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大樹の癒し

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森の守り人?
その言葉に、ユナは聞き覚えがなく、首を捻りました。
頭を捻って考えているユナに、リーンゼィルはお構いなしに傷の手当てを始めます。

「ほら、染みるぞ」

そう言うと、リーンゼィルは容赦なく焦げ茶色の薬草香る綿を、ユナの頬の傷に押し当てました。

「え?あっ、痛っ」

「ボーッとしてるから、」

クスクス笑いながら、リィンゼルは慣れた手付きで薬を塗っていきます。

「っつつうう!」

キツイ香りの消毒液をベタベタ塗られながら、ユナは痛みに呻きました。
それから、軽く乾かして上からぺったりと葉っぱを張り付けられました。
随分と粘着力があり、簡単には剥がせそうにないです。

「ほら、終わったぞ」

リーンゼィルは、治療が終わると手早く治療道具を片付けるます。
痛みに呻くユナを置いて、彼は木製のカップの中に、まあるい壺にはいった黄金色の蜜をたっぷりと入れて、それから、温まったミルクをたっぷりと注いでやりました。
それをくるくると混ぜてからユナに差し出します。

「ほら、ミルクな。熱いから気をつけて飲めよ。」
「え?あっ、はい。」

ユナは、ふんわりと甘い香りの湯気の立つミルクを抱え込むようにして、持つと今更ながら、森がひどく寒かったことに気がつきました。
何度も冷ましながら甘いミルクを飲むと、ほんのすこしだけ心が癒されます。

「で、お前の名前は?」
「え?あっ、すみません。僕、名乗っていませんでした!
僕はユナです。治療ありがとうございました。」

「気にするな。名前は、ユナ…か。いい名前だな。」

「ありがとうございます。それにしても、うぅ、……!すごく染みますね」

「はは、そうだろ。この大樹の樹液の傷薬だ。
軽い傷位ならすぐに治る。」

薬を塗った箇所はとても染みましたが、先ほどの葉っぱがとれると信じられないことに確かに傷が塞がっているのです。

なにより大樹の樹液と聞いてユナはリーンゼィルの手を掴むと、顔を寄せました。
あまりの速さにリーンゼィルも驚いて目を丸くしています。

「っ!!それなら…」

「ぉ、おう、どうした?」

「疫病は!大樹の樹液で疫病は治るのでしょうか……?」

「疫病?」
「……っあ、えっと……その」

先程の勢いはなく、ユナはへなへなと椅子に座り込みます。

「お前、もしかして大樹に万能薬みたいな、そんな力があると思っているのか?」

「…、はい。
行商人の人がそう言っていたと友人が……他に方法も無かったんです。
だから…、」

「なるほどな、通りで最近侵入者が多いわけか。
その上、お前みたいな小さな子供までもがこの禁域に来るわけだな。
なるほどね。
しかも、この辺りに入れる行商人か、あいつくらいしか思いつかないんだが………奴に聞いて見る必要もあるようだな」 

「…奴?」

「まぁ、あんまりに気にするな。
それより、確かに大樹には傷を癒す力はある。
だが、疫病に効くか?となると、それは、また別の話だ」

「行商人の人は、何でも治せる万能薬になるって……色々村に売っていました」

「ふむ、そんな噂がまかれているのか。
となると、お前は…家族の誰かが、疫病にかかったのか…?」

「……」

ユナは静かに頷きました。

「そうか。わかった。
ユナ、着いてこい」



そう言うと、リーンゼィルはユナの手を引いて外にでました。

――――あぁ、僕は何か大変なことをいってしまったんだろうか?
――――どうしよう!?大樹から落とされるのかな?!
――――こんなところから落とされたら死んじゃう!!


内心、冷や汗をだらだら流しているユナを横目にリーンゼィルは複雑に交差された大樹の枝を迷わずに進んでいきます。

それから、しばらく歩いて、目の前には草の生い茂る何かの前に連れられました。

「リィンゼルさん、これは一体?」

ユナより少し大きくなんだか不穏な形をしていました。
リーンゼィルはお構いなしで、生い茂るった蔦を掴みます。


「ここの蔦を外して中を見てみな」

「っえ、あっはい」

そっと、ユナは言われるがまま。
その蔦を取り外して、それを見て尻餅をついてしまいました。

「なっ、何ですか…これは、一体?…」

それは、悲壮な苦痛を訴えた人の像でした。
随分と時が経ち苔も生えています。

「それは、…人だったモノだ。」
「人…、え?」
「どうにかこうにか、ここまで登ったんだろうが、
だが、それ以上は森は許さなかったようだ」

「リーンゼィルさんの…、家族ですか??」

「いや、全く知らん。」

「え?
ぁ、ぁあ、そうなんですね。」

「お前、森について本当になにも知らずに入ったんだな。」
「…、すみません。」
「いや、知識がないのは致し方ない。
俺達も大々的にはこの事を謳わない。

しかし、覚えておくといい。
この森は人を選ぶ。

里の外からの侵入者や迷い人は、この森の呪いにかかり、やがて石化するんだ。
コイツは苦痛の顔を浮かべているだろ?
この森にはそこら中にそういった奴らが点在している。
俺はせめて元の世界に帰そうと何度か試みて疫病の患者にも大樹の樹液や色々な薬を試してみた。
だが、結果はこの通りだ」

「この石は、迷い人?」
「恐らくはお前達と同じだったんだろう。
手に大樹の、欠片を持っている」

「……っ、本当だ。彼は薬が欲しかった?
あれ?リーンゼィルさんはなぜ樹液を使っているのに、呪われないのですか?」

「あぁ、それはな、俺はこの大樹の守り人だからだろう。
大樹とは共存共栄の立場にある。
だから、呪われないし病にもかからない。
こうなるのは侵入者や迷い人さ」
「侵入者、森に入る皆とこうなるんですか…」

―――ア、アンジェ達は大丈夫かな……?
早く…戻らないと


「まぁ、お前みたいな『子供』は、はじめてだからわからんが、大体入ってきた大人は、こうなる。
お前につかったこの薬。大樹の薬は、こういった類いの病には効果がないんだ。万能薬なんてこの森には存在しない。」

「っ、」

「治らない以上は、お前は少しでも長くその家族の元にいてやるべきだ」
 
リーンゼィルは諭すようにユナの肩を軽く叩きます。

「…でも、もうそんな時間が…」 

ユナは、この森に来るまでに数日以上を費やしました。
母の命は、いくら持つかなどもユナにはわかりません。

「………なら、鳥達で村まで送ろう。彼らなら数刻でたどり着けるだろう」

肩を落とすユナにリーンゼィルは、そう言って励まそうとしますが、ユナは思い出したかのように目を見開きました。

「あっ!?まってください!友達がまだ大樹の側に」
 
「友達?……………はぁっ!?お前一人じゃないのか?」

「す、すみません、僕一人だと到底…村からここまでたどり着けないです。だから」 

「あっ、……うん、確かに。お前ひ弱そうだもんな。
友人達か。…なら…急がないと不味いな…もうすぐで大禍時が来てしまう。」

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