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第一章

第4話(1)思わぬ足止め

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                  肆

「ううむ……」

 切り株に腰を下ろした藤花が腕を組む。

「奥州ももうすぐそこまできたというのにまさか関所で足止めを食うとは……」

 楽土が空を仰ぐ。

「むう……」

「ここまでは順調だったのに……」

「……」

「どうしてなのでしょうか?」

「そんなことはこちらが聞きたいですよ!」

 楽土の問いに藤花は苛立ちながら答える。

「す、すみません……」

 楽土が大きな体を縮こませる。

「いえ、こちらこそすみません……八つ当たりをしてしまいました……」

 藤花が頭を下げる。

「……今まではこんなことはありませんでしたよね?」

「通行手形がありましたからね」

 藤花は懐から紙を取り出してみせる。

「今さらですが、よくそんなものを手に入れられましたね。このご時世、女の方の移動は首しく取り締まられるものですが……ここまではほとんど素通りのようなものでした」

「これは根回しをして特別に発行されたものですからね」

「根回しを?」

「その辺の話は私も詳しくは知りません。すべて任せていたので」

「はあ……」

「しかし、参りましたね……」

 藤花が頬杖を突く。

「………」

 楽土が藤花をじっと見る。

「なんですか?」

「いえ、なんでもありません……」

「なんでもないということはないでしょう」

「いえいえ……」

 楽土が手を左右に振る。

「怒らないからおっしゃってください」

「……本当ですか?」

「ええ」

 藤花が頷く。

「藤花さんのことですから、強引に突破するものだと……」

「そんなことをするわけがないでしょう……」

 藤花がじろっと睨む。

「そ、そうですか?」

「そうですよ。何を根拠にそんなことを……」

「いや、これまでの行動を振り返ってみれば、そういう考えに自然と行き着くのですが……」

「ならず者たちの根城を潰すのとはわけが違います」

「そ、それはそうですが……」

「まあ、そういう考えがまったく頭をよぎらなかったと言えば、嘘になりますが……」

「やっぱり……」

「しかし、そんなことをしたら大騒ぎになるでしょう?」

「それはそうですね」

 楽土が頷く。

「出来る限り目立つ行動は避けたいのですよ」

「……山道を行くというのは?」

 楽土が近くに見える山を指差す。

「却下」

「な、何故?」

「面倒だからです」

「そ、そうですか……」

「それは半分冗談ですが、時間がかかり過ぎます。それに……」

「それに?」

「それはそれで悪目立ちしてしまいます」

「悪目立ち?」

 楽土が首を傾げる。

「……どこで誰を見ているか分かったものではないということです」

 藤花は周囲を軽く見回す。

「ふむ……それではどうしますか?」

「近くの宿場町に行きましょう」

「え?」

「そこに滞在して一旦様子を見ます」

「様子を見る?」

「ええ、関所の担当者が交代すれば、案外すんなりと通れるかもしれませんから」

「なるほど……」

 楽土が腕を組む。

「それでは町に向かいましょうか」

 藤花がすくっと立ち上がって馬の方に向かって歩き出す。

「……話が通っている担当者に変われば良いのですが……」

「なにか?」

 藤花が楽土の方に振り返る。楽土が尋ねる。

「もしも話が通っていなかったら?」

「…………」

 楽土が重ねて尋ねる。

「江戸に連絡をとるのですか?」

「それも時間がかかり過ぎます。もっとも急ぐ旅というわけではないのですが……」

「それではどうするのです?」

「いざとなれば奥の手があります」

「奥の手?」

「そうです」

「なんですか、それは?」

「それは秘密です」

 藤花が右手の人差し指を自らの唇に当てる。

「そんな……教えて下さいよ」

「だから教えましたよ」

「え?」

「女の秘密、奥の手とくれば……分かるでしょう?」

「! ま、また戯言を!」

 楽土が慌てる。

「さあ? 戯言かどうかは分かりませんよ」

「そ、それはいくらなんでも!」

「確実な手段ではあります」

「そ、そうでしょうか?」

 楽土が首を捻る。

「まあ、あくまでも奥の手ですから……とりあえず様子を見てみましょう」

「む、むう……」

「言い伝えでは、かの九郎ゆかりの白河の関の跡地がこの近くにあるとかないとか……町に向かいがてら探してみましょうか」

 藤花は馬に跨る。楽土も馬に跨って尋ねる。

「そういうことに関心がおありなのですね?」

「ええ、判官びいきなもので」

 藤花は笑みを浮かべる。
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