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第1章

第12話(3)魔王対勇者

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「ここで点を取られてしまった……」

 ななみが頭を抱える。

「残り時間……3分を切っている、かなり苦しいわね……」

 フォーが時計を確認して、苦い顔になる。

「アディショナルタイムを入れても、そこまで時間があるとは思えない……ここはある程度のリスクを覚悟して……」

「ええ、1点を取りに行くしかないわね」

 ななみの言葉にフォーが頷く。

「ピィー!」

 審判が再開の笛を吹く。フォーがベンチを飛び出して指示を送る。

「全員、ラインを押し上げなさい! ⁉」

「ど、どうしたの⁉ 皆の動きが目に見えて重くなった……!」

「あの小娘だわ……」

 フォーが一人の女を睨み付ける。そこには両手を下に向けるピティの姿があった。

「えいっ……」

「ま、まさか⁉」

「ええ、ここに来ての広範囲に及ぶ、なおかつ対象指定のデバフ魔法を使ってきたわ。味な真似をしてくれるじゃないの……」

「そ、そんな……」

「しかも……」

「しかも?」

「後半はほとんどあの小娘が機能していなかったから、実質数的優位でゲームを進められたんだけど……魔力だけでなく体力も温存していたのね。ここでまた動かれると、厳しいものがあるわ。あの小娘のところからが攻撃の重要な起点になっていたのに……」

「向こうの狙い通りだったってこと?」

「ある程度は――まさか一度同点にまで追いつかれるとは思わなかったでしょうけど――そういうことになるでしょうね」

 ななみの問いにフォーが頷く。

「くっ! スラ!」

 レイブンがスラにボールを送る。

「は、はいラ~!」

 スラが前方にボールを送ろうとする。

「ま、待った! ボールを一旦落ち着かせて……!」

「そ、そラ~!」

 フォーの指示は間に合わず、スラは前線のトッケにボールを送る。

「むん!」

「にゃあ!」

 ヒルダがトッケを弾き飛ばし、ボールをキープする。ローが指示を出す。

「ナイスカットだ、ヒルダ! リンにボールを!」

 ヒルダがリンにパスする。ローが縦に走る。

「リン!」

「頼むぞ! 試合を決めろ!」

 リンがダイレクトでボールをローに送る。ローは的確にボールをトラップすると、鋭いターンで前を向く。

「ああ、もう1点取って、完全に終わらせる! ピティ!」

「は、はい!」

「しんどいとは思うが、デバフ魔法をもう少し続けておいてくれ!」

「はい、お任せ下さい!」

「頼もしい返事だ!」

 ローがドリブルを開始する。すぐさまハーフウェーラインを越えて船橋陣内に入る。

「ははっ、そのまま独走しちまえ!」

「そのつもりだ!」

 ビアンカの言葉にローが答える。

「くそっ!」

「そうはさせないっすよ!」

「なにっ⁉」

 ローに対し、ゴブとルトが両サイドから走って追いつき、挟み込もうとする。ローはドリブルを急停止させる。

「むっ!」

「くっ!」

 ゴブとルトはローの前に回り込む。ローが感心したように呟く。

「まさかデバフがかかっているのに、そこまで動けるとは……そもそものスタミナだってキツイだろうに……」

「根性だ!」

「ド根性っす!」

「モンスターに似つかわしくないことを言うね……」

「ロー、後ろだ!」

「む⁉ おっと!」

 ビアンカの声でローが後ろに目をやると、スラがボールを奪おうとしたが、ローはなんとかそれをかわす。スラが声を上げる。

「こ、今度こそ奪うラ~!」

「よっしゃ、加勢するぞ、スラ!」

「軍団長の意地を見せる時っす!」

 ゴブとルトもローとの距離を詰める。ローは笑みを浮かべる。

「僕ばっかりに構っていて良いのかな? それっ!」

「「「あ⁉」」」

 スラたちは驚く。ローがボールを蹴り上げ、絶妙なパスをラドに送ったからである。

「ははっ! “僕が”1点を取るとは言っていないよ! ラド、任せた!」

「オッケー! ……グオオッ!」

 ラドがドラゴンの姿に変化し、シュート体勢に入る。

「クーオ、ブロック!」

「わ、分かったべ!」

 フォーの指示に従い、クーオがブロックに入る。

「クーオちゃん、体がちぎれてでも止めて!」

「お、恐ろしいことを言わないで欲しいべ⁉」

 ななみの懇願するような叫びに戸惑いながらクーオがボールに触れる。

「グオオオッ!」

「ぐうっ、吹っ飛ばされるべ!」

「諦めるな!」

「⁉ レム!」

 ゴール前から飛び出してきたレムも太い脚でブロックに入る。

「ともに防ぐぞ!」

「グオオオオオッ!」

「「どわあっ⁉」」

 ラドの強烈なキックに圧され、クーオとレムが吹き飛ばされる。ボールが誰もいないゴールへ向かって飛んでいく。ななみが顔を半分覆う。

「ああっ!」

「……はっ!」

「‼」

 レイブンが脚を伸ばしシュートを防ぐ。体勢を立て直してからクーオたちに声をかける。

「よくやったぞ、貴様ら……さて……!」

 レイブンがドリブルを開始する。ななみが声を上げる。

「ま、まさか、そこからゴールを⁉」

「ふっ、さっきのリベンジなら受けて立つよ!」

 ローがレイブンの前に立ちはだかる。

「……ふん!」

 レイブンがローを素早くかわす。

「なにっ⁉」

「そんな安い挑発には乗らん!」

「くっ! ラド!」

「ウオオオッ!」

 ラドがレイブンに迫る。

「黙れ……」

「! ウウ……」

 レイブンの一睨みでラドがシュンとなり、ドラゴンの姿から人の姿に戻る。レイブンはそのまま進み、ハーフウェーラインまで差し掛かる。リンとビアンカが迫る。

「ここで止める!」

「ふん……」

「なっ……⁉」

 スピードを若干緩めたレイブンだが、細やかなステップワークを駆使して、リンとビアンカをあっという間に抜き去り、越谷陣内に入り、ゴールへと迫る。

「ピティ! ありったけのデバフをかけろ!」

「はい! それっ!」

 ローの指示に従い、ピティが両手を振り下ろす。

「! ぐっ……」

 レイブンがわずかに体勢を崩す。ローが声を上げる。

「ヒルダ、今だ!」

「うおおっ!」

 ヒルダが強烈なショルダータックルを仕掛ける。

「ぐうっ……うっとおしいわ!」

「どわっ⁉」

「きゃっ⁉」

 ヒルダだけでなく、距離のあったピティまでが弾き飛ばされる。フォーが感嘆とする。

「デバフごと吹き飛ばした⁉ こ、これが魔王の底力……」

「くっ……!」

 レイナが前に出る。レイブンが右足を大きく振り上げる。ななみが叫ぶ。

「シュート体勢に入った!」

「シュートを撃っても無駄なこと!」

 レイナが魔法を使う姿勢に入る。レイブンがニヤリと笑う。

「……これならばどうじゃ?」

「なっ……⁉」

 レイブンがレイナを飛んでかわした。フォーが驚く。

「全員抜き⁉」

「凄い! ゴールトゥゴール!」

 ななみが再び叫ぶ。

「そうはさせないよ!」

「……!」

 ローが追いついてきて、再度レイブンの前に立ちはだかる。

「スピードも落ちてきた! テクニックも見切った! パワーはさっき、僕が上だということを示した! 僕がここでボールを奪って終わり……だあああっ⁉」

 ローがボールを奪おうとするが、レイブンはそれを事もなげに吹き飛ばし、そのままゴールに突っ込む。レイブンは振り返って、ピッチに転がるローに向かって呟く。

「……はあ、はあ……なにか言ったか?」

「ぐっ……」

「やったあ!」

 ななみがベンチで歓喜する。現在、スコアは8対8。土壇場で船橋が追いつく。

「……よしっ!」

 フォーが拳を握る。ななみが尋ねる。

「フォーちゃん、この後は⁉」

「決勝はPK戦の前に延長戦があるわ!」

「ここは無理せず、延長戦に備えるってことね⁉」

「そういうこと! って、ええっ⁉」

「え? ああっ⁉」

 フォーにつられて、ピッチに視線を戻したななみが驚く。越谷のキックオフで再開された試合だったが、レイブンが猛チャージをかけて、ボールを奪い、そのままドリブルで突っ込んでいったのである。虚を突かれた越谷のメンバーは反応が遅れ、レイブンはゴール前に易々と侵入したのである。

「さすがに……調子に乗り過ぎだよ!」

「むっ⁉」

 ローの鋭いタックルで、ボールはゴールラインを割る。船橋のコーナーキックである。

「これが時間的にもほとんどラストプレー……」

 ななみが呟く。

「スラ! ボールをよこせ! ワシが蹴る!」

 レイブンがスラからボールを受け取る。リンが首を傾げる。

「ここにきて魔王がキッカー……? どうするつもりだ……?」

「……ふう」

 レイブンがボールをセットし、キックを蹴る前に右手人差し指を突き上げる。

「! サインプレーだ! ヒルダ! オークはいい! ゴーレムをマークしろ!」

 ローが素早く指示を出す。レムがここにきて、ゴール前に上がってきたからである。

「同点なのに、キーパーを上げてくるとは……」

 リンが困惑する。ローが応える。

「向こうは延長戦前に勝負を決めるつもりだ! 全員各自のマークに集中! ピティはゴブリンを! ラドはドラゴン化してオークを! ビアンカはケットシーを! リンはコボルトを! 僕はスライムを見る! レイナはシュートとこぼれ球などを警戒!」

「おおっ!」

「……分かった」

 ローの指示に船橋のメンバーが揃って頷く。

「もう蹴るところはないはずだ……ボールをカットして一気にカウンターを決めてしまってもいい……さあ、どうする、魔王レイブン!」

「ふっ……」

 レイブンが指をもう二本立てて、キック体勢に入る。ローはハッとする。

「まさか……!」

「……ふん‼」

「⁉ ま、魔法が作動しない! い、いや、それも込みで蹴ったキック⁉」

 レイブンの入ったコーナーキックが鋭い弾道を描いてゴールネットへと吸い込まれていく。現在、スコアは9対8。船橋の再逆転である。

「……ピッ、ピッ、ピィ―‼」

 審判のホイッスルが鳴り響く。試合終了。アウゲンブリック船橋の優勝である。
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