疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第8レース(2)お嬢様、試行錯誤

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「……とりあえず映像を観てひたすら研究だよ、研究。これ貸してやっから」

 シャワーを終え、部屋に戻った青空は飛鳥に映像端末を手渡す。海が呆れる。

「私の私物を勝手に貸し借りしないで下さい……」

「……合宿のレース映像ならば、教官が撮っておいて下さって、そのデータを皆に配布されたでしょ……」

「あれ、そうだったっけ?」

「う、うん……」

 青空の問いに真帆が答える。

「それにその映像はそれこそ穴があくほど観直しましたわ」

 飛鳥は端末を海に返しながら呟く。やや間を置いて海が口を開く。

「……映像分析するというのは、野生児の朝日さんにしては良い考えだと思います」

「野生児ってなんだよ」

「ボーントゥビィーワイルドな朝日さんにしては……」

「カッコ良く言い直してもダメだ」

「カ、カッコ良いかな……?」

 真帆が首を傾げる。海は話を続ける。

「……これらをご覧下さい」

「こ、これは?」

 海の端末にいくつものレース映像が流れるのを観て、飛鳥は驚く。

「撫子グレイスさんのジュニア時代やユース時代の映像を集めました……英国を始め欧州、香港や豪州などで参加した大会の映像ですね……もちろん騎乗しているドラゴンが違いますから、研究材料としてはあくまでも参考程度ですが……」

「よくこんなものを……」

「英語で検索すれば、意外と見つかるものですよ……むしろ入手するのに苦労したのはこちらの方ですかね……」

 感心する飛鳥に対し、海は端末を操作し、他の映像を流す。飛鳥は目を丸くする。

「こ、これは……ナデシコフルブルム?」

「関西競竜学校での訓練映像ですね、模擬レースもありますよ」

「そ、そんなの公開されていたっけ?」

「つーか、微妙に映り悪いな……」

 首を捻る真帆の隣で青空が呟く。飛鳥がハッとする。

「み、三日月さん、貴女まさか……⁉」

「いやあ~手に入れるのが大変でしたよ……」

 海が眼鏡の蔓を触りながら、ニヤっと笑う。青空と真帆が揃って苦笑を浮かべる。

「どうやって手に入れた? ってのは聞かない方が良いな……」

「海ちゃんは敵に回したくないね……」

「この映像は比較的最近のものですので、十分研究に値するかと」

「良いのですか?」

「どうぞ、気の済むまでご覧になって下さい」

「三日月さん、貴女はどうしてここまでして下さるのですか?」

「貴女に勝って欲しいからです」

「! ありがとうございます! 早速観させて頂きます!」

 飛鳥が自身の席に座り、端末を食い入るように見つめ始める。

「おい、クラス長、こっちに来い……」

 青空が部屋の反対側に海を手招きする。

「なんですか?」

「狙いはなんだ? やべえルートを使ってまで映像を入手するなんて……」

 青空は小声で尋ねる。真帆も聞き耳を立てる。

「お忘れですか? あの撫子グレイスさんの言葉……」

「え?」

「私たちを『前座さん』と言ったのですよ、前座扱いですよ! 許せますか?」

「あ、ああ、そんなこと抜かしていやがったな……」

「これは是が非でも、何としてでも、撫子さんに勝ってもらわないといけません!」

「お、おう、そうだな……」

「ははは……」

 静かな怒りを孕んだ海の口調に青空が戸惑い、真帆は苦笑する。

「ナデシコフルブルム……血統的に優れているのは間違いない……とはいえ、ナデシコハナザカリも良血竜……やはり、先の敗北は乗り手の技量の問題……わたくしがもっと成長せねば……」

 映像を見つめながら、飛鳥がぶつぶつと呟く。翌日……。

「……良いのかよ?」

「ええ、思いっ切り、力強く走らせて下さい」

 ダートコースでドラゴンに騎乗する嵐一と飛鳥が向かい合って話す。

「後で苦情言われても困るぜ?」

「そんなことは致しませんわ」

「……OK。じゃあ、行くぜ!」

 嵐一がアラクレノブシを駆け出させる。飛鳥とナデシコハナザカリがそのすぐ後ろのポジションにつける。それを眺めている真帆に通りがかった炎仁が尋ねる。

「併走か?」

「ええ」

「珍しい組み合わせだし……なんだか変わったことをしているな」

「分かる?」

「あの位置取りなら、アラクレノブシが蹴った砂を被ってしまうじゃないか」

「それが狙いみたいよ」

「ええ?」

 真帆の言葉に炎仁が驚く。

「自分はどうしてもスマートにドラゴンに騎乗してしまいがちだから、泥臭さを身に付けたいんだって……苦しい状況も経験しておきたいという考えみたい」

「へ、へえ……」

「……うえっ!」

「大丈夫かよ?」

 しばらくして走り終えた飛鳥が砂を吐き出す。嵐一が心配そうに声をかける。

「こ、これは失礼、お見苦しい所を……口の中にも砂が沢山入ってしまって……なるほど、こういうものなのですね……」

「気が済んだか?」

「いいえ、もう一本……いや、後三本はお願いします」

「! マジかよ……まあいいや、行くぜ!」

「はい!」

 飛鳥は嵐一の後に続く。

「……本当に良いんですか?」

「ええ、あらためて無茶なお願いを聞いて頂いて感謝致しますわ」

「まあ、教官からも許可が出ているなら僕としては良いですけど……」

 レオンはジョーヌエクレールをかがませる。飛鳥がその上に跨る。

「良い気分はしないでしょうけど、少しお借りしますわ」

「名門の撫子家の方に騎乗して頂いたら、こいつにも箔が付きますよ」

「それでは、軽く走らせて参ります!」

「気を付けて!」

「うん? もしかして、ジョーヌエクレールに跨っているの、お嬢か?」

「ええ、そうですね」

 青空の問いに海が頷く。

「なんでまたそんなことを……」

「目線を広げたいそうです。あそこまでの大逃げ脚質のドラゴンは撫子グループでも珍しいそうですから」

 青空と海が見つめる中、飛鳥がジョーヌエクレールを走らせる。軽快そうな足取りだが、飛鳥は内心戸惑っていた。

(くっ! こ、これは思った以上に引っ張られますわね! これを御すなんて、金糸雀君、貧弱そうに見えて、なかなかの膂力ですわね……。わたくしも筋力トレーニングのメニューを見直しませんと……技術を高めてもそこにフィジカルがついていかないと意味がありませんから!)

「……流石に上手いこと乗っているな。しかし、目線を広げると言っても……」

「正直、『試行錯誤』という印象ですね。どうしたのでしょうか」

「焦っているんだろうね」

「天ノ川さん……」

 海たちの近くで翔が呟く。

「その気持ちは分からなくもないけどね……良い結果に結びつけば良いけど」

 そう言って、翔はステラヴィオラを走らせる。

「撫子さん、色々とアプローチしているみたいだね」

 訓練後、厩舎で仏坂が飛鳥に声をかける。

「マズいでしょうか?」

「いや、成長する為には正解は一つじゃない、そういう取り組みも良いと思う」

「……ありがとうございます」

「並川教官から話があってね。Bクラスの女子二人が模擬レースをしたいそうだ」

「!」

「どうする? 自分のことに集中したいなら断っても……」

「挑まれた勝負はお受けします。それが撫子家の流儀ですから」

 飛鳥は毅然とした態度で答える。
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