神聖力を捨てた聖女は婚約者も捨てたい

えんどう

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 カリカリとペンの音が続いていたけれど、区切りのいいところだったのか、部屋の主である大神官様はゆっくりと顔を上げてこちらを見た。
「カトリーナ。どうかしましたか、もうこんなに遅い時間なのに」
「申し訳ありません。お仕事の邪魔をするつもりはなかったのですが……」
 どうしても昼間のレジスのことが頭から離れなくて、一人でいるのも億劫でここまで来てしまった。私の行動にいちいち文句をつけてくる神官たちも、行き先が大神官様のもとであれば口を出してくることはない。
「ひと段落ついたので休むところでした。おいで、ハーブティーでも淹れてあげましょう」
「でしたら私が」
「構いません。いつもより祈りの時間が長かったと聞きました、疲れているでしょう」
 ここでは何の気を使わなくてもいいような、そんな安心感を得ることができる。この人は私の父親でも家族でもないけれど、今まで生きてきた中で私を害することは決してなかった。
 他の神職者と違って彼だけが私を一人の人間として尊重してくれているような気がして、それに無自覚だった頃から私はこの人に懐いていた。
 湯が注がれたばかりのポットからとくとくとすっきりした匂いのするそれが注がれる。おかげで少しだけ気分がスッキリした。
「そういえばお昼にレジス殿下が来たそうですね」
「……はい。すぐにお帰りになりましたが」
「あなたが悩んでいるのはそのことでしょうか。だとすれば気にすることはありません」
「私が余計なことを言ってしまいました。人の気持ちに疎いのかもしれません」
 形式通りの言葉を並べることに慣れたあまり、私は人の気持ちに寄り添うということが出来ない時がある。以前それで兄を病で亡くしたばかりの子どもに無神経なことを言ってしまい、大泣きされたことがある。
「あなたは気にしすぎるたちがありますから。たしかに時に人の感情に鈍い時があるかもしれませんが、それはあなたに限った話ではありません。レジス王子は……二人が幸せならば余計な口を出すまいと考えていましたが、彼の方はあまりにあなたと違いすぎる。無理に合わせることであなたが辛い道を歩まなければ良いのですが」
 ルシウスが訪ねてきたこともあって、大神官様は私がなにか面倒ごとに巻き込まれないか心配してくださっているのだろうと分かる。
「たしかに私では彼にはとても釣り合いませんし、理解者になることも」
「ああいえ、私が言ったのはそうではありません。あなたはあなたが思うよりずっと達観している。問題なのはあなたも彼の方も、それに気が付いていないところだということです」
「……申し訳ありません、私には難しいようです。一体どういうことか」
「大した意味はありませんから気にしないでください。とにかく、今は考えたって仕方のないことがありますから、今夜はゆっくりとお休みなさい。時間を置けば解決することもあります」
「──大神官様は、やはり他の神官たちのように、女神に祈れば何とかなるとは仰らないのですね」
 何かあるたびに祈れ祈れと追い立ててくる彼らとは違う。それを聞いた大神官様は仕方がなさそうに眉を下げた。
「神職者は時に身勝手です。ただ彼らも、いつか自分で気が付くときがくるでしょう。女神は万能ではないし、聖女という存在はただ一人の人間が偶然に祝福を受けただけの、ただの数多く存在する運命のうちのわずかな真理にすぎないことだと」
 それはまるで聖女の存在など無意味だと言われているように感じたけれど、不思議と怒りは湧かなかった。
「そうであれば、私はそんな人々の勝手で祀り上げられここで過ごしていることになりますね」
「……それもまた一つの真理である可能性として、考えることは自由ですから」
 さあもう部屋に戻りなさいと肩を叩いた大神官様に頷き扉へと向かう。
 もしも聖女に意味がないのなら、私が人より神聖力を強く持って生まれた理由は何だろう。信託に私のことが書かれた理由は何だったのだろう。
 考えることはおそらくまだたくさんあったけれど、部屋に戻りベッドに入った私は、ひとまず大神官様の言うとおりに何も考えずに眠ることにしたのだった。
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