【第一章完】からくり始末記~零号と拾参号からの聞書~

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第3話(1)欲について

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                  参

「ふむ、なかなか美味しかったですね……」

「……」

「これは当たりのお蕎麦屋さんです」

「………」

「こういうのを探し求めるのも旅の醍醐味というものです」

「…………」

「そうは思いませんか、楽土さん?」

「……………」

「食後のお茶を飲みましょう……」

「のんびりし過ぎでは⁉」

 楽土が机をドンと叩いて声を上げる。周囲の注目が集まる。

「ちょっと、楽土さん……」

 お茶碗を持った藤花が顔をしかめる。

「す、すみません……どうもお騒がせをしました……」

 楽土が大きな体を折り曲げて、周囲の客に謝る。

「……落ち着いて下さいよ」

 藤花がお茶をすすりながら呟く。

「し、しかしですね……いさかかのんびりとし過ぎなのでは?」

 楽土が声を抑えて尋ねる。

「しっかりと北に向かっておりますよ」

「何度か北西に行きかけましたが……」

「……似たようなものでしょう」

「似ていませんよ」

「なんとなくこう……肌寒いところに行けばよろしいのでしょう?」

 藤花が片手で肩を抑えつつ、もう片方の手に持った湯呑みで天井を指し示す。

「ざっくりとした認識!」

「みちのくは寒いではありませんか」

「それは冬のことでしょう。この季節ならば関東とさして変わりません」

「そうですか」

「そうですよ」

「まあ、あまり季節の変化など関係ない体ですがね……」

 藤花が自嘲気味に笑う。

「そ、それは……」

「笑えませんか? 『からくり戯言』」

「笑えませんよ……なんですかそれ……」

「ふむ……」

「とにかくもうちょっと先を急ぎましょう」

「のんびり行くのも悪くはありません」

「そうも言ってはいられないでしょう」

「まあまあ……」

「まあまあって」

「まだ食べ終わったばかりです。少しお話をしましょう」

 藤花が湯呑みを机に置く。

「お話?」

 楽土が首を傾げる。

「私たちには心があります……」

 藤花が自らの胸に手を当てる。

「は、はい……」

「そして、笑うことが出来ます……」

「はい……」

「そこで! 楽しいことに思いを馳せてみませんか?」

「楽しいこと……ですか?」

「そうです」

「う~ん、よく分かりませんね……」

 楽土が腕を組んで首を捻る。

「そんなに難しいことですか?」

「いざこうして聞かれてみると……」

「それではもっと根本に迫りましょうか」

「根本に?」

「ええ、そうです」

「どういうことでしょうか?」

「欲です」

「欲?」

「ええ、そうです」

「欲と言っても様々だと思いますが……例えば?」

「そうですね……『他の方よりも優れていたい』、もしくは『周囲から尊敬されたい』とは思いませんか?」

「いいえ、特には……」

「……この任務を無事に達成した暁には、命令を下さった方からお褒めの言葉を頂きたくはありませんか?」

「そういうことはまったく考えておりません。一応秘密裏の任務ですから……」

「あら、そうですか……」

「はい、そうです」

「では、『他の方を排除したい』、もしくは『他の方を攻撃したい』ということも?」

「そ、そんなことを思う訳がないでしょう!」

「ふむ……」

「どんな欲ですか、それは……」

「それでは、『批判の声から逃れたい』、もしくは『自らの失敗を犯して、他の方から笑われたくない』ということもありませんか?」

「ありませんよ」

「……本当に?」

 藤花が首を傾げる。

「……それは批判を受けるのは嫌ですよ」

「そうでしょう」

「失敗も出来る限りは避けたいです」

「それもそうでしょう」

 藤花が楽土の発言にうんうんと頷く。

「ただ、笑われたくないというのは少し違う気がします。何事においても失敗をしないように取り組みます。その上で失敗を犯して、批判を食らうならそれは甘んじて受け入れます」

「ほう……」

 藤花が腕を組む。楽土は苦笑する。

「繰り返しになりますが、失敗は避けたいですけどね」

「それでは『だらしなく過ごしたい』ということは?」

「常に緊張感は持っていたいです」

「『睡眠の欲』はないのですか?」

「多少寝なくても平気です。それはよくご存知でしょう? もっとも体はその都度休めたいところではありますが……」

「で、では、『食べることの欲』は?」

「藤花さんほどではありません」

「む……では、『金銭が欲しい』というのは?」

「あるに越したことは無いですが、それも藤花さんほどではありません」

「むう……」

 笑う楽土に藤花はややムッとして黙る。

「あれ? 怒りました?」

「怒ってはいませんが、納得はしておりません」

 藤花は頬杖をつく。

「納得はしていない?」

「はい」

「どういうことですか?」

「だって、今挙げたものにほとんど当てはまらないではありませんか!」

「まあ、そうですね……」

「そんなことはおかしいですよ」

「おかしいですかね?」

 楽土が首をすくめる。

「そうですよ」

「それよりもですね……」

「それよりも?」

「藤花さんの聞いてくる欲の種類にちょっと偏りがある気がしますよ」

「そんなはずはありません」

「ありませんと言われても……」

「以前、バテレンから聞いたのです」

「バテレンに?」

「ええ、人間には、人間自らを地獄に導く七つの欲というものがあると……」

「地獄って、そんな罪深い欲は持ち合わせておりませんよ」

「持っていないはずがない、例え人形といえども、本を正せば……」

「まあ、その話はもういいじゃないですか」

 楽土が藤花の話を遮る。藤花が頬杖をやめる。

「失礼……」

「いえ……もうよろしいですか?」

「ええ……」

 勘定を済ませ、藤花たちは店を出る。

「ありがとうございました! またお越し下さいませ!」

 店の娘が深々と頭を下げる。

「はい、機会があれば……はっ⁉」

「? お客さん、どうかされましたか?」

「い、いえ、なんでもありません……」

 店の娘の美しい顔を見て、楽土は左胸を抑えながら店を出る。

「ふふっ……」

「な、なんですか? 藤花さん……」

「一つ大事なものを忘れておりました……『性への欲』ですね」

「そ、それは……!」

「いやあ、楽土さんも殿方ですねえ~!」

 藤花は嬉しそうに声を上げる。
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