疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
57 / 63
第二章

第2レース(2)未勝利戦に向けて

しおりを挟む
 翌日の早朝、調教を眺める環の近くに、環太郎が歩み寄ってくる。環が少し驚く。

「おじいちゃん、じゃなかった、先生?」

「なんだよ、その反応は?」

「い、いえ、いつもモニターを確認するだけじゃないですか。わざわざこうしてコースの方まで見に来るなんて珍しいなって思って……」

「ふん……春とはいえ朝はまだまだ寒いんだよ。年を取ると堪えるんだ、この寒さは」

「それなのにきたということは……グレンノイグニースに期待を寄せているんですね!」

「声を張るな、ドラゴンたちが驚くだろう……」

「す、すみません……」

 環は慌てて口を覆う。環太郎は無精ひげをさすりながら答える。

「……半分正解だな」

「え?」

「期待を寄せているっつうことだよ。あのドラゴンは近年ウチに来た中では久々の素質を感じさせる竜だ」

「おお……それでもう半分は?」

「不安だ」

「不安? ケガの様子などは見られませんよ」

 環が首を傾げる。

「そうじゃねえよ……俺が言いたいのは、屋根のことだ」

「屋根……乗り役のことですね」

「そうだ……あのペーペーには正直荷が重いぜ」

 環太郎がため息交じりでグレンノイグニースに跨る炎仁を眺める。環が呟く。

「でも、紅蓮騎手が騎乗することが、オーナーサイドからの条件でしょう?」

「ああ、そうだ……」

「他に頼める人もいないからしょうがないんじゃないですか?」

「専属騎手がいねえわけじゃねえぞ?」

「もちろんそれは知っています。ですが今週は皆さん予定が埋まっちゃっているし……」

「珍しいことにな」

「有力なジョッキーさんに頼もうにも、先生、露骨に避けられているじゃないですか」

「ぐっ……お前な、孫ならもう少し遠慮した物言いをしろよ」

「孫だからこそ正直に申し上げているんです」

「ふん……」

「ですが、調教を見る感じ、紅蓮騎手とグレンノイグニースの相性はとても良さそうに見えます。流石、孵化の瞬間から立ち会っただけありますね」

「へっ、新竜戦の前もあんな感じだったよ……期待させるだけさせといてよ……スタート直後に落竜って……」

 環太郎が軽く頭を抑える。環がフォローする。

「紅蓮騎手にとってもデビュー戦でしたし、緊張もあったんでしょう」

「それにしても粗削り過ぎるぜ。まあ、短期課程卒業者に期待した俺が馬鹿だったか……」

「失望するのはいくらなんでも早いんじゃないですか」

「それはそうだがな……」

「先生も光るところを感じたから、彼をスカウトしたんでしょう?」

「まあな、俺の目がまだ節穴じゃなければ良いんだが……」

「きっと大丈夫だと思います」

「そうだと願いたいね」

 環太郎が笑う。

「はっ!」

 二人の前を炎仁とグレンノイグニースが走り過ぎる。環がストップウォッチを確認する。

「タイムは……です」

「ふむ、悪くねえな。さてと……後は任せるぜ」

「え?」

「どうしたよ?」

「い、いや、そろそろ未勝利戦に向けての対策を紅蓮騎手にアドバイスしてあげた方が良いんじゃないかと思いまして……」

「同じレース場で、同じ距離とコースだ。新たに対策立てなくても問題ねえよ。色々言っても小僧が混乱するだけだろう」

「い、いや、そうは言っても、相手も変わるわけですし……」

「この時期に早々と未勝利戦に出してくるなら、それなりに期待されている素質竜か、あるいは超のつく早熟か、はたまた有力竜が本格的に出揃う前にちゃっかり勝ち上がりか賞金上積みを狙う空き巣犯か……なかなか読めねえ、対策とってもあんまり意味がねえよ」

「そ、そうかもしれませんが……」

「どうしてもというなら、お前がアドバイスしてやれば良いだろう」

「わ、私が……?」

「ああ、それで不安がなくなるならな……じゃあ、お先……」

 環太郎が片手を挙げて、調教コースを後にする。環はその後ろ姿を見て、ため息をつく。

「はあ……ウチの厩舎にとって久々の大物かもしれないのに、あの様子ではとても……これは私がしっかりしなきゃダメね!」

 環は力強く拳を握りしめる。

「中山芝1200m……新竜戦と同じですね」

 厩舎事務所のホワイトボードに貼られたコースの図を見て、炎仁が呟く。環が説明する。

「三角形のような形状の外回りコースを使用しています。その頂点に当たる第2コーナーの終わり辺りがスタートです。そこから最終の第4コーナーまで緩やかなカーブが続きます。道中はずっと下り坂で、ハイペースになることが多いです。内枠がかなり有利になりますね。直線は310mと短めですが、途中、高低差3.3mの急坂があります。差しや追込竜がよく勝つ傾向ですね」

「なるほど……ということは?」

 炎仁が環の顔を見る。環が笑う。

「脚質としては追込のグレンノイグニース向きです」

「へえ……」

「内枠が取れれば言うことはありませんが、外枠でもそう悲観することはありません。スタートさえしっかり決まれば……」

「スタート……」

 炎仁が苦い顔になる。環は慌ててフォローを入れる。

「た、多少出遅れても大丈夫です。先ほども言いましたが、ハイペースになることが多いので、そこに焦らずについていき、中団辺りでじっくり脚を溜めるのが良いでしょう」

「勝負は直線ですね」

「そういうことです」

 炎仁の言葉に環が頷く。炎仁がぶつぶつと呟く。

「ハイペースに惑わされず……道中は中団待機……直線勝負……」

「正直、グレンノイグニースならばもう少し長い距離の方が向いているかなと思いますが、十分に勝てると思いますよ」

「ふん……」

 部屋にいた環太郎が椅子にふんぞり返る。環が目を細めながら尋ねる。

「何か用ですか、先生?」

「俺の事務所に俺がいて悪いのかよ」

「悪くはないですけど……やっぱりなにかアドバイス無いですか?」

「別に無えよ……」

「……冷やかしなら出ていってもらえますか?」

「ああ、もう昼過ぎだしな、帰るわ……ん?」

 席を立った環太郎が机の上にある紙を手に取る。炎仁が告げる。

「あ、今度の未勝利戦の出走予定表です」

「小僧……一つだけ忠告がある」

「は、はい!」

「レースは最後の最後まで諦めるな」

「は、はあ……」

 環太郎が部屋を出る。

「何を当たり前のことを……」

 環が呆れる。そして、未勝利戦の日がやってきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「美少女157人も召喚できるだと!?」社畜の俺、尖ったトラウマを全部『まあるく』収めて大賢者になる。── やっぱりせかいはまあるいほうがいい

あとりえむ
ファンタジー
『ヒロイン全員 挿絵付き』の異世界セラピーファンタジー。あなたの推しのヒロインは誰ですか? 「やはり、世界は丸いほうがいい……」 過労死した元データアナリスト参 一肆(まいる かずし)が女神様から授かったのは、アホみたいな数式から導き出された究極のハーレム召喚だった。 157人のヒロインたちに埋もれて、尖った世界を『まあるく』浄化しくしていく…… Dカップの村娘からIカップの竜の姫君まで、あらゆる属性のヒロイン達と一緒に、襲い来る「社畜のトラウマ」に立ち向かう。 全人類の半分の夢が詰め込まれた、極上のスキンシップの冒険譚が今開幕する!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
「英雄なんて、もう二度とごめんだ」 ダンジョン出現から10年。 攻略が『配信』という娯楽に形を変えた現代。 かつて日本を救った伝説の英雄は、ある事情から表舞台を去り、ダンジョン攻略支援用AI『アリス』の開発に没頭する裏方へと転身していた。 ダンジョンも、配信も、そして英雄と呼ばれることも。 すべてを忌み嫌う彼は、裏方に徹してその生涯を終える……はずだった。 アリスの試験運用中に遭遇した、迷惑系配信者の暴挙。 少女を救うために放った一撃が、あろうことか世界中にライブ配信されてしまう。 その結果―― 「――ダンジョン嫌いニキ、強すぎるだろ!!」 意図せず爆増するファン、殺到するスポンサー。 静寂を望む願いをよそに、世界は彼を再び『英雄』の座へと引きずり戻していく。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

処理中です...