疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
52 / 63
第二章

第1レース(1)それは触れないでくれ

しおりを挟む
                  1

「はあ……」

 赤茶色の髪でのやや小柄な体格の少年がトレーニングウェア姿でベンチに座り俯く。

「おはようございます!」

「うおっ⁉」

 元気の良い声が響き、少年は驚いて顔を上げる。そこにはショートカットで眼鏡をかけた、そばかすが特徴的な女の子が立っていた。女の子は笑顔で話しかける。

「紅蓮炎仁(ぐれんえんじん)ジョッキーですね!」

「そ、そうですけど……貴女は?」

 炎仁と呼ばれた少年は、女の子に尋ねる。

「私は黒駆環(くろがけたまき)と言います!」

「黒駆……って、もしかして……?」

「はい、黒駆厩舎の黒駆環太郎(くろがけかんたろう)の孫です!」

「せ、先生のお孫さん……その恰好は?」

 炎仁は環の服装を指差す。自分と同じようなトレーニングウェア姿である。

「はい、私はJDRA、ジパング中央競竜(けいりゅう)会の厩務員課程を修了後、厩務員として黒駆厩舎に務めた後、今年から晴れて調教助手になりました!」

「は、はあ……」

「年始のあたりからちょっと体調不良が続いておりまして、顔合わせにも参加出来ませんでしたが、すっかり元気になりました! 本日から同じ厩舎の一員として、よろしくお願いしますね!」

「あ、はい……よろしくお願いします」

 炎仁は環の元気の良さに若干気圧されている。

「本日はもう調教終了ですか?」

「え、ええ、自分の担当分は……もっとも、まだ一頭しか任されていませんけど……」

「そうですか! 私は後何頭か残っています!」

「た、大変ですね……」

「大変ですが、やりがいを感じています!」

「やりがい……ですか?」

「はい! 私は日本一のドラゴンを育てたいんです!」

「! 日本一の……」

 炎仁が環のことを、驚きをもって見つめる。環は笑顔で頷く。

「幼いころから競竜、『ドラゴンレーシング』に魅せられて育ってきましたから、気が付いたら、そんな夢を抱くようになりました!」

「夢……」

「まあ、私が相変わらず厩務員や事務員も兼ねるような人材不足の弱小厩舎ですが……夢を見る自由は誰にだってあるはずです! 違いますか⁉」

「え、ええ、おっしゃる通りだと思います……」

「む……」

 環が突然黙り込む。炎仁が首を傾げる。

「ど、どうしたんですか?」

「……笑わないんですね、私の夢を聞いても」

「いや、笑わないですよ。夢を叶えるチャンスは誰にだってあると思っていますから」

「!」

「まあ、新人ジョッキー、新米騎手の自分が偉そうに言えることじゃありませんが……」

「……ということは紅蓮さんにもなにか夢があるんですか?」

「え、ええ……あなたのように大きな声では言えませんが……」

「分かりました!」

「は、はい?」

「無理に聞き出そうとは思っておりません! 夢の実現の為にお互いがんばりましょう!」

 環が右手を差し出す。炎仁は慌てて立ち上がり、握手をかわす。

「が、がんばりましょう、黒駆さん」

「私のことは環で構いませんよ」

「え?」

「先生と同じ苗字だから色々ややこしいでしょう?」

「そ、そうですね……よ、よろしくお願いします、環さん」

「お願いします! それでは失礼!」

 環はにっこりと笑って、その場から離れる。残された炎仁は呟く。

「俺の夢か……とてもじゃないけど言えないな。でも……」

「でも……何?」

「うわあっ⁉ ま、真帆⁉」

 やや青みがかったロングのストレートヘアーでおでこを出しているのが特徴的な女の子が炎仁の後ろに立っている。体格は炎仁と同じくらいだ。

「そんなに驚くことないじゃない……」

「いや、驚くだろう。いきなり後ろに立っているんだから……」

「声をかけようと思ったら、女の人と楽しげに話しているからね」

「楽しげにっていうか、終始テンションに圧倒されていたけどな……」

「でも、顔がにやついているわよ」

「え? なんというか、ちょっと元気をもらった感じがするからかな……」

「その役目は私がやろうと思ったのに……」

 真帆と呼ばれた女の子はぷいっと唇を尖らせ、横を向いて小声で呟く。

「え? なんだって?」

「なんでもないわ」

「そうか? そういえば、調教の方はもう終わったのか?」

「ええ」

「もう何頭か任されているんだろう? 流石だな、紺碧真帆(こんぺきまほ)の名前はもうすでに有名だぞ」

「それは竜術競技で得た知名度でしょう? 競竜騎手としてはまだまだだわ」

 彼女、紺碧真帆は竜術競技で金メダルも狙えるほどの逸材であったが、幼なじみの炎仁に触発されるようなかたちで競竜騎手に転向し、世間を驚かせた。

「いやいや、騎乗技術を褒めている記事を読んだぞ」

「話題作りよ。それより、この後はなにか予定あるの? 食堂にお昼食べに行かない?」

「ああ、その前にうちの厩舎の竜房に寄ってもいいか?」

「ええ、構わないわ」

 炎仁と真帆は竜房の方へ向かう。ここは茨城県にある美浦トレーニングセンター。ジパング中央競竜会の東ジパングにおける一大調教拠点であり、広大な面積を誇る。はじめはあまりの広さに迷うこともあったが、騎手となって数ヶ月の今はすっかり慣れて、迷わず竜房が並ぶエリアに到着する。

「お、こちらも早い昼飯か……」

 炎仁の視線の先には、紅い竜体をしたドラゴンがむしゃむしゃと食事をしている。

「『グレンノイグニース』、元気みたいね」

「ああ、それはな……」

 炎仁がイグニースの体を優しく撫でる。真帆が尋ねる。

「今朝も乗ったんでしょう?」

「ああ」

「なにか気になることでもあるの?」

「いや、さっき環さん……うちの厩舎の調教助手さんと話をしたときに色々と思い出してさ……初心というかなんというか」

「初心?」

「騎手になって、賞金を稼いで、稼いで、稼ぎまくって、借金を返済すること! そして晴れてじいちゃんの残した牧場、『紅蓮牧場』を取り戻す! ……だよ」

「そういえばそうだったわね……まさかデビュー戦、スタート直後に落竜するなんてね」

「そっちは直ちに忘れてくれ!」

 炎仁はイグニースや他のドラゴンたちも驚かさないように、声を抑えて叫ぶ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

「美少女157人も召喚できるだと!?」社畜の俺、尖ったトラウマを全部『まあるく』収めて大賢者になる。── やっぱりせかいはまあるいほうがいい

あとりえむ
ファンタジー
『ヒロイン全員 挿絵付き』の異世界セラピーファンタジー。あなたの推しのヒロインは誰ですか? 「やはり、世界は丸いほうがいい……」 過労死した元データアナリスト参 一肆(まいる かずし)が女神様から授かったのは、アホみたいな数式から導き出された究極のハーレム召喚だった。 157人のヒロインたちに埋もれて、尖った世界を『まあるく』浄化しくしていく…… Dカップの村娘からIカップの竜の姫君まで、あらゆる属性のヒロイン達と一緒に、襲い来る「社畜のトラウマ」に立ち向かう。 全人類の半分の夢が詰め込まれた、極上のスキンシップの冒険譚が今開幕する!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
「英雄なんて、もう二度とごめんだ」 ダンジョン出現から10年。 攻略が『配信』という娯楽に形を変えた現代。 かつて日本を救った伝説の英雄は、ある事情から表舞台を去り、ダンジョン攻略支援用AI『アリス』の開発に没頭する裏方へと転身していた。 ダンジョンも、配信も、そして英雄と呼ばれることも。 すべてを忌み嫌う彼は、裏方に徹してその生涯を終える……はずだった。 アリスの試験運用中に遭遇した、迷惑系配信者の暴挙。 少女を救うために放った一撃が、あろうことか世界中にライブ配信されてしまう。 その結果―― 「――ダンジョン嫌いニキ、強すぎるだろ!!」 意図せず爆増するファン、殺到するスポンサー。 静寂を望む願いをよそに、世界は彼を再び『英雄』の座へと引きずり戻していく。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...