疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第7レース(3)その先にはパラダイス

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「ふぅ~いいね~♪ 疲れが吹き飛ぶぜ~」

 青空が心から嬉しそうな声を上げる。

「本当に……いいお湯ですね」

 真帆が同調する。今、彼女たちは合宿施設にある温泉に浸かって、訓練の疲れをたっぷりと癒している。

「露天ってのも、また雰囲気があって良いな」

「そうですね、良い景色です。ねえ、海ちゃん」

「……見えません」

「いや、眼鏡外せよ」

 湯気でレンズが曇った眼鏡をかけている海に対し、青空が呆れる。

「眼鏡は私のアイデンティティーなので……」

「なんじゃそら」

「冗談です」

 海はレンズをタオルで拭き取り、景色を眺める。真帆が尋ねる。

「どう?」

「……なるほど、見事なものですね」

「荒んだ心が洗われるようですわね……」

 飛鳥が口を開く。真帆が小声で呟く。

「荒んでいた自覚あったんだ……」

「? 何かおっしゃったかしら? 紺碧さん?」

「い、いいえ、なんでもないです」

「しかし、学校にもこういうのがありゃあいいのにな。お願いしてみるか?」

「予算の関係でまず無理かと」

 青空の言葉に海が眼鏡をクイっと上げて答える。

「いや、真面目かよ……そうだ、撫子グループの方で働きかけてみたら意外となんとかなるんじゃねえかな?」

「確かに可能かもしれませんわね。ただ……競竜学校というものはプロのジョッキーを養成する機関です。娯楽要素を含んだ施設は必要ありませんわ」

 青空の問いかけを飛鳥は切って捨てる。青空は唇を尖らせる。

「ええい、面白くねえことを言うなよ」

「それは失礼……わたくし、そろそろ上がらせてもらいますわ」

「私も……」

 飛鳥と海が立ち上がる。青空が驚く。

「ええっ? まだ10分も入っていないんじゃねえか?」

「これくらいの方がちょうど良い発汗作用が期待できます」

「そ、そうなんだ……」

 海の言葉に真帆は戸惑いながらも頷く。飛鳥が温泉から出ながら海に話しかける。

「せっかくサウナルームがあるのでそこに参りますわ。三日月さんもどうかしら?」

「お供します。疲労回復には効果的ですから」

 飛鳥と海が屋内のサウナへと向かう。青空が伸びをしながら呟く。

「意識高いね~アタシにはとても真似出来ねえわ」

「朝日さんは朝日さんのやり方で良いんじゃないですか。人それぞれだと思います」

 真帆が微笑みながら青空に答える。

「……前から思っていたけどよ、青空で良いぜ」

「え?」

「呼び方だよ、知り合ってもう半年なんだ、さん付けなんて他人行儀だぜ」

「じゃ、じゃあ……あ、青空ちゃん」

「ちゃん付けか……まあ、それも結構新鮮だから良いか。改めてよろしくな、真帆」

「う、うん……」

「『チームたわわ』として頑張っていこうぜ!」

「そ、そのワードは無用な諍いを生むからやめようよ……」

 真帆は苦笑を浮かべる。

                  ☆

「ここだ、ここからなら女湯が覗ける可能性がある!」

「ええっ⁉」

 浴衣を着たレオンのストレートな言葉に炎仁が驚く。

「炎仁、白々しいな……合宿の真の目的だっただろう? 前言っていたじゃないか」

「いや、それはお前の退学を思いとどまらせる方便というか……」

「今更遅いよ。君は僕を唆した、いわば共犯だ」

「きょ、共犯って⁉ や、やめとけ、レオン!」

「止めても無駄だ! すぐそこにパラダイスがあるというのなら、足を踏み入れたいのが人間の本能!」

「り、理性を働かせてくれ!」

「ちっ、何かと思えばくだらねえ……」

 嵐一が呟く。しばらく間を置いてレオンがニヤリと笑って答える。

「……くだらねえと言うわりには一向に立ち去らないねえ、嵐一君?」

「ぐっ⁉」

「まあまあ、体は正直だということだね、恥ずかしがることはないよ」

「……参考までに聞くが、この高い柵はどうすんだよ?」

「嵐一⁉」

 炎仁が嵐一に驚いた顔を向ける。

「あ、あくまで参考に聞いているまでだ」

「何の参考だよ⁉」

 嵐一のよく分からない釈明に炎仁が突っ込む。翔が口を開く。

「……あまり大声を出さないで、気づかれちゃうよ~」

「あ、天ノ川君まで⁉」

「炎仁、静かに……柵を攻略する策だけど……ふふっ、我ながら上手いこと言った」

「そんなのどうでも良いから早くしろ!」

 嵐一が抑えた声で話の続きを促す。

「これだよ!」

 レオンが白く大きな布のようなものを広げる。内側に木の骨組みがある。

「そ、それは凧か?」

「よく分かったね、炎仁。これはニンジャが敵情視察などに活用した大凧さ」

「そんな大きなものどこに隠していたの~?」

「最新鋭の折り畳み式さ! アメゾンで買ったんだ!」

 翔の問いにレオンは誇らしげに答える。炎仁が呆れる。

「よく見つけてくるな……」

「で? それをどうすんだよ? まさかそれに乗るのか?」

「察しが良いね。そのまさかさ」

「で、出来るわけねえだろう!」

「ニンジャが出来ていたんだ、僕らにも出来る!」

「出来ねえよ! そういうものは架空の忍者の話で……」

「架空とは聞き捨てならないね! ニンジャは実在するよ!」

「む、昔の話であってな……」

「現在もいるよ! このニンジャグッズが売られているのが何よりの証拠だ!」

「……そ、そうだな、忍者はいる」

「お、折れるな、嵐一!」

 レオンの迫力に気圧された嵐一に炎仁が再度突っ込む。レオンが話を続ける。

「……とは言っても、僕もやったことが無いから分からない。付属していた取扱説明書によると……」

「説明書あるのか……」

「『軽量の方が乗るのがベターです』と書いてある。そこで、天ノ川君……」

「僕が乗るの~?」

「そうだ、空中からカメラで撮影してくれ。その映像を僕らが地上で確認する」

「ちょっと待て……」

「何だい嵐一君? 僕の完璧な作戦に疑問でも?」

「……どうやって凧を飛ばすんだよ」

「……なんかもう、すっごい風を吹かせる」

「だからどうやってだよ⁉」

「……それはもう、すっごいみんなで頑張る」

「もういい! どこが完璧な作戦だよ! お前に期待した俺が馬鹿だった!」

「嵐一……」

 前のめりになっている嵐一に炎仁は冷めた視線を向ける。

「天ノ川、お前、あの入学式の時使っていたドローン持ってきてないのか⁉」

「あれは没収されちゃったよ~大体、音が大きすぎてバレちゃうよ」

「くっ! 打つ手なしかよ!」

「嵐一……」

 本気で悔しがる嵐一に炎仁は再度冷めた視線を向ける。レオンが俯く。

「所詮、机上の空論でしかなかったのか……?」

「諦めるのはまだ早いで!」

「「「「⁉」」」」

 四人が声のした方に振り返ると、薄緑色のボサボサとした頭の少年が立っている。若干の幼さは残るが、精悍かつ端正な顔つきをしている。右頬に付いた少し大き目の傷も印象的である。だがそれよりも印象的だったのは、その傍らにこれまた薄緑色の体色をしたドラゴンが立っていることである。炎仁が尋ねる。

「き、君は……?」

「名乗るほどのものでもあらへん……」

「いや、名乗れよ」

 関西弁を話す少年に嵐一が怪訝な顔で呟く。

「決して怪しい者ではあらへん……」

「怪しいよ、思いっきり」

 少年の言葉を翔が一蹴する。

「と、とにかくや、その凧を飛ばせば良いんやろ⁉」

「で、出来るのかい⁉」

「ああ、ワイなら出来るで!」

 レオンの問いに少年は自信満々に答える。

「な、なんて頼もしい! し、しかし、何で僕らに協力してくれるんだい?」

「今、この柵の向こうにあの紺碧真帆ちゃんが一糸まとわぬ姿でおるんやろ……? そんな千載一隅のチャンスをみすみす逃すなんて男やない!」

「⁉ な、なんで真帆のことを知っているんだ⁉ 君は何者だ⁉」

「そんなんどうでもええやろ! ほら、そこの君、はよ凧に乗りや!」

「ど、どうするつもり……?」

 いつもマイペースな翔も流石に戸惑い気味に尋ねる。

「簡単や! このドラゴンにごっつい風を吹かせるんや!」

 少年が右手の親指でドラゴンを指差す。嵐一が声を上げる。

「却下だ、却下! 柵が壊れる!」

「え~?」

「こうなったら『人間はしご』だ! 天ノ川が一番上に来るように肩車をするぞ!」

「ええっ⁉ それは嵐一君が大変じゃないかい⁉」

「根性で耐える! 早くしろ!」

「嵐一君、君ってやつは……よし、やろう炎仁!」

「み、皆、ちょ、ちょっと落ち着け!」

「……何を騒いでいる」

「⁉ 鬼ヶ島教官……え、えっと、体幹とバランス感覚を鍛える為に組体操を……」

「こんな場所で、しかも全員浴衣姿でか?」

「そ、それは……」

 レオンが言葉に詰まる。鬼ヶ島がため息まじりに淡々と告げる。

「色々な意味で元気が有り余っているようだな、貴様ら四人だけ夕食の時間はずらしてやるから、グラウンドを百周してこい、タイヤを引いてな」

「え? 四人? あ、あいつ、居ない⁉」

 炎仁が気付いた時には関西弁の少年とドラゴンは居なかった。

「早くしろ!」

「は、はい!」

「……何かしら、向こう側で音がしたような……?」

 真帆が柵の方を見ながら首を捻る。青空が悪い笑みを浮かべながら呟く。

「エロ猿どもが鬼に懲らしめられてるんだろ……一人知らねえ声がしたが、ウチのクラスの四人で間違いねえな……こりゃ口止め代わりに色々とゆすれるな……」

                  ☆

 翌日の早朝、コース場にCクラスの面々が並んでいる。翔が目を擦る。

「ね、眠い……」

「教官、合宿のメニューは全てこなしたはずでは?」

「緊急の追加メニューだよ。鬼ヶ島教官から許可は得ている」

 海の質問に仏坂が答える。炎仁が首を傾げる。

「追加メニュー?」

「ああ、君たちと手合わせしたいという子たちがいてね……入ってきていいよ!」

「ふっふっふ……」

 関西弁の少年を先頭に四人の男女が姿を現す。炎仁たちが揃って声を上げる。

「「「「昨日の覗き未遂少年!」」」」

「いや、どんな呼び名やねん!」

 少年がキレの良い突っ込みを入れる。
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