疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第9レース(1)アメとムチ作戦

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「……一着はステラヴィオラ!」

 合同訓練の日に行われた模擬レース、Cクラスという『崖っぷち』クラス所属の天ノ川翔騎乗のステラヴィオラが快勝してみせる。レースを見届けたBクラスの並川教官が近くにいるAクラスの凡田教官に話しかける。

「流石は競竜ファミリーの天ノ川一族出身……レースセンス・技術ともにずば抜けています。加えて、あのドラゴンも前目に行ってもよし、差してもよしと自由自在の戦法をすっかり体得しつつありますね」

「……何が言いたいのですかな?」

 凡田はあからさまに不機嫌そうに返事する。

「いや、Aクラスの学生と走らせても面白い戦いになるのではと……鬼ヶ島主任はまだその組み合わせを許可しておりませんが」

「ふん、所詮はCクラス、我がAクラスには到底及びませんな」

「しかし、先月、水田優香が撫子飛鳥に負けましたが……」

「あれは完全に水田の騎乗ミスです。あれだけのことでAクラス全体のレベルを判断してもらっては困りますな!」

「それは失礼しました……」

 声を荒げる凡田に対し、並川は頭を下げる。

「分かってもらえればよろしい」

「ですが……そろそろ対決が見られそうですね」

「は?」

「お忘れですか? 今月末に東京レース場で模擬レースが行われるということを」

「!」

「関東競竜学校の学生が腕比べする、毎年恒例のレース……短期コースからは基本Aクラス所属の者が参加することが多いですが、訓練で優れた内容を見せている天ノ川翔、撫子飛鳥あたりも参加のチャンスは巡ってきそうですね」

「並川教官!」

「学生が呼んでいますので、失礼します」

 並川がその場から去る。凡田が苦々しい顔を浮かべる。

(競竜関係者も多数足を運ぶ模擬レースのこと、完全に失念しておったわ……一人くらいならばともかく、二人もCクラス所属の者が目立った活躍をすれば……長年Aクラスを担当してきた私の沽券に関わる……。鬼ヶ島の責任にするか? いや、現役時の実績もあってか、周囲はあの女に対してどうも甘い……どうする? このままでは……! ん? 成程、これか……)

 考えを巡らせた凡田は手元にあった、ある資料に着目し、醜悪な笑みを浮かべる。

「……見たかい? あの緊急のお知らせを」

 午前中の訓練を終え、教室に戻ってきたレオンが嵐一と炎仁に問いかける。

「緊急体力テストだろ?」

「一週間後だからな、かなり緊急だよな」

「緊急なのもそうなんだけど、妙な点があるんだ」

「妙な点?」

 炎仁が首を傾げる。レオンが説明する。

「そう、全員が同じ数の種目テストを行うわけではないんだ」

「どういうこった?」

 嵐一も首を傾げる。レオンが更に説明する。

「例えば体力自慢な君たちは三種目ほど受ければ良いんだが、僕のような並の体力の者は五種目ほど、さらに芳しくないものは七種目ほど受けなければならない」

「種目数が平等じゃないのは意味が分かんねえな……?」

「『体力面に不安を抱える者の体力向上に繋げる為』という一文があるけどね……」

 嵐一の疑問にレオンが答える。嵐一はますます首を捻る。

「うん……この時期に行うことか?」

「そうなんだ、しかもこの体力テスト、標準記録を突破出来なかった場合、追試が予定されているんだ。今月末に」

「今月末って……」

 黙っていた炎仁がハッとしたような声を上げる。レオンが頷く。

「ああ、東京レース場での模擬レースがある日と同じ日だ」

「なんとなくからくりが見えてきたな……」

「なんとなくではなく、露骨な妨害ですわ」

 嵐一の言葉に飛鳥が忌々し気に答える。炎仁が呟く。

「妨害って……」

「大方、わたくしと天ノ川君を模擬レースに出したくないということでしょう」

「あ、飛鳥さん、大丈夫なのか?」

「ご心配なくマイダーリン、わたくしは体力には自信がありますから。むしろ問題なのはあの方ですわ……」

 飛鳥が視線を向けた先には豪快に居眠りをかます翔の姿がある。嵐一が頷く。

「確かにあいつは春頃や夏合宿での体力測定も今一つの結果だったな……単に本気出してないだけのような気もするが……」

「草薙君のおっしゃるように、本気さえ出せば問題はないはずです。ただ、その本気を出させるのが問題です」

 飛鳥が頭を抑える。海が口を開く。

「……解決策はあります」

「本当ですか?」

「ええ、この策ならば間違いはありません」

 飛鳥の問いに海は眼鏡をクイッと上げながら答える。青空が感心する。

「へえ、いつの間にそんな策を……」

「お知らせが出てから、昼休みの間に考えました」

「つ、付け焼刃過ぎないかな?」

 レオンが不安そうに呟く。

「大丈夫です、問題はありません」

「で? どんな策よ?」

「それは……」

 青空の問いを受け、海は説明を始める。その日の放課後……。

「何、夕食前に寝られると思ったのに~体育館で何するの?」

「体育館内を二十周、腕立て腹筋五十回ずつ……最後にシャトルランだ」

 嵐一が竹刀を片手に寝ぼけ眼の翔に告げる。

「ええ~ハード過ぎない~?」

「いいから、さっさとしろ! 模擬レースに出れなくなっても良いのか⁉」

「そうは言ってもな~いまいちやる気が……」

「天ノ川君、私も同じようなメニューをこなしますから一緒に頑張りましょう?」

「え、真帆ちゃんもやるの?」

「ええ。それに私……頑張っている男の人って素敵だと思います」

「ええ~それじゃあ、頑張っちゃおうかな~♪」

 翔が勢いよく走り出す。体育館の入り口で見ていた炎仁が驚く。

「は、速い⁉ あんなスピードで走れたんじゃないか……」

「……ケツを叩くならよ、真帆じゃなくアタシでも良かったんじゃねえか?」

「草薙さんと朝日さんでは厳し過ぎます。こういうのは『アメとムチ』です」

 青空の問いに海が答える。飛鳥が安心したように呟く。

「あの調子なら体力テストも大丈夫でしょうね。しかし、三日月さん、貴女がここまで考えて下さるとは……」

「天ノ川君の模擬レースでの走りを見てみたいですからね……それにお二人が優秀な騎乗を披露すれば、Cクラス全体の評価が高まる可能性がありますから」

 海は淡々と答える。策が実り、一週間後の体力テスト、翔は無事合格する。

「……突然の体力テストにも関わらず、どの学生も優秀な成績を残してくれましたね。ジョッキーもアスリート、体力面の充実は喜ばしい限りです」

「ま、全くもって並川教官のおっしゃる通り……」

「それではお先に失礼します、お疲れさまでした」

「ご、ご苦労さまです……くっ、二の矢、三の矢を放つまでよ……」

 教官室に残った凡田はロクでもないことを呟くのであった。
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