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Episode02 巾木錦太郎
#05 絡むと絡む
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「俺は格好いい」
出たッ!
錦太郎は、この台詞でバズった。
つまりヤツの決め台詞。
もちろん僕ではなく俺。
野郎は、この台詞をのたまう時だけ一人称が俺になる。
俺は格好いいのが心底から当然なのだという顔をして。
長い前髪を、かき上げてから俺たちを見下ろしてくる。
ちくしょうが。
◇
俺は格好いいが出る少し前。
楓の元まで辿り着いた、俺。
錦太郎は言う。
「ふふふ。失敬。冗談だよ。冗談。僕は紳士だよ。無理矢理になんてネ」
と楓に視線を移して続ける。
「楓嬢には、これから僕を好きになってもらう。キスはそれまでお預け」
そっと楓の唇に添えて立てられた阿呆の右人差し指。
錦太郎の顔が、ゆっくりと楓の唇から離れてゆく。
突っ込んだ俺は拍子抜け。
握りしめた拳のやり場に困る。いや、マジ気にキスをするものだと思い込んでいたからこその振りかざした怒りの気が抜けていく。
一瞬の静寂。遠くからバスのドアが開く音が届く。続いてドアが閉まる音がしてバスの走り出す音。時が動き出す。
「君の名前は知らないが……」
と錦太郎。
続けて。
「君が隠れているのは知っていた。だから、かまをかけたんだが、思惑通りに突っ込んできてくれたね。……そうさ。君から楓嬢を奪えば、ね」
奪えばの先は分からない。
分からないが、少なくとも楓との恋人関係は継続したいようだ。いや、むしろ俺という邪魔者を排除して楓を真の彼女としたいようだ。その果てで結婚までするつもりなのだろうか。結婚前提だからな。
「俺は格好いい」
そうだ。
ここで僕ではない俺はの格好いいが出たわけだ。ニッと笑った口元から零れる歯がキラリと光った。嫌みたらしく。
「それにしても」
錦太郎が俺の頭の先からつま先まで舐めるように見回す。
「貧弱だね。ひと目で分かる。そんな様で楓嬢を僕から奪い返すと?」
頭に血が上る。
カッと顔が熱くもなってくる。
自分でも分かってるからこそ。
「いや、そんなのは分かってる。けど理解出来ないんだよ。楓が隣にいない日常なんてな。無理でも貧弱でも問題ない。なんの問題もない!」
と俺は敢えて上から見下ろす。
クスリと笑う錦太郎。
「心意気は買う。けど現実は値段が高い銀座のスイーツだね」
「甘々だし、買えない」
と錦太郎が楓を解放して立ち上がる。
同時に僕のみぞおちに重い重い一撃。
「ぐはっ」
「流宇!」
痛みで、うずくまった僕へと楓が駆け寄ろうとする。
彼女を強引に抱きしめる錦太郎。
行かせないと。
「流宇!」
錦太郎の腕に捕まり、手を伸ばす事しかできない楓。
「マイ・ハニー。そんなヤツは放っておいて、僕らは僕らで楽しもう。流宇くんだったか。そこで寝ててよ。こっちはデートを楽しむから」
俺は自分の弱さに、ほとほと嫌気が差して、でも、どうする事も出来なくて、ただただ悔しくて歯がみをするしかなかった。ちくしょうが。
本来なら俺たちが隙をみて錦太郎を捕まえる予定だった。それなのに楓が捕まってしまった。しかも俺が楓達のあとを隠れて付いていく作戦すらも見透かされていて事前に対応されてしまった。
この可能性に辿り着かなかった俺のミス。
ごめん。楓。本当にごめん。
ちくしょうが!
「アディオス!」
クソう。
敢えてなのか、英語ではなく、スペイン語で、さよならって。
それは馬鹿にしているのだとは良く分かる。この場合は漢字の馬鹿でいい。片仮名のバカではなく。いや、そんな事は、どうでもいい。
それよりも重要なのは、楓が錦太郎に拉致られたという事だ。
そうだ。
敢えて拉致という言葉を使う。
それでしか、俺の怒りと不甲斐なさを誤魔化せないのだから。
ともかく、じゃ、次は、どうするか、なのだが。
そんなのは決まっている。
楓を奪い返す。無論、楓たちが、どこに向かったのかは分かっている。事前に今日のデートでのコースを教えてもらっていたのだから。
そうして俺は右手のひらを右膝に添えて、ゆらりと立ち上がった。背中からは赤黒い怒りのオーラを立ちのぼらせつつ。待ってろ。楓。と。
街角を吹き抜けた風が頬を撫で凜とした香りを俺へと運んできた。
今、征くと。
◇
……それはそうか。理解した。
また間抜けな徒労。
どうも楓が絡むと思考も絡むようだ。不甲斐ない。
そうだ。
普通に考えて隠れて付いてくるヤツがいたという事実が在ればデートのコースもバレていると考えるのは至極当然。だったら事前に知らせていたコースを変えるのは、ごく自然な流れ。
つまり、行く予定だと聞かされた映画館に楓たちはいなかったし、そのあと食事をとる予定だと聞かされた店にも二人はいなかった。抜かった。
つまり完全に見失ってしまった。
俺は格好いい。
そういった煽り文句が冬の乾いた空から届いたような気がした。
ちくしょうが。
と自分で己の愚かさを呪った。
同時に、巾木錦太郎は容姿だけじゃない。頭もキレる。と……。
出たッ!
錦太郎は、この台詞でバズった。
つまりヤツの決め台詞。
もちろん僕ではなく俺。
野郎は、この台詞をのたまう時だけ一人称が俺になる。
俺は格好いいのが心底から当然なのだという顔をして。
長い前髪を、かき上げてから俺たちを見下ろしてくる。
ちくしょうが。
◇
俺は格好いいが出る少し前。
楓の元まで辿り着いた、俺。
錦太郎は言う。
「ふふふ。失敬。冗談だよ。冗談。僕は紳士だよ。無理矢理になんてネ」
と楓に視線を移して続ける。
「楓嬢には、これから僕を好きになってもらう。キスはそれまでお預け」
そっと楓の唇に添えて立てられた阿呆の右人差し指。
錦太郎の顔が、ゆっくりと楓の唇から離れてゆく。
突っ込んだ俺は拍子抜け。
握りしめた拳のやり場に困る。いや、マジ気にキスをするものだと思い込んでいたからこその振りかざした怒りの気が抜けていく。
一瞬の静寂。遠くからバスのドアが開く音が届く。続いてドアが閉まる音がしてバスの走り出す音。時が動き出す。
「君の名前は知らないが……」
と錦太郎。
続けて。
「君が隠れているのは知っていた。だから、かまをかけたんだが、思惑通りに突っ込んできてくれたね。……そうさ。君から楓嬢を奪えば、ね」
奪えばの先は分からない。
分からないが、少なくとも楓との恋人関係は継続したいようだ。いや、むしろ俺という邪魔者を排除して楓を真の彼女としたいようだ。その果てで結婚までするつもりなのだろうか。結婚前提だからな。
「俺は格好いい」
そうだ。
ここで僕ではない俺はの格好いいが出たわけだ。ニッと笑った口元から零れる歯がキラリと光った。嫌みたらしく。
「それにしても」
錦太郎が俺の頭の先からつま先まで舐めるように見回す。
「貧弱だね。ひと目で分かる。そんな様で楓嬢を僕から奪い返すと?」
頭に血が上る。
カッと顔が熱くもなってくる。
自分でも分かってるからこそ。
「いや、そんなのは分かってる。けど理解出来ないんだよ。楓が隣にいない日常なんてな。無理でも貧弱でも問題ない。なんの問題もない!」
と俺は敢えて上から見下ろす。
クスリと笑う錦太郎。
「心意気は買う。けど現実は値段が高い銀座のスイーツだね」
「甘々だし、買えない」
と錦太郎が楓を解放して立ち上がる。
同時に僕のみぞおちに重い重い一撃。
「ぐはっ」
「流宇!」
痛みで、うずくまった僕へと楓が駆け寄ろうとする。
彼女を強引に抱きしめる錦太郎。
行かせないと。
「流宇!」
錦太郎の腕に捕まり、手を伸ばす事しかできない楓。
「マイ・ハニー。そんなヤツは放っておいて、僕らは僕らで楽しもう。流宇くんだったか。そこで寝ててよ。こっちはデートを楽しむから」
俺は自分の弱さに、ほとほと嫌気が差して、でも、どうする事も出来なくて、ただただ悔しくて歯がみをするしかなかった。ちくしょうが。
本来なら俺たちが隙をみて錦太郎を捕まえる予定だった。それなのに楓が捕まってしまった。しかも俺が楓達のあとを隠れて付いていく作戦すらも見透かされていて事前に対応されてしまった。
この可能性に辿り着かなかった俺のミス。
ごめん。楓。本当にごめん。
ちくしょうが!
「アディオス!」
クソう。
敢えてなのか、英語ではなく、スペイン語で、さよならって。
それは馬鹿にしているのだとは良く分かる。この場合は漢字の馬鹿でいい。片仮名のバカではなく。いや、そんな事は、どうでもいい。
それよりも重要なのは、楓が錦太郎に拉致られたという事だ。
そうだ。
敢えて拉致という言葉を使う。
それでしか、俺の怒りと不甲斐なさを誤魔化せないのだから。
ともかく、じゃ、次は、どうするか、なのだが。
そんなのは決まっている。
楓を奪い返す。無論、楓たちが、どこに向かったのかは分かっている。事前に今日のデートでのコースを教えてもらっていたのだから。
そうして俺は右手のひらを右膝に添えて、ゆらりと立ち上がった。背中からは赤黒い怒りのオーラを立ちのぼらせつつ。待ってろ。楓。と。
街角を吹き抜けた風が頬を撫で凜とした香りを俺へと運んできた。
今、征くと。
◇
……それはそうか。理解した。
また間抜けな徒労。
どうも楓が絡むと思考も絡むようだ。不甲斐ない。
そうだ。
普通に考えて隠れて付いてくるヤツがいたという事実が在ればデートのコースもバレていると考えるのは至極当然。だったら事前に知らせていたコースを変えるのは、ごく自然な流れ。
つまり、行く予定だと聞かされた映画館に楓たちはいなかったし、そのあと食事をとる予定だと聞かされた店にも二人はいなかった。抜かった。
つまり完全に見失ってしまった。
俺は格好いい。
そういった煽り文句が冬の乾いた空から届いたような気がした。
ちくしょうが。
と自分で己の愚かさを呪った。
同時に、巾木錦太郎は容姿だけじゃない。頭もキレる。と……。
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