枯れ落ちる花

塚口悠良

文字の大きさ
6 / 6

枯れて、落ちる

しおりを挟む
 目は覚めた。あっけないほどあっさりと。2時間くらいしか眠れなかった。起きたら朝、とかだったら笑い話にもなったかもしれないのに。スマホの電源を入れると優菜からの着歴で通知が埋まっていた。優菜は優しい。嫌になるほどに。あんなふうに出ていった私を心配してくれるなんて、そんなんだから、私みたいなのにおかしな感情を向けられるのに。

「ばかだなぁ、ほんと」

 もう一度電源を落としスマホをベッドに投げ捨てる。すると、急に家のインターホンが鳴った。

「え、嘘でしょ?」

 インターホンに近づいてディスプレイを確認すると優菜がエントランスに立っている。どうして? 私を追いかけてきたの? 呆然としているともう一度インターホンが鳴らされる。さすがに無視できずに出ると泣きそうな顔で優菜は言葉を紡いだ。

「美咲! 開けて! 話しよ⁉」
「話すことなんてない」
「あたしにはあるの! お願い、開けて‼」
「帰って」
「開けてくれるまでずっといるから!」

 いつもは見せない頑なな表情に少しおののく。こうなったら優菜はテコでも動かない。今既に迷惑をかけているのにこの上風邪までひかせたらもう優菜の顔をまともに見れないだろう。観念して解錠のスイッチを押す。

「……! ありがと‼」

 そっと玄関の鍵を開けて待つ。数秒後、優菜の足音がドアの前で止まるのが聴こえる。ゆっくりと深呼吸した後、玄関のチャイムが鳴らされる。それを聞いて、なんとか普段通りの声を出した。

「開いてる。入ったら?」
「お、お邪魔します」

 エントランスにいたときと打って変わって遠慮がちな態度にこちらもどうしていいか分からなくなる。廊下を抜けてベッドに座るとその前で優菜は立ち尽くしていた。

 やっとまともな感覚を得られた優菜に言うことなんてただ一つ。しっかりと、拒絶してあげなくちゃ。

「何しに来たの? バカなの?」
「ばか、かもしれないけど。それでも、美咲が泣いてるのほっとくなんて、無理に決まってる」
「泣くわけないでしょ。思い上がらないでたかがセフレが」
「っ……」

 私の言葉に心底傷ついたって顔をする。その顔が、心の底から腹立たしい。数いる友達の一人。さっさと切り捨てて彼氏と円満に幸せになってくれればいいんだ。そうすれば、いずれこの胸の痛みもなくなってくれる。すぐに忘れられる。そう、思うのに。

「大切な友だちが、泣いてるの。美咲は、たかがセフレなんかじゃない」

 追いすがるように言葉を投げかけられて、感情をせき止めていた何かが決壊する。感情が濁流になって全部が押し出される。どうして、どうしてあんたがそんなに必死になるんだよ。

「……セックスしてんだからセフレだろうが! 別にそういうことしないんだったらあんたじゃなくてもいいんだよ。あんただってそうでしょ? 私は、唯一無二の存在なんかじゃない。気づけたんだからちゃんと彼氏大事にしてあげなよ。優先すべきを間違えないで」
「違うよ。美咲はあたしの大切な親友。彼氏と天秤にかけられるわけない。ねえ、美咲。どうしたら笑ってくれる? あたし、美咲のためならなんだってできるよ」
「なんだって? よくそんな安請け合いできるね。だったら」

 優菜の身体を引っ張ってベッドに引き倒す。覆いかぶさるようにして勢いのまま唇を奪った。

「これからも私とセックスして? 彼氏には見せない顔を、私に見せて」
「美咲……」
「できないでしょ? ほら、帰って」

 そう言って優菜の手を引いて起き上がらせようとしたとき、急に視界が反転した。優菜の顔が視界いっぱいに広がる。私を見つめてくる瞳がどこまでも優しくて、頭がおかしくなりそうだ。

「帰らないよ。美咲が笑ってくれるなら、何でもするの。ね、しよっか?」
「……ばか。冗談に決まってるでしょ。もういいから」
「よくない。このまま帰ったら美咲と連絡取れなくなるでしょ? そんなの絶対いや。大丈夫。何も変わらないよ」

 優しく諭すみたいに紡がれる優菜の言葉に意識と感覚が蕩けていくのを感じる。どうして、こんなにも間違ってるんだろう。結局、これを拒む言葉を私は持ち合わせていない。

「優菜。私ね、優菜のこと大好きなの」
「うん。あたしも美咲のこと大好きだよ」

 きっと紡がれた言葉に編み込まれた気持ちは別物。だけど、どうしても心地よくて跳ねのけることが出来ない。この関係はいつまで続いてしまうんだろう。もうわからない。いつの間にか、飾っていた芍薬はばさりと崩れて枯れ落ちていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...