真夜中に愛猫とキスを

八百十三

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第2章 低次元存在との交錯

第11話 わらびの誘惑

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 あの時から、明らかにわらびの態度が変わった。
 前は俺に対してそんなに甘えてくるような性格じゃなく、もっとすました感じの猫だったのに、俺と契約してから随分甘えて、すり寄ってくるようになった。

「ご主人様ー」
「断る」

 今も俺が夜の仕事を終えて夜中、アパートに帰宅するやいなや、人化して俺の手を引いて寝室に連れ込もうとしてくる。目的なんて明確だ。以外にない。

「ひどい、私まだ何も言ってませんよ」
「聞かれなくても分かるに決まってるだろ、ほら」

 文句を言ってくるわらびに、俺は彼女の頭を抱き寄せる。そして深く口付けを交わした。
 先日に猫の姿のわらびとディープキスをした時と違って、人間らしい舌だ。だからすべすべとしていて、絡み合わせても痛くない。
 キスならまだいいのだ。このくらいならそんなに抵抗を覚えることもない。しかし、となると話は別だ。
 唇を離すと、とろんとした表情でわらびが息を吐く。彼女の顔を両手で挟みながら、俺は淡々と告げた。

「いいかわらび、俺は普通に人間の女の子が好きだし、ちゃんと恋愛した子とそういうことをしたいんだ。わらびは家族だし大事だけど、そういう相手じゃないって、何度も言ってるだろ」

 俺の言葉に、眉尻を下げて困った表情を作りながらわらびが言い返した。

「でも、フレーデガルからも逐一言われてるじゃないですか、『さっさと三次契約済ませておかないと、この先つらいぞ』って」
「分かってる、分かってるんだ、それは」

 彼女の言葉に、俺も言葉に詰まりながら返す。
 実際、六反田からも帰り際に言われたのだ。「さっさとキネスリスとヤって、三次契約済ませておけよ。最悪死ぬぞ」と。

「契約のグレードが上がるほど、使える能力は多くなるし、能力行使にかかる消耗も減らせる……それがこの先、課長や俵積田さん、七五三掛社長を相手するのに、大事だってのも分かってるんだ」
「そうですよ、今回の切除対象……ええと、小飯塚さん? 私も昨日初めて見ましたけれど、あれは見るだけでも危ないレベルですよ。一次契約ではとても太刀打ちできません」

 俺が話すと、わらびも俺へとうなずきながら心配そうに言ってきた。
 実際、真実視の能力に目覚めたから、小飯塚課長や俵積田部長がどれだけヤバい存在なのか、というのも体感で分かる。
 あれは、下手に関わったら文字通り命に関わる。能力を行使したまま前に立つだけでも心が削られるのだから。
 六反田があそこまで三次契約を勧めてくるのだ。必要なのは分かる。だが、しかし。

「だとしても、俺はわらびとをするのは……気が引ける」
「むー」

 俺の申し訳無いように話す言葉に、口を尖らせながら困ったようにうなるわらびだ。しばらく口元に指を当てて考え込む彼女が、ふと思いついたように俺の股間に視線を向けつつ言う。

のもダメですか?」
「もっとやだ」

 彼女の言葉に、げっそりしながら俺は返した。
 なるほど、確かにのでも、体液のやり取りは出来る。だがそれはそれで、アブノーマルというか何と言うか。わらびに自分のモノをしゃぶってもらうというのにも抵抗がある。
 俺がどうにも抵抗感を拭えないでいるのを見て、わらびが困ったようにため息をついた。

「しょうがないですね……とはいえ、このまま一次契約を維持して、ご主人様が力尽きてしまっては本末転倒です」

 腰に両手を当てながらわらびが零すと、彼女はおもむろにキッチンに向かった。そして洗いかごに置かれているペティナイフを取り上げながら、真剣な表情で言う。

いたしましょう、ご主人様」
「二次契約……」

 わらびの発した言葉を、俺は繰り返すように言う。
 二次契約。そういえば昨日にわらびが説明してくれた中に、そんな用語があったはずだ。

「あの、血をあげるってやつ?」
「そうです。ご主人様の血をいただきます……が、それだけではありません」

 俺が問いかけると、わらびはこくりとうなずいた。だが、一度言葉を区切ってから彼女は殊更に真剣な顔つきで告げる。

「私の
「えっ」

 血を差し上げる、そう言いながらわらびがペティナイフの刃を、押し当てた。
 安物のペティナイフだ、そこまで切れ味がいいわけでもないけれど、しかし刃物。当然やろうと思えば皮膚くらい切れる。
 わらびの手がさっと動いた。ペティナイフを引くようにすれば、色白な彼女の皮膚が切れる。血管も同時に切れて、赤赤とした血液が手首から溢れ出した。

「んっ」
「ちょっ、何して――!?」

 唐突な自傷行為、しかもリストカットという下手したら死にかねない行為だ。俺が驚いてペティナイフを握るわらびの手を押さえると、彼女はゆるゆると首を振りながら俺に切った手首を差し出してきた。

「命に別状はありません、大丈夫です。さあご主人様、この血を飲んでください」
「の、飲むって……」

 淡々と話す彼女の言葉に、戸惑う俺だ。
 血液はどんどん溢れてきている。色合いが明るいからきっと動脈の血だろう。こんなに血が出ていたらわらびの命だって脅かされそうなものなのに、しかし彼女は平然と立っている。
 俺の口元に向かって、手首と血を押し付けるようにわらびが一歩前に出る。そして強い口調で俺に言ってきた。

「ご主人様がこの先のお仕事を行うためには、これが必要なんです。本当は三次契約をしたいですが、許可を頂けない以上やむをえません」

 彼女の言葉に、ぐ、と奥歯を噛む。ここまでされた以上、契約を結ばないという選択肢はどうしても取れない。それに俺がどうしても三次契約を結びたがらない現状、二次契約で妥協する以外に方法はないのだ。

「う……えぇい、どうなっても知らないからな!」

 覚悟を決めて、俺はわらびの手首に吸い付いた。口の中に鉄の味が広がる。猫で、四次元世界の住人のわらび。その血を飲んで果たして大丈夫なのかという思いも当然あったが、今更な話だ。
 口の中に流れ込む血を、ごくりと飲み込む。俺の喉が動いたのを確認したわらびが、ふと俺の左手に触れた。

「ありがとうございます。では……左手、失礼いたします」

 そう言うや、わらびの右手に握られていたペティナイフの刃が俺の人差し指に押し当てられる。そのまます、と刃が動かされ、俺の指が薄く切られた。
 指の腹にぴりっと痛みが走る。

「うぅっ……!」

 その痛みに俺が顔をしかめると、わらびがペティナイフをキッチンのシンクの中に置いた。そして右手で俺の左手を取り、人差し指を自分の口に入れた。
 指が舐められ、血を吸われる感覚がある。このくらいの血で十分だというのなら、わらびがリストカットするのはやりすぎではないかとも思うのだけれど。
 ともあれ、血の交換は行われたわけだ。わらびが俺の指から口を離して言う。

「はい、ありがとうございます。二次契約、締結いたしました」

 その言葉に、俺はわらびの手首から口を離した。見れば血は既に止まっており、それどころか手首の傷もふさがっている。まるで先程のリストカットが嘘のようだ。
 ぽかんとする俺に背を向けて、わらびがペティナイフに付いた血を洗い始める。戸惑いながら、俺はわらびのすらりとした背中に声をかけた。

「これで……何か変わった、のか?」
「はい、大いに」

 俺の問いかけに、小さくこちらを振り返ったわらびがうなずく。
 スポンジに洗剤を取り、泡立ててからペティナイフの刃を念入りに洗う。そして水で洗い流し、洗いかごに入れてから、水を止めてわらびが再び話し始めた。

「まず、ご主人様の身体には高次元存在の血が混じりました。その血が守りとなり、ご主人様を他次元存在の発するから守ってくれます」

 その言葉に俺は小さく目を見開いた。
 今までの一次契約の状態では、小飯塚課長や俵積田部長の姿を、真実視の能力を行使したままでは直視できなかった。あまりにもおぞましいと言うか、恐ろしいと言うか。見ていたらやばい、と本能で察していたのかも知れない。
 それでは、など出来ようはずもない。

「それは……助かる」
「だからフレーデガルも三次契約を勧めたんですよ、三次契約なら波動を意味のないものに出来ますから」

 俺の言葉に肩をすくめながらわらびが言った。なるほど、そういうことなら執拗に三次契約を勧めてきたのも分かる。だからといってやるかどうかは別問題だが。

「あとは、ご主人様の場合……そうですね、『真実視』でより詳細な姿を見ることが出来ます。今までは概形だけしか見えなかったでしょうが、これからは体内に宿る別次元存在の姿、影響範囲なども見れます」
「へえ……」

 わらびの説明は続く。曰く、わらびことキネスリスの宿す真実視の能力は、メルキザデクが切除に特化しているのと同じように「視る」一点に特化しており、契約が上位になればなるほど視れるものの範囲が増え、上がっていくのだそうだ。
 ちなみに副次的な効果として、視力も上がっているらしい。試しにコンタクトレンズを外してみたら、コンタクトレンズが無いのに十分視界がクリアだった。地味に有り難い。
 俺がクリアな視界に感動していると、苦笑しながらわらびが口を開いた。

「それと、私と出来るようになります」
「うん……うん?」

 彼女の発した言葉に俺の動きと、思考が一瞬止まる。
 融合、とはどういうことだろうか。

「融合?」
「やってみますか?」

 俺がキョトンとしていると、わらびの手が俺の手を握った。指が絡められる。
 何がどうなるのか分からないでいる俺と見つめ合いながら、わらびが柔らかく微笑んできた。
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