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第1章

第10話(1)試合開始直前

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「さてと、いよいよ決勝ね……」

 ピッチを眺めながら、ベンチでフォーが呟く。その横でななみが口を開く。

「ズバリ聞くけど、フォーちゃん……」

「何よ?」

「……勝てるの?」

「あのねえ……戦う前から負けることを考える奴がどこにいるのよ?」

 フォーがため息交じりで答える。

「! そ、それもそうね、ごめんなさい……」

 ななみが頭を下げる。

「……まったくもって勝てる気がしないわ」

「ええっ⁉」

 フォーの発言にななみが驚く。フォーが唇に右手の人差し指を当てる。

「……ここだけの話ね」

「試合開始直前のベンチで言う話じゃなくない⁉」

「だって考えてもごらんなさいよ……」

「え?」

「個々の技術の高さ、統率のとれたチームワーク、しっかりとした戦術とそれを理解し、実行できる能力……どれをとってもこちらよりハイレベルじゃないのよ」

「そ、それは正直、映像などを見ても感じていたけど……」

「はっきり言って……」

「はっきり言って?」

「お手上げ状態ね」

 フォーは両手をかかげる。ななみが困惑する。

「そ、そんな……」

「ただね、そんな不利な状況を覆せることが可能なのよ」

「お手上げ……」

「なんだと思う?」

「確かにハイレベルだし……」

「そう、巧みな采配よ」

「双方の差はそうそう埋まらない……」

「ちょっと、何をブツブツと言っているのよ?」

「え、え?」

「アタシの話聞いてた?」

「な、何?」

「はあ……あのねえ……」

 フォーがため息をつく。ななみが両手を合わせる。

「ご、ごめんなさい、なんて言ったの?」

「こういう状況を覆せることが出来るのよ」

「ええ、ど、どうやって?」

「アタシの卓越した采配よ!」

 フォーが自らの胸を右手の親指で指差す。ななみが頷く。

「……つまりは期待薄ってことだね」

「ちょっと! どういう意味よ⁉」

「……何をワーキャーと騒いでおるんじゃ……」

 レイブンは呆れた視線をベンチに向ける。

「ふふっ、なかなか華やかなベンチで羨ましい限りだね」

「……それは嫌味か?」

 話しかけてきたローに対し、レイブンが冷ややかに答える。

「いやいや、なんでそうなるんだい?」

「貴様のチームの方がよっぽど華やかじゃろうが……」

「そうかな?」

「そうじゃ」

「もうすっかり見慣れた光景だからね。自分ではよく分からないな」

「ふん……」

「魔王レイブン……」

 ローが右手をそっと差し出す。

「? なんじゃその手は?」

「握手くらい知っているだろう?」

「何故貴様とせねばならん……」

「試合をする相手だからだよ」

「? 試合とは勝負であろう? 意味が分からんな……」

「この世界には『スポーツマンシップ』という言葉がある」

「ふむ……」

「試合前の握手にはお互いのことをリスペクトする意味合いがあるのさ」

「はっ! 冗談も休み休み言え……」

 レイブンが鼻で笑う。ローがわずかに眉をひそめる。

「む……」

「ワシが貴様を尊敬することなど有り得んし、逆もまた然りじゃ。そうであろう?」

「……とは言ってもね、これはスポーツなんだよ」

「そんなに馴れ合いたくば……そうじゃな」

 レイブンは右足を前に出して、それを指差す。

「な、なんだい?」

「地べたにみじめに這いつくばって、ワシの靴を舐めることを許すぞ」

「!」

「ああ、試合後でも構わんぞ?」

 レイブンの物言いにローが顔をしかめながら尋ねる。

「君という奴は……一体何様のつもりだい?」

「魔王様じゃが?」

 レイブンが首を傾げる。ローが舌打ちしながら告げる。

「ちっ……分かったよ、仕方がない……一応の体面だけは取り繕おうと思ったのだが……」

「ん?」

「君に敗北の屈辱というものを刻み込んであげるよ!」

 ローはレイブンを指差す。レイブンは笑みを浮かべる。

「ほう……」

「約2時間後、君は握手どころか、僕に跪くことだろうね!」

「それは楽しみじゃ……」

「それでは失礼!」

 ローが踵を返し、その場から離れる。

「おい!」

「ひっ⁉ な、なんですか?」

 ゴブから突然声をかけられ、ピティはビクッとなる。

「今までの相手と一緒だと思うなよ! お前のデバフ魔法なんか恐れるに足らずだ!」

「は、はあ……」

 ゴブの言葉に対しピティが戸惑う。

「フヘへ……女騎士か……ユニフォーム姿というのもまた新鮮でいいな……」

 クーオがいやらしい視線をビアンカに向ける。

「……」

 ビアンカはクーオを一瞥して、その場からすぐに離れる。

「フヘへ……無視か、またそれも愛いなあ……」

 クーオはだらしなく垂れたよだれを拭く。

「ハハハッ!」

「うおっ⁉ び、びっくりしたっすね……」

 ルトが近づいてきたヒルダを見上げる。

「今日はお互いに良い試合をしようじゃないか!」

「は、はあ……どうぞお手柔らかに……」

「なんだなんだ! 元気が無いな!」

「どあっ⁉」

 ヒルダはルトの背中をドンと叩く。

「それじゃあな!」

「ご、豪快っすね……」

 ヒルダの大きい背中をルトは見つめる。

「よろしくラ~」

「……モンスターと馴れ合う気はない」

 スラの言葉にリンは腕を組んだまま素っ気ない対応をする。

「あれ? そっちの勇者殿が魔王様に声をかけていたみたいラけど……」

「ローはなにかと良い格好しいだからな……奴とは考えが違う」

「ふ~ん……まあいいラ~今日はお互いフェアプレーで頑張ろうラ~」

 スラが手を振ってその場を離れる。リンがボソッと呟く。

「若干調子が狂うな……」

「よろしくね~ゴーレムちゃん♪」

「ゴ、ゴーレムちゃん⁉」

 ラドから声をかけられてレムは戸惑う。ラドは首を傾げる。

「あれ? 違った?」

「い、いや、何も違わないが……」

「そう。今日は頑張ろうね~」

「あ、ああ……」

 手を振ってその場から離れるラドに対し、レムも控えめに手を振り返す。

「今日は魔法の調子はどうにゃ~?」

 トッケがレイナに話しかける。目を閉じていたレイナが目を開いて答える。

「……教えるわけないでしょ」

「ははっ、まあ、そりゃあそうにゃあ……」

「どうせ試合が始まったら分かることなのだから」

「ふむ、まったくその通り……」

 トッケが腕を組んで頷く。

「……まあ、教えてあげても良いわよ」

「うん?」

「超のつく絶好調よ……」

「そ、それは良くない知らせだにゃあ……」

 トッケが苦笑いを浮かべる。

「……いよいよ試合が始まるわね」

 ななみがピッチを見つめながら呟く。

「さあて、策が上手くいくかしらね……」

 フォーが顎に手を当てて呟く。
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