疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第2レース(2)別れと出会いの春

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「なっ……ど、どういうこと?」

「競竜学校の騎手課程短期コースを受講する」

 炎仁は鞄から書類を取り出して真帆に見せる。

「こ、これは……」

「俺は……競竜騎手、ジョッキーになる!」

「なんでそんなことに?」

 真帆が戸惑いを抑えながら尋ねる。

「えっと……」

 炎仁が軽く頭を抱える。真帆が思わず声を上げる。

「納得のいく説明をしてよ!」

「う~ん……」

「う~んって唸ってないで!」

「……『借金』、『女』、『敗北』……かな?」

「あ、あまりにも不穏なワード群!」

「他に上手く説明しようがないんだ……」

「圧倒的な語彙力不足!」

 真帆が愕然とする。

「とにかくジョッキーを目指すことになった……」

「この短期コースっていうのは?」

「一年で一人前のジョッキーになることが出来るらしい」

「ふ~ん! そうなんだ!」

「おっと!」

「真帆!」

 真帆は自分と炎仁の弁当箱を手際よく包むと、それを自分の机にドンと置き、教室を出ていってしまう。カズミがその後に続く。タケシが呆れる。

「あ~あ」

「相当怒っているようだな」

「お、そういうのは分かるんだな」

「どうすればいい?」

「そりゃあお前、ここは後を追いかけろよ」

「それもそうか。ただ……」

「ただ?」

「何をそんなに怒っているのか分からないんだが……」

「あ~そりゃ下手に謝っても逆効果かもな……」

「どうすればいい?」

「そうだな……」

 タケシが炎仁に耳打ちする。ハッとした炎仁は真帆を追って教室を出る。

「……真帆!」

「!」

 真帆とカズミは屋上のドアの前にいた。屋上に出ようと思ったが、鍵が無い為、出られなかったのだ。真帆は炎仁を無視して階段を下りようとする。

「真帆! 大事な話がある!」

 炎仁の手には屋上に繋がる鍵があった。以前ここで清掃作業をした際に鍵の保管場所を覚えていたため、ちょっと拝借するのは容易なことだった。

「……」

「聞いてくれないか」

「……うん」

「真帆、大丈夫?」

「うん、大丈夫、ありがとう」

「じゃあ、アタシは先に教室に戻っているから」

 カズミが去り、炎仁と真帆は屋上に出た。風が気持ちいい午後の空だった。

「う~ん、屋上に出るのも久しぶり……」

「そうか……」

「それで? 大事な話って?」

「あ、ああ、俺が高校の推薦を蹴り、競竜学校へ入るという話だが……なんでまたそういうことになったのかというと……」

「おじいさんが亡くなったことが関係しているの?」

「え! す、鋭いな……」

 炎仁は驚いた視線を向ける。少し硬かった真帆の表情が緩む。

「そりゃあ、それくらいの見当はつくわよ……でも、あの牧場はもう競走竜が一頭しかいなかったんじゃなかった?」

「ああ、その一頭、『イグニース』に乗り、撫子瑞穂とレースをすることになった」

「な、撫子瑞穂⁉ 女性のトップジョッキー⁉ なんでまたそんなことに……?」

「まあ、簡単に言えば牧場をかけての真剣勝負だ」

「炎ちゃん、レースの経験は?」

「知っているだろう? あるわけない」

 炎仁が笑って首を振る。真帆が聞きづらそうに尋ねる。

「……それで結果は?」

「勝った、俺が」

「ええっ⁉」

「それで牧場の差し押さえは当面は待ってもらえることになった。ただ……」

「ただ?」

「それはそれ、これはこれ! ということでじいちゃんの遺した莫大な借金が俺のもとには残った。これをどうにかしなければ、じいちゃんの大事な宝物が他人の手に渡ってしまう! それだけはどうしても避けたかった……」

 炎仁が俯いて拳を握りしめる。真帆が問いかける。

「それで……ジョッキー、競竜騎手になるってこと?」

「ああ、さっき見せた課程に合格すれば、一年でジョッキーになれる! デビュー出来る! 賞金を稼いで、稼いで、稼ぎまくって、借金を返済すれば、晴れてじいちゃんの牧場を取り戻すことが出来る! ……そういう理由だ」

「……ふふっ」

 真帆が炎仁の横顔をしばらく見つめた後、笑う。

「な、なんだよ」

「本当にそれだけの理由?」

「え?」

「他にも理由があるんじゃない?」

「……よく分かったな」

「炎ちゃんのことは昔からよく知っているつもりだから」

 真帆の笑みにつられ、炎仁も笑う。

「この間のレース、その時は無我夢中でよく分からなかったんだが……」

「……うん」

「後になって徐々に実感が湧いてきたんだ……」

「……うん」

「すごく楽しかった! イグニースだって初めてレースするにも関わらず、堂々とした走りを見せてくれた! 走っているときや滑空するときの風が気持ち良かった! それにジャンプするとき、俺とイグニースの心が一つになったような感覚になれた! あんなことは今まで無かった! 俺はイグニースともっと色々なところを走って、飛んでみたい! 色々な景色を見てみたい! そう思ったんだ!」

「……そっちの方が主な理由になっているんじゃないの?」

「かもしれないな」

 真帆の指摘に炎仁は笑った。真帆は屋上の出入り口に戻ろうとする。

「そう、それなら何も言わないわ……だけど……」

「だけど?」

「……一言でも良いから相談して欲しかったな」

「!」

 振り返った真帆の頬には一筋の涙が伝っていた。

「ご、ごめん……」

 炎仁の謝罪を聞くか聞かないうちに真帆は屋上から校舎へと戻っていく。季節はそれからあっという間に過ぎ去り、炎仁たちは中学卒業の日を迎えた。炎仁と真帆の仲は少しギクシャクしたものになってしまい、この日までほとんどまともな会話らしい会話をすることが無かった。

「……」

「真帆……」

「……じゃあね、炎ちゃん」

「あ、ああ……」

 炎仁と真帆は校門のところで別れた。炎仁は心の中のもやもやした気持ちを拭うことがなかなか出来なかったが、すぐに一か月が経過し、競竜学校入学の日を迎えた。炎仁は千葉県のとある駅に下り、バスの停留所に向かう。

「えっと……学校行きのバスは……」

「関東競竜学校はこちらのバスですよ」

 藍色の髪を三つ編みにして片側に寄せた、黒いパンツスーツ姿の眼鏡をかけた女子が炎仁に話しかけてきた。小柄な炎仁より一回り小さい。

「え? あ、本当だ、ありがとうございます」

「いえ……」

 しばらく待っていると、バスが来て、二人は乗り込む。炎仁は女子に空いている席を譲り、何気なく話しかける。

「貴女も競竜学校へ?」

「ええ、そうですよ、紅蓮炎仁君」

「え? な、なんで、俺の名前を?」

「御爺様のご葬儀でお見かけしましたから」

「は、はあ……」

「私の家も茨城でドラゴンの生産牧場『三日月牧場』をやっているので……」

「そうなんですか」

「三日月海(みかづきうみ)と申します。よろしくお願いします」

「あ、紅蓮炎仁です、こちらこそよろしくお願いします」

 炎仁は頭をペコリと下げる。バスはしばらく走った後、炎仁たちの目当てのバス停に停車する。二人がバスを降りた先に、腕を組んだおかっぱボブのヘアスタイルでこれまた黒いパンツスーツ姿の女子が立っている。綺麗に切り揃えられた髪に混ざる桃色のメッシュが特徴的で身長は炎仁と同じくらいである。

「待っていましたわ、紅蓮炎仁! ここで会ったが百年目!」

「ええっ⁉ ど、どちら様ですか?」

「そんなことはどうでもいいですわ!」

「い、いや、どうでも良くはないでしょう?」

「……入学式に遅れますよ、撫子飛鳥(なでしこあすか)さん」

 海が眼鏡をくいっと上げながら口を挟む。炎仁がはっとする。

「え、な、撫子って……」

「確かにそちらのお嬢さんのおっしゃるように遅れてしまいますわね! それはまずいですわ! 挨拶は後ほどに致しましょう!」

 飛鳥と呼ばれた女性は颯爽と歩き出す。海が呟く。

「学校はこちらですよ……」

「……参りましょうか!」

 飛鳥はくるっと反転し、何事もなかったかのように歩き出す。炎仁が感心する。

「三日月さん、詳しいですね」

「……ライバルのことは頭に入れております。データがなにより重要ですから」

「凄いですね……」

「うおおおっ!」

「「「⁉」」」

 三人の歩いている脇道からオレンジ色の竜体をしたドラゴンに乗った女子がいきなり現れた。明るい髪色をしており、やや短い毛先を遊ばせているのが印象的で、黒いパンツスーツをやや着崩している。その女子は炎仁たちに気付く。

「おっと、アンタらも競竜学校の生徒か? アタシは朝日青空(あさひあおぞら)! よろしくな!」

「ちょ、ちょっと貴女! ……行ってしまいましたわ。いくら競竜学校だからって、ドラゴンで登校するなんて……」

 飛鳥が唖然とした表情で呟く。炎仁が海に尋ねる。

「三日月さん、ひょっとしてあの方のデータも?」

「い、いえ、あのような方のデータは入っておりません……」

 海は困惑気味に頭を片手で抑える。数分後、炎仁たちは学校の入口に近づく。

「おっ、人が結構いるな……あれは報道陣? 誰かを囲んでいるのか?」

「ええ、今回のコースの受講者には注目を大いに集める方がいますからね」

「ふっ、取材は極力お控え下さいとSNSでお願いしておりましたのに……これも人気者の宿命ですわね」

「それもゼロではないでしょうけど、一番のお目当ては他の方のようですよ」

「な、なんですって⁉」

 海の言葉に飛鳥が驚く。報道陣の声が聞こえてくる。

「紺碧真帆さん! 竜術競技からの転向! 一言意気込みをお願いします!」

「ま、真帆⁉」

 思わぬ名前を聞き、炎仁はびっくりする。
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