疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
22 / 63
第一章

第6レース(1)衝突

しおりを挟む
                  6

 季節は六月に入り、雨の多い季節となったが、実際の競竜もよっぽどの天気の荒れ模様でもなければ、レースは予定通り行われる。この騎手課程短期コースにおいてもそれは同様である。なにしろ『短期』コースなのだ。一日たりとも無駄には出来ない。その日は結構な土砂降りと言っても良い日だったが、鬼ヶ島主任教官の判断で、各クラス合同で訓練を行っていた。そこで騒動が起こった。

「お前、ふざけんなよ!」

 Bクラスのやや小太りな男が声を荒げる。

「……なんすか?」

 嵐一が心底面倒臭そうに答える。

「今の走り! 内側から強引に来やがっただろう!」

「……内側が空いていましたから、空けたやつがよっぽど間抜けなんでしょうねえ」

「わ、わざと空けてんだよ! この時期は内ラチ沿いの芝が荒れるからな!」

「……走って駄目だってことはないでしょう」

「そ、それはそうだけどよ……」

「……分かりましたよ、今度から気をつけます」

「そ、それで良いんだよ……」

「おい、皆! Bクラスの太井さんがびっくりしちゃうといけないから、抜くときは『今から内側を抜きますねー』とかちゃんと声がけを頼むぞ!」

「そ、そういうことじゃねえんだよ!」

「え?」

 嵐一はわざとらしく両手を広げてみせる。その仕草が余計に小太り男の気に障る。

「てめえ……馬鹿にしてんだろう?」

「そんなことは……無くもないですけど」

「て、てめえ!」

「あ~あ~何をしている……」

 凡田教官が面倒臭そうに割って入ってくる。

「ぼ、凡田教官! こいつが!」

「変な騒ぎを起こされては困る……二人とも罰走! ……と言いたいところだが、本日は訓練時間も限られている。さっさと位置に戻りたまえ」

「は、はい……」

「はい……」

 小太りの男と嵐一は言い争いを止めて、お互い所定の位置へと戻る。訓練が再開されるが、しばらくして再び騒動が起こる。

「お、お前、いい加減にしろよ!」

 Bクラスの瘦せっぽちの男が叫ぶ。嵐一がため息をつく。

「なんすか……?」

「なんすかじゃねえよ! 無理な割り込みはやめろよ! 竜体ぶつかってるぞ!」

「じゃあ譲ってくれって言ったら素直に譲ってくれるんすか? それに競竜で多少の接触云々はつきものでしょう?」

「それにしたって限度ってものがあるんだよ!」

「薄井の言う通りだ! 俺のドラゴンにもぶつかっていたぞ!」

 小太りの男が同調する。嵐一が再びため息をつく。

「なんだよ、その態度は!」

「呆れてるんすよ。接触するのが怖いなら競竜やめりゃいいだけのことだ」

「なっ⁉」

「違うすか?」

「こ、これは訓練だぞ!」

「訓練の時点から実戦を意識してなきゃなんの意味もないでしょ」

「ぐっ……」

「遊びでやっているんじゃないんだ」

「だ、大体なんだ、その態度は! 俺らの方が年上だぞ!」

「そうだ、そうだ!」

 小太り男と瘦せっぽちの男が揃って声を上げる。

「敬語使ってるでしょ? 一応」

「一応って!」

「もっとちゃんとした敬語使えよ!」

「敬うに値する相手ならね……」

「どういう意味だよ!」

「そういう意味ですよ」

「こ、この!」

「やめなさい! 貴方たち!」

 長身の女性教官が不毛な言い争いをする三人の間に割って入る。

「な、並川教官! 見たでしょ! こいつの危険な走行を注意して下さいよ!」

「そうです! 危な過ぎてしょうがないですよ!」

「……確かにやや目に余る騎乗もありますけど、プロレベルの実戦を見据えれば危険過ぎるということはありません」

「そ、そんな!」

 教官の言葉に小太り男が憤慨した様子を見せる。瘦せっぽちの男が抗議する。

「な、納得いかないですよ!」

「さっきから何を騒いでいる」

「あ……」

 主任教官である鬼ヶ島が嵐一たちに近づいてくる。並川が耳打ちする。

「主任……こういうわけで」

「ふむ、事情は把握した。諸君らも承知の通り、騎乗訓練は全て映像で記録されている。後で草薙の騎乗についてはきちんと精査しよう。その上で注意すべき点があるのなら注意する。今は……」

「今は?」

 嵐一が問う。

「周りの貴重な訓練時間が奪われてしまった。草薙、太井、薄井、ドラゴンを厩舎に戻せ……そしてあそこのピロティーで構わん。罰として腕立て腹筋背筋二百回だ」

 鬼ヶ島がピロティーを指し示す。

「え……」

「早くしろ!」

「は、はい!」

「ちっ……」

 小太り男と瘦せっぽちの男が慌てて、嵐一がやや憮然としながら厩舎に戻る。

「……た、大変だったね」

 訓練後のシャワールームでシャワーを終えた炎仁が同じくシャワーを終え、ベンチに腰かけていた嵐一に声をかける。嵐一が肩を竦める。

「下手くそどもに絡まれて散々だぜ……」

「へ、下手くそって言ったな!」

「ああ、確かに言った!」

 小太り男と瘦せっぽちの男が半裸のまま、嵐一に詰め寄ってくる。

「なんだよ、しつけえな……」

「下手なのはお前だ! 今日の危険な騎乗、鬼ヶ島教官から注意されるからな!」

「プロじゃああれくらい当たり前だって言っているだろう……」

「はっ、お前なんかがプロになれるかよ! 野球も半端だったやつが!」

「!」

 嵐一がガバっと立ち上がり、小太り男たちを睨み付ける。

「な、なんだよ……」

「もう一度言ってみろ……」

「何度だって言ってやる。『崖っぷち』Cクラスなんて逆立ちしたってプロになれねえよ! まあ、女子ども何人かがお情けで合格するかもな、『客寄せパンダ』枠で!」

「ふざけんなよ!」

「⁉」

「どわっ!」

 嵐一だけでなく、周囲も驚く。炎仁が小太り男を突き飛ばしたからである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

悪役令嬢と入れ替えられた村娘の崖っぷち領地再生記

逢神天景
ファンタジー
とある村の平凡な娘に転生した主人公。 「あれ、これって『ダンシング・プリンス』の世界じゃない」 ある意味好きだった乙女ゲームの世界に転生していたと悟るが、特に重要人物でも無かったため平凡にのんびりと過ごしていた。 しかしそんなある日、とある小娘チート魔法使いのせいで日常が一変する。なんと全てのルートで破滅し、死亡する運命にある中ボス悪役令嬢と魂を入れ替えられてしまった! そして小娘チート魔法使いから手渡されたのはでかでかと真っ赤な字で、八桁の数字が並んでいるこの領地収支報告書……! 「さあ、一緒にこの崖っぷちの領地をどうにかしましょう!」 「ふざっけんなぁあああああああ!!!!」 これは豊富とはいえない金融知識と、とんでもチートな能力を活かし、ゲーム本編を成立させれる程度には領地を再生させる、ドSで百合な少女の物語である!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...