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序章

第5話(1)道頓堀にて

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                  伍

「こんなところにいたのね……」

 ピシッとしたタイトスカート姿で茶髪の女性が座っている男性に声をかける。

「あちゃ~見つかってもうたか……」

 男性が首をすくめる。

「こんな街のど真ん中で烏帽子を被って狩衣姿なんて、どうぞ見つけて下さいなんて言っているようなものでしょうが……」

「あ~それもそうやな……」

 黒色の狩衣を着た男性が苦笑する。糸目がさらに細くなる。

「なにがあ~よ」

「……それにしてもあれやな」

「あれ?」

「かつては水質汚染が問題視されていた道頓堀で、今はこうして釣りが楽しめるんやからな。良い時代になったもんやで」

 男性は釣り竿を上下させる。女性がため息まじりに答える。

「それって皮肉?」

「え?」

「どこが良い時代よ、国中のそこかしこで内戦が起こっているっていうのに……」

「あ~そうやったな……」

「そうやったなって……」

「結果皮肉みたいになってもうたな」

「京都人の癖かしら?」

「いやいや京都の人間が皆そんな風だと思わんといて」

 男性が手を左右に振る。

「それで?」

「ん?」

「調子はどう?」

「バケツ見てみい、見事なボウズや」

 男性は傍らに置いたバケツに顎をしゃくる。女性がまたため息をつく。

「誰も釣果なんか聞いてないわよ」

「いや、この状況ならそういう質問やと思うやろ」

「あなたが勝手に釣りをしているだけでしょ」

「勝手にって、そら確かに勝手やけども……」

 男性が烏帽子を少しずらして後頭部を掻く。

「どうなのよ?」

「そういうルナール=リカちゃんはどうなん?」

「……なんで苗字も含めるのよ?」

「久々に会うたからな」

「変な感じするからやめてよ」

「ほな、リカちゃんは最近どないや?」

 リカと呼ばれた女性は男性の隣にしゃがみ、道頓堀を眺めながら、三度ため息をつく。

「……誰かさんが突然第一線から退いたお陰でてんてこ舞いよ」

「ほう、見てみたいな、リカちゃんのてんてこ舞い」

「……茶化さないでよ。本当に忙しいんだから」

「ごめんごめん」

「……それで?」

「へ?」

「どうなのよ、軍を辞してまで、就いた教職の調子は……」

「……」

「なんでそこで黙るのよ」

「まず一つの大前提として……」

「うん?」

「わては第一線を退いたつもりはないで」

「ほう……」

「……この関西州の防衛は、ある時期から突然変異的に生まれてきた不思議な力を持つ者たち、『陰陽師』に依るものが大きい」

「いわゆる超能力者の類も陰陽師ってひとくくりにしちゃったのよね……」

「その方がかっこええし、分かりやすいやん」

「そうかしらね……」

 リカが首を傾げる。

「まあ、その辺の定義はええやん……関西州は他の地域からの侵攻に備え、陰陽師の育成に取り組み、教育機関『陰陽師高校』を立ち上げた……」

「安直なネーミング……」

「それも分かりやすいからええやん。変に横文字使ったら寒くてしゃーないわ」

「それはそうかもしれないけど……」

「ともかくとして、州を防衛するための力となる若手陰陽師の育成も大変に重要なことや。これもある意味戦いの最前線やで?」

「……ご高説賜りました」

「……ご清聴ありがとうございました」

「で?」

「うん?」

「最前線がここで呑気に釣りをすることなの?」

 リカは釣り竿を指差す。

「ま、まあ、これは息抜きというか……」

「大分余裕があることで……」

「そういうリカちゃんはこの『水京(すいきょう)』になんの用やねん?」

「新たな任務に着任したからね、州都に挨拶まわりに来たのよ」

「新たな任務?」

「詳細は言えないわ」

「ははっ、そらそうやな」

「それで? 若手育成は順調なの?」

「ぼちぼちやないの?」

「……なによ、その言い方」

「え? 気に障った?」

「随分と他人事じゃないの」

「あ、ああ……」

「詳細は言えないってこと?」

「ま、まあ、そういうことにしておこうかな」

「どういうことよ?」

「す、鋭いな、リカちゃんは……」

「あなたが隙だらけなのよ……」

 男性が咳払いをひとつ入れて話し出す。

「え~この度わて、志渡布無双(しどふむそう)は……『癸(みずのと)組』の担任に任命されまして……」

「み、みずのと⁉ ちょっと待ってよ! それって……」

「いわゆるひとつの“落ちこぼれ”組やね」

「な、なんで、あなたがそんなことに⁉」

「学校上層部と折り合いが悪かったからかな~」

 無双と名乗った男が首を傾げる。

「何をしたのよ⁉」

「特に何をしたってわけでも……あれやね、優秀過ぎるってのも考えものやね~」

「ど、どうするのよ、最前線どころの話じゃないじゃないの⁉」

「まあ、なんとかなるんちゃう? 意外な大物が釣れるかもしれへん……よっと」

 無双が釣り竿を勢いよく上げる。釣り針の先にはペットボトルがついていた。

「……意外な大物?」

「……こういう日もあるわな」

 わざとらしく首を傾げるリカに対し、無双が苦笑する。
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