魔術師見習いの成長譚

☆タク☆

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【本編】第3章 錯乱する歯車

第17話

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──ざわざわざわ。

試合が始まり約10分が経つ頃だ。
会場は驚きでどよめいていた。

「何が起こってるんだ?」
「こんなの初めて見たぞ…。」

会場がどよめくのも無理はない。
試合が始まってから2人の戦闘は互角と言えるのかは分からないが、進展がないまま約10分が経過するからだ。
それに、ただ戦って進展がない訳ではない。
ルナとエンリの戦いは我々第三者に理解不能なものであった。

ヒナ「す、ずこい…。何が起こってるのか、先生にも…。」

ヒナも同様に呆気に取られていた。
周りの1学年の生徒は勿論、上級生や先生までもが唖然としていた。
もちろんライトもだ。
ここにいる全員が戦闘に魅了され息を忘れるような状態だった。

ライト(なんだよ、これ…。)

約1週間何も出来ず1人で病室にいたライトはその間の他の生徒の様子など知る由もなかった。
エンリの戦闘は完全に想像を越えていた。
誰にも真似されない、エンリそのものを描いたような華麗な戦闘。
アギトを打ち倒したその実力は底が見えることなく次々と段階を踏んで成長していた。

ラグナ「あのルナと互角…!? 何者なんだ、名前も聞いたことないぞ。」

フェン「あの時のチーム戦でもC組の2人は名前を挙げてないな。」

同級生は特にこの戦いを信じられないだろう。
誰もが知る、誰もが警戒していたルナという存在と同格の実力者が突然現れたら、それはビッグニュースだ。

フブキ「やるね、あの子。」

リディア「……。」

アンナ「あの子、あんな力があったなんて…。」

リズ「わぁ、エンリくん凄い! 私も頑張らないと。」

アギト「ふふっ…負けてられないね。」

試合は出場選手も個室で中継される。
それぞれが色んな想いを胸に抱いた。

エンリ「《エアショック》!」

エンリ(この人…強い!今までの相手とは全然違う。…でも──)

必死に食らいつきながら頭に憧れた人の姿がよぎった。
どこまでも明るく輝き想像を絶する力を持っている憧れを真似るよう根気強く戦う。

エンリ(まだまだこれから!僕はライトくんに、追いつくんだ!)

ルナ「!!」

エンリ「《スマッシュ》!」

──ズドン!

エンリの放った無属性魔法はルナに接触し爆発する。
全員が舞い上がる土煙を直視し、会場は一気に静寂と化した。

──ブォォン!

土煙の中からルナは風を吹かし土煙を舞い散らした。

「うおぉぉ!」
「あれを反応するのか!?」
「技は完璧だったよな。」
「ルナも凄いが相手の方も凄いぞ!」

一気に会場は盛り上がった。

エンリ(はぁ…はぁ…全然通用してない…。)

エンリはルナから目を逸らさず息を整え、頬の傷を軽く撫でた。

エンリ(いや、まだお互いライフは残ってる。少なからず通用してないことはない。)

試合が始まり約10分。
相手のライフを多く削ったわけでもなく、言ってしまえば技なんてほとんど命中していない。
しかし、かと言って不利かと言えば違う。
それは相手も同じで、こちらの体力はまだ9割は残っていた。

ルナ「ずっと異能シノニムを使ってて疲れたんじゃない?」

ルナは唐突に口を開いた。
ルナの声を聞くのは初めてだ。

エンリ「…僕はまだまだいけます。」

ルナ「そう、はっきり言って私がここまで苦戦したのは久しぶりね。」

ルナは真顔で淡々と言葉を発した。
褒めているのか、はたまた何も考えていないのか、その顔からは全く見当がつかない。

ルナ「でも残念ね、あなたは私に勝てない。」

エンリ「……。」

ルナは変わらぬ顔で端的に言った。
自信に満ちた言葉でもない、己の力を過信した者の言葉でもない。
その言葉には、「それが当たり前」と言うようにエンリには聞こえた。

エンリ「…確かに僕は弱くて、勝てる見込みはごく僅かにあったとしても当然勝てるだなんて思ってもいない。」

エンリは顔を俯かせて言った。
自分の非力さなど誰よりも自分が1番理解している。

エンリ「でも、勝てるって思えなくても、勝てる可能性が少しでもあるなら…僕はその小さな可能性に全力で抗いたい!」

エンリは再び顔を上げルナに叫ぶように力強く言った。

エンリ「いや、例え可能性が全く無かったとしても。その行為が無駄だったとしても。僕は、諦めたくない! まだ動けるなら、まだ立てるというのなら。 僕は挫けても諦めるなんてことは絶対にしたくない。」

ルナ「みにくい根性論ね。 どんな育ちをしたらそうなるのかしら。」

エンリ「少し前の自分なら、こんな考えしないと思うし、そもそもこの場に立ててないと思う。 でも、何も取り柄のない出来損ないな僕をライトくんは信じてくれた。 僕が1人の生徒として魔術師を夢見ていいって。 今のこの気持ちはライトくんに届かないと思うけど、もしここにいるのがライトくんなら絶対に諦めるなんて真似はしない。」

ルナ「ライト? …あぁ、先日保健室で騒ぎのあったあの…。」

あの騒ぎは他クラスの人の耳にも留まってることは想像がつく。
1学年の中で知らない人は恐らくいないだろう。
ルナはエンリの言ったこととライトについて、少し考えるような仕草を見せた。
そして、うっすらと笑った。

ルナ「可哀想な子ね。」

エンリ「えっ…?」

ルナ「あの時何があったとかは知らないわ、興味がないもの。 けれど、理由が何にしても自分を見失うなんて大変ふざけた話ね。」

ルナは右手で上品に口を隠し嘲笑した。

ルナ「さっきのあなたが言っていた根性論、そのライトって人が影響なんでしょう? 現実を見て燃え尽きちゃったのかしらね? そんな人が私と同じ魔術師になりたいだなんて、魔術師のレベルも下がったものね。」

エンリ「違う! ライトくんはそんな人じゃ──」

ルナ「でも起きたのは事実。どんな理由であれ起きたのが現実よ。」

エンリ「それは…っ。」

否定をしたくなかった。
自分の憧れであるライトが何を考えてどうした結果あの姿に成り果てたのかは正直わからない。
それでもエンリはライトが苦しむ姿を見ても、どんな姿に成り果てても『憧れ』であることに変わりはない。

ルナ「…本当に可哀想。自分の知らなかった一部分が垣間見えてしまっただけなのに、あなたは彼に囚われているのね。」

エンリ(違う…ライトくんは…。)

気がつけば右手を強く握りしめていた。
誰からも噂され、1学年ではもちろん上級生にも勝るその強さと素質。
今目の前にいる彼女は凄い人だ。
比べてしまえばライトよりもずっと。
だが、ライトを侮辱したことには許せない気持ちしか存在しなかった。

エンリ(絶対に、倒す…。)

心の奥からふつふつと煮えたぎる何かがあった。
そのせいか胸が熱い。
しかし、エンリの目線はルナに引っ張られ周りの音や自分の思考さえも考えられないほどになっている。

エンリ(絶対に…絶対に、負けを認めさせる…。)

ルナはエンリの様子を見て察しがついたのか煽るように笑い攻撃を誘いだした。
エンリは異能シノニムすら使うことを忘れてルナに真っ直ぐ飛びかかろうとした瞬間──

???「──エンリ!!」

エンリ「っ…!」

下げていた姿勢を上げ、声がした方角へ目を移す。
真後ろからしたその声はどこか懐かしく聞き覚えのある声だった。

エンリ「…ライト、くん…?」

観客席の1番上の段。
1人の男性が立ち上がりこちらを見ている。
先程までは気にしなかったのに太陽の光がやけに眩しく輝いて見えた。
ライトは右手の親指を立てて胸に突いた。
その行動の意味をエンリは理解し、微笑んだ。

エンリ(あぁ…やっぱり凄いな、ライトくんは。)

エンリは右手の親指を立てて胸に突き、ライトに見せた。
ライトの顔は久しぶりに見た笑顔で、エンリも自然と笑っていた。

エンリ(こんなにも力が溢れてくる…。)

1度深呼吸をし、心を落ち着かせる。
先程までのふつふつと煮えたぎる何かは消えていて、周りの声もすっと耳に届く。

エンリ(ありがとう、ライトくん。)

右手の親指を突き立てた部分が酷くドクドクと暴れている。
冷酷で痛い胸の熱さではない。
今は試合に対してのドキドキやワクワクが止まず、そして何よりもライトに見られてることが1番今という時間を楽しくさせている。

ライト(それでいい。エンリくんはこんな俺のために何かしなくていい、エンリくんはエンリくんのままで…。)

エンリ(ふふっ、ライトくんらしいなぁ。)

エンリは心の中で笑った。

エンリ(『己の敵は己の心の中にあり』、本当にその通りだよ、ライトくん。)

もう一度ルナを見る。
ライトを侮辱したことを許すことはないだろう。
だが、そんな理由であのまま戦いなどしたら一瞬でこの試合は終わっていた。
挑発に乗る必要はない。
倒すと思わなくていい。
ルナなんかよりも最大の敵はもっと近くにいる。

エンリ(見ててよ、僕の実力ちからを。)

ルナ「…!!」

誰が見ても顔つきが変わった。
エンリはもう一度深く深呼吸をして、右目を光らせた。

エンリ「《スマッシュ》っ!」

異能シノニムで姿を消した後、すぐさま爆発が起こる。
ルナは当たり前かのように避けてはいたが、エンリのスピードや威力は先程の比ではない。

ルナ「無駄ね、どんなに早くなっても私には追いつけない。」

エンリ「それはどうかな。」

ルナ「えっ──?」

エンリ「《スマッシュ》!」

エンリの魔法は初めてルナにヒットした。
大きな爆風が起き砂塵が舞い上がる。
その中から爆風により吹き飛ばされたルナが出てきた。

ルナ(いつの間に後ろに? 私の目が追いつかなかったって言うの…!?)

ルナ「っ──!!」

エンリ「《エアショック》!」

ルナは咄嗟に何かに気がついたように飛ばされた方向の背後に振り向いたが、間に合わずに下に叩きつけられた。

ライト(今だ、行け!!)

エンリ「はあぁぁああ!!!」

エンリは勢いよくルナに飛び込み、一撃に渾身の力を振り絞った。

ルナ「デス・ブ──」

エンリ「《カタストロフィー》!!」

──ドゴォォンッ!!

思わず耳を塞ぐ轟音。
何が起きたかわけも分からぬまま、目の前の情景だけが次々と変わった。

エンリ「はぁ…はぁ…はぁ…。」

エンリは異能シノニムを解除し、疲れ果てた様子で戦場のど真ん中、ルナのいるはずである場所を見つめた。

ラグナ「嘘、だろ…?」

アギト「…これが、エンリくんの真の力。」

観客席は静寂を包む中、静かにざわついていた。

フブキ「ヒュー。久々に燃えた試合だったなぁ。でも、ダメだったみたいだね。」

エンリ「はぁ…はぁ……ぐっ…!」

エンリはその場で膝をついて、両手を地面につけた。
舞い上がった砂塵は徐々に薄れ、その中に人影が見えた。

エンリ「嘘っ…。」

確実に捉えたと思った最後の魔法はルナには当たっておらず、ルナはぼっこりと抉れた地面の真ん中に立っていた。

ルナ「……。」

エンリを見つめたまま微動だにしない。
無言のまま時間が過ぎ、やがて動き出した。

──バタッ。

リズ「嘘…。」

ライト「っ…!」

動き出したのはエンリで、その場で力なく倒れたのだ。

『片方の選手の体力が完全消滅しました。勝者、ルナ。』

会場は驚きで静まり返っていたが、アナウンスから数秒の間を置いて再び歓声で満ち溢れた。

「今の試合凄くなかったか!?」
「最後なんて何が起きたのかさっぱり…。」
「エンリって方が勝ったと思ってた。」
「マジであいつバケモンだろ…!!」

上級生のそんな声を聞いたルナは目を閉じてくるりと回り個室へと戻ろうと歩き出した。

ルナ「…くだらない。」
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