張の面持ちで店の入口付近に立っている。爪をしまった彼女の手が、小さく震えていた。

「もうそろそろ、来る頃合いですよね……」
「昼の1時から、と聞いているわ。だからもう……」

 私も、彼女も、今日店に入っている女中も、調理担当も。全員がしきりに壁の時計に視線を向けている。一分一秒が、やけに長い。
 そして昼の1時、長針が時計の天辺に来てから少し過ぎた頃。入口の扉がゆっくり開かれ、鱗耳族スケイルイヤーズらしき・・・身なりのいい男性が入って来た。
 「らしき」と言ったのは他でもない、タニアさんが毛耳族ファーイヤーズながら虎を二足歩行させた姿をしているのと同様に、目の前の男性は全身を鱗に覆われ、竜を思わせる頭部を持っていたからだ。初めて会った、このタイプの人。

「お邪魔いたします」
「い、いらっしゃいませ!」
「「いらっしゃいませ!!」」

 眼鏡を直しながら静かな声で告げる竜の人。タニアさんが頭を下げつつ出迎えるのに合わせて、私達も一斉に声を張り、頭を下げた。
 開いた扉から次々に入店してくる外務庁の方々。勿論、パーシヴァルさんもその中にいる。全員が入ってきて、店の扉が閉まったのを確認してから、竜の人が小さくうなずいた。

「ふむ、皆さん元気があって大変よろしい。本日はよろしくお願いいたします」
「ご足労いただき感謝いたします、マキーヴニー侯爵閣下」

 彼に対し、タニアさんが丁寧に頭を下げる。マキーヴニー侯爵。つまりこの人が、外務庁長官、デイミアン・マキーヴニー侯爵だ。客としての応対ではなく、役人としての応対。だからいつもの「卿」呼びではない。
 デイミアンさんがタニアさんに、彼女が顔を上げるのを確認してから口を開く。

「貴女が、店長代理のタニア・ラーキンズ殿ですね。失礼ですが今のうちに確認させていただきたい」

 話しながら彼は視線を巡らせた。タニアさんの後ろ、居並ぶスタッフ達を見回して、言う。

「リセ・オーギヤ殿は、どちらに?」

 その言葉に全員が目を見開いた。
 それもそうだ、手紙は貰っているが私は彼とは初対面。件の女中が誰か、確認するのは当然だろう。
 私は一歩前に進み出た。デイミアンさんに頭を下げつつ、背筋をピンと伸ばす。

「私です、閣下」
「ほう……」

 彼の前に立つ私を見て、デイミアンさんが小さく息を吐いた。私の姿を頭から爪先までさっと見て、表情が読み取りにくかった瞳が僅かに細められる。

「意思の強い瞳をしていらっしゃる。聞けば、ベンフィールド伯爵の催した酒席で彼と相対したのも貴女だとか。此度の働きに、期待していますよ」
「ありがとうございます、よろしくお願いいたします、閣下」

 激励の言葉に、もう一度頭を下げる私だ。そこまで言葉をかけられたのなら、頑張らないわけには行くまい。今回も、その次の機会も。
 私が再びタニアさんの後方に下がるのを確認して、デイミアンさんが真剣な顔つきに戻った。

「よろしい。それでは、査察を始めさせていただきます」

 その言葉に、私達全員の表情が引き締まった。いよいよ始まる。
 店内にはいつもの丸テーブルが八つ、等間隔に並べられている。普段はもう少し感覚を狭め、ある程度乱雑に置かれるテーブルだが、揃っているだけでも雰囲気が変わる。
 店内の奥、カウンターの前に立ちながらデイミアンさんが話し始めた。

「本番は王家主催パーティーの形式に沿い一テーブル四名着席で行いますが、今回の査察は設備の問題もございますので、一テーブル二名着席で行わせていただきます。女中の皆様は各々テーブルの傍に控え、料理の配膳、飲料の提供を行っていただきます。普段のお仕事とは異なり立ってお客様の相手をする形になる上、お客様は皆様に目を向けてくださいません。その点を踏まえた上で、お相手をお願いいたします」
「「はいっ!」」

 彼の言葉に、女中が再び声を張った。
 パーティーの際は女中が積極的に話すことはしない。お客様とお客様が話をし、女中はその会話が円滑に進むようにサポートするのが役目だ。テーブルのそばに控えている点を除けば、地球のウェイトレスの動きに近いだろう。
 料理もレストランのコース料理のように、決められた内容のメニューが決められたタイミングで供される。普段とは違う動きが求められるが、注文を取る必要があるのは飲み物についてだけ。まだ気は楽だ。
 調理担当は厨房に入り、私達も予め決められたテーブルのそばに立つ。それを確認したデイミアンさんが、外務庁の人々に声をかけた。

「それでは職員一同、決められた通りの割り振りで着座してください」
「「はい」」

 その声に従い、各テーブルに二人ずつ着席していく。うちの店のテーブルはあまり大きくないから、これが限界だ。
 そして私は目を見張った。私の担当するテーブルに、パーシヴァルさんが座ったのだ。もう一人は弓耳族ボウイヤーズの男性。名前は知らない。目にも入らない。

「(パーシヴァルさんが、普段お店で見せたことのない表情をしている……あんなに真剣そうに)」

 私の目はパーシヴァルさんが見せる表情に吸い寄せられていた。
 澄んだ瞳がうっすら細められ、視線が手元に落ちている。磨かれた指の爪が天井のランプの灯りを反射している。頭から生えた角にはめられた金属のリングも同様だ。テーブル上に並べられたワイングラスに、整った顔が薄っすらと映っている。
 普段のカジュアルな装いとは違う、本気の、フォーマルな装いのパーシヴァルさんだ。
 と、彼の視線が不意に私の方に向く。

「リセ」
「えっ?」

 呼びかけられた。こんな時に? 戸惑った私の反応が数瞬遅れる。そしてパーシヴァルさんは、うっすらと、しかし確かに私に笑いかけた。

「心配はいらない、いつもどおりにやればいい」
「あ……」

 かけられた優しい言葉。少しだけ言葉が詰まった。それを飲み込んで、私は小さく目を細める。
 そうだ、気心の知れた相手がそこにいる。いつも通り、落ち着いて仕事をすればいいだけだ。口元が言葉を形作る。

「……ありがとう、ございます」

 微かに吐き出された言葉が、私の耳に届いた時。その言葉をかき消すくらいの大きな声が、厨房から放たれた。

「前菜が出ます、各テーブル、どうぞ!」

 その声を聞いて、それぞれのテーブルに付く女中が一斉に動いた。厨房から皿を二つ受け取り、それぞれのテーブルに持っていく。私も他の女中に遅れないよう、料理が綺麗に盛られた皿を席に持っていき、いつもより丁寧に二人の前に置いた。

「お待たせいたしました、鴨肉の燻製 オレンジソースでございます」

 料理を出す際に、料理名も忘れずにお伝えする。皿の上では薄切りにされた鴨の胸肉の燻製が、揺らめく波のように盛り付けられ、添えられたオレンジのソースが彩りを添えている。
 普段この店では出ないような、本格的に盛り付けられた料理。パーシヴァルさんももう一人の男性も目を見張っていた。

「ほう……」
「これはなかなか」

 料理の美しさに目を奪われる二人。と、パーシヴァルさんが振り返って私の方を向いた。

「失礼。本日のワインは、何が?」

 ワインの要望だ。早速来たかと内心で思いながら、私は簡潔に説明をしていく。

「本日は、白ワインにアリンガム領産の『アベリア』、赤ワインにチェシャー領産の『ローズクォーツ』をご用意いたしております」

 「アベリア」に「ローズクォーツ」、どちらもうちの店では最上級のワインだ。王宮のパーティーで並ぶような最高級ワインに比べたらグレードは落ちるだろうが、それでもかなりいいお値段がついている。
 今回はワインとの相性も考えて、料理長がタニアさんと一緒にメニューを考えたのだ。間違いなくどちらにも合う。

「なるほど。では私は赤を」
「私は白で」
「かしこまりました、ご用意いたします」

 パーシヴァルさんともう一人がそう私に告げる。一礼した私は厨房へと向かい、ワインを取りに行った。
 そこからは矢継ぎ早に厨房から声が飛んで、それを受けて私達も動く。

「スープ出ます、どうぞ!」
飯物はんもの出ます、どうぞ!」

 南瓜の冷製ポタージュ。
 とうもろこしと人参をたっぷり加えたピラフ。
 見栄え重視で味もしっかり整った料理が、厨房から次々に飛び出してくる。それらに外務庁の人々は目を奪われ、舌鼓を打った。カウンターに目をやれば全体の確認をしているデイミアンさんと、彼の隣で記録を取る弓耳族ボウイヤーズの女性が、同じ料理を食していた。彼らもどことなく楽しそうだ。
 そして、次の料理。いよいよメインディッシュだ。

「メイン一つ目、出ます! どうぞ!」

 厨房から飛び出す声に、女中達の表情が引き締まる。ここからはいよいよ料理の主役がやってくる。
 私は先程までよりも気持ち丁寧に運びながら、二人の前にうやうやしく皿を置いた。ソースで彩られた皿の上で、桜色を帯びた魚の身が輝きを放っている。

「お待たせいたしました、本日のメインディッシュ一皿目、リーランド領産サーモンのステーキ バターソースでございます」
「ほう!」
「リーランド領産のサーモンとは」

 供された料理の素材に、男性二人ともが声を上げた。リーランド領のサーモンはラム王国内でも五指に入る高級魚だ。それを贅沢に分厚くカットし、ステーキにしたのである。
 パーシヴァルさんがナイフを取り、サーモンの身に当てる。ふわりと柔らかく焼かれたその身が音を立てずに切れていった。切った身を口に運んだパーシヴァルさんともう一人が、満足そうに目を見張った。

「ん、これはいい」
「なかなかの美味ですな……」

 そこからは二人とも、ほぼ無言になりながらステーキを食べていった。身を切り、口に運び、咀嚼して飲み込み、また身を切り。パーティーを想定しているというのに、会話がおざなりになっている。いいのだろうかと思いつつも、なんだか嬉しかった。
 二人が感嘆の息を吐いたところで、私はそっと声をかける。

「ワインのおかわりはいかがいたしますか?」
「ふむ……赤と白、どちらがおすすめだろうか?」

 私に問いかけてきたのはパーシヴァルさんではない、もう一人の男性の方だ。その言葉を聞いて、パーシヴァルさんが目を見張る。
 ほう、と内心で声を漏らした。パーシヴァルさんだったら私に問うまでもなく、自力で答えを導き出すだろう。いや、もう一人の男性が酒に明るくない人かどうかは、この際どうでもいい。
 こうした給仕の際、客からの質問に的確に答えるのもスタッフ側の役目だ。本当ならソムリエに相当するワインに詳しい人が出て来て紹介なりするだろうが、こんな異世界でそこまでは言っていられない。私が回答しなくてはならないのだ。
 にこやかに笑いながら、私は明瞭な声を発する。

「このサーモンステーキで頂くのでしたら白が、次に参りますお肉料理で頂くのでしたら赤が、それぞれおすすめでございます。お召し上がりになるタイミングで変えられるのがよろしいかと存じます」
「なるほど……」

 私の答えに、男性が満足したようにうなずいた。そこから二人ともが赤ワインを注文し、新しいグラスに私がワインを注いだところで、次の声が厨房から飛ぶ。

「メイン二つ目、出ます! どうぞ!」

 ワインを提供してから私は厨房へ。そして受け取った料理の皿を、空になったサーモンステーキの皿と取り替えながら説明をする。

「こちら、メインディッシュ二皿目のチェシャー領産ブドウ牛の赤身肉を用いました、牛肉のトマト煮込みでございます」

 置いた皿の上には、ホロホロになるほどに煮込まれた牛のブロック肉がトマトスープに浸るようにしてたくさん転がっていた。食材名を聞いたパーシヴァルさんがおっと声を漏らす。

「ブドウ牛か……!」
「これは、いいものを贅沢に使っている」

 チェシャー領はワイン醸造で有名な地域だが、良質な牛を育てることでも知られている。ワインを作る際に残ったブドウの絞りカスを食べさせて肥育したブドウ牛はラム王国でも一番の名物だ。なんでも、地球のどこかから来た「覚醒者」がこの肥育方法を考案したのだとか。きっと現代地球出身の人なのだろう。
 トマトソースで煮込まれた牛肉には、当然ワインがよく似合う。酒を飲み進めつつ食事をして、だいぶお腹が落ち着き、和やかな空気が広がったところで。また厨房から声が飛んだ。

「甘味出ます、どうぞ!」

 いよいよ最後の一品、デザートだ。実は私は、密かにこの時を楽しみにしていた。満面の笑みを二人に向けながら、料理の説明をする。

「お待たせいたしました、お料理の最後の一品。レモンケーキと紅茶でございます」
「レモン……」
「ケーキ……!?」

 聞き慣れないだろう甘味の名前に、二人が驚きを顕にした。
 二人の前にあるのは、長方形にカットされたいわゆるパウンドケーキだ。それが二切れ、皿にはブルーベリーソースとミントが添えられてある。
 ケーキをフォークでカットし、口に運んだ両名が目を見開いた。

「ほう、ほうほう。これは」
「ケーキ生地にレモンが練り込まれているのですね、なんと爽やかな」

 レモンケーキはパウンドケーキを基本とし、そこに皮ごとすりおろしたレモンを加えて作るケーキだ。日本だとまさしくレモンの形に焼かれ、アイシングをされた焼き菓子の方が印象強いが、こちらのレモンケーキもよく作られて地球では有名だ。
 そう、地球では・・・・

「リセ」
「はい」

 ケーキを一切れ食べ終えたパーシヴァルさんが私の方を振り返る。それに私がにこやかに返すと、彼は困ったような笑みを浮かべながら私に手招きした。
 屈んで顔を近付ければ、彼がこっそり耳打ちしてくる。

「個人的な質問で申し訳ないのだが、このケーキは、君が?」
「えへへ。私が発案したんですよ。昔こんな感じのケーキを作ったことがあったので」

 私も声を潜めながら、パーシヴァルさんにそう答えた。
 今回のメニューは料理長とタニアさんが考えたのは勿論だが、私もちょっとだけ案を出したのだ。いくつか案を出した中で二人に気に入られ、採用されたのがこのレモンケーキである。
 アーマンドではフルーツはフルーツで、ケーキはケーキで食べるというのが一般的で、日本ではよくあるフルーツをあしらったケーキというのは殆どない。このレモンケーキのように、一見ケーキだがフルーツがふんだんに入っている、というものは珍しいのだそうだ。
 満足してくれた様子の二人に、私は背筋を伸ばして深く礼をする。

「以上で、本日のお料理は全て出揃いました。お酒につきましてはお呼びに応じてご提供させていただきますので、お気軽にお申し付けください。どうぞごゆっくり、お過ごしくださいませ」

 その礼に、礼の言葉に、パーシヴァルさんももう一人も嬉しそうに微笑んだ。

「ほう……」
「なるほど……」

 顔を上げて、二人の顔を見た私はキョトンとするしかない。なんか、予想していた以上に好意的に受け取られた気がするぞ。
 そのまま十数分ほどをお酒や紅茶の給仕に使っていると、カウンターに座っていたデイミアンさんが立ち上がった。パンと両手を打ち鳴らす。

「……はい、時間です。皆、飲食の手を止めてください」

 その言葉に、全員が酒や茶を飲む手を止めた。店全体を見回しながら、デイミアンさんが厳粛に話し始める。

「以上で査察は終了です。『赤獅子亭』の皆様、お疲れさまでした。結果については明日にこちらに伺いましてご連絡いたします。問題なしと判断されました際には、お伺いした際にパーティー当日の流れや詳細をお伝えいたします」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」

 彼の言葉に、タニアさんがカウンターの中から出てきて頭を下げた。今日はこれでおしまい、結果は明日に伝えられる、とな。
 その言葉を聞いて、女中達もほうと息を吐き出した。とにかく、最後までやりきることはできたのだ。
 デイミアンさんの合図に合わせ、外務庁の17人が席を立つ。パーシヴァルさんが私に微笑みかけながら、無言のままで店を出ていった。最後、最後尾についていたデイミアンさんが、私達に頭を下げる。

「それでは、失礼いたします」

 そう言い残して、彼は店の扉をくぐり、パタンと閉じて出ていった。
 今日はこれでおしまいだ。まだ日は高いから店を通常で開けてもよさそうだが、それは私が判断することではない。
 ヘナヘナとカウンターの椅子に腰を下ろすタニアさん。彼女のそばに寄りながら私は口を開いた。

「……大丈夫ですかね」
「大丈夫よ。大丈夫……私は皆を信じているわ」

 私の言葉に、タニアさんが力ない声で答える。ここまで疲弊しては、店を開けても大したことは出来ないだろう。私は割り切って、自分のついていたテーブルに残っていた食器を片付け始めるのだった。
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