死ねないコンビ

深奈保さざなみ

文字の大きさ
5 / 6
Episode02 巾木錦太郎

#04 アイ・ラブ・マイ

しおりを挟む
 師走の空を駆け抜けてゆく一機のセスナ。飛行機雲を残して。
「ハニー。オッケ?」
 おいおい。なんだ。コイツ。
 何というか、いや、もはや何とも表現出来ないぞ。むしろ枠で括る事自体、馬鹿げてる。このオカマ野郎は。
 黒く長い前髪をかき上げて微笑み楓の手を取る。
「アイ・ラブ・マイ。ユー・アンダースタンド?」
 それを矢継ぎ早に楓にぶつけてから、また笑む。
 アイ・ラブ・ユーじゃないのかよ。マイだって?
 日本語に訳すると、愛してます。私を、だよな?
 いや、考えたら負けだ。絶対に適当英語だから。
 巾木錦太郎。これほどまでにも阿呆だったとは。
 とにかく。時間は十数分前へと戻る。



 十数分前。
 楓と錦太郎が出会う少し前。
「……デートなんてした事ないし。大丈夫かな。いや、頑張れ、あたし」
 と楓が自分を奮起している。
 両拳を握りしめて両肘を曲げる。グッと。
 確かにスポーツ万能な筋肉阿呆には、なかなか荷が重いミッションだ。だが、ここを乗り切り、ともすれば錦太郎を捕縛して尋問すれば俺たちが置かれた状況にも進展する。いや、するかもしれない。希望的観測だが。
 だが。……だからこそのデートなわけだ。
 12月の乾いた空気が楓の心を急き立てる。遠目にも冷や汗だらだらなのが分かる。離れた場所で隠れて様子を伺っている俺も心配になる。心配にはなるが、どうしてやりようもない。頑張れ、ファイティンとしか。
 気まぐれな寒風が俺の頬を撫でて、その切れ味に苛立つ。
 また手に汗握って、鼓動が落ち着かない。
 枯れ葉が風に舞って俺の足元へと落ちる。
「つうか。まだ来ないのかよ? 巾木錦太郎の野郎。もう30分以上の遅刻だぞ。楓様を待たせてもいいのは……、流宇だけなのに。ぶうぅ」
 楓も落ち着かないようで小さな声で独り言をぶつぶつぶうたれてる。離れているから、独り言の内容までは分からないが、苛立っているようだ。
 とにかくデート〔ミッション〕は映画を二人で観て、その最中でチャンスを作り、阿呆〔錦太郎〕を捕縛するだけ。それだけ。
 しかしながら相手は世間でバズってる有名モデル。
 また心に重しを乗せられた楓は苦笑い。
 と唐突!
 女子の群れが楓へと近づいていく。
 ゆっくりと。
 ワイワイキャキャとうるさい。
「ハイ。マイ・ハニー」
 うおっ!
 その群れの中心にいやがった。巾木錦太郎のオカマ野郎が。
 いや、ある意味で予想通りとも言える登場。
 焦るな。慌てるな。俺。そして楓。
「ハバ・ナイス・ディ!」
 いや、ハヴァ・ナイス・ディのつもりなのか?
 意味、知ってる?
 良い一日を、だぞ。基本的に別れ際に言う言葉だ。まあ、適当に言っているんだろうから意味など、どうでも良いかもしれないが。
 錦太郎にとって。
「楓嬢。待ったかい? 待ち時間も楽しかっただろ? 僕に会えるってドキドキでさ。少なくとも主人公は遅れてくるもんさ。マイ・ライフ!」
 おい! 謝らないのか!
 謝れよ。
 普通に。
 遅刻したんだぞ。
 それどころか、楽しかっただろ、だって!
 何というナルシストぶり。自分を中心に世界が回っていると言わぬが如く。まあ、正直、見た目はいいがな。でも、それだけだ。死ねッ!
「ウフフ。……ねえ? 錦太郎さん?」
 さん、だと。錦太郎さんだって! 楓の女郎……。
 にっこりと笑う楓。それはアルカイックスマイル。
 この笑顔の楓は鬼。般若。羅刹悪鬼。
 ガコッ!
 有無を言わさず楓の黄金の右が炸裂。
 プッしゅうぅぅぅぅ。
 と思ったが、錦太郎は楓の右拳を右手のひらで見事に受けている。
「オー・ワンダフォー。マイ・ハニー・マイ・ラブ」
 いちいち適当英語を交えてくるのは、お馬鹿キャラ満載なのだが、どうやら、この錦太郎という男、楓レベルでの運動神経を持っている。阿呆なしゃべり方だと侮ったら痛い目をみるな。
 錦太郎は「そして!」と大声。いきなりの日本語。
「君たちも君たちの巣にお帰り。僕は僕の巣に戻るからね。マイ・ラブ」
 と周りにいた女子軍団に言い放つ。潤んだ瞳でだ。
 巣。だと。
 それは楓の事を言ってるのか。
 というか、もはや頭が痛いを通り越して、頭痛が腰痛で筋肉痛だ。俺自身、自分でも何を言っているのか分かっていない。冷静でいられないから。
 無論、楓も、また。
 そして、いまだ楓の拳は錦太郎の右手のひらに包まれたまま。オカマ野郎は、その拳を力強く引っ張って楓を抱きかかえる。長い黒髪を垂らしながら上から見下ろす。そのまま強引に楓の唇を奪いにいく。
「アイ・ラブ・マイ」
 いや、だから、そこはユーじゃねぇのかよ?
 なんて言ってる場合か。遂に恐れていた事が現実になった。
「うう! ううん! うんん!」
 楓が錦太郎の腕の中で暴れながら抵抗する。
 どうやら怪力女な楓もしのぐ筋力もあるらしい。錦太郎は。
「嫌だ。止めろ。オカマ野郎!」
 楓が泣きそうになる。
「流宇!」
 そうだ。楓に害が及んだのだ。
 多分だが、楓はファーストキスさえも済ましていない。
 無論、その相手が誰になるのかは分からない。分からないが、こんなところで失っていいもんじゃない。少なくとも錦太郎が相手なんて……。
 良いわけがない!
 俺は隠れている場合じゃないと楓の元へと駆けだした。
「フフフ」
 と不敵に笑った錦太郎の艶やかな唇が楓の唇へと徐々に近づいていった。
 無論、俺と楓の距離も、それに伴って一気に縮まった。
「待ちやがれ、オカマ野郎!」
 と、いつの間にか自然に叫んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...