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第一章
第8レース(3)二度にわたる接戦
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「芝コース左回り8ハロン、つまり1600m……」
「GⅠレースと同じ距離ですね」
ゲート前でそれぞれのドラゴンに跨った飛鳥と真帆がこの模擬レースの内容をあらためて確認する。
「しかし、紺碧さんも大変ですわね」
「ま、まあ、準備期間は二日ほどありましたから……」
「わたくしはともかく、貴女も指名されるとは……結構恨みを買いやすいのですね」
「ちょっと驚きましたが、え? う、恨みですか⁉」
「どうしてなかなか……お人が悪い」
「そ、そんな……全然心当たりがありませんよ……」
「冗談ですよ」
「じょ、冗談ですか……止めてくださいよ、びっくりした……」
飛鳥が笑い、真帆が口をぷくっと膨らませる。
「ふっふっふ、逃げずにやってきたようですね!」
「それだけは流石、と言っておきましょうか……」
やや騒がしい女性と少し大人しい女性が飛鳥たちに声をかけてくる。
「……」
「ふん、ビビッて声も出ないのかしら?」
「どちらさまかしら?」
「なっ⁉」
「む……」
飛鳥が二人の中肉中背の女性に尋ねる。レース前でヘルメットとゴーグルで顔の大半を覆っている為に誰か分からないのである。
「Bクラスの脇田よ! このドラゴンは『シンプロタゴニスト』!」
「同じく、Bクラスの端田……このドラゴンは『ハナガタステージ』……」
「ああ、Bクラスの方たちですか、本日はよろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
竜に騎乗しながらも丁寧に頭を下げる飛鳥に脇田は戸惑いながら挨拶を返す。
「ところで本日は何故模擬レースの相手にわたくしをご指名されたのですか?」
「なっ⁉」
飛鳥の問いに脇田が驚く。飛鳥が首を傾げる。
「生憎心当たりが無くて……」
「くっ、先日の合同訓練で貴女に後れを取った借りを返す為ですわ!」
「リベンジです……」
二人は同様に薄茶色の竜体をしたドラゴンを飛鳥に見せる。飛鳥は首を傾げる。
「はて、そんなこともありましたか?」
「はあっ⁉ わ、忘れたというの⁉」
「必要なこと以外は忘れる性格でして……」
「く、くぅ~!」
「落ち着きなさい、脇田、相手の思うツボよ」
「そ、そうね、その余裕たっぷりな口ぶりをレース後は叩けないようにしてあげるから覚悟なさい! 二人とも!」
「あ、あの、私は何か関係があるのでしょうか……?」
真帆は言い辛そうに口を開く。
「アンタは何かと目立つからここで倒す!」
「ええっ⁉」
「Bクラスの男子だけじゃなく、Aクラスのあの方まで貴女に夢中とか……全く羨ましいったらありゃしない!」
「そ、そんなこと言われても……」
「……落ち着きなさい、脇田、本音がダダ漏れよ」
「と、とにかく、前回の挽回だけでは不十分! 注目度の高いアンタも負かすことで、教官殿たちの心象を一気に良くしてやるって狙いよ!」
「は、はあ……」
まくしたてる脇田に対し、真帆は戸惑い気味に頷く。
「……そろそろレースの時間ね、では奇数番号の私たちが先にゲートインするわ」
脇田たちがドラゴンをゲートに向かわせる。飛鳥がため息をつく。
「こんな場所で喚き散らす方がよっぽど心象が悪くなると思いますが……」
「そう言って、撫子さんも煽っていたじゃないですか……」
「冷静さを失って貰えればそれで良いかと思いましたが……わりとすんなりとゲートに入りましたね。そう甘くはありませんか」
「特に作戦などはありませんが……それで大丈夫なんですか?」
「別にチーム戦というわけではありませんから、お互い好きに走りましょう」
「はあ……」
真帆と飛鳥もゲートインし、やや間が空いて、ゲートが開く。
「えい!」
「せい!」
四頭綺麗なスタートを切ったが特に、脇田騎乗のシンプロタゴニストと、端田机上のハナガタステージが前に出る。
「こ、これは⁉」
「思った以上のハイペース……」
二頭の立ち上がりに真帆はそれなりに、飛鳥は多少驚く。
「このペースについてこられるかしら!」
(長距離戦ではないと言っても、いくらなんでもペースが速い……これで果たして最後まで持つのかしら?)
飛鳥が少し首を傾げながら先頭の二頭を観察する。
「脇田!」
「おう!」
二番手に付けていたハナガタステージがシンプロタゴニストを交わし、先頭に出る。ペースが僅かではあるが上がる。飛鳥が笑う。
「そういうことですか……」
「よし、脇田! ……って何だと⁉」
端田が驚く。ペースを落とし、脇田のシンプロタゴニストに先頭を譲ろうとしたのだが、上がってきたのが、飛鳥が騎乗するナデシコハナザカリだったからである。
「楽しそうなので混ぜて頂きますわ」
「くっ、いつの間に……!」
「端田! ハナを譲るな! ペースを握られるとマズい!」
脇田がペースを上げ、二頭に並びかけようとする。それからしばらく三頭がほぼ横一線になるが、飛鳥がナデシコハナザカリのポジションを下げる。脇田が笑う。
「ふん、逃げ竜でもないのに、ペースを上げ過ぎだ! ……ん?」
「やっと気付きましたか……」
飛鳥が苦笑気味に呟く。シンプロタゴニストとハナガタステージの脚色が極端に鈍くなる。脇田たちが叫ぶ。
「くっ、今の僅かな間でペースをかき乱された!」
「こ、これでは最後まで持たない……」
「そろそろですかね……お先に失礼!」
「「⁉」」
ナデシコハナザカリが直線手前で抜け出し、先頭で直線に楽々と入る。
「こんなものですか、拍子抜けですね……むっ!」
飛鳥が斜め後ろを振り返る。真帆騎乗のコンペキノアクアが迫ってきている。
「……」
(紺碧さん⁉ ドラゴンの息も上がっていない。ハイペースにも惑わされず、しっかりと折り合いをつけていたのですね。半年前はレース初心者だったのに……着実に力を付けてきていますわね!)
「もう少しよ、アクア!」
「させませんわ!」
二頭の追い比べとなったが、僅かにナデシコハナザカリが先着する。
「負けた……」
「……紺碧さん」
「は、はい!」
「来週あたり、また模擬レースをいたしませんか?」
「は、はあ……良いですけど」
真帆は戸惑いながら、飛鳥の申し出を承諾する。
「……その日では無いと駄目ですか? 昨日お願いしましたように紺碧さんとのマッチレースを予定しております」
Bクラスの二人を一蹴した翌日、学校の廊下で飛鳥は仏坂に告げる。
「先方からの強い申し出でね……」
「次の週というわけには参りませんか?」
「向こうも訓練スケジュールが詰まっていてね……三つ巴でも良いと言っている」
「……教官は受けた方が良いとお考えですか?」
「ここで勝てば、君の評価はさらに上がると思うよ。相手はAクラスだからね」
「Aクラス⁉」
「上のクラスからの挑戦とは……」
青空と海が二人の間に割り込んでくる。仏坂が苦笑いする。
「盗み聞きとは感心しないね……まあ、どうせすぐ広まることだけど」
「相手は誰だ? 水田優香……ああ、あのツインテールか」
「関東のユース大会などで何度も撫子さんと鎬を削ってきた方ですね」
青空と海が仏坂の持っていた資料を覗き込んで呟く。仏坂がまた苦笑いする。
「君たちねえ……盗み見もやめなさいって」
「……その話、お受けします。但し……」
「但し?」
「紺碧さんとの三つ巴でお願いします」
「あ、ああ、分かった。先方や紺碧さんにも伝えておくよ」
「失礼します」
飛鳥はその場から立ち去る。青空は意外そうに呟く。
「真帆との勝負にこだわるか、思っている以上に評価しているんだな」
「確かに昨日の勝負は思いの外接戦でしたが……」
海も不思議そうに首を傾げる。そして、一週間後……。
「撫子さん、Cクラスになられた時はどうしたのかと心配していたけど、最近調子を上げてきているみたいね、ライバルとしては嬉しいわ」
「ええ……」
水田の言葉に飛鳥は言葉少なに頷く。
「? そろそろ時間ね。今日はよろしく」
水田と真帆が先にゲートに入る。
「今日は左周りの芝1800m、先週より少し長い……でも私のやることは変わらない」
真帆が小声で呟く。最後にゲートインしようとする飛鳥が真帆に告げる。
「紺碧さん……わたくし決めましたわ」
「はい?」
「このレースに勝ったら、紅蓮君に思いを伝えます」
「はっ⁉ え、え?」
「だから、貴女も本気で来て下さいね」
「えっ、えっ……」
「スタートしますわよ」
「!」
ゲートが開く。三頭ほぼ揃ったスタートとなる。飛鳥が呟く。
「まずまず……」
(よ、良かった、ちゃんとスタート出来た……そ、それにしても思いを伝えるってどういうこと? 撫子さんと炎ちゃん、いつの間にかそんな関係に? い、いや、レースに集中しないと……って、私が先頭⁉)
真帆は驚いて、少し視線を後ろにやる。水田の騎乗する、水色の竜体をした『キヨラカウォーター』が二番手で、飛鳥騎乗のナデシコハナザカリは最後尾である。
「……」
(まさか先頭だなんて! 水田さんのドラゴンも前目の位置を取りたがるって海ちゃんから聞いたのに、と、とにかく、折り合いをつけることを意識しなきゃ!)
先頭を行くコンペキノアクアを見ながら、水田は考えを巡らす。
「紺碧真帆……竜術競技からの転向から僅か半年ながら、騎乗ぶりは既に様になっているわね。とはいえ、私の相手は貴女よ、撫子飛鳥!」
「……」
水田は飛鳥に目をやるが、飛鳥に変わった動きは見られない。
「中団あたりでじっくり待機……貴女に勝つ為にここまで温存していた戦法なのに、貴女がさらに後方からレースを運ぶとは予想外だわ……そうか! 貴女もまた私に勝つ為にこの戦法を隠していたのね! それでこそライバル!」
「!」
「ナデシコハナザカリ、ペースを上げた! いや、すぐに下げた!」
「……!」
「またペースを上げた! い、いや、今度もすぐにペースを下げた!」
「……‼」
「ペースを上げてきた! い、いいや、どうせまたすぐにペースを下げるでしょう……なっ、下げない⁉ ど、どういうことなの⁉ 我がライバル!」
ナデシコハナザカリがキヨラカウォーターに並びかける。飛鳥は呟く。
「貴女、さっきから何やらブツブツとライバルだとかおっしゃっていますが……」
「え⁉ 心の声がダダ漏れだった⁉」
「貴女、どこかでお会いしましたか?」
「はっ⁉」
「ふん!」
驚愕する水田を横目に飛鳥がさらにペースを上げる。
「くっ! 逃がさない! なっ⁉」
キヨラカウォーターの脚色が鈍る。戸惑う水田を見て、飛鳥が呆れ気味に呟く。
「マッチレースではないのに、わたくしばかりに注目してペースを乱すとは……」
「!」
(慣れない逃げということで、下がってくるかと思いましたが、紺碧さん、しっかりと折り合いがついている! 確実にレースセンスを向上させていますわね!)
(くっ、撫子さんが上がってくる!)
ナデシコハナザカリがコンペキノアクアとの距離を詰めにかかる。
(思った以上に巧みなペース配分でしたが、それくらいで揺さぶられませんわ!)
「なっ!」
「もらった!」
直線に入り、ナデシコハナザカリがコンペキノアクアを交わし、差を広げる。
「くっ、負けられない!」
「なっ⁉」
飛鳥が驚く、内側からコンペキノアクアが差し返してきたからである。
「二週連続で負けたくない! 頑張って、アクア!」
(この粘り強さは予想外……しかし、望むところ! ここで勝ってこそ、わたくしもハナザカリも成長出来る!)
「ぐっ!」
「はあっ!」
「せいっ!」
激しい叩き合いとなったが、再びナデシコハナザカリが先着した。先週よりさらに僅差の決着だったが、飛鳥は手応えを得る。
(こういった接戦をものにすることが今後に繋がるはずですわ……っと⁉)
ナデシコハナザカリがゴール後、バランスを崩した為、飛鳥が落竜する。
「撫子さん!」
医務室に運ばれた飛鳥がベッドに横たわり、頭を抱える。
「受け身は取れて、頭も打たなかったとはいえ、我ながら初歩的なミス……」
「勝利のお祝いのつもりがお見舞いになるとは予想外でしたわ」
「ね、姉さん⁉」
医務室に入ってきた自らの姉、撫子瑞穂の姿を見て、飛鳥は思わず半身を起こす。
「GⅠレースと同じ距離ですね」
ゲート前でそれぞれのドラゴンに跨った飛鳥と真帆がこの模擬レースの内容をあらためて確認する。
「しかし、紺碧さんも大変ですわね」
「ま、まあ、準備期間は二日ほどありましたから……」
「わたくしはともかく、貴女も指名されるとは……結構恨みを買いやすいのですね」
「ちょっと驚きましたが、え? う、恨みですか⁉」
「どうしてなかなか……お人が悪い」
「そ、そんな……全然心当たりがありませんよ……」
「冗談ですよ」
「じょ、冗談ですか……止めてくださいよ、びっくりした……」
飛鳥が笑い、真帆が口をぷくっと膨らませる。
「ふっふっふ、逃げずにやってきたようですね!」
「それだけは流石、と言っておきましょうか……」
やや騒がしい女性と少し大人しい女性が飛鳥たちに声をかけてくる。
「……」
「ふん、ビビッて声も出ないのかしら?」
「どちらさまかしら?」
「なっ⁉」
「む……」
飛鳥が二人の中肉中背の女性に尋ねる。レース前でヘルメットとゴーグルで顔の大半を覆っている為に誰か分からないのである。
「Bクラスの脇田よ! このドラゴンは『シンプロタゴニスト』!」
「同じく、Bクラスの端田……このドラゴンは『ハナガタステージ』……」
「ああ、Bクラスの方たちですか、本日はよろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
竜に騎乗しながらも丁寧に頭を下げる飛鳥に脇田は戸惑いながら挨拶を返す。
「ところで本日は何故模擬レースの相手にわたくしをご指名されたのですか?」
「なっ⁉」
飛鳥の問いに脇田が驚く。飛鳥が首を傾げる。
「生憎心当たりが無くて……」
「くっ、先日の合同訓練で貴女に後れを取った借りを返す為ですわ!」
「リベンジです……」
二人は同様に薄茶色の竜体をしたドラゴンを飛鳥に見せる。飛鳥は首を傾げる。
「はて、そんなこともありましたか?」
「はあっ⁉ わ、忘れたというの⁉」
「必要なこと以外は忘れる性格でして……」
「く、くぅ~!」
「落ち着きなさい、脇田、相手の思うツボよ」
「そ、そうね、その余裕たっぷりな口ぶりをレース後は叩けないようにしてあげるから覚悟なさい! 二人とも!」
「あ、あの、私は何か関係があるのでしょうか……?」
真帆は言い辛そうに口を開く。
「アンタは何かと目立つからここで倒す!」
「ええっ⁉」
「Bクラスの男子だけじゃなく、Aクラスのあの方まで貴女に夢中とか……全く羨ましいったらありゃしない!」
「そ、そんなこと言われても……」
「……落ち着きなさい、脇田、本音がダダ漏れよ」
「と、とにかく、前回の挽回だけでは不十分! 注目度の高いアンタも負かすことで、教官殿たちの心象を一気に良くしてやるって狙いよ!」
「は、はあ……」
まくしたてる脇田に対し、真帆は戸惑い気味に頷く。
「……そろそろレースの時間ね、では奇数番号の私たちが先にゲートインするわ」
脇田たちがドラゴンをゲートに向かわせる。飛鳥がため息をつく。
「こんな場所で喚き散らす方がよっぽど心象が悪くなると思いますが……」
「そう言って、撫子さんも煽っていたじゃないですか……」
「冷静さを失って貰えればそれで良いかと思いましたが……わりとすんなりとゲートに入りましたね。そう甘くはありませんか」
「特に作戦などはありませんが……それで大丈夫なんですか?」
「別にチーム戦というわけではありませんから、お互い好きに走りましょう」
「はあ……」
真帆と飛鳥もゲートインし、やや間が空いて、ゲートが開く。
「えい!」
「せい!」
四頭綺麗なスタートを切ったが特に、脇田騎乗のシンプロタゴニストと、端田机上のハナガタステージが前に出る。
「こ、これは⁉」
「思った以上のハイペース……」
二頭の立ち上がりに真帆はそれなりに、飛鳥は多少驚く。
「このペースについてこられるかしら!」
(長距離戦ではないと言っても、いくらなんでもペースが速い……これで果たして最後まで持つのかしら?)
飛鳥が少し首を傾げながら先頭の二頭を観察する。
「脇田!」
「おう!」
二番手に付けていたハナガタステージがシンプロタゴニストを交わし、先頭に出る。ペースが僅かではあるが上がる。飛鳥が笑う。
「そういうことですか……」
「よし、脇田! ……って何だと⁉」
端田が驚く。ペースを落とし、脇田のシンプロタゴニストに先頭を譲ろうとしたのだが、上がってきたのが、飛鳥が騎乗するナデシコハナザカリだったからである。
「楽しそうなので混ぜて頂きますわ」
「くっ、いつの間に……!」
「端田! ハナを譲るな! ペースを握られるとマズい!」
脇田がペースを上げ、二頭に並びかけようとする。それからしばらく三頭がほぼ横一線になるが、飛鳥がナデシコハナザカリのポジションを下げる。脇田が笑う。
「ふん、逃げ竜でもないのに、ペースを上げ過ぎだ! ……ん?」
「やっと気付きましたか……」
飛鳥が苦笑気味に呟く。シンプロタゴニストとハナガタステージの脚色が極端に鈍くなる。脇田たちが叫ぶ。
「くっ、今の僅かな間でペースをかき乱された!」
「こ、これでは最後まで持たない……」
「そろそろですかね……お先に失礼!」
「「⁉」」
ナデシコハナザカリが直線手前で抜け出し、先頭で直線に楽々と入る。
「こんなものですか、拍子抜けですね……むっ!」
飛鳥が斜め後ろを振り返る。真帆騎乗のコンペキノアクアが迫ってきている。
「……」
(紺碧さん⁉ ドラゴンの息も上がっていない。ハイペースにも惑わされず、しっかりと折り合いをつけていたのですね。半年前はレース初心者だったのに……着実に力を付けてきていますわね!)
「もう少しよ、アクア!」
「させませんわ!」
二頭の追い比べとなったが、僅かにナデシコハナザカリが先着する。
「負けた……」
「……紺碧さん」
「は、はい!」
「来週あたり、また模擬レースをいたしませんか?」
「は、はあ……良いですけど」
真帆は戸惑いながら、飛鳥の申し出を承諾する。
「……その日では無いと駄目ですか? 昨日お願いしましたように紺碧さんとのマッチレースを予定しております」
Bクラスの二人を一蹴した翌日、学校の廊下で飛鳥は仏坂に告げる。
「先方からの強い申し出でね……」
「次の週というわけには参りませんか?」
「向こうも訓練スケジュールが詰まっていてね……三つ巴でも良いと言っている」
「……教官は受けた方が良いとお考えですか?」
「ここで勝てば、君の評価はさらに上がると思うよ。相手はAクラスだからね」
「Aクラス⁉」
「上のクラスからの挑戦とは……」
青空と海が二人の間に割り込んでくる。仏坂が苦笑いする。
「盗み聞きとは感心しないね……まあ、どうせすぐ広まることだけど」
「相手は誰だ? 水田優香……ああ、あのツインテールか」
「関東のユース大会などで何度も撫子さんと鎬を削ってきた方ですね」
青空と海が仏坂の持っていた資料を覗き込んで呟く。仏坂がまた苦笑いする。
「君たちねえ……盗み見もやめなさいって」
「……その話、お受けします。但し……」
「但し?」
「紺碧さんとの三つ巴でお願いします」
「あ、ああ、分かった。先方や紺碧さんにも伝えておくよ」
「失礼します」
飛鳥はその場から立ち去る。青空は意外そうに呟く。
「真帆との勝負にこだわるか、思っている以上に評価しているんだな」
「確かに昨日の勝負は思いの外接戦でしたが……」
海も不思議そうに首を傾げる。そして、一週間後……。
「撫子さん、Cクラスになられた時はどうしたのかと心配していたけど、最近調子を上げてきているみたいね、ライバルとしては嬉しいわ」
「ええ……」
水田の言葉に飛鳥は言葉少なに頷く。
「? そろそろ時間ね。今日はよろしく」
水田と真帆が先にゲートに入る。
「今日は左周りの芝1800m、先週より少し長い……でも私のやることは変わらない」
真帆が小声で呟く。最後にゲートインしようとする飛鳥が真帆に告げる。
「紺碧さん……わたくし決めましたわ」
「はい?」
「このレースに勝ったら、紅蓮君に思いを伝えます」
「はっ⁉ え、え?」
「だから、貴女も本気で来て下さいね」
「えっ、えっ……」
「スタートしますわよ」
「!」
ゲートが開く。三頭ほぼ揃ったスタートとなる。飛鳥が呟く。
「まずまず……」
(よ、良かった、ちゃんとスタート出来た……そ、それにしても思いを伝えるってどういうこと? 撫子さんと炎ちゃん、いつの間にかそんな関係に? い、いや、レースに集中しないと……って、私が先頭⁉)
真帆は驚いて、少し視線を後ろにやる。水田の騎乗する、水色の竜体をした『キヨラカウォーター』が二番手で、飛鳥騎乗のナデシコハナザカリは最後尾である。
「……」
(まさか先頭だなんて! 水田さんのドラゴンも前目の位置を取りたがるって海ちゃんから聞いたのに、と、とにかく、折り合いをつけることを意識しなきゃ!)
先頭を行くコンペキノアクアを見ながら、水田は考えを巡らす。
「紺碧真帆……竜術競技からの転向から僅か半年ながら、騎乗ぶりは既に様になっているわね。とはいえ、私の相手は貴女よ、撫子飛鳥!」
「……」
水田は飛鳥に目をやるが、飛鳥に変わった動きは見られない。
「中団あたりでじっくり待機……貴女に勝つ為にここまで温存していた戦法なのに、貴女がさらに後方からレースを運ぶとは予想外だわ……そうか! 貴女もまた私に勝つ為にこの戦法を隠していたのね! それでこそライバル!」
「!」
「ナデシコハナザカリ、ペースを上げた! いや、すぐに下げた!」
「……!」
「またペースを上げた! い、いや、今度もすぐにペースを下げた!」
「……‼」
「ペースを上げてきた! い、いいや、どうせまたすぐにペースを下げるでしょう……なっ、下げない⁉ ど、どういうことなの⁉ 我がライバル!」
ナデシコハナザカリがキヨラカウォーターに並びかける。飛鳥は呟く。
「貴女、さっきから何やらブツブツとライバルだとかおっしゃっていますが……」
「え⁉ 心の声がダダ漏れだった⁉」
「貴女、どこかでお会いしましたか?」
「はっ⁉」
「ふん!」
驚愕する水田を横目に飛鳥がさらにペースを上げる。
「くっ! 逃がさない! なっ⁉」
キヨラカウォーターの脚色が鈍る。戸惑う水田を見て、飛鳥が呆れ気味に呟く。
「マッチレースではないのに、わたくしばかりに注目してペースを乱すとは……」
「!」
(慣れない逃げということで、下がってくるかと思いましたが、紺碧さん、しっかりと折り合いがついている! 確実にレースセンスを向上させていますわね!)
(くっ、撫子さんが上がってくる!)
ナデシコハナザカリがコンペキノアクアとの距離を詰めにかかる。
(思った以上に巧みなペース配分でしたが、それくらいで揺さぶられませんわ!)
「なっ!」
「もらった!」
直線に入り、ナデシコハナザカリがコンペキノアクアを交わし、差を広げる。
「くっ、負けられない!」
「なっ⁉」
飛鳥が驚く、内側からコンペキノアクアが差し返してきたからである。
「二週連続で負けたくない! 頑張って、アクア!」
(この粘り強さは予想外……しかし、望むところ! ここで勝ってこそ、わたくしもハナザカリも成長出来る!)
「ぐっ!」
「はあっ!」
「せいっ!」
激しい叩き合いとなったが、再びナデシコハナザカリが先着した。先週よりさらに僅差の決着だったが、飛鳥は手応えを得る。
(こういった接戦をものにすることが今後に繋がるはずですわ……っと⁉)
ナデシコハナザカリがゴール後、バランスを崩した為、飛鳥が落竜する。
「撫子さん!」
医務室に運ばれた飛鳥がベッドに横たわり、頭を抱える。
「受け身は取れて、頭も打たなかったとはいえ、我ながら初歩的なミス……」
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坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
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