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第一章
第1話(3)道場にて
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「……」
ピシッと、駒が将棋盤に鋭く打ち付けられる音が響く。
「う、う~ん……ありません」
中年、いや、もう老年に近い男性は頭を下げた。
「……ありがとうございました」
その老年の男性と盤を挟んで、向かい合って座っていたのは、綺麗な黒髪ロングの女の子であった。女の子は丁寧に頭を下げると、パッと向き直る。
「ありがとうございました……いや~参った、参った」
老年の男性が白髪の多い後頭部を抑えながら呟く。周囲に人が集まってくる。
「アマチュア初段の留さんが、またまた負けるとは……」
「おい、またまたとか言うなよ」
留さんと呼ばれた老年の男性が唇を尖らせる。
「しかし、もう最近は負けっぱなしじゃないか?」
「ま、まあな……」
「何枚落ち?」
「……四枚落ち」
留さんが言い辛そうに呟く。周囲が驚く。
「え~!」
「留さん、ついこの間まで二枚落ちじゃなかったっけ?」
「ああ、『今日は四枚落ちでお願いします』とかって、嬢ちゃんが言うからよ、ちょっとムキになっちまって……」
「あなたへのハンデを増やして差し上げましょうってことだからな……」
「とはいえ、負けは負けだよ」
「ちょっと最初から並べてみてくれよ」
「ええ、良いですよ」
黒髪ロングの女の子が決着のついた盤上の駒を初期位置に並べ直す。
「四枚落ち、つまり嬢ちゃんが飛車と角、さらに両端の香車もなしの状態でスタートだ……先手番は俺……」
「……」
留さんと黒髪ロングの女の子が、最初からテンポ良く将棋を指し直していく。対局の再現である。周囲がそれを見て頷く。
「……留さん、攻め急いではいないな」
「ああ、ムキになったと言っても、冷静だ」
「このあたりは、さすがはかつてのアマチュア初段か」
「かつてとか言うな、まあ、大分前の話ではあるけれどよ……」
留さんが周囲の茶々に対して、言い返す。
「………」
黒髪ロングの女の子は淡々と指し直す。周囲から感嘆の声が漏れる。
「おおっ、あっという間に、形勢が……」
「さっきの6四銀だな。いつの間にか銀が守りから攻めに転じている」
「ああ、それで留さんがバランスを崩しちまった……」
「……ここで俺が投了……一旦攻められたらあっという間よ」
留さんが苦笑気味に周囲を見回す。
「いや~強いね~」
「アマ初段の留さんに四枚落ちで楽々と勝つとは……もう、女流二段くらいの棋力はあるんじゃねえのか?」
「……こう言ってはなんですが、『女流棋士』には興味がありません」
「え?」
「私が目指すのはあくまでも『棋士』です」
「お、おお、確かに、史上初&最年少の女性棋士誕生も夢じゃねえな……」
「単なる棋士にも興味がありません……」
「ええ?」
黒髪ロングの女の子がバッと立ち上がり、右手で、天井の方をビシっと指差す。
「私、伊吹玲央奈(いぶきれおな)が目指すのは、『名人』です!」
「お、おお~!」
周囲の人々が思わず拍手をする。留さんが膝を打つ。
「父娘揃っての名人位獲得か! これは話題になるな!」
「それも少し違いますね……」
玲央奈と名乗った女の子が首を左右に振る。
「え? 少し違うって……」
「名人というタイトルを伊吹家に取り戻すのです……!」
「! と、取り戻すと来たか……嬢ちゃんならば出来そうな気がするぜ」
「……いい加減、嬢ちゃんと呼ぶのをやめてもらえませんか?」
玲央奈が留さんをジッと見つめて告げる。
「え? あ、ああ、わ、悪いな、つい癖でよ……小っちゃい頃からこの道場に出入りしているし……」
「そうだな、伊吹九段にここへ連れられてきて……初めの内はすみっこの方でただ遊んでいるだけだったのに……」
「あれよあれよという間に、棋力をメキメキと上げて……」
「まだ小学四年生なのに、もうこの道場に通う連中が誰も敵わなくなった……」
「この道場は俺たちシニア世代だけじゃなく、社会人や大学生、中高生の実力者も結構顔を出す、それなりにレベルが高い道場なのにな……」
「才能というのはかくも残酷なものだな……」
「……才能という言葉で簡単に片付けて欲しくはないですね」
「うん?」
「私は常に研鑽を続けています……何もしないでここまでなったわけではありません」
「あ、ああ、気に障ったのなら悪かった……」
男性が玲央奈に謝る。玲央奈が首を静かに左右に振る。
「いえ、ただ、誤解して欲しくなかっただけです……」
「だ~か~ら~! ここは将棋道場なんじゃろう⁉」
「?」
玲央奈が道場の入り口付近にある受付に視線を向ける。
「あ、あまり大きな声を出さないで、お嬢ちゃん……」
「お嬢ちゃんではない! 最初に名乗ったじゃろう⁉ ワシは将野竜子じゃ!」
「え、ええ、そうね、将野竜子ちゃん……」
「この道場で一番強い奴と戦いたい!」
「い、いや、初めて来た子にいきなりそんなこと言われても……」
「な、なんだ?」
「子どもが騒いでいるな……」
「ふふっ……」
玲央奈が歩き出す。
「お、おい、嬢ちゃ……玲央奈ちゃん、なにも君が相手することは……」
「まだまだ女子の将棋人口は少ないですから……競技普及も大事な務めです」
「! 振る舞いは既にプロだな……」
「……こんにちは」
受付近くに来た玲央奈がにこやかに竜子に話しかける。
「! こ、こんにちは……って、誰じゃ?」
「私は伊吹玲央奈、この道場で一番強い奴よ。貴女は?」
「ワシは将野竜子! 道場破りに来た!」
ピシッと、駒が将棋盤に鋭く打ち付けられる音が響く。
「う、う~ん……ありません」
中年、いや、もう老年に近い男性は頭を下げた。
「……ありがとうございました」
その老年の男性と盤を挟んで、向かい合って座っていたのは、綺麗な黒髪ロングの女の子であった。女の子は丁寧に頭を下げると、パッと向き直る。
「ありがとうございました……いや~参った、参った」
老年の男性が白髪の多い後頭部を抑えながら呟く。周囲に人が集まってくる。
「アマチュア初段の留さんが、またまた負けるとは……」
「おい、またまたとか言うなよ」
留さんと呼ばれた老年の男性が唇を尖らせる。
「しかし、もう最近は負けっぱなしじゃないか?」
「ま、まあな……」
「何枚落ち?」
「……四枚落ち」
留さんが言い辛そうに呟く。周囲が驚く。
「え~!」
「留さん、ついこの間まで二枚落ちじゃなかったっけ?」
「ああ、『今日は四枚落ちでお願いします』とかって、嬢ちゃんが言うからよ、ちょっとムキになっちまって……」
「あなたへのハンデを増やして差し上げましょうってことだからな……」
「とはいえ、負けは負けだよ」
「ちょっと最初から並べてみてくれよ」
「ええ、良いですよ」
黒髪ロングの女の子が決着のついた盤上の駒を初期位置に並べ直す。
「四枚落ち、つまり嬢ちゃんが飛車と角、さらに両端の香車もなしの状態でスタートだ……先手番は俺……」
「……」
留さんと黒髪ロングの女の子が、最初からテンポ良く将棋を指し直していく。対局の再現である。周囲がそれを見て頷く。
「……留さん、攻め急いではいないな」
「ああ、ムキになったと言っても、冷静だ」
「このあたりは、さすがはかつてのアマチュア初段か」
「かつてとか言うな、まあ、大分前の話ではあるけれどよ……」
留さんが周囲の茶々に対して、言い返す。
「………」
黒髪ロングの女の子は淡々と指し直す。周囲から感嘆の声が漏れる。
「おおっ、あっという間に、形勢が……」
「さっきの6四銀だな。いつの間にか銀が守りから攻めに転じている」
「ああ、それで留さんがバランスを崩しちまった……」
「……ここで俺が投了……一旦攻められたらあっという間よ」
留さんが苦笑気味に周囲を見回す。
「いや~強いね~」
「アマ初段の留さんに四枚落ちで楽々と勝つとは……もう、女流二段くらいの棋力はあるんじゃねえのか?」
「……こう言ってはなんですが、『女流棋士』には興味がありません」
「え?」
「私が目指すのはあくまでも『棋士』です」
「お、おお、確かに、史上初&最年少の女性棋士誕生も夢じゃねえな……」
「単なる棋士にも興味がありません……」
「ええ?」
黒髪ロングの女の子がバッと立ち上がり、右手で、天井の方をビシっと指差す。
「私、伊吹玲央奈(いぶきれおな)が目指すのは、『名人』です!」
「お、おお~!」
周囲の人々が思わず拍手をする。留さんが膝を打つ。
「父娘揃っての名人位獲得か! これは話題になるな!」
「それも少し違いますね……」
玲央奈と名乗った女の子が首を左右に振る。
「え? 少し違うって……」
「名人というタイトルを伊吹家に取り戻すのです……!」
「! と、取り戻すと来たか……嬢ちゃんならば出来そうな気がするぜ」
「……いい加減、嬢ちゃんと呼ぶのをやめてもらえませんか?」
玲央奈が留さんをジッと見つめて告げる。
「え? あ、ああ、わ、悪いな、つい癖でよ……小っちゃい頃からこの道場に出入りしているし……」
「そうだな、伊吹九段にここへ連れられてきて……初めの内はすみっこの方でただ遊んでいるだけだったのに……」
「あれよあれよという間に、棋力をメキメキと上げて……」
「まだ小学四年生なのに、もうこの道場に通う連中が誰も敵わなくなった……」
「この道場は俺たちシニア世代だけじゃなく、社会人や大学生、中高生の実力者も結構顔を出す、それなりにレベルが高い道場なのにな……」
「才能というのはかくも残酷なものだな……」
「……才能という言葉で簡単に片付けて欲しくはないですね」
「うん?」
「私は常に研鑽を続けています……何もしないでここまでなったわけではありません」
「あ、ああ、気に障ったのなら悪かった……」
男性が玲央奈に謝る。玲央奈が首を静かに左右に振る。
「いえ、ただ、誤解して欲しくなかっただけです……」
「だ~か~ら~! ここは将棋道場なんじゃろう⁉」
「?」
玲央奈が道場の入り口付近にある受付に視線を向ける。
「あ、あまり大きな声を出さないで、お嬢ちゃん……」
「お嬢ちゃんではない! 最初に名乗ったじゃろう⁉ ワシは将野竜子じゃ!」
「え、ええ、そうね、将野竜子ちゃん……」
「この道場で一番強い奴と戦いたい!」
「い、いや、初めて来た子にいきなりそんなこと言われても……」
「な、なんだ?」
「子どもが騒いでいるな……」
「ふふっ……」
玲央奈が歩き出す。
「お、おい、嬢ちゃ……玲央奈ちゃん、なにも君が相手することは……」
「まだまだ女子の将棋人口は少ないですから……競技普及も大事な務めです」
「! 振る舞いは既にプロだな……」
「……こんにちは」
受付近くに来た玲央奈がにこやかに竜子に話しかける。
「! こ、こんにちは……って、誰じゃ?」
「私は伊吹玲央奈、この道場で一番強い奴よ。貴女は?」
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